考古学と文化遺産:スーダンにおける地元遺産の活用と保存に向けて

HOME /  コラム / 考古学と文化遺産:スーダンにおける地元遺産の活用と保存に向けて

文化遺産(海外)

考古学と文化遺産:スーダンにおける地元遺産の活用と保存に向けて

伏屋智美 / Tomomi FUSHIYA

ライデン大学考古学部博士課程

今年3月、アマラ西遺跡周辺に住む子供たち向けの冊子「ヌビア中部の生活文化(原題:Life in the Heart of Nubia)」が完成しました1)。この冊子は、以前(http://www.isan-no-sekai.jp/column/20161114)紹介したアマラ西遺跡周辺の3つのコミュニティ、アブリ、アマラ東、エルネッタの生活文化、歴史的建物、言語、口頭伝承や考古学について紹介する冊子で、地元の児童を対象にしています。

写真1-1写真1:子供向け文化遺産冊子の表紙は、芸術学校に通う地元出身のアーティストが描きました

写真1-2

考古学などの専門家からの視点だけではなく、地元の人の視点からみた地元の文化遺産、子供たちに伝えたい文化や歴史を中心に沿えることを目指して、地元のボランティアの人たちと協働で作成しました。また、2015年に開始した地元の人たちへの考古学についてのインタビューや公開講座などで聞かれた、考古学についての質問やコメントも反映しました。

写真2写真2:年長者が記憶する口頭伝承も地元コミュニティにとって重要な歴史文化の記録なので、聞き取り調査を実施しました

日本も同じような傾向がありますが、スーダンの小中学校の歴史や地理の授業は、国全体の歴史的な出来事や大きく地方の特徴を扱っていて、地元の歴史・文化を学ぶ機会がありません。文化遺産の活用と保存を進めていくため、また地元のコミュニティが次世代に各コミュニティで育まれてきた伝統、文化、歴史を伝えていくためには、子供たちが地元について探索、発見、学ぶことはとても重要です。例えば、観光客を誘致する、街並み保存のために家のデザインを規制するなど、文化遺産の活用や保存は、地元の人々の生活環境に直接影響を与えることがあり、また同時に、日常の営み、地元の理解とその文化遺産が地元にとってどのように重要なのかという問いは、文化遺産の活用・保存方法に関わります。文化遺産と地元コミュニティの未来はともに考えていくことが重要なのです。

今日、スーダンでは社会経済開発を積極的に進めており、また地方から都市部やアラブ湾岸諸国へ若者が仕事を求めて移り住むことが当たり前になっています。例えば、7年前まではアマラ西遺跡へ行くためには首都ハルツームからは3日を要していましたが、新しい道路が建設され、8時間に短縮されました。2年前には電気が普及し、テレビや冷蔵庫が各家庭でみられるようになりました。地方での生活はより快適、便利になり、出稼ぎからの送金で現金収入が増えた一方で、地元に伝わる伝統文化、言語、農業のノウハウ、口頭伝承などが忘れられ、失われつつあります。アブリ周辺に子供をもつ世代より年長の人たちは、この状況を危惧しています。

そこで、地元の状況と考古学に対する疑問に答えるため、アマラ西遺跡周辺の文化遺産について新しく子供向けの冊子をつくりました。この小冊子は、ボランティアの人たちと話し合い、特に以下の3点を重視しています。

探索:伝統的な生活文化で使用された道具やもの、建物やそれらを作成・建設・維持する技術は地元のヌビア文化遺産として考えられています。それらは、何世代にもわたりコミュニティ内で受け継がれ、語り継がれ、現在でも日常風景の中でみられることもあります。冊子の中では、子供たちが周囲の大人たちに質問し、考え、発見することを促しつつ、また大人たちにも、子供とのコミュニケーションをきっかけに、どれほど豊富な知識や技術がコミュニティ内にまだ存在するかについて、再確認してもらう機会になるようにしています。

継続性:この冊子は、アブリ地域の今日の生活の場面からはじまります。つづいて、ボランティアと相談して選んだ日常生活の場面のなかで、古代から現代まで何が変化し、継続しているか、古い生活環境と現在までの関連性を強調しながら紹介しています。

地元性:地元の学校ではほとんど使用されていませんが、コミュニティ内には文化遺産教育に活用することができる教材がたくさんあります。冊子を手に取った子供たちが、親近感をもって読んでくれるように、また先生たちに近所で教材をみつけてもらえるように、写真はできる限り地域内で撮影し、内容も地元生活に密着したものを選びました。

写真3s写真3:冊子作成ボランティアの一人、ハッサン校長先生が、児童たちに配布された冊子について説明しました 撮影:Amara West Research Project (British Museum)

作成と同時に、冊子を使用した文化遺産教育プログラムについても、ボランティアを中心に話し合いをしました。プログラム実施の当日は、「ニミティ」という蚊のように刺すコバエが大量発生して、外出は避けたい日であったのですが、30人の児童と3名の学校のスタッフが参加しました。冊子作成ボランティアにも加わったアマラ東村の小学校の校長先生、ハッサン先生が児童一人一人に冊子を手渡した後、作成の方法、目的、冊子をどのように使うのかについて説明しました。ハッサン先生につづいて、私が、冊子で紹介されている土器と古代神殿について話をしました。この地域の各家庭で使用されている水瓶があります。同じ水瓶は道端でも飲み水を提供しています。一見その水瓶が壊れたときの破片に似ている古代の土器片をとりだして、児童に触れてもらいながら、この土器片がどのようにアマラ西の歴史を伝えてくれるのに役立っている話をしました。また、アマラ東村には100年ほど前まではその姿が確認されていたにもかかわらず、いつの間にか破壊されてしまったメロエ王朝の神殿がありました。古代の神殿があった場所を今と昔の写真で比較しながら、どれほど短い間に歴史が人々の記憶から忘れられてしまうか、という話をしました。このプログラム内容は、冊子を各学校に配布する際にハッサン先生を通じて、他の学校の先生へ伝えられる予定です。

この冊子を作成して、私にとって最も嬉しかったのは、学校の先生方や協力してくれた地元の人々が、この冊子をきっかけに、地元の遺産の語り継ぎをしていこう!と今後の活動を考え始めてくれたことです。この冊子を機会に、遺跡を含めた地元の文化遺産の保存について、少しずつ理解が広がり、子供たちも将来出稼ぎに出たときにも、地元のことを思い出すきっかけとして文化遺産を思い出してくれることを願っています。

写真4s写真4:地元の文化遺産の一部としての遺跡。アマラ西遺跡とナイル河に浮かぶ島や対岸にある現代コミュニティの生活文化を、一つの冊子で文化遺産として紹介しました 撮影:Amara West Research Project (British Museum)


(1)この冊子は英語とアラビア語で作成されました。下記のリンクからダウンロードすることができます。
英語:https://britishmuseumamarawestblog.files.wordpress.com/2017/04/life-in-the-heart-of-nubia_childrens-book-2017_english-compressed.pdf
アラビア語:https://britishmuseumamarawestblog.files.wordpress.com/2017/04/life-in-the-heart-of-nubia_childrens-book-2017_arabic-compressed.pdf
この冊子の作成にあたって、スーダン・考古学博物館局(National Corporation of Antiquities and Museums, Sudan)に現地調査許可を頂きました。また、プロジェクト(冊子作成、印刷、現地調査)は、トヨタ財団の研究助成により実施されました。大英博物館アマラ西研究調査プロジェクト(http://www.britishmuseum.org/AmaraWest)は、カタル・スーダン考古学プロジェクトの支援で実施されています。

公開日:2017年5月29日

伏屋智美ライデン大学考古学部博士課程

1981年愛知県生まれ。早稲田大学で学士、イギリス、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンにおいて遺跡マネジメント修士号取得。日本、アメリカ、イギリス、エジプトにおいて考古学や遺跡修復マネジメントプロジェクトに従事したのち、現在スーダンにおける考古学と地元コミュニティの関係について研究をおこなっている。近著に野口淳、安倍雅史編『イスラームと文化財』の「エジプト・「アラブの春と文化財」」がある。

PAGE TOP