考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」 4 -歯石と口腔微生物叢-

HOME /  コラム / 考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」 4 -歯石と口腔微生物叢-

文化遺産

考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」 4 -歯石と口腔微生物叢-

庄田 慎矢 / Shinya SHODA

(独)国立文化財機構奈良文化財研究所主任研究員、英国ヨーク大学考古学科名誉訪問研究員、同セインズベリー日本藝術研究所客員研究員

前回までは、土器などの遺物や動物骨などの化石から様々な生体分子を抽出し、研究する方法を紹介してきました。今回は、遺跡から出土するヒトの化石の中でも、特に歯に付着している歯石を調べて、どのような研究が行われているのかについて紹介します。歯石というと、歯に付いた歯垢が軽石のようになって歯にこびりついたものですので、虫歯菌などの細菌の温床となったり、口臭の原因になったりと、現代の私たちにとってはあまり好ましい存在ではありません。しかし、これから述べるように、遺跡から出土したヒトの歯に付着した歯石(写真1)は、考古学者や古病理学者にとっては、これ以上ないほどの情報の宝庫です。

写真1 遺跡出土のヒト化石の歯に見られる歯石(Reproduced by courtesy of DrsJessica Hendy and Camilla Speller)写真1 遺跡出土のヒト化石の歯に見られる歯石(Reproduced by courtesy of DrsJessica Hendy and Camilla Speller)

人間の体内には膨大な数の微生物が生息しており、重量にして体重の2%(脳や肝臓の重さに相当)にも及ぶといわれています。これらは単に人体に寄生しているのではなく、宿主となるヒトの健康維持のために重要な役割を果たしていることが分かっています。こうした微生物を対象にした研究は古く1970年代から行われていましたが、この連載の初回にも紹介した、最近のDNA次世代シークエンサーの登場により、人体内の微生物叢をメタゲノミクス、つまりすべての遺伝子情報を総体的に分析することができるようになりました(Human Microbiome Project Consortium 2012)。こうした分析技術の発展のおかげで、完全体として残っていない古いタンパク質も研究対象とすることができるようになったことで、過去の人間の微生物叢を調べる端緒が開けたのです。

それではなぜ、過去の人間の微生物叢を調べる必要があるのでしょうか?それは、現代人の微生物叢を調べるだけでは、人類が遠い昔から本来が持っていた微生物叢に対して、近現代の西洋的な生活習慣(食事、衛生状態、抗生物質)の影響がどの程度及んでいるのかが分からないからです。現代に生きる私たちは、野生の食物を摂取していた我々の祖先とは明らかに異なり、グローバル化する食物網の中で、 人工的に添加された糖・脂質・保存料などを含む食物を大量に摂取しています。従って、当然私たち自身の体内微生物叢は私たちの祖先のそれとは大いに違っているはずです。ところが、人間の体内微生物叢の多様性、種類、進化について、現在のところはほとんど知られていることがありません。私たちが過去に遡って体内微生物叢を調べる必要があるのは、まさにこのためです(Warinner et al. 2015)。驚くべきことに、中新世の1200〜800万年前のシヴァピテクスの歯にも歯石が残っていました(Hershkovitz et al. 1997)。従って、人類出現以前から、口内微生物叢の遷移を辿ることは、原理的には可能ということになります。

歯は、人体のさまざまな部位の中でも、遺跡に残されている可能性が高い部位です。また、歯に付着した歯石はその持ち主が死んだ時点ですでに半化石化していることから、口内微生物叢に関する多くの情報をタイプカプセルのように保持しています。専門的な歯科医にかからなければ、人間の歯には、30歳になるまでにはほぼ確実に歯石が形成されるといいます。また、考古学者にとって嬉しいことに、ヒトが死ぬと、その時点から歯石は形成されなくなりますので、人骨が埋没した後に土壌から何らかの影響を受けたものが歯石の中に形成されることはありません。このように研究に適した様々な特徴から、過去の人類の歯石の研究は近年とても盛んに行われるようになりました。

考古学者が歯石を宝物のように扱うのには、それなりに理由があります。歯石には、骨や歯の象牙質よりも桁違いのDNAやタンパク質の残存率が確認されており、人骨からは抽出できないような高精度の情報を引き出せる可能性があるからです。実際、スペインのエル・シドロン(El Sidron)遺跡から出土した48000年前のネアンデルタール人の歯石からは、焚火から出た煙や薬用植物に由来する可能性のある化合物も検出されました(Hardy et al. 2012)。同じ遺跡出土の歯石からはDNAも抽出されています。歯石のメタゲノミクスレベルでの分析により、虫歯や歯周病に関連する細菌が検出されました。ネアンデルタール人の歯には虫歯や歯周病の痕跡が実際に確認されていますので、整合的な結果と言えるでしょう(Weyrich et al. 2017)。

また、ネアンデルタール人の歯石からデンプン粒が発見されたことが植物の摂取の証拠として提示され、肉食のイメージの強かったネアンデルタールの食性について、一石を投じることにもなりました(Henry, Brooks, and Piperno 2011)。ただし、歯石から抽出されたデンプン粒については、食べ物としての利用以外にも様々な可能性があることには注意が必要です(Radini et al. 2017)。実際のところ、口や歯は、「第三の手」として、様々な作業に用いられます。例えば、石器作りや土器作りであったり、穀物や繊維の加工であったり、木工であったり、宝石・貴石類の加工であったりと様々です。そういった意味で、歯石から見つかるものは、その人が食べたものだけでなく、周辺の環境をも示すものと言えます。大きさが100μm以下の細かな粒子は、様々な日々の活動により口の中に入り込んできますので、歯石から見つかるものが食べたものに限定されないのは明らかでしょう。

さて、前回、ZooMS(質量分析計を用いた動物考古学)という方法を用いた古タンパク質の研究について紹介しました。ここでは、今回のテーマである歯石から、タンパク質を取り出して研究をしたドイツ・マックスプランク人類史科学研究所のChristina Warinner博士らの研究を紹介します。ヒトが乳製品を消費しているのかどうかということを古人骨の歯石から評価できないか、という研究です(Warinner et al. 2014)。乳や乳製品は、遺跡で目に見える形で残ることは期待できませんので、分子レベルでの分析が必要とされるわけです。

乳に含まれるラクトースを分解する乳糖分解酵素の有無(幼児期を過ぎてから生の乳を摂取すると腹痛・鼓腸・下痢などの消化不良症状を起こす症状を乳糖不耐症と呼ぶことをご存知の方も多いかと思います)や頻度は、現代人でも地域によって全然違います。どうしてこういった地域差が生じたのかの原因は、現代のことだけを調べていても、乳糖不耐症の出現頻度に地理的な傾斜があるということだけしか分かりません。過去にはどうだったのか、いつ、どこで、どういうふうに、乳糖不耐症が獲得されて、人類がミルクを利用するようになったのか。これは、部分的には土器に残存した脂質を研究することで、明らかにされていました(コラム:考古学の新しい研究法2ー土器残存脂質分析ーを参照のこと)。これを、より直接的に、人の遺体そのもので、この人は確かに乳製品を消費していたということを明らかにしようという研究なのです。

この研究では、現代の乳糖不耐症の頻度分布を参考に、最も頻度の高いアフリカ、中程度の中欧、カスピ海沿岸、非常に低い西北欧地域からそれぞれ古人骨をサンプリングし、牛乳や羊乳に特徴的なタンパク質であるβ-ラクトグロブリン(図1)を探しました。その結果、分析したサンプルのうちの4分の1からこのような乳製品由来のタンパク質が検出され、さらにタンパク質の細かな特徴から、具体的にウシ、ヤギ、ヒツジの乳が摂取されていたことが判明しました。さらに、北グリーンランドにおいても13世紀までは乳製品を盛んに消費していたのが、その後急激に消費しなくなり、食性が海産物へとシフトしたということも分かりました。最近では、モンゴルなど中央アジア地域についても、調査研究が進められているようです。

図1 牛乳や羊乳に特徴的なタンパク質であるβ-ラクトグロブリンの化学構造(Brownlow, S., Morais Cabral, J.H., Cooper, R., Flower, D.R., Yewdall, S.J., Polikarpov, I., North, A.C., Sawyer, L.(1997) Structure 5: 481-495)図1 牛乳や羊乳に特徴的なタンパク質であるβ-ラクトグロブリンの化学構造(Brownlow, S., Morais Cabral, J.H., Cooper, R., Flower, D.R., Yewdall, S.J., Polikarpov, I., North, A.C., Sawyer, L.(1997) Structure 5: 481-495)

これまで、文字に書かれた記録を研究する文献史学と考古学の違いは、前者が特定個人に関する情報を多く持つのに対し、後者が「名もなき」大勢の人々たちを相手にしているものだとも言われてきました。しかし、歯石から得られる情報は特定の個人に帰属することが明らかで、これこそがこの研究の最大の強みとも言えそうです。歯石から得られる考古生化学的情報は、特定個人の食生活や病気を調べることができるという点だけでなく、その他にその個人が生前にどのような環境に生き、どのような活動を行っていたのかをも知る手がかりを与えてくれます。上でも述べたように、歯石から見つかるのは、食べ物に限られず、周辺の環境やその人の生前の活動を示す情報の宝庫だからです。

このように、歯石の考古生化学的な研究が近年次々と新たな知見をもたらしていることがお分かりいただけたかと思います。ただし、化石骨に付着した歯石自体を顕微鏡で観察する研究は70年代から行われていたものの、次世代シークエンサーを用いて口腔微生物叢を復元しようとする生化学的研究が初めて行われたのは、2013年とつい最近のことです(Adler et al. 2013)。そういった意味で、研究はまだまだ始まったばかりと言えそうです。このような短期間で多くの研究成果が生み出されてきたことも驚きですが、今後、さらにどのような研究成果が産み出されてくるのか、目が離せない分野です。

参考文献
Adler, Christina J., Keith Dobney, Laura S. Weyrich, John Kaidonis, Alan W. Walker, Wolfgang Haak, Corey J. A. Bradshaw, et al. 2013. “Sequencing Ancient Calcified Dental Plaque Shows Changes in Oral Microbiota with Dietary Shifts of the Neolithic and Industrial Revolutions.” Nature Genetics 45 (4): 450–55, 455.
Hardy, Karen, Stephen Buckley, Matthew J. Collins, Almudena Estalrrich, Don Brothwell, Les Copeland, Antonio García-Tabernero, et al. 2012. “Neanderthal Medics? Evidence for Food, Cooking, and Medicinal Plants Entrapped in Dental Calculus.” Die Naturwissenschaften 99 (8): 617–26.
Henry, Amanda G., Alison S. Brooks, and Dolores R. Piperno. 2011. “Microfossils in Calculus Demonstrate Consumption of Plants and Cooked Foods in Neanderthal Diets (Shanidar III, Iraq; Spy I and II, Belgium).” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 108 (2): 486–91.
Hershkovitz, I., J. Kelly, B. Latimer, B. M. Rothschild, S. Simpson, J. Polak, and M. Rosenberg. 1997. “Oral Bacteria in Miocene Sivapithecus.” Journal of Human Evolution 33 (4): 507–12.
Human Microbiome Project Consortium. 2012. “Structure, Function and Diversity of the Healthy Human Microbiome.” Nature 486 (7402): 207–14.
Nature. n.d. “Neanderthal Behaviour, Diet, and Disease Inferred from Ancient DNA in Dental Calculus.” Accessed March 9, 2017. https://doi.org/10.1038/nature21674
Radini, Anita, Efthymia Nikita, Stephen Buckley, Les Copeland, and Karen Hardy. 2017. “Beyond Food: The Multiple Pathways for Inclusion of Materials into Ancient Dental Calculus.” American Journal of Physical Anthropology 162 Suppl 63 (January): 71–83.
Warinner, C., J. Hendy, C. Speller, E. Cappellini, R. Fischer, C. Trachsel, J. Arneborg, et al. 2014. “Direct Evidence of Milk Consumption from Ancient Human Dental Calculus.” Scientific Reports 4 (November): 7104.
Warinner, Christina, Camilla Speller, Matthew J. Collins, and Cecil M. Lewis Jr. 2015. “Ancient Human Microbiomes.” Journal of Human Evolution 79 (February): 125–36.
Weyrich, Laura S., Sebastian Duchene, Julien Soubrier, Luis Arriola, Bastien Llamas, James Breen, Alan G. Morris, et al. 2017. “Neanderthal Behaviour, Diet, and Disease Inferred from Ancient DNA in Dental Calculus.” Nature 544: 357–361.

公開日:2018年4月2日最終更新日:2018年4月2日

庄田 慎矢(独)国立文化財機構奈良文化財研究所主任研究員、英国ヨーク大学考古学科名誉訪問研究員、同セインズベリー日本藝術研究所客員研究員

1978年北海道釧路市生まれ。東京大学大学院修士課程、韓国忠南大学校博士課程修了。文学博士。著書に『青銅器時代の生産活動と社会』(学研文化社、2009)、『炊事の考古学』(共著、書景文化社、2008)、『AMS年代と考古学』(共著、学生社、2011)など。

PAGE TOP