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考古学

北谷美女刺殺事件

土岐 耕司 / Koji TOKI

国際文化財株式会社 埋蔵文化財調査士

お墓

沖縄県北谷(ちゃたん)町の発掘現場では、これまでたくさんの「お墓」が調査されてきました。人骨が残っている場合、その手足が曲げられていれば「屈葬(くっそう)」、伸ばしていたら「伸展葬(しんてんそう)」などと分類することができます。

あるいは「改装墓」「二次葬墓」というのがあります。これは死体が完全に骨になるのを待って、この骨を集めて改めて埋葬するというものです。最近話題の映画「洗骨」も、これに関連する風習を題材にしたものです。

そんな感じでいろいろと分類される「お墓」ですが、みつかったものの中には1つだけ様子がおかしいものがありました。

お墓??

平安山原A遺跡12号人骨(提供:北谷町教育委員会)

何がおかしいか。まちがいなく人間の骨なのですが、なんていうか、それぞれの位置関係がヘンなのです。頭のすぐそばに背骨がみえています。いくら体がやわらかい人であっても、この姿勢にはかなりのムリがあります。

では、これは改装墓なのでしょうか。そうであれば普通、骨はすべてバラバラのはず。ところがこのお墓(?)の骨は、それなりにつながっている・・・・・・・・・・・・ようにみえます。

もしも死体がバラバラに切断されたのであれば、骨にも大きな切傷が残るはずです。しかし、そのような痕跡はありません。

 

そのかわり、骨には直接の死因を示す物的証拠が残っていました。

殺人事件?

なんと、鉄の小刀(考古学的には刀子(とうす)とよばれるもの)が背骨(腰椎)に刺さったままだったのです。背骨から抜けないほどの刺さり方からすると、自殺と考えるにはちょっと不自然。

これは他殺、「殺人事件」です。殺害方法は、「刺殺」というべきでしょう。

背骨に刺さった刀子(矢印の部分)(提供:北谷町教育委員会)

私の推理はこうです。

 

「被害者は小刀で刺殺された。犯人は凶器を抜かず(あるいは抜くことができず)、死体をそのまま放置。村人らは、何らかの理由によりこの死体をしばらく埋葬することができなかった。死体が腐りかけてきたころになってやっと誰かが埋めようとしたが、動かそうとしたその時に死体がバラバラ・アベコベになってしまった。」

 

この事件が起こった年代は、14~17世紀の中におさまりそうです。このころの沖縄では、いわゆる三山(北山・中山・南山)の統一や、薩摩による琉球侵攻、などといった大きな戦乱がありました。

北谷の地でも多くの戦があったとするならば、そのなかでこのような殺傷事件も起こり得るのではないか、そして敗軍兵の死体であれば、すぐに埋葬して弔うこともためらわれたのではないか、そう思われたのでした。

意外な被害者像

ところが人骨を鑑定してもらったところ、意外なことが分かりました。なんと被害者は「20代前半の女性」だったのです。

戦乱の世であったとしても、うら若き女性の殺され方としては、少し異常です。人骨鑑定をしていただいたF先生(人骨の研究者)は、報告書でこう述べておられます。

” 成人女性の個体埋葬である。上下の第三大臼歯が萌出しているが咬耗がほとんど認められず、腸骨翼や大腿骨頭の骨端線がわずかに残ることから、20代前半と推測される。(中略)楕円形の土坑墓に埋葬されているが、人骨の解剖学的位置関係は部分的であり、白骨化の過程で遺体が埋葬(あるいは再葬)されたことは疑いない。脊椎と肋骨、下肢の膝関節、足部などはそれぞれ関節していたが、仙骨と寛骨が大きく異なる位置から出土したり、頭骨と頚椎もまったく異なる位置関係にあるなど、人骨は全体に大きく動いており、埋葬中にこのような移動が生じるとは考えられない。右尺骨や左足部が全て欠損していることも、埋葬ないし再葬の過程で取りこぼされたと考えれば説明できる。共伴の刀子は、刃渡り16.4㎝であり、刃部を上にして、第一腰椎の左横突起部分を破砕して、腹側から背側に貫通していた。椎骨の保存はよいが、第一腰椎の左横突起は半砕されており、ここに刀子が位置している。単なる副葬品が埋葬の過程でこのような位置関係になるとは考えにくく、遺体に刺さっていたものと推測するのが妥当である。脊椎は関節した状態であったことから、白骨化の過程で椎骨周辺に軟部組織が残っている状態で埋葬されたが、問題の刀子はこうした軟部組織と骨にしっかりと食い込んでいたために位置関係が動かなかったと考えれば説明できる。刀子の位置は生体では左腹部で肋骨の直下にあり、刃部を上に、腹から背に向かって刺さっていたことになる。ちょうど肝臓をつらぬく位置であり、この傷が死因となったとしても不思議ではない。

埋葬状況が確認された人骨の中で、特筆すべきは刃物共伴人骨(12号)である。先述のとおり刀子で左腹部を前方から刺されており、この刺傷が死因となった可能性は高い。刀子がある以上、こうした用途に使用されることには不思議はないかも知れないが、20代の女性が刺殺された理由や、当時としては貴重品であろう刀子がなぜ使用後に持ち去られず現場に残されたのか、そして、白骨化の途中で埋葬された理由は何かなど、数多くの疑問が残る。発掘された情報からこうした謎を解明するには幾多の推論を重ねなければならないため差し控えるが、このうち刀子が抜き去られなかった理由については、例えば骨や靭帯に深く刺さってしまい事件後短時間で抜くことが困難であったと考えることもできる。いずれにせよ、集落に程近い場所で、こうした事件が生じた事実は、グスク時代の社会環境を考えるうえで興味深い事例のひとつとなることだろう。”

(提供:北谷町教育委員会)

被害者との対面

「なんて美しい顔立ちをしているんだろう・・・」

 

人骨のクリーニングや復元が終わり、初めて被害者と対面した時、私はこう感じました。

 

スッとした小顔、整った歯並び、そして肌つや(?)も良い。ほかの人骨と見くらべても、気品がただようというか、そんな「頭蓋骨」に私はすっかり心を奪われてしまいました。

 

同席されていたM先生(人骨の研究者)は、こうおっしゃいました。「人骨には育ちが出る。セレブな身分だったら骨もセレブなんだよ。」

そして、私が見とれていた頭蓋骨を手にとり、「この人は品があるね。しかもかなりの美人だよ。」

気品が漂います(提供:北谷町教育委員会)

美女の骨

それ以来、あの美しい顔(骨ですが)が私の頭から離れなくなりました。

実物はどんなだったんだろう。芸能人で言ったら誰? 綾瀬はるか? 石原さとみ?

いや、沖縄の女性だから仲間由紀恵? それとも黒木メイサ?

 

テレビや雑誌で女優や女性タレントを目にするたびに、記憶のなかの頭蓋骨を投影させて、「いや、少し違うなー」とか思う毎日。女性の顔をこんな感じでながめるのは初めての経験でした。

あれっ?!

結局のところ、若い美人女性がなぜ殺され、そのまましばらく放置されなければならなかったのか、まったくの分からずじまいでしたが、私が「お墓」と「刀」の記述を担当した遺跡調査報告書は、無事刊行されました。

 

美しいがゆえに殺されたのか? であれば、やはり色恋沙汰だろうか?

それとも、見てはいけない何かを目撃してしまった? サスペンスによくある口封じ?

 

そんなことをボンヤリ考えながら、イスに腰かけた瞬間、私はある重大なことに気づいたのでした。

 

「あれっ?! 痛くないぞ?!」

 

初めての沖縄発掘現場でギックリ腰を発症し、以来10年間私を悩ませてきた腰痛。これがウソのように消えていたのです。

 

以下、発掘従事者の言いぐさとしては不適切な話になりますが、なんとなくの心当たりがありました。

10年前

当時、腰を痛めておじいちゃんのように現場をウロウロしていた私。そこに1人の地元作業員さんが近づいてきて、「楽にしてあげよーねー」と私の腰をさすりだしました。「ふ~っ」と息を吐いたり、何かブツブツ言ったりしながら、腰をさすってくれること約1分。不思議なことに痛みがスーっと引き、前屈したらベタっと手が地面につくではないか!

 

私:「え?! 今の何? 何だったんですか?」

彼:「あなたの左腰に髪が長くて美人の女性がぶら下がっていたから、清めてあげたんだよ。」

私:「へ?! それって…。」

彼:「とりあえずはいなくなったけど、どうもあなたは好かれるタイプのようだから気をつけなさいね。」

 

霊感に無縁な私。宗教も信じない私。

でも、撫でられると簡単に腰が治ってしまう私。

いろんなことが頭をよぎりましたが、「美人の女性」というのにマンザラでもない私。

 

その後も他の作業員さんに同じようなこと(女の人がくっついている)をたびたび言われ、腰痛もたびたび発症。

沖縄の作業員さんの「霊感強い率」が高いことに感心するとともに、この世の者ではないにせよモテ期に突入していることを励みにしながら、何とかその現場を全うしたのでした。

D先生

その現場でお世話になったD先生(人骨の研究者)に、先日何年かぶりにお会いすることがありました。

 

私:「お久しぶりです。その節は大変お世話になりました。私のこと覚えてらっしゃいますか?」

D:「あら、何だか見たことある顔だと思いました。ところで、腰は治りましたか?」

私:「!!!」

 

私の名前については定かじゃないのに、なぜ腰を痛めていたところだけ覚えてくれているのか? いや待てよ、だから覚えているのではないか? もしかして人骨業界では、わりと「あるある話」なのではないか? 先生ご自身も、そういうご経験が多々おありなのではないか?

 

そんな思いが駆け巡りましたが、それ以上は何も聞かないでおきました。

今度は

「美人女性の刺殺体」の発掘は、私が担当したわけではありません。しかし、なぜか彼女は私を選び、刺されたところをアピールするかのように、私の左腰にぶら下がってくれたのでした。

 

彼女は、私が調査報告書を担当することを最初から分かっていたのでしょうか?

 

それとも、私に担当して欲しくてわざわざ内地から呼び寄せてくれたのでしょうか?

 

いずれにしても、彼女の無念を晴らすような報告ができたとはとても思えませんが、私は彼女の美しさに心奪われ、そのぶん多くの愛を込めて仕事したつもりです。

今後さらに精進を重ねますので、どこかで見守っていて下さいね。

 

もう腰は痛くありません。

 

今度は、肩と首が痛いです。

参考文献
『平安山原A遺跡』北谷町教育委員会(2016)

協力機関
沖縄県北谷町教育委員会

土岐 耕司とき こうじ国際文化財株式会社 埋蔵文化財調査士

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