考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」2-土器残存脂質分析-

HOME /  コラム / 考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」2-土器残存脂質分析-

文化遺産

考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」2-土器残存脂質分析-

庄田 慎矢 / Shinya SHODA

(独)国立文化財機構 奈良文化財研究所 主任研究員

 

私たちが遺跡を発掘調査していると、実に様々な遺物が出土します。その中で、もっとも多く見かけるものの一つが、土器です。釉薬をかけない素焼きの焼き物のことを指します。土器は、中国南部やロシア極東、日本列島などの東アジア地域において世界でもっとも古く出現し、その出現が今から2万年前にまで遡るとも言われています。

 

こうした土器そのものの遺跡における普遍性により、今回紹介する「土器残存脂質分析」は、さまざまな考古生化学的な研究方法の中でも、その応用範囲の広さから、近年特に注目されている分野です。この分析法は、その名の通り、土器の胎土や土器に付着したお焦げなどの物体に残された「脂質」を抽出・分析することで、その土器がどのような有機物を調理・加工するのに用いられたのかを明らかにしようとする方法です。

 

脂質というのは、動植物に含まれる油脂やワックス、タールなど、水に溶けない生体物質の総称です。この分析で特に脂質を対象としている理由は、水に溶けない脂質は、糖質やタンパク質などの他の生体物質よりも構造的に安定しており、数百年から数千年という長い時間が経過しても分解がある程度に留まっている可能性が高いためです。

 

近代考古学が始まって以来100年以上もの間、土器の研究というと、その形や文様などが主な研究対象になってきました。実際にその土器が何に使われたのかを知りたくても、遺跡での出土状況や煮炊きに使用した痕跡を手がかりに、間接的に推定するしか方法がありませんでした。しかし、この方法の登場によって、わずかこの十数年の間に、それまで知られていなかった様々な新しい情報が引き出されています。

 

たとえば、人類にとってたいへん重要な食料資源である乳の利用について、考古学者は伝統的な方法によっては直接的な証拠を遺跡から得ることができずにいました。しかし、近年の土器残存脂質分析の発達により、西アジアからアフリカ、ヨーロッパにかけての広い地域において、新石器時代の数千年間にわたって、土器を用いた乳製品の加工が盛んに行われていたことが、具体的な証拠をもって明らかにされました1)

 

この分析の具体的な手順は、次の通りです(図1・写真1~11)。遺跡から出土した土器片をアルミフォイルに包んで運び込み、実験室の中で電動ドリルを用いて粉にしていきます(図1-A)。といっても、土器片をすべてつぶしてしまうわけではありません。土器は貴重な考古資料ですから、当然、最小限の採取に止めます。通常は1~2g程度を採取しますので、土器の内面に2センチ角前後の凹みができる程度です。

2図図1 土器残存脂質分析の手順(筆者作成)

Lab setup写真1 電動ドリルを用いて土器片から粉末をサンプリングする(撮影:Alexis Pantos)

Drilling, closeup写真2 まずは汚染可能性の高い表面1mmほどを除去し、その後試料を採取(撮影:Alexis Pantos)

また、サンプルとなる粉末を採取する前に、発掘調査で出土した際に付着していた土壌や、人の手を含め様々なものに触れた可能性の高い土器の表面を削り落とします。表面を削り落とした後に試料となる粉末を採取し、加熱殺菌済みのガラス容器に入れて保管・運搬します。この粉末に化学薬品を加え、さらにかく拌や加熱を行うことなどによって、粉末の中に残存している脂質を抽出します(図1-B)。

Powder sample写真3 採取した粉末は殺菌済みのガラス瓶で保管・運搬する(撮影:Alexis Pantos)

Heavy Faction next to agitated light sample写真4 粉末に化学薬品を加え、脂質を抽出する(撮影:Alexis Pantos)

Agitation of light fraction sample写真5 よくかく拌することで、抽出の効果を高める(撮影:Alexis Pantos)

Seperating lipid sample写真6 不純物を除き、脂質を特定の溶媒に溶け込ませて分離する(撮影:Alexis Pantos)

抽出がすんだら、不純物を取り除き、溶液を窒素ガスによって濃縮していきます。濃縮された溶液をガスクロマトグラフ(GC)という機械にかけて、分析します。ガスクロマトグラフは、液体状の試料を高温によってガス化し、試料に含まれた様々な化合物を質量の大きさによって分離する装置です。この装置に水素炎イオン化検出器(FID)をつなげて残存した脂質の量を測ったり(図1-C)、質量分析計(MS)につなげて個別の化合物を同定することができます(図1-D)。さらには、同位体比質量分析計(IRMS)をつなげて測定することにより、土器に含まれていた脂質がどのような生物に由来するのかを推定していきます(図1-E)。

Sample reduction写真7 窒素ガスにより、試料を濃縮する(撮影:Alexis Pantos)

Transfering samples写真8 濃縮された試料を分析用のガラス容器に移す(撮影:Alexis Pantos)

Loading trays of gas chromatographer写真9 ガスクロマトグラフィーによる分析(撮影:Alexis Pantos)

10写真10  抽出された脂質はサンプルごとにガラスバイアルの中で冷凍保管される(筆者撮影)

11写真11 分析プログラムによる化合物の同定(筆者撮影)

こうした複数の分析をあわせて用いることで、脂質の残存状態が良ければ、抽出された脂質が海産物に由来するのか、植物に由来するのか、反すう動物に由来するのか、あるいは乳製品に由来するのか、といった情報を得られます。また、遺跡ごとに特有の条件を合わせて考慮することにより、さらに具体的な動植物のグループに迫れることもあります。例えば日本列島の先史時代には、ヨーロッパや西アジアとは異なりウシやヤギ・ヒツジはいませんので、反すう動物だとわかればそれがシカである可能性が極めて高いと言うことができます。あるいは、特定の動植物に限定的に見られる指標となる化合物が見つかれば、具体的な動植物名をあげることも可能です。最新の研究では、畑作物のキビに特有の化合物がユーラシア大陸の東西の土器から抽出され、人類によるキビの利用を直接的に裏付ける有力な方法として注目されています2)。このような化合物の同定は、GC-MSによって電気信号化されたデータをコンピューター上で細かく分析していくことによって行われます。

 

上のような手続きでいったん抽出された脂質は、化学的に安定していますので、冷凍庫の中で非常に長い時間保管しておくことができます。研究結果に疑問が生じた場合や、他の方法で分析したい時などは、一度測定した試料を用いて再測定を行うことが可能です。試料を保管しておくことで、研究の客観性が保たれるというわけです。

 

英国を中心に発展してきたこの研究方法ですが、最近は日本の遺跡から出土した土器にも応用が進んでいます。イングランド北部にあるヨーク大学(University of York)の考古生化学研究所(BioArCh)は、こうした研究を牽引する研究機関です。世界で最も古い土器文化の一つである縄文土器は、その古さだけでなく、独特の造形美や研究の豊富な蓄積から世界中の考古学研究者の関心をひいてやみませんが、これは土器残存脂質分析についても例外ではありません。

 

ヨーク大学のオリヴァー・クレイグ教授らの研究グループによる最新の研究成果では、古い時期の縄文土器の用途が、顕著に水産資源に偏重した用いられ方をしていることが分かってきました3)。イギリスの新石器時代の遺跡から出土する土器からは陸獣を中心とした動物や乳製品の脂質が主に見つかる4)のに比べると、この特徴は際立っています。また、様々な動植物資源を巧みに利用したことが知られている縄文時代の人々が、こと土器については、ある程度限定的な資源を対象として用いていたということは、新たな発見でした。このような際立った特徴が何を意味するのか、土器が各時代の社会の中でどのような役割を果たしていたのか、研究は続きます。


(1)    Dunne, J. et al. 2012. First Dairying in Green Saharan Africa in the Fifth Millennium BC. Nature 486 (7403): 390–94. / Evershed, R., P. et al. 2008. Earliest Date for Milk Use in the Near East and Southeastern Europe Linked to Cattle Herding. Nature 455 (7212): 528–31.
(2)    Heron, C. et al. 2016. First Molecular and Isotopic Evidence of Millet Processing in Prehistoric Pottery Vessels. Scientific Reports 6 : 38767. doi:10.1038/srep38767
(3)    Craig, O. E., et al. 2013. Earliest Evidence for the Use of Pottery. Nature 496 (7445): 351–54. / Lucquin, A. et al. 2016. Ancient Lipids Document Continuity in the Use of Early Hunter–gatherer Pottery through 9,000 Years of Japanese Prehistory. Proceedings of the National Academy of Sciences 113 (15): 3991–96.
(4)    Craig, O. E. et al. 2015. Feeding Stonehenge: Cuisine and Consumption at the Late Neolithic Site of Durrington Walls. Antiquity 89 (347): 1096–1109.

参考
土器残存脂質分析を用いて世界各地の土器の研究を展開する研究グループEarly Pottery Research Groupのホームページhttp://www.earlypottery.org/
土器残存脂質分析についての解説動画(日本語)YouTube「考古学における残存有機物分析:入門編」https://www.youtube.com/watch?v=yrLm_jJERAM

公開日:2017年5月19日

庄田 慎矢しょうだ しんや(独)国立文化財機構 奈良文化財研究所 主任研究員

1978年北海道釧路市生まれ。東京大学大学院修士課程、韓国忠南大学校博士課程修了。文学博士。現在は、(独)国立文化財機構奈良文化財研究所主任研究員の他、英国ヨーク大学考古学科客員研究員、同セインズベリー日本藝術研究所客員研究員も勤める。著書に『青銅器時代の生産活動と社会』(学研文化社、2009)、『炊事の考古学』(共著、書景文化社、2008)、『AMS年代と考古学』(共著、学生社、2011)など。

PAGE TOP