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考古学

古代エジプトの庶民の生活ーアコリス遺跡の成果からー(2)

和田 浩一郎 / Koichiro WADA

國學院大學 文学部史学科 兼任講師
早稲田大学エジプト学研究所 招聘研究員
国際文化財株式会社

図像表現と衣服

壁画に描かれる古代エジプト人は、男性は腰布、女性はぴったりとしたロングドレスを身につけていることが多い。生地の色はほぼ白で統一され、シンプルな服装に色鮮やかな襟飾や腕輪が映える。こうした姿は映画などにもそのまま反映され、古代エジプト人に対する私たちのイメージ形成に大きな影響を及ぼしている。だが夏の強烈な日差しや冬の芯から冷える寒さを、腰布ひとつで本当にやり過ごせただろうか。実のところ古代エジプト人のいでたちは、壁画とまったく同じではなかったのである。

オシリス神を礼拝する被葬者夫妻(新王国時代の墓壁画・ルクソール西岸)

新王国時代(前1540年~1080年頃)以降の彫像を見ると、男性でも上衣を着ているものが珍しくない。また富裕層の墓には、男性用上衣が副葬された例もある。つまり実際には、男性も上衣を着ていたわけである。さらに冬場には厚手の上着も用いられていたこと、衣服はほぼ亜麻布(リネン)で、色は生成りのものが多かったこともわかっている1)。壁画は登場人物の活力(若々しさ)や清らかさを表現することが優先されており、それが衣服の種類や色の選択として表われているのである。

古代エジプトで布の主原料になっていたアマ(亜麻)も、オオムギ・コムギとともに西アジアからもたらされた。近年、日本でも亜麻仁油が見直されているが、アマは繊維と油を取ることができる利用価値の高い植物として栽培化された。この植物も冬撒き春収穫が可能で、エジプトの農耕のサイクルに適していた。アマは王が着る薄手で柔らかな衣服から船のもやい綱まで、繊維の質に応じた非常に幅広い用途に使うことができた。壁画の農耕図ではムギとともによく描かれており、その重要ぶりが窺われる。

衣服/布は古代エジプトではかなり高価な製品だった。丁寧に仕上げられた良質な衣服を身につけることができたのは富裕層であり、庶民が彫像に表現されているような細かなプリーツのついた服を着ていたわけではないだろう。しかし機織りは原材料(亜麻や羊毛)と比較的シンプルな道具類、そして腕があれば可能で、しかもいい収入源になったから、家を守る女性たちの仕事としてよく行われていたはずである。実際アコリス遺跡でも布生産を示す証拠は豊富に見つかっている。ただしその内容は、女性の副業の範疇を超えたものだったようである。

アコリスの機織り工房

木製紡錘車と粘土製錘りの出土状況

日本の古代の集落址と同様に、エジプトの集落址でも紡錘車の出土は珍しくなく、家庭レヴェルでの布生産(あるいはその前段である製糸)が行われていた証拠と見なされる。しかし近年のアコリス遺跡では、50点以上の紡錘車とともに布の断片や糸の塊、アマの繊維の束といったものがまとまって出土している。そこでこれらの遺物が集中している近辺に、機織り工房が存在していたと考えられている2)。出土遺物のなかで特に興味深いのは、穴の開いた丸みのある粘土の塊がいくつか確認されていることである。これらは機織り機で使われた錘り(loom weight)と考えられている。

古代エジプトには2種類の織機が存在していた。ひとつは経糸(たていと)を水平方向に張る地機(じばた:ground loom)、もうひとつは垂直方向に張る竪機(たてばた:vertical loom)である。いずれも現代でも使用例を見ることができる、長い歴史を持つ道具である。地機は遊牧民が持ち運ぶほどコンパクトになるものもあるが、それだけに織る布の大きさに制約が多い。竪機は地機より長い布を織ることができる利点があり、古代エジプトでは新王国時代のはじめ頃に西アジアから導入された3)。先に述べた粘土製錘りは、この竪機で経糸を引っ張るために使われたものと考えられるわけである。ただし経糸を張る錘りを使うのは、竪機のなかでも「錘り機(warp-weighted loom)」と呼ばれる形態に限られている。この錘り機、古代エジプトでは類例が非常に少なく、アコリスでの使用が確認できれば大きな意味を持つことになる。

現代のカーペット・スクールで使われている竪機(エジプト・サッカラ村)

機織り工房は職人自身が経営していた場合もあっただろうが、王宮や神殿、エリート層の邸宅に付属していたものがよりよく知られている。こうした付属工房は、衣服/布を自前で調達することを目的としていただけでなく、余剰生産分を販売して収入を得る手段としても重要だった。アコリスの工房がどのような背景を持って運営されていたかが興味深いところで、今後の考察が待たれる。

革工房と履物

アコリス遺跡では北側斜面の高い場所にある建物址から、革製品やその部品、獣毛、アカシアの樹皮や種といったものが大量に出土し、革工房だったことがわかっている4)。アカシア類はナイル川流域にも自生する高木だが、タンニンを多く含み、皮をなめすのに適していた。この革工房からもっとも多く出土したのが、サンダルや靴といった履物だった。

墓に副葬されていた革靴(©アコリス遺跡調査団)

古代エジプトの壁画や彫像の人物がどんな履物を履いているか、注意して見たことはあるだろうか。じつは図像表現では王や高官でさえ裸足が多く、新王国時代になってようやくサンダルを履いている例が見られるようになる。それでは新王国時代になるまで古代エジプト人は履物を使わなかったのかというと、もちろんそんなことはなかった。早くも古代エジプト王国の開祖ナルメル王の記念物(前3000年頃)には、王の従者としてサンダル持ちが登場しているのである。他方で靴については、新王国時代になっても描写されることはなかった。靴がエジプト国内で独自に生まれてきたのか、それとも西アジアやエーゲ海域からもたらされた新しいファッションだったのか、そのあたりは未だにはっきりしていない5)。しかし、遅くとも新王国時代・第18王朝後半(前1350年頃)には、エジプト社会に靴が存在していたことは確かである。したがって衣服と同じく履物についても、図像表現が現実を正しく反映していないのは明らかである。

アコリスでは革工房だけでなく遺跡の各所からサンダル・靴の出土があり、庶民の間にもこれらの履物が普及していたことをうかがわせる。新王国時代の末に作成されたある集落の世帯調査の記録を見ると、世帯主と考えられる150人あまりの住民に履物作りを生業とする人物が6人も含まれている6)。住民のなかには多数の神官が含まれており、神殿周辺に広がる都市的な性格を持った集落の記録と考えられるが、履物の需要が高かった様子はアコリスとも共通するといえそうだ。

アコリスの革工房に関してひとつ不思議なのは、斜面の高い所に位置しているということである。この工房で皮なめしが行われていた可能性があることはすでに述べたが、通常、皮なめしにはかなりの量の水が必要とされる。そのためこの作業は水場の近くで行われるのが一般的で、日本でも江戸/東京の皮革産業は隅田川や荒川の周辺に集まっていたことが知られている。水の搬入が大変な場所にわざわざ工房を構えたのはなぜなのか。水を多用しない皮なめしの方法があったのか。古代アコリスの町での生活について解決しなければならない謎は、まだまだ多い。


(1)    Vogelsang-Eastwood, G., “Textile”’ in Nicholson, P. T. and I. Shaw eds., Ancient Egyptian Materials and Technology, London 2000, p. 278.
(2)    Kawanishi, H., Akoris 2016, Tsukuba, 2017, p. 14.
(3)    Spinazzi-Lucchesi, C., The Unwound Yarn: Birth and Development of Textile Tools Between Levant and Egypt, Venezia, 2018, p. 79.
(4)    Hanasaka, T., Akoris 2008, Tsukuba 2009, pp. 9-10.
(5)    Veldmeijer, A. J., “Studies of Ancient Egyptian Footwear. Technological Aspects. Part XVI. Leather Open Shoes”, British Museum Studies in Ancient Egypt and Sudan 11, 2009, p. 6.
(6)    Peet, T. E., The Great Tomb-robberies of the Twentieth Egyptian Dynasty, Oxford 1930, 104 ff.

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編集部注

文化遺産の世界 コラム集『エジプトの遺産と文化』(2017年11月刊行)もお楽しみください。

和田 浩一郎國學院大學 文学部史学科 兼任講師
早稲田大学エジプト学研究所 招聘研究員
国際文化財株式会社

1968年青森県生まれ。英国・スウォンジー大学古典古代史学部大学院修士課程、國學院大學大学院文学研究科博士課程修了。博士(歴史学)。2016年より国際文化財株式会社に所属。著書に『古代エジプトの埋葬習慣』(ポプラ社、2014)、『古代オリエント事典』(日本オリエント学会編、岩波書店、2004)など。

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