考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」1-考古生化学とは何か-

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文化遺産

考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」1-考古生化学とは何か-

庄田 慎矢 / Shinya SHODA

(独)国立文化財機構 奈良文化財研究所 主任研究員

 

日本では、「考古学」と聞くと歴史学系、すなわち文科系の学問というイメージを思い浮かべるかと思います。しかし、海外では必ずしもそうではありません。 遺跡から出土した過去の生物の年代を知るために、宇宙線物理学の研究成果に基づいて放射線炭素1)が初めて利用されたのは古く1940年代にさかのぼります。また近年では、自然人類学などの領域を含んだ広い意味での考古学の中の、考古科学(Archaeological Science)という分野、すなわち、分析科学の手法を積極的に用いることによって過去の人間活動に関する様々な事柄を明らかにしようとする分野の研究が、英国や欧州の各国、あるいは北米を中心に盛んに行われています。

 

ただし、一口に「考古科学」といっても、その対象は遺跡から出土するあらゆる無機物(土器、石器、金属器や岩石・鉱物など)や有機物(木器、骨角器、動物・植物遺体、人骨など)が含まれますので、ここでは紹介しきれない程に非常に多様な研究分野が林立することになります。このコラムでは、このように幅広い考古科学の中でも、特に近年急速な発展を見せて注目を集めている、「考古生化学」という分野について、4回に渡って紹介していきます。読者の皆さんの中にはこの言葉を聞き慣れない方も多いかもしれませんので、まずはこれらの用語について少し説明をすることにします。

 

生化学とは、生命現象を化学的に研究する生物学または化学の一分野で、細胞生物学、分子生物学、免疫学、遺伝学などとのつながりの強い研究分野のことを言います。研究対象は生体物質全般ですが、特に顕微鏡でも見ることのできない極めて小さな物質、例えばDNAやタンパク質、糖質、脂質の特性やふるまいを化学的なアプローチによって理解しようとするところが特徴です。

 

fig1図1 考古生化学が研究対象とする4つのタイプの生体分子と、それぞれが得られる考古資料の種類(Brown, T.A, Brown, K. eds. Biomolecular Archaeology: An Introduction(©2010, Wiley-Blackwell) p.4より加工転載)

これを過去の研究に応用する「考古」生化学は、遺跡や遺物の中から上記のような非常に小さな生体物質を探し出し、分析することによって、過去の生体活動に関する情報を得ようとします(図1 )。このような研究は、考古学だけではなく、他の様々な学問分野における研究とも密接につながっています。

 

例えば、古DNA(現生のものでない過去のものという意味で、「古」をつけて呼びます)の研究については、法医学の分野で犯罪現場に残された髪の毛や血痕を調べるために発達した手法が、考古遺物にも応用できます。また、動物学で用いられている、絶滅動物のタンパク質を調べるためのパレオ=プロテオミクス(生物の細胞や組織などに存在するタンパク質全体を網羅的に解析すること)の研究手法が、出土動物遺体や動物の体の一部から作られる骨角器・皮革製品に応用できます。有機地球科学の分野では、数百万年も前の地面にどのような植物が存在していたのか、土壌の中に残された脂質を手がかりに研究が進んでいますが、この手法は遺跡の土壌だけでなく土器などの人工遺物にも適用が可能です。

 

このような分析を通じて得られた情報は、過去の人間活動をより良く理解するための、きわめて重要な手掛かりとなります。こうした研究方法は、近年の分析技術や分析機器の飛躍的な進歩によって、かつては考えられなかったような小さな物質を遺跡・遺物から回収できるようになって、はじめて可能になりました。

 

考古遺跡から出土した生物遺体が初めて生体分子レベルで分析されたのは、1985年のことです。スウェーデンのウプサラ大学のスヴァンテ=ペーボが、2400年前の古代エジプトの子供のミイラからのDNAの抽出に成功したと報告したこと2)で、遺跡から出土する生物遺体についても生化学的な研究の道が開けました。また、同じ年に米国カリフォルニア大学のクリスティン=ハストーフとミネソタ大学のマイケル=デニーロは、遺跡出土の植物遺体のうち、被熱して変形してしまったために種の同定が難しいものや、当時調理されたものに由来すると考えられる土器の内面に付着した物体について窒素・炭素安定同位体比3)を測定することで、アンデスの先史時代にどのような種類の植物が利用されていたのかを検討しました4)

IMG_0950_1024写真1 世界で最も良く使われている次世代シーケンサーの一つ、イルミナ社のHiSeq1500。(撮影:熊谷真彦)

それから30年以上が過ぎましたが、その間のこの分野の進歩は、非常に目覚ましいものでした。こうした進展は、分析技術の飛躍的な発展に支えられています。例えば、DNAの研究においては、次世代シーケンサーと呼ばれる新しい装置の開発・導入により、一日で数百億もの塩基配列を読み取ることが可能になっています(写真1~3)。また、1pg(ピコグラム=1兆分の1グラム)の脂質を検出することまで可能となった質量分析計(MS)の高度化は、タンパク質や脂質の構造を細部まで理解し、同定することに貢献しています。

IMG_3693_1024写真2 DNAが固定されたフローセルと呼ばれるガラス基盤が本体にセットされている様子。(撮影:熊谷真彦)

IMG_2709_1024写真3 塩基を読み取った画像。白い点が蛍光標識された塩基。(撮影:熊谷真彦)

生体分子レベルの分析を行うことで、それまでは知ることのできなかったことが次々とわかるようになりました。例えば、遺跡から人骨が出土した場合、その性別が問題になります。しかし、骨の観察による方法では、性別を示す部位が残っている個体以外では性別の判定が難しいばかりか、乳幼児の骨についてはそもそも性別を判定することができませんでした。これに対し、男性にしかみられないY染色体をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅させ、検査することで、DNAによる性別の判定が可能になっています。さらに最近では、英国ハル大学のジョセフ=パートンらにより、試料の汚染を可能な限り減らすために、発掘現場で人骨が出土したその場で使用できる性別の検査方法の開発も進んでいます5)

 

化石人骨からDNAを取り出すことにより、人類の進化の歴史についても新たな仮説が次々に出されています。2010年、ドイツのマックス・プランク人類進化学研究所のヨハネス・クラウゼらは、南シベリアのアルタイ山脈にあるデニソワ洞窟から出土した人骨からミトコンドリアDNAを抽出し、全ての塩基配列を解読した結果、現生人類やネアンデルタール人とは異なる第3の人類が前二者とともに地球上に共存していたことを明らかにしました6)。さらに2012年には、同研究所のマシアス・メイヤーらの研究によって、現生人類とネアンデルタール人、デニソワ人は遺伝子の一部を共有していることが分かり、かつて異なる人類の間での交雑があったことが明らかにされています7)。このようなダイナミックな人類進化の歴史の解明は、分子レベルでの研究なしには決して達成され得ないことでした。

 

以上の一連の成果は日本でも良く知られているところですが、この連載では次回以降、世界的に注目されている反面、日本ではあまり知られていない、考古生化学の最先端の研究事例について、紹介していく予定です。


(1)    炭素には重さの異なる三つの種類が存在し、それぞれC12、C13、C14と呼ばれています。このうち重さが最も重いC14は、構造が不安定であるため、一定の速度で放射壊変と呼ばれる変化を起こし、窒素(N)14に変わります。この崩壊は、5千数百年で半分になる速度で起こることが分かっています。この性質を利用して、試料に残されているC14とC12の割合を求めることで年代を測る方法を、放射性炭素年代法と呼んでいます。
(2)    Pääbo, S. 1985. Molecular cloning of Ancient Egyptian mummy DNA. Nature, 314: 644–5.
(3)    安定同位体とは、化学的には同じふるまいをするが、質量が違うもののことを指します。C14に代表されるような放射性同位体とは異なり、構造的に安定しているため、時間とともに存在比率に変化が生じることはありません。炭素にはC12とC13、窒素にはN14とN15の安定同位体が存在します。自然界の様々な物質循環の過程で軽い安定同位体と重い安定同位体が異なった動き方をすることを利用して、研究対象とする生物の生態系の中での位置を検討することができます。
(4)    Hastorf, C. & DeNiro, M. 1985. Reconstruction of prehistoric plant production and cooking practices by a new isotopic method. Nature, 315: 489-491.
(5)    Parton, J. et al., 2013. Sex Identification of Ancient DNA Samples Using a Microfluidic Device. Journal of Archaeological Science 40 (1): 705–11.
(6)    Krause, J. et al., 2010. The Complete Mitochondrial DNA Genome of an Unknown Hominin from Southern Siberia. Nature 464 (7290): 894–97.
(7)    Meyer, M. et al. 2012. A High-Coverage Genome Sequence from an Archaic Denisovan Individual. Science 338 (6104): 222–26.

公開日:2017年5月18日

庄田 慎矢しょうだ しんや(独)国立文化財機構 奈良文化財研究所 主任研究員

1978年北海道釧路市生まれ。東京大学大学院修士課程、韓国忠南大学校博士課程修了。文学博士。現在は、(独)国立文化財機構奈良文化財研究所主任研究員の他、英国ヨーク大学考古学科客員研究員、同セインズベリー日本藝術研究所客員研究員も勤める。著書に『青銅器時代の生産活動と社会』(学研文化社、2009)、『炊事の考古学』(共著、書景文化社、2008)、『AMS年代と考古学』(共著、学生社、2011)など。

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