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Vol.29

総論1

「歴史まちづくり」が生み出す豊かな世界へ

西村 幸夫 / Yukio Nishimura
東京大学大学院 工学系研究科都市工学専攻 教授

pic29_s01_00村上まつりでは伝統的に受け継がれた彫漆工芸がいかんなく発揮される「しゃぎり屋台」が村上の古い街並みを練り歩く。提供:新潟県村上市

歴史まちづくり法が生まれた背景

ひとが住み続けている限りどんなまちにも歴史があるのはあたりまえなので、そのまちの歴史に立脚をしたまちづくりをすることも当然のことのように思われるのだが、意外なことに「歴史まちづくり」ということばそのものは比較的新しい。このことばは、2008(平成20)年に施行された「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」が通称「歴史まちづくり法」と呼ばれるようになったことから、一般にひろまったものである。

 

もちろん、歴史まちづくり法以前に歴史を生かしたまちづくりがなかったわけではない。古くは倉敷や妻籠の町並み保存運動に始まり、全国各地で歴史的環境保全の動きはあった。しかしそれらの多くは、伝統的な建造物群が集中する地区の保存運動にとどまっていたといえる。開発を優先する世論の中で歴史を基軸としたまちづくりは、往々にして限られた地区や古都だけの課題としてとらえられてきた。開発優先の世相の中で、歴史を生かしたまちづくりは、いわば例外的な地区や都市の課題だととらえられてきたのである。建て替えが頻繁な木造建築物が都市の大半を占め、さらには多くの都市が戦災に遭った日本の戦後では、それは致し方がないことだったかもしれない。

 

しかし時代は変わった。

 

美しい景観や都市の歴史的ストックが地域の貴重な財産であり、観光資源とも見なされるような時代になったのだ。2004(平成16)年には景観法が施行された。景観法は、「良好な景観は『国民共通の資産』(法第2条)」とうたい、その整備や保全のための規制に法的な根拠を与えたものである。

 

まちづくりにおいても、種々の都市問題への対処や住環境の改善といった問題解決型の施策から、まちの個性を生かすといった固有性の追究の時代へと、課題の広がりが顕著となってきた。

 

文化財の世界でも文化財保護法の改正がすすみ、1996(平成8)年に登録文化財制度が生まれ、2004(平成16)年には文化的景観が文化財の一つとみなされるようになった。2008(平成20)年、文化庁は歴史文化基本構想という歴史文化を活かしたマスタープランとしてのプログラムを打ち出し、今日まで続いている。

 

歴史文化基本構想と並行して、自治体がすすめる歴史を生かしたまちづくりをさらに後押しするための仕組みを整えたのが歴史まちづくり法なのである。2008(平成20)年のことである。ちょうど歴史文化基本構想の出現とほぼ同じタイミングだった。

 

歴史まちづくり法の特長と期待できる効果

これまでの施策では、歴史を生かすというと文化財の保護や歴史的町並みの保存に対象が限定されがちだったし、開発と保存という行政のたてわりもあった。歴史まちづくり法ではそうした制約を乗り越えて、コアの文化遺産を守るだけでなく、その周辺を広く歴史まちづくりをすすめる区域としてとらえ、事業部局と文化財保護部局が手を取り合って、コアの指定文化財やその周辺地域での伝統文化を反映した人々の営みを支援する仕組みを用意している。

 

これらのことがうまく機能するためには、文化遺産とその周辺の市街地や農地が一体となってまちづくりに生かされる必要がある。そのために歴史まちづくり法は、農林水産省と文部科学省(直接の担当は文化庁)、国土交通省の共管の法律となっている。

 

歴史まちづくり法のもとで市町村が作成する「歴史的風致維持向上計画」を国が認定することによって、歴史まちづくりの方針が固まることになる。同計画はおおむね5年から10年間のこれからの歴史まちづくりのアクションを描いた計画である。政治的な風向きが変わっても歴史まちづくりの方向性はぶれずに進めることができるという意味でも心強い。

 

歴史的風致維持向上計画とはかなり堅苦しい名称であるが、これは都市の歴史的環境を守り育てていくための法的仕組みがこれまで日本では整っていなかったため、適切な法律用語が育っていなかったことに起因している。できれば「歴史まちづくり計画」といったやわらかい名称が定着していってほしいものだ。

 

同計画における「歴史的風致」とは、歴史的な価値の高い建造物等とその周辺をコアとして、その地域における伝統文化をもとにした人々のソフトな活動とが一体となって形づくられるものであると定義されており、ハードとソフトを一体的にとらえている点が、ここでいう歴史まちづくりの大きな特長となっている。

 

たとえば鎌倉市の歴史的風致維持向上計画では、「別荘文化に由来する歴史的風致」なども重要な歴史的風致の一つとして挙げられていることからもわかるように、計画策定の際の議論において、自分たちのまちが有する歴史や文化の資源をより多角的に見直す良い契機となっている。多くの都市においては、祭礼や生業にかかわる歴史的風致が取り上げられるが、そのほか、人々の生活に関する歴史的風致や娯楽などの伝統行事に関する歴史的風致が取り上げられることもある。

 

pic29_s01_01鎌倉の住宅地の風景。こうした住宅地に住む人々の生活様式が近代鎌倉のハイソな歴史的風致を生み出してきた。

歴史的風致維持向上計画では、重要文化財などの国指定文化財や国が選定した重要伝統的建造物群保存地区を核として、その周辺市街地を一体として歴史的風致を維持し向上させるための重点区域と定めることができる。この重点区域内の歴史まちづくりをすすめるための事業に対して、社会資本整備総合交付金の支援対象を拡大したり、交付率をかさ上げすることなどを通して、国の手厚い支援を受けることが可能となる。また、歴史まちづくりのために欠かせない拠点の建物を歴史的風致形成建造物に指定することによって、その買取や移設、修理や復元を国庫補助の対象とすることができるようになる。

 

このように、歴史まちづくり法を活用することによって、点としての指定文化財だけでなく、その周辺も調和のとれた環境を生み出すことができることになる。これまでの法制度が、とかく歴史的環境を保全するためにより厳しい規制をかけることを後押しするものであったのと対照的に、歴史まちづくり法は、国の支援を前面に打ち出した事業法なのである。

今後の期待

歴史まちづくりを進めることによって、地域の風景がより洗練されてくれば、地域の付加価値も高まり、人々も住み甲斐があるというものだ。景観を整えるための規制も受け入れやすくなるだろう。魅力的な地域には企業も来訪者も増えてくるに違いない。観光のために訪れる人が増えると、その経済効果も期待できることになる。

 

さらにいうと、歴史的風致形成建造物を幅広く指定しておくと、大きな自然災害に襲われたような場合にも、公的支援を差し伸べるべき建造物としての根拠づけにもなるだろう。

 

歴史まちづくりの効果はこうした外形的なことだけにとどまらない。

 

自治体のたてわり行政のなかで、従来は、文化財保護部局と開発部局とは無縁どころか、犬猿の仲といっても過言ではない関係のところが多かった。ところが、歴史まちづくりを進めていくためには、文化財とその周辺環境をいかに調和させるか、という視点が欠かせないため、文化財保護部局と開発部局の日常的な協力関係が必然的に生まれるのだ。

 

こうした環境の中で、文化財保護部局もこれまでの指定文化財至上主義的な見方を改めて、より広く文化財をとらえ、地域においてそうした文化財が果たすべき戦略的役割を考えることが日常化していくことになる。並行して開発部局においても、新規のフローを生み出すだけでなく、既存のストックに目を向けてそれを活かす施策を展開するという、より幅の広いまちづくりの視点を獲得することができるようになる。

 

両部局の協調の中から、歴史まちづくり課といったセクションが市長部局に設置された例も少なくない。

 

歴史まちづくりは単なる時流にのった施策なのではなく、まちづくりの確固とした礎の一つとなったといえる。ひとが住み続けている限り、どんなまちでも歴史があるのだから、どこのまちでも歴史まちづくりは可能なのだ。それが私たちの生活をより魅力的なものにしてくれるのである。

公開日:2017年4月10日最終更新日:2017年4月10日

西村 幸夫にしむら・ゆきお東京大学大学院 工学系研究科都市工学専攻 教授

1952年福岡市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業、同大学院修了。工学博士。明治大学助手、東京大学助教授を経て、1996年より東京大学大学院教授。専門は都市計画、都市保全計画、都市景観計画など。近著に『都市経営時代のアーバンデザイン』(編著、学芸出版社、2017)、『図説 都市空間の構想力』(編著、学芸出版社、2015)、『まちの見方・調べ方―地域づくりのための調査法入門』(共著、朝倉書店、2010)などがある。日本イコモス国内委員会委員長、国土交通省国土審議会委員、文化庁参与などを務める。

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