ラマ9世の崩御

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文化遺産(海外)

ラマ9世の崩御

徳澤 啓一 / Kei-ich TOKUSAWA

岡山理科大学総合情報学部教授

筆者は、中国雲南省から東南アジア大陸部(ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、マレーシア、ミャンマー)にかけてのフィールドワークを通じて、主として、土器作りなどの窯業民族誌の比較研究を行っている。研究の題材は、土器などの「もの」と「ものづくり」の技術が中心である。ただし、これらの地域差や系統性を論じるためには、これらの差異を生み出す「ひと」のかかわりを解き明かす必要がある。とりわけ、現生の民族誌の場合、「ひと」が生み出す新たな生活文化や制度などが物質文化に与える影響を見計らうことが重要になってくる。そのため、直接的な研究の対象である民族誌の調査とともに、現地の出来事や社会現象、実生活の変化などに関心を払い続ける必要がある。

これから、筆者のフィールドにおいて、気になる話題を取り上げて、筆者なりの理解とともに紹介していくことにしたい。

王の中の王

タイ王国では、2016年10月13日(木)午後3時52分、入院先のバンコク・シリラート病院において、ラマ9世プーミポン・アドゥンヤデート国王陛下が崩御した。享年88歳であった。

ラマ9世は、実兄ラマ8世の早逝によって、第2次世界大戦終結直後の1946年、18歳の時、王座に就いた。王は、北部の山地少数民族を支援する王室プロジェクトなどに見られるとおり、農村開発や貧困削減に尽力してきた。地方巡視で膝を下ろして村々で直接語らう王の姿は、国民の信頼と尊敬を集めてきた。また、1997年のアジア通貨危機では、王が使用した「軸を足して使い込まれた鉛筆」や「使い切った歯磨き粉のチューブ」などに見られるとおり、質素倹約を旨とするライフスタイルを自ら実践することで、国民に「足るを知る生活」を呼びかけた。また、王の清廉高潔な人柄は、国民からの絶対的な敬愛を受け、王の中の王と称されるようになった。

こうして、王は、タイ現代史の中で決定的な影響力を持つようになる。タイ王国では、2014年の国軍による軍事クーデターに見られるとおり、政府と民主化グループの政治的対立が続いている。王は、立憲君主制の中で象徴的な存在であるものの、こうした政治的危機には、直接的・間接的な介入を行ってきた。とりわけ1992年の暗黒の5月事件では、当時対立していたスチンダ首相とチャムロン都知事の双方を王宮に召し出し、政府と民主化グループを調停・仲裁する映像が配信され、王の絶大な政治的影響力を世界に示した。また、2006年から2014年にかけてのタクシン元首相派と反タクシン派との対立をめぐっては、政治混乱を収束させるため、王の決断が国軍の介入に大きな影響を与えたとされる。

服喪

崩御の翌日、王の遺体は、同病院から王宮まで運ばれ、その車列の沿道には、多数の国民が平伏しながら見送る様子が放映された(映像1)。プラユット暫定首相は、同日会見し、政府機関をはじめとして、14日から30日間半旗を掲げるとともに、職員は1年間服喪することとした。また、国民に相応の自粛的な行動を取るように要請した。22日には、王宮前広場に数万人の国民が集まり、国王への弔意を表すために国王讃歌を斉唱した(映像2)。

10月29日から王宮において国王の棺の前で弔意を表する弔問の受付が始まった(動画1)。地方から弔問に訪れる国民のために、国鉄やタイ国際航空系列各社は、運賃の割引を実施し、政府機関等によって、王宮前広場までの送迎バス、待機所や宿泊所の設営、そして、食事の配給等が手配された(動画2)。連日、王宮前広場には、多数の国民が押し寄せており、内務省の発表では、崩御後2週間の時点で1日あたり4〜8万人が弔問に訪れている。弔問は、上下の服装から靴や持ち物までも黒い喪服の着用が義務付けられているが、街中の服装も黒い衣装、あるいは、喪章を付けた装いが目立ち、巷では、喪装に近い衣装の特需となっている。

追悼

街中には、王の追悼メッセージの掲示で溢れており、行政主催の催事や地方特有の文化的行事、ホテル等のイベントやパーティー、コンサートやスポーツ大会などが自粛されてきた。また、テレビでは、ニュースを除いて、ドラマ等の通常番組の放映が中止され、王の生前の功績を讃えるドキュメンタリーが延々と流された。また、12月5日の国王誕生日に合わせて製作されていた王を讃えるドラマが前倒しで放映され、王が原作したアニメーションが放映されるなど、王の生前の偉業が讃えられた(映像3)。また、インターネット上には、さまざまな機関や会社、著名なアーティスト等によって、王を追悼する多数の作品が発表されている(映像4)。ここに世代を越えて国民に愛されたラマ9世の遺徳を偲ぶことができる。

火葬の葬列

ラマ9世の治世は、在位70年の長きにわたり、自ら現代タイの発展に貢献してきた。しかしながら、この間、国家として、王室として、王の葬礼を執り行った経験がない。そのため、ラマ9世が病床に付いてから数年にわたり、伝統的な葬礼と現代的な執行の兼ね合いが政府内で議論されてきたという。王の葬礼は、国家行事であり、伝統文化である。これまでの記録を紐解きながら、今日の葬礼の準備が進められてきた。現時点で崩御から1ヶ月が経過したものの、国王の火葬は、1年以上先のことになるといわれている。今回、筆者は、ラマ9世の葬礼を先回りし、これから使用されることになる火葬にかかわる王室御物を紹介する。これらは、王宮前広場に隣接するバンコク国立博物館展示室17「王族の葬儀」に展示されており、ラマ9世の火葬では、遺体を納める駕籠を除いて、これらが実際に使われることになるという。

大山車パ・マハー・ピチャイ・ラチャロット(Phra Maha Phichai Ratcharot)

この大山車は「偉大なる勝利の王室山車」と称され、1795年、コム・ソムデッ・パプッタヨートファー・チュラーローク、すなわち、ラマ1世の父君の葬儀の際に製作された(写真1)。王宮から火葬場に遺体を納めた駕籠を運ぶための大山車である。高さ11.2m、幅7.3m、長さ18m、重量14tであり、チーク材で製作されている。これを曳き回すには、216人の屈強な男性が必要である。漆と金箔、そして、モザイクガラスによって装飾され、大山車の梁には、神話上、メール山に住む蛇神パヤー・ナークが描かれている(写真2)。大山車は、修理と補強、そして、減量を伴う改修が継続され、直近では、2008年、ラマ9世の姉君ガラヤニ・ワッタナー王女の葬列で使用された。

ph_01_1141_s写真1 大山車パ・マハー・ピチャイ・ラチャロット(筆者撮影)

ph_02_1142_s写真2 蛇神パヤー・ナーク(筆者撮影)

駕籠パコー・トン・ヤイ(Phra Kodd Tong Yai)

これは、2008年、ラマ9世の姉君ガラヤニ・ワッタナー王女のご遺体が納められた駕籠である(写真3)。サンダルウッド、すなわち、白檀(びゃくたん)で製作された。今回のラマ9世の駕籠は、南部のクイブリ国立公園から伐採され、現在、ナコンパトム県の文化省芸術局で新調されているところである。

ph_03_1150_s写真3 駕籠パコー・トン・ヤイ(筆者撮影)

輿パ・ヤーナマー・サム・ラムカム(Phra Yannamas Sam Lamkhan)

これは、大山車と同じように、ラマ1世の御世に製作された(写真4)。遺体を納めた駕籠を大山車に載せるため、また、大山車から降ろして火葬場に運ぶための輿である。60人の男性が肩に担いで輿を運ぶ。漆と金箔、そして、モザイクガラスによって装飾されている。

ph_04_1124_s写真4 輿パ・ヤーナマー・サム・ラムカム(筆者撮影)

輿パ・ティ・ナン・ラチェンタラヤン(Phra Ti Nang Rachentharayan)

この輿は、火葬場から王宮に戻る際、火葬骨を納めた黄金の骨蔵器を載せるための輿である(写真5)。幅1.03m、長さ5.48m、高さ4.23mであり、これを担ぐためには、56人の屈強な男性が必要である。漆と金箔、そして、モザイクガラスによって装飾されている。

ph_05_1181_s写真5 輿パ・ティ・ナン・ラチェンタラヤン(筆者撮影)

王室御物と博物館

このように、タイ王国における国立博物館は、これらの王室御物に見られるとおり、王室所有物の保管庫という性格を併せ持ち、これらを広く国民に公開し、王室権威と国家形成の理解と学習のための役割を負っている。このうち、展示室17は、別名The Royal Chariots Buildingと称されるとおり、とくに、大山車の格納庫として建設されており、大山車の大きさと形にあわせて、出し入れが容易な設計となっている(写真6)。大山車は、1795年以降、改修を繰り返し、ラマ9世の御世にも王族の葬礼で3回使用されたとおり、今日まで大切に受け継がれてきた。大山車をはじめとする火葬にかかわる王式御物一式は、一般に開放され、現時点では、通常どおり見学することができるものの、1年以上先になるとされる火葬の儀が執り行われるまで、修繕や準備などが行われる関係上、近くからの鑑賞が難しくなると考えられる(写真7)。

ph_06_1114_s写真6 大山車と展示室の扉(筆者撮影)

ph_07_1159_s写真7 生徒の見学(筆者撮影)

また、文化遺産に関することとしては、国王への弔意を表するため、2016年10月20日から2017年1月31日まで、文化省芸術局が管轄する全国の史跡や歴史公園、そして、博物館の入場を無料にすることになった(写真8)。また、11月1日から王宮観光を再開し、王宮内の博物館等の見学も可能になってる。

ph_08_0592_s写真8 博物館等の入館料に関する告知(筆者撮影)

公開日:2017年1月11日

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