インタビュー・人物
大地に眠る時の記憶を のちの世に伝える 2
国際文化財株式会社 埋蔵文化財調査士
荻澤 太郎/Taro OGISAWA
日々の暮らしの積み重ねが人生。人々の暮らしの積み重ねが歴史。
発掘現場に携わる人々は、その土地の歴史の足跡をたずね、いにしえの人々の暮らしに触れるタイムトラベラー。
発掘関連の仕事に従事して30年。
豊かな経験を持つベテラン埋蔵文化財調査士を訪ねました。
発掘現場の仕事
東京都新宿区内の遺跡にて(撮影/木原悠子)
今の現場は面積2000㎡を30人の作業員が動いている傾斜地。ちょっと転がればゴロゴローっと大事故になりかねません。事故は事故に遭った人の心身の負担だけでなく、場合によっては作業が止まり、調査を委託した開発事業者などの負担にもなる。安全管理の徹底は重要な仕事です。
そこで、毎日の朝礼で行う危険予知活動(KY活動)で、作業員の中からランダムに任命した一名に「今日の危険ポイント」の発表と「安全唱和」をやってもらっています。
通常は調査員が朝礼でやって、作業員にはポイントの書いてある表に確認のサインをもらうんですが、これだとほとんどの人がサインをするだけに。でも自分が発表するかもしれないとなると真剣に読むようになるし、読んでいるうちに書いてある以上のことを注意するようになってくれます。今では一人ひとりが安全対策を率先してするようになりました。
事故も「0」です。
必要な記録をしっかり残すのも重要な仕事。
現場作業が終わると整理や報告書作成をしますが、場合によっては他の調査員が参加することも。そんな時のために、自分も含めて誰がやっても同じ整理、報告ができるように心がけています。
好きなことを積み重ねて
高校卒業後はしばらくブラブラしていました。旅先でできた友人の家に泊まったり、働らかせてもらったりしながら全国を放浪。いい経験をたくさんさせてもらったけれど、20歳を過ぎてから「大学に行っておかないとマズイかな」と思うようになったんですね(笑)。そういえば小学校で行った野尻湖の発掘体験が面白かったなーと、考古学を学べる大学に入りました。
入学してすぐ、自宅の近くで「東京外かく環状道路(外環道)」(注1)の工事に伴う発掘作業がはじまり、参加してみたら旧石器時代から近世までの出土品がザクザク!工事が大規模で出土品も大量。そうした膨大な量の出土品を全てコツコツと手書きで記録していくんです。こんなんじゃいつまでたっても終わらないっ!てことで、遺物の取り上げや図面作成に当時としては最先端の「トータルステーション」(注2)を使うことになりました。時代はようやくパソコンが一般に普及し始めた頃。当然解析用ソフトも貧弱で、取り上げたデータの図化を行うソフトウエアの修正や開発をするようになり、これにどっぷりハマりました。
そのうち一緒にやっていた先輩が「あとをヨロシク」と言い残して就職。せっかく入った大学にも行かず、いつの間にかプログラムづくりが自分の仕事になっていました。
外環道の調査が終わってからは『発掘された日本列島』展(注3)の企画、運営に携わりました。この展示会は、全国各地の発掘調査現場から毎年選りすぐりの出土品を集めて行うもの。もちろん出土品はどれも重要ですが、すごいものは本当にスゴイ(笑)。重要文化財級の埋蔵文化財を文字通り生で触れる機会に恵まれ、自分の糧(かて)となりました。
好きなことで未来を
東京都新宿区内の遺跡にて(撮影/木原悠子)
自分が若いころの発掘は、作業すべてが特殊なもの。掘るだけでなく、写真撮影・測量・図面作成・報告書執筆と、何から何まで調査員がやり、そのために様々なことを習得しなければなりませんでした。もちろんすべて手作業。民間会社主体の発掘調査なども考えられない時代でした。
今はコンピューター化が進み、民間会社の調査が爆発的に増え、調査の質より効率的な作業が求められる時代です。分業化が進み、測量・図面作成は測量会社、遺構を掘るのは作業員、遺物実測や観察も専門業者に外部委託です。現場担当調査員にはそうした個別の作業それぞれの管理が求められます。
分業化があまりにも進んだため、新たにこの世界に入る若い人たちに自分たちと同じような経験をさせ、鍛える、という環境ではなくなりました。彼らに自分と同じ成長を求めるよりも、柔軟な発想で新しいことにチャレンジしてもらいたいと思っています。鍛えられなければできないことは、鍛え抜かれたロートルに任せてくれればいい。現場に従事する若い人には、考古学や発掘調査の基本基礎をなるべく身に付け、その上で彼らの得意とすることをもっと自由にやって欲しい。
今後、発掘調査自体が減少していくときに、史跡整備や展示会などの普及公開や、それに付随する日本中に眠る膨大なデータのデジタル化やアーカイブなどにシフトして行かなくてはならなくなるでしょう。これからは発掘主体ではなく、考古学を基本としたいろんな方向の仕事が広がっていく時代。若い人が広げていく新しい時代に、プログラムやパソコンなども含めた自分の経験で協力できたらいいなと思っています。
未来は見えないけれど、未来への橋渡しをしたい。そうして未来にむかって、前へ進んでいけたらいいですよね。
(撮影・取材 /木原悠子・宮嶋尚子)
注2:トータルステーション / 測量機器の1つ:ウィキペディア
注3:『発掘された日本列島』展 / 国内各地の発掘調査からとくに注目された出土品を中心に展示。第23回となった『発掘された日本列島2017』は平成29年6月3日(土)の東京都江戸東京博物館を皮切りに全国5カ所で巡回。詳細は文化庁ホームページ:『発掘された日本列島』展