南アジア文化遺産の世界 トピックス2 世界遺産モヘンジョダロのいま-保護・保全をどうすればよいのか-(下)

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文化遺産(海外)

南アジア文化遺産の世界 トピックス2 世界遺産モヘンジョダロのいま-保護・保全をどうすればよいのか-(下)

野口 淳 / Atsushi NOGUCHI

NPO法人南アジア文化遺産センター理事・事務局長

「埋めるべきか、埋めぬべきか」それが問題だ

さて前回の記事の後、2017年3月6日付でパキスタン最大の英字紙The Dawnにも国際会議の報告が掲載された(https://www.dawn.com/news/1318790)。タイトルは‟ Moenjodaro: to bury or not to bury the ancient city”、日本語に翻訳すると「モエンジョダロ1)―古代都市を埋めるべきか埋めぬべきか」だ。ここでもケノイヤー教授の「埋め戻し案」が、「(モヘンジョダロのある)一帯は塩分濃度が高く、それが表面に析出するとレンガが破壊される。塩害からレンガを守るためには、遺跡を(塩分と反応して塩害を引き起こす)酸素から遮断できる地下にとどめておくべきだ」という教授の主張とともに第一に取り上げられている。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA写真1 ボーリング調査プロジェクトについて発表するヤンセン教授(2017年2月筆者撮影)

これに対して、おおよそ180度異なるコメントを寄せているのが、ユネスコのスーパーバイザーとしてモヘンジョダロの保存修復プロジェクトに関与するドイツのミヒャエル・ヤンセン(Michael Jansen)教授である(写真1)。ヤンセン教授は、ケノイヤー教授の見解を真っ向から否定する。曰く「それは遺跡保護に関する古い考え方です。なぜなら、遺構を観察すると(塩害による)粘土の変化は(遺構が地面に接する)非常に薄い層でしか起こっていないことが明瞭だからです。従って埋め戻しはまったく無意味です」と。

埋め戻しに意味はない:現在のモヘンジョダロはオリジナルなのか?

ヤンセン教授は、1970年代からモヘンジョダロの保存問題に一貫して取り組んできた。国際会議において埋め戻し案を全面否定した教授の主張は、1) 現在地表面に露出している大部分は発掘後に何らかの修復の手が加えられたりオリジナルの遺構の上に復元構築されたりしたものであり、2)また塩害は遺構全体のごく限られた部分にしか発生しておらず、3)したがって継続的な補修を行えば対応できる、というものである。

図1図1 ストゥーパの平面図と断面図(マーシャルの報告書より)ストゥーパを取り囲む僧坊の遺構は発掘後に埋め戻されている

1)については、ヤンセン教授曰く、都市の中核と考えられている城塞(シタデル)地区では50%以上が復元または補修済みで、遺跡のシンボルともいえるストゥーパ2)は基壇部分を発掘した上で埋め戻し復元したもの(図1)、穀物倉や大浴場などもオリジナルの面に再構築されているという(写真2~4)。

写真2写真2 大浴場(2005年1月筆者撮影)

写真3写真3 大浴場(2005年1月筆者撮影)※現在は有刺鉄線で保護され内部に立ち入ることはできない

写真4写真4 穀物蔵(2005年1月筆者撮影)

ヤンセン教授は、1970年代からモヘンジョダロの保存問題に一貫して取り組んできた。国際会議において埋め戻し案を全面否定した教授の主張は、1) 現在地表面に露出している大部分は発掘後に何らかの修復の手が加えられたりオリジナルの遺構の上に復元構築されたりしたものであり、2)また塩害は遺構全体のごく限られた部分にしか発生しておらず、3)したがって継続的な補修を行えば対応できる、というものである。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA写真5 修復用に用意された新しいレンガ(2017年2月筆者撮影)

ところでヤンセン教授の主張は、過去の写真を現状と比較して、ここは修復・復元されている、ここは発掘時のレベルより高くなっているので埋め戻されている、というものであった。実際、遺跡の中を歩くと新しいレンガで置き換えられた部分がある。そうした修復用のレンガも、遺跡内に準備されている(写真5)。レンガ積みの壁・建物に見られる塩害は地面に接する部分から進行するのだが、現状ではあまり被害が生じていないように見えるところがある。これは後から人為的に埋め戻された、または自然に流れ込んだ砂が本来の発掘面を覆っているのだろう。この点で、ヤンセン教授の指摘はその通りだと言えるかもしれない。

基準となる記録の不在:最大の問題点

そこであらためて1930年に刊行された発掘調査報告書を見直してみると、もっと根本的な問題に気づく。実は発掘当時の記録が不十分なのである。いや、正確に言うならば当時の水準としては十分だったが、今日、遺跡の状態を議論するには情報が少なすぎるのだ。

報告書には、遺跡の地区ごとの大まかな平面プラン図-壁の範囲を黒塗りとし、道路や建物の空間を表したもの-と、いくつかのラインに沿った断面図が掲載されている(図1・2)。しかし、平面プラン図は設計図的に描かれており、現状認められる凸凹や傾きが、発掘当初からの状況なのか、発掘後現在に至るまでに生じた変位なのかを知るすべがない。また限られたライン上の断面図しかなく、基準となる高さも判然としないため、どこが埋め戻されているのか、オリジナルな遺構の上に再構築されているのか、あるいは崩壊し失われているのかを判断できない。

もっともこれは、モヘンジョダロに限った問題ではない。パキスタンのほかの世界文化遺産遺跡でも同様である。たとえば北部パンジャーブ州、ハイバル・パフトゥンフワ州にまたがって所在するタキシラでも、20世紀前半に刊行された報告書はモヘンジョダロと同様の平面図・断面図しかないが、詳細が分からないままに石積みの修復が繰り返されている。また損傷したストゥッコ製仏像の頭部の修復をめぐっては、真正性(オーセンティシティ)が問題となったこともある。

まず行うべきは精確な記録

話しをモヘンジョダロに戻そう。立場を異にするケノイヤー教授もヤンセン教授も、モヘンジョダロには未知の部分がまだ多く残されており、さらなる調査研究が必要だという点では同意している。ユネスコのプロジェクトにより遺跡範囲を確認するボーリング調査プロジェクトを進めているヤンセン教授らは、今回、遺跡の範囲が従来に比べて最大で2倍まで広がるかもしれないと述べた。ケノイヤー教授は遺跡の深部に、文明成立のカギを握る古い都市が埋もれている可能性を指摘したが、ヤンセン教授らのボーリング調査では実際に地下数m~十数mに土器やレンガが含まれる地層が確認されている。

こうした、まだ知られていない情報を得るためにもあらたな発掘調査を行いたい、そのためにはまず保存対策を解決しなければならない。これはすべての研究者、専門家が同意するところである。

もちろん、恒久的な保存を目指して十分な議論を重ねることは重要である。一方で、その間にも遺跡の崩壊は進んでいく。となると、保存対策の議論と並行して、とにかく現状の詳細な記録が急務であろう。基準となる情報や記録がないままに修復作業が進むと、どこかオリジナルでどこがそうでないかが分からなくなるという問題もある。もはや発掘当初の状況に立ち戻ることはできない。まずは記録、それからどこがオリジナルでどこが改変され、または復元再構築されているかを確認していけばよい。詳細記録は、今後さらに進行するだろう遺跡の崩壊について、どの場所がどれだけ、どのような影響を受けているのかを定量的に評価する基準にもなる。

3D計測が拓くあらたな記録・保存の道すじ

そこで次の動画を見てもらいたい(https://vimeo.com/205539351)。これは著者が今回、現地で計測記録したDK地区のレンガ積みの壁の3Dモデルである3)。会議最終日の午後、すべてのプログラム終了後に各国の研究者らとともに遺跡を訪れた際、15分ほどの間に市販のコンパクト・デジタル・カメラで撮影した画像を、AGI フォトスキャン(Photoscan)というソフトで処理したものである。

技術の発展は日進月歩である。SfM-MVS(Structure from Motion- Multi View Stereo)と呼ばれる手法は、対象範囲を十分にカバーするデジタル画像の組み合わせから、簡単に3Dモデルを作り出せるようになった。レンガ一つ一つの大きさや形状、欠損状況まで記録できるこの手法を導入し、精密な測量と組み合わせることで、遺跡の細部から全体までをカバーすることができる。これを基礎データとして、どこがどれだけ崩壊しているのか、そこをどのように修復するのか、あるいは埋め戻すのであればレプリカを作成し、また将来再発掘する際に確認する手段にもなる。

さて、このアイデアはモヘンジョダロの保存に有効であろうか。現地向けに提案し、実現化に向けて働きかけていきたいと考えている。

モヘンジョダロとパキスタン文化遺産の未来

ところで国際会議を主催したパキスタン側は、かつて花形の観光地であったモヘンジョダロに再び外国人観光客を呼び込みたいという強い意欲を示している。2001年の同時多発テロ、それに続くアフガニスタン内戦への米・NATO軍の介入を機に、隣国パキスタンの治安も悪化、モヘンジョダロ観光の入り口となるカラチでも爆弾テロが相次ぐなどし、観光客の足は遠のいた。遺跡内の博物館脇に整備されたゲストハウスは休業状態になり、ガイドや土産物店も仕事を失った。そして2007年には夜間に博物館に押し入った強盗が貴重なインダス式印章など多数の展示収蔵品を略奪、これらはいまだに発見されていない。

遺跡、文化遺産の保護と観光は時に相容れないこともあるが、少なくとも現地では、多数の観光客が集まることはさまざまな側面で保護を進める動機にもなる。多すぎる観光客は遺跡にダメージを与えるだろう。しかし逆に、それまで集まっていた観光客の数が極端に減じると、現地には外部からの関心の低下として受け止められる。観光産業を通じての収入の減少、断絶もあいまって、遺跡、文化遺産は価値を失ったと捉えられ、最終的には無視、放棄につながるだろう。

予算や人員など、国や州の体制が十分でない中で、観光産業を通じて遺跡、文化遺産周辺に集まる人びとは、実はちょっとした修復や清掃、そして日常的な監視など、公共セクターの不十分な対応を補っていることがある。現地の人びとを巻き込み動員するという側面では、観光を含め現地に何らかのかたちで利益が還元される仕組みを考える必要があるだろう。もちろん、ここでいう利益とは金銭的なものに限らない。社会的なステイタスなど、受益者にとって利益があるとみなされるものであれば良い。

また会議の2日目夕方には、海外からの参加者とパキスタン側関係者だけによるセッションが開かれ、保護・保存のさらに先について議論が交わされた。国や立場に関わらず発言者に共通していたのは、未来を担う世代への橋渡しの必要性であった。子供向けの書籍、遺跡や博物館に呼び体験させる仕組みなどを、研究者、専門家が積極的に取り組んで普及を進めることは将来にわたって遺跡を保護していく上でもっとも重要な課題である、と。

その通りだろう。

遺跡と博物館は、いまでも地元の小学生がしばしば見学に訪れるし、博物館前の芝生広場は土日のお休みの格好のピックニックの場として家族連れでにぎわう。そうしたごく普通の人びとの理解と受容こそが、遺跡を将来にわたって保護していくための原動力になるだろう。


(1)    前回註2のとおり遺跡名の表記に揺らぎがある。Moenjodaro(モエンジョダロ)はユネスコ世界遺産の登録名称。しかしもっとも一般的な表記はMohenjo daro(モヘンジョダロ)である。
(2)    ただしモヘンジョダロの象徴のように思われているストゥーパは、インダス文明から2千年以上後の仏教時代の遺跡である。
(3)    3Dモデルはこちらからインターネット・ブラウザ上で閲覧可能(https://skfb.ly/6owH7)

公開日:2017年3月22日

野口 淳のぐち あつしNPO法人南アジア文化遺産センター理事・事務局長

1971年東京都生まれ。東京大学総合研究博物館学術支援専門職員、奈良文化財研究所客員研究員、早稲田大学東アジア都城・シルクロード研究所招聘研究員。専門は日本と南アジア、アラビア半島の旧石器時代考古学。三次元計測などにも取り組む。2004年よりパキスタンでの考古学調査に携わる。2014年にNPO法人南アジア文化遺産センターを立ち上げ、南アジア諸国での文化遺産の調査・保護の支援協力に乗り出す。著書に『イスラームと文化財』(共編著、新泉社)など。
NPO法人南アジア文化遺産センターwebサイト(http://jcsach.com)

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