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Vol.26

特集8

日本遺産の可能性と期待

丁野 朗 / Akira Chouno
公益社団法人日本観光振興協会 常務理事・総合調査研究所長

はじめに(地域を俯瞰する目)

観光まちづくりに携わる職業柄、各地を訪ね歩く機会が多い。もちろん初めての地域も少なくないが、そんなときは決まって二つのことを心がける。一つはその地域の歴史を丹念に調べること、そしてもう一つは、地図を広げて目的地の広域地形を確認することである。

 

そんな鳥の目で地域を俯瞰した鳥瞰図絵師がいる。「大正広重」と呼ばれた吉田初三郎(1884年~1955年)である。彼は大正から昭和初期にかけて全国でなんと3,000点もの鳥瞰図を描いた(図1)。

pic_26_08_01_new図1 吉田初三郎画「函館市鳥瞰図」(発行:函館市役所 昭和11年)  
出典:「地図の資料館 オールド観光案内図コレクション」(https://www.asocie.jp/index.html)より

旅人はまさに鳥の目でやって来る。地域の市町村界や県境、あるいは国境ですら問題ではない。山や湾、岬、河川などを俯瞰し、空から舞い降りて、目的地を丹念にリサーチする。初三郎は、そんな旅人の心を見透かしているかのように、広域絵図の中に細かい路地や魅力的なスポットを詳細に書き込んでいる。それはまるで旅人を誘うような企みにも見える。初三郎の鳥瞰図は、ひとつの地域物語を語っているかのようである。

1.今なぜ地域物語か

そんな地域の物語がいま大きな注目を集めている。その背景には、他地域との違いを明らかにし、地域ブランドを確立することにより観光集客の拡大を望む地域が多いからであろう。日本遺産(Japan Heritage)も、まさにそんな取り組みの一つである。

 

個々の文化財にも、それ自体に一つ一つの物語がある。しかし、時代背景も分野も異なる個々の文化財では、これらを生み出した地域の全体像が見えてこない。日本遺産は、個々の文化財の優劣や希少性を越えて、これらを生み出した地域のストーリーの面白さや意味を編集する作業である。

 

物語化は観光においては、さらに重要である。なぜならば観光とは、温泉や食、ブランド品などのモノ消費とともに、地域固有の物語を追体験する、いわば「物語消費」としての側面が強いからである。

 

例えば北海道富良野は、広大な大地にラベンダーが咲き誇る観光地として有名である。だが、このような自然だけなら何も不便な富良野に行く理由はない。しかし1981年から始まった民放テレビドラマ『北の国から』(田中邦衛主演)が放映されて以来、この何もない大地に多くの観光客が押しかけた。観光客は、この物語を追体験し「物語」を消費するために富良野を訪ねる。

 

しかし、こうした物語づくりには、さらに重要な意味がある。それは、地域住民の自地域に対する理解や愛着、つまり「地域の誇り」の自覚を促すという側面である。地域住民にとって、どんなに優れた景観や特異な資源も、日々見慣れた風景の一つであり、往々にして無頓着である。だから「うちの地域には何もない」と言ってしまいがちである。地域の物語づくりは、こうした地元の資源に対する自覚や誇りを呼び覚ます重要な作業である。これは、日本遺産においても同様である。

2.地政学から地域を捉える

観光にとって地域の固有性(オンリーワン)や優位性(ナンバーワン)を備える資源の発掘・編集は、重要な意味を持つ。例えば地域固有の食材や、その美味しさは、どのような理由によって説明できるのか。地域固有の産業はどうして生まれたのか。奇祭といわれる祭や伝統芸能は、その土地のどのような歴史的背景と係わっているのか。これらを明確に説明することが、資源の固有性や優位性を説明する入り口となる。

 

これら地域資源の特異性は、当該地域の地理・地形(GEO)、その地形・地質に沿った動植物層・生態系(BIO)、これらの上に展開される産業や都市・文化・暮らし(SOCIO)の総体から説明できることが重要である。

 

近年、注目を集めているジオ・パーク(大地の公園)は、地理・地形・地質の固有性に係る編集作業である。これらが、地域の動植物層や生態、鉱物資源や食資源などとの関連を探り、その土俵の上に発展した産業と都市の形成、固有の文化や暮らしなどが説明できれば、観光資源としても活用できる。

 

その一例として、世界有数の豪雪地帯と言われる信濃川流域の十日町・妻有地域の事例を図2に示した。信濃川流域の地形は40万年前の隆起でできた河岸段丘が大きな特色である。段丘上には縄文中期からの集落跡と国宝・火焔型土器などが発掘されている。またこの地は世界有数の豪雪地帯として知られる。信濃川流域にはブナの原生林とともに、編衣・編布の原料となった苧麻(からむし)が自生するが、これらは、その後のこの地域の織物産業の原点となった。

 

こうした地形・地質・生態系の上に、雪国ならではの暮らし文化と産業が発達した。豪雪の中での暮らしは3階建ての住宅構造や雁木、いまも続く節季市やジロバタなどの暮らし文化、雪室貯蔵の食品や織物に起源を持つへぎそばなどの食文化、600年以上も昔から続く「バイトウ(巨大なドント焼き)」や「ホンヤラ洞(雪洞〈かまくら〉)」などの地域固有の祭行事を継承し、雪晒しの越後縮やその後の織物産業への発展、日本初の雪祭などの地域文化が形成されてきた。

 

これらストーリーの一部が、現在、観光庁認定のブランド観光圏「雪国観光圈」の基本ストーリーにもなっている。

pic_26_08_02図2 世界有数の豪雪地帯、十日町・妻有地域の資源とその俯瞰図
大河信濃川と河岸段丘、世界有数の豪雪地帯という固有の地形・地質(GEO)と、その大地が形成した里地里山の苧麻や豊富な山菜などの固有の生態(BIO)、これらのもとで育まれてきた暮らし文化や食・産業(SOCIO)を体系的に整理し、一つの物語(例「雪国文化圏ものがたり」)として編集する。

3.地域資源編集の視点とテーマによる連携

地域には長い歴史とその盛衰の中でじつに多様な資源が存在する。従って、これらの資源を活用しストーリーを描くには、地域資源の編集視点が求められることになる。しかし、その視点はじつに多様である。

 

図3に示すように、地域の資源を、産業や技術、伝承された匠の技といった視点から編集すれば産業観光といったプログラムが生まれ、スポーツで編集すればスポーツツーリズムのプログラムが生まれる。産業や技術という視点は、いわゆる近代化産業遺産や現役の工場・工房だけでなく、城や寺社などでも可能である。

pic_26_08_03図3 地域資源編集の多様な視点
地域のあらゆる資源は歴史軸・空間軸を通して相互につながっている。これらを、多様な視点で編集しストーリー化することが重要である。文化財はもとより、より広い「文化」の視点から編集すると「日本遺産ストーリー」が生まれる。

約6年の歳月をかけて平成の大改修が行われた姫路城では、その改修に石工や瓦職人、漆や金具職人などが動員された。この間、素屋根にエレベーターを設置してその修復過程を観光していただいた。「天空の白鷺」と名づけられたプロジェクトは、激減するはずの観光客を食い止めて新しい城の観光スタイルを確立した。これは産業観光である。

 

初年度に日本遺産に認定された富山県高岡市でも重要文化財の勝興寺が1998(平成10)年以降の大改修に入っているが、ここも素屋根をかけて時々刻々と変わる改修過程を見学させている。完成は2020(平成32)年というから、まさにスペインバルセロナのサグラダ・ファミリアを彷彿させる。

 

このように見ると、地域の有形・無形の文化財を核に、地域文化のストーリーを描く日本遺産は、重要な文化観光の素材になる。

 

地域の資源は、個々の市町村単位で編集することもできるし、周辺の市町村、さらには県域をまたいで編集することも可能である。第1期認定の18の日本遺産ストーリーのうち、単独の市町村で認定されたもの(地域型)は8地域、残り10地域は複数地域にまたがってストーリー展開されるシリアル(ネットワーク)型であった。

 

中には、「四国遍路~回遊型巡礼路と独自の巡礼文化~」のように4県57市町村による共同提案の例や、「近世日本の教育遺産群~学ぶ心・礼節の本源~」のように、隣接しない飛び地の4県市からの、いわばテーマ連携によるストーリーも含まれている。資源の共通性をテーマとするストーリーの事例では、世界遺産となった「明治日本の産業革命遺産」や、かつての北前船交易都市の連携のように、飛び地によるストーリーづくりも大いに考えられる。

4.日本遺産と地域活性化

日本遺産の狙いは、ストーリーを語る上で欠かせない魅力溢れる有形・無形の文化財群を、地域が主体となって総合的に整備・活用すること。そしてこれらを国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことによって地域活性化を図ることにある。

 

特に海外からの来訪客に日本の文化をダイナミックに伝えるには、明確なメッセージを持った、わかりやすいストーリー構築が不可欠である。同時に、これらの取り組みが確実に地域活性化効果を生み出すためには、地域づくりにむけた未来へのビジョンを共有し、これらを実現する明確な活用事業が展開できることが不可欠である。

 

日本遺産の「遺産(Heritage)」は、過去のものではない。むしろ未来への大切な贈り物であり、新たな価値を生み出す資産としての活用こそが望まれるのである。

公開日:2016年4月1日最終更新日:2016年4月1日

丁野 朗ちょうの・あきら公益社団法人日本観光振興協会 常務理事・総合調査研究所長

1950年高知県生まれ。マーケティング及び環境政策のシンクタンクを経て、1989年財団法人余暇開発センター入所。2002年に財団法人社会経済生産性本部に移籍。「ハッピーマンデー(祝日の月曜日指定)制度」創設や、産業観光などの各種ニューツーリズム創出事業などを通じた地域活性化事業などに携わる。2008年に公益社団法人日本観光振興協会に移籍(現職)。
観光庁、国土交通省、経済産業省、文化庁などの関係省庁委員や地方自治体の観光ビジョン委員等として各種政策形成に係わっている。東洋大学大学院客員教授、多摩大学大学院客員教授、法政大学キャリアデザイン学部講師などもつとめる。

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