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Vol.26

特集5

人吉市(熊本県)人吉球磨地方の日本遺産認定と地域の取り組み

和田 好史 / Yoshifumi Wada
熊本県人吉市教育委員会教育部文化財専門員

pic_26_05_01史跡人吉城跡 提供:人吉市教育委員会

地理的特徴と歴史

人吉球磨地方は、熊本県南部の人吉盆地に位置する。まず、地理的環境に目を向けると、この盆地の特徴は断層盆地であり、盆地周辺は市房山をはじめとする1,000m級の山々が連なり、中央部を盆地の母なる川「球磨川」が東から西に貫流していることである。また、この盆地は古くから交通の要衝となり、文物の交流がなされて来ている地域でもある。

 

次に、歴史的環境に目を向けると、鎌倉時代から明治時代まで、「相良氏」という一つの領主が、700年の長きにわたり、この地を統治していたことに特徴づけられる。相良氏は、遠江国相良荘(現在の静岡県牧ノ原市相良町)から鎌倉幕府の源頼朝の命を受け、この地に入国した。1193(建久4)年、相良頼景は上球磨地方の多良木に入国、次いで1198(建久9)年、長男の長頼は下球磨地方の人吉荘に入国し、1205(元久2)年人吉荘の地頭職につき、人吉球磨一帯を治めた。

 

それ以降、上球磨を「上相良」、下球磨を「下相良」と呼ぶようになった。室町、戦国、安土桃山、江戸の各時代、相良氏の統治は四つの大きな危機に直面するが、当時の当主の側近達の努力により回避され、700年間存続した。それにより、各時代の所産としての相良氏に関わる文化財が、盆地内の各地に数多く残されているのである。

pic_26_05_02相良家墓地 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_03蓮華寺古塔碑群 提供:人吉市教育委員会

構成文化財とそのストーリー

人吉球磨地方に数多く残されている文化財を象徴するものは、人吉城跡・相良家墓地・青蓮寺古塔碑群などの「相良700年の歴史に関するもの」、城泉寺・青蓮寺・願成寺の御本尊などの「仏教美術」、青井阿蘇神社・城泉阿弥陀堂・青蓮寺阿弥陀堂などの「古社寺建造物」、球磨神楽・臼太鼓踊り・民謡・ウンスンカルタ・球磨焼酎・球磨拳・相良三十三観音巡りなどの「多種多様な無形の文化」に大別できる。

 

表1 構成文化財一覧表

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今回、人吉球磨地方の日本遺産申請においては、前述した文化財を「相良700年」というキーワードで選別し、タイトルを「相良700年が生んだ保守と進取の文化~日本でもっとも豊かな隠れ里―人吉球磨~」とし、構成文化財を41件に絞り込んだ。そして、人吉球磨地方の10市町村でシリアル型により申請を行った。

 

認定されたストーリー概要は、「人吉球磨の領主相良氏は、急峻な九州山地に囲まれた地の利を生かして外敵の侵入を拒み、日本史上稀な「相良700年」と称される長きにわたる統治を行った。その中で領主から民衆までが一体となったまちづくりの精神が形成され、社寺や仏像群、神楽等を共に信仰し、楽しみ、守る文化が育まれた。同時に進取の精神をもってしたたかに外来の文化を吸収し、独自の食文化や遊戯、交通網が整えられた。保守と進取、双方の精神から昇華された文化の証が集中して現存している地域は他になく、日本文化の縮図を今に見ることができる地域であり、司馬遼太郎はこの地を『日本でもっとも豊かな隠れ里』と記している」である。

pic_26_05_05城泉寺阿弥陀三尊像 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_06願成寺阿弥陀如来坐像 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_07青蓮寺阿弥陀堂 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_08十島菅原神社 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_09城泉寺阿弥陀堂 提供:人吉市教育委員会

認定後の情報発信と普及活動

2015(平成27)年4月24日の認定後、市郡内の各団体で行われる年度初めの総会などでの日本遺産に関する講演依頼が多くなり、管内の学芸員が対応した。さらに、テレビ放送局、新聞社、自治体広報などを使った日本遺産の情報発信を行っている。

 

このような中、人吉球磨10市町村は、各首長と観光協会等の民間による団体で、「人吉球磨日本遺産活用協議会」を設立し、文化庁の「日本遺産魅力発信推進事業」に取り組んでいる。初年度は情報発信事業として、ホームページ・パンフレット・ポスター・文化財マップの制作、人材育成事業として、人吉球磨観光ガイドアプリのリニューアル・文化財ガイド広域エリア研修を行った。次に普及啓発事業として、「日本遺産フォーラムin人吉球磨」・人吉球磨民俗芸能の祭典・モニターツアーの実施、地域内住民向け啓発チラシの作成を行った。最後に、公開活用のための整備に係る事業として、構成文化財標識板の制作設置・構成文化財案内のぼり旗の制作を行い、日本遺産案内コーナーを地域内に10箇所設置し各々にパンフレットスタンドを完備した。

 

特に、8月29日に実施した「日本遺産フォーラムin人吉球磨」は、稲葉信子氏の基調講演、日本遺産に関するシンポジウムという内容に加えて、熊本県立球磨工業高等学校伝統建築科の生徒による古建築を次世代に残すための事例発表、熊本県立球磨商業高等学校の生徒による日本遺産の取り組み(ホームページ作成・モニターツアー実施)についての事例発表があり、参加された方々の日本遺産への認識が高まったフォーラムであった。

 

認定を受けて早1年が経過したが、初年度はPR・情報発信を基軸に事業を展開したことにより、地域内での日本遺産の認知度が高まってきていることは事実である。次年度はさらにパワーアップした事業の展開が望まれる。

pic_26_05_10球磨拳 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_11臼太鼓踊り 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_12球磨神楽 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_13相良三十三観音巡り 提供:人吉市教育委員会

pic_26_05_14球磨焼酎  提供:人吉市教育委員会

公開日:2016年4月1日最終更新日:2016年4月1日

和田 好史わだ・よしふみ熊本県人吉市教育委員会教育部文化財専門員

人吉市出身。人吉高等学校卒業。昭和55年3月、立正大学文学部史学科(考古学専攻)卒業。昭和57年3月、立正大学大学院文学研究科史学専攻(考古学専攻)修士課程修了。昭和62年度より人吉市教育委員会で埋蔵文化財発掘調査に従事、平成4年度人吉市教育委員会文化課学芸員として採用。人吉市内の遺跡の発掘調査や史跡人吉城跡保存整備、人吉城歴史館建設、文化財資料室建設、人吉球磨の民謡及び民俗芸能の調査等、幅広い文化財保護行政に長年携わる。平成26年6月、モンゴルのウランバートルで開催された東アジア考古学会で人吉市大野遺跡について研究発表を行う。また、日本遺産に関する取り組みとして、周知PR、日本遺産の外国人向けパンフレット作成、日本遺産に関する講座、「日本遺産フォーラムin人吉」、第1回人吉球磨民俗芸能大会を担当する。

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