特別寄稿

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特別寄稿

文化財保護の人材育成と大学・行政の連携

坂井 秀弥

奈良大学文学部文化財学科教授

大学教員に転じて9年になる。この間、大学の考古学専攻生の就職環境は、劇的に変化した。

 

勤務校の奈良大学文学部に文化財学科が創設されたのは今から40年ほど前の1979年。全国的に増加しつつあった遺跡(埋蔵文化財)の調査にあたる専門職を養成することがおもな目的だった。故水野正好先生のご尽力もあって、多くの卒業生が全国各地の地方自治体などに就職し、いま遺跡調査や文化財保護の現場に立っている。その伝統もあって、考古学専攻で専門職を志望する学生はいまも多い。

 

着任した2009年からしばらくは、考古学の専門職になりたいとう学生がいても、それを強く勧めづらかった。専門職の採用が極端に少なかったからだ。

 

それが5年ほど前から一変した。全国の都道府県・市町村や財団法人の埋蔵文化財センターで、埋蔵文化財担当職員の公募がさかんに行われているのだ。その人材は大学で考古学を専攻する学生にほぼ限られる。いまは、専門職志望の学生には、がんばって勉強していれば、なんとかなると声をかけている。

 

日本では、土木工事に伴う遺跡の発掘調査は、基本的に都道府県・市町村の地方自治体が担当する。それを担当する専門職員として、全都道府県に計1855人、2/3の市町村に計3811人、合計5666 人が配置されている(2016.4現在。文化庁調べ)。都道府県はともかく、相対的に小規模な市町村まで専門職員が配置されていることは、世界にあまり類がない。この体制は地域に密着した遺跡調査を可能にし、その成果を自治体の保存・活用施策に生かせる点ですぐれている。日本がこの半世紀築いてきた大きな財産ともいえ、今後も継承する必要がある。

 

発掘調査もたしかに増加している。文化庁の統計によると、全国の発掘調査費用は、1997年度のピーク(1321億円)から2011年度(524億円)まで大幅に減少し続けた後、増加に転じた。この3・4年多少の増減はあったが、金額にして1~2割増加している。東京オリンピックをめざす公共事業などが背景にあろう。

 

しかし、採用する自治体をみると、専門職員の定年退職に伴う補充が多い。専門職員の1/3は50歳代以上(2013.4現在)であり、今後まだまだ退職者が続くと予想される。専門職の採用はこの世代交代に大きな要因がある。

 

専門職員が担当する仕事は、考古学に関連した埋蔵文化財や史跡だけではない。組織が大きな都道府県はともかく、多くの市町村では、多様な文化財すべてを扱っている。庭園(名勝)・カモシカ(天然記念物)、建造物・古文書・美術工芸品、民俗・芸能、町並み、景観など、さまざまなものがある。自治体の文化財担当者は、発掘調査を担当する必要性から考古学専攻となる。しかし、実際の守備範囲からいえば、地域のあらゆる文化財を支えている。文化財の人材育成において、大学の考古学専攻の果たす役割は大きいのである。

 

都道府県が担当する発掘調査は、この先も大きな増加は見込めない。そのため、退職者に対する補充は少ない。しかし、市町村では、たとえ発掘調査が減ったとしても、他の文化財はなくならない。いま求められている文化財を生かしたまちづくり、地域・観光振興には、文化財全般が必要だ。退職者補充が堅調な理由であろう。

 

このような背景から専門職員の採用が活発に行われているが、その公募に応じる人材は必ずしも十分ではない。このままでは、この半世紀、各地で積み上げた成果の継承が危うい。文化財保護にあたる考古学の人材育成をきちんと考える必要がある。

 

こうした状況を踏まえて、2015 年10 月、奈良大学で開催された日本考古学協会において、分科会「大学教育と文化財保護」を開催した(坂井ほか2015『奈良大会研究発表資料集』)。全国の大学の協力を得て、考古学の大学と学生の実態調査による現状分析を行いつつ、大学と行政の双方から現状と問題点が指摘された。この会には多くの大学教員と文化財行政関係者が参加し、文化財の人材育成については、個別の大学や行政を越えて、ともに共有すべき喫緊の課題であることを、はじめて確認する機会となった。その改善に向けて大学相互が協同するとともに、行政機関とも連携する必要性が認識された。

 

これとほぼ並行して文化庁も動いた。2015・16 年度、4大学を会場に、学生向けの「埋蔵文化財保護行政説明会」を開催した。画期的な試みだった。奈良大学で行われた2016 年1月の説明会では、近畿の24 大学が協力し約250 名が参加した。大学教員と学生がこれだけ集まる機会はかつてなかったと思われる。不思議な一体感があった。こうした会を続けられないものかとの思いが、参加者のなかに生まれたのも自然であった。

 

2016年度に入ってから、大阪大学の福永伸哉氏とともに近畿の大学に呼びかけて、2016 年8月に説明会の準備会をもった。その場で、近畿地区の7府県と協力して説明会を開催することが合意された。同時に、大学間のゆるやかな協同をめざした「近畿地区考古学大学連絡協議会」も発足した。説明会の実施にむけて、11 月には三重県を含む近畿地区7府県の行政担当者と協議した。行政側からも説明会に対して積極的な意見が出され、2017 年1月に奈良大学で、大学・行政の共催による近畿地区文化財専門職説明会「文化財を守り、活かし、伝える仕事とは」が実現した。

 

当日は一年前と同様多くの人で埋まり、文化庁のほか行政の若手担当者3名が、学生時代から就職まで、そして日々の仕事を紹介した。それぞれ就職難のなか就職し苦労しながらも、地域の遺跡や文化財を担うことの、やりがいを生の言葉で熱く語った。パネルディスカッションでは、7府県の若手担当者も登壇し、それぞれの地域をアピールし学生にエールを送った。学生と大学教員、行政担当者の間で、考古学と文化財を通じてのつながりがつよく感じられたのであった。

 

近畿地区の大学に連絡協議会ができ、同じ地域で文化財保護を担当する都道府県・市町村の行政が主体的に連携を実現したことの意義は大きい。この一歩が実を結び、考古学を学ぶ学生がこれまでの文化財保護を継承し、さらに魅力あるものに発展させてくれるにちがいない。

 

坂井秀弥
奈良大学文学部文化財学科教授

公開日:2017年12月25日最終更新日:2017年12月25日

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