動向
仏像盗難被害の現状と対策
写真1 博物館が引き継いだ所有者不明の盗難被害品(撮影:筆者)
仏像盗難被害の現状
全国で仏像や神像など寺社に所蔵される文化財の盗難被害が発生している。指定文化財など広く知られたものばかりが狙われるのではない。被害の中心となっているのは、その文化財的価値を知られることなく、各地の集落に暮らす人々が心の拠り所として守り伝えてきた、身近に祀られる数多くの仏像である。
こうした仏像などの盗難被害が発生する背景には、盗む側と盗まれる側の双方の要因が重なり合っている。古美術品市場において宗教美術は根強く人気のあるジャンルで、国内外を問わず取引が行われているが、現在はインターネット上で商品をたやすくやりとりできるオークションサイトもあり購入のハードルは大きく下がっている。それゆえに転売を目的として仏像を盗み取り市場に供給する卑劣な窃盗犯が出現しているといえる。
そしてもう一つの要因が、地域住民の高齢化と人口減少という社会の構造的な問題である。全国各地で寺院の無住化が進んでいるが、こうした無住寺院や宗教法人格のない小堂などは、地域の集会所も兼ねるなどしてこれまで維持されてきた。しかし進行する高齢化と人口減少によるコミュニティの縮小により、管理の担い手が不足して目が行き届かなくなり、犯罪の抑止力が低下してしまっている地域が増えている。こうした状況は、今後さらに深刻化していく可能性が極めて高いといえるだろう。
和歌山県における近年の仏像盗難被害と対応
和歌山県では平成22年(2010)春ごろから翌年4月にかけて、連続60件、仏像172体を始めとする文化財の盗難事件が発生した。犯人は逮捕されたが、手当たり次第に盗んでは、大阪の古物商に持ち込んでいた。買い取っていた古物商は共犯関係にはなかったとして逮捕はされていないが、盗品であることが分からないはずがなく、結果的に犯罪を拡大させた張本の一人であった。この古物商から警察が回収した被害仏像の一部は、所蔵者が判明したものは返却されたが、被害地域の多くで仏像の写真やデータがなく、最終的に43点が所蔵者不明のまま取り残された(写真1)。これらは現在和歌山県立博物館で引き取り管理し、そのうち4点については博物館で所蔵者を見つけることができた。そのほか、古美術商のカタログに掲載された紀の川市・円福寺の仏像を発見し、買い戻した事例もあるものの、多くは行方不明のまま、取り戻すことができていない。
平成29年・30年にかけても、和歌山市・岩出市・紀の川市の10か所の寺院で60体以上の仏像が盗まれている。30年3月に盗まれた紀の川市・西山観音堂の十一面観音立像(紀の川市指定文化財)は像高180㎝を超える大きな仏像であったが被害に遭っている(写真2)。マスコミの報道協力もあって幸い取り戻すことができたが、多くの被害仏像は行方不明である。のち、83歳の男が逮捕されて被害は収束した。空き巣の常習犯が、仏像にも食指を伸ばしたようである。こうした犯行を行う犯人は、概して生活困窮者でもあり、かつブローカーや古物商に足下を見られて手元には僅かな金額しか渡っていないようで、犯罪の連鎖を誘発し、被害が拡大する要素となっている。なおこの時の被害において、盗まれたてから短期間に転売されたのち、盗品としらない古物商がインターネットのオークションサイトに出品されて浮上したものもある。偶然筆者が見つけ、ただちに警察に通報して取り戻すことができたが、こうしたオークションサイトが実際に盗品流通の場となっている実例であった。
写真2 盗難被害を受けた西山観音堂の堂内のようす(撮影:筆者)
平成31年には、2月に田辺市本宮町の華蔵寺、白浜町の梵音寺でそれぞれ本尊像が盗まれた。犯人2人は8月に逮捕されたが、一人は新宮市内の古美術商であった。専門知識を持つ業者が手引きしていたわけであり極めて悪質といえる。こうした古物商・古美術商が関わる文化財窃盗はかなり多いとみられる。直接販売のルートを持つが故のことであろう。幸いどちらも取り戻すことができたが、華蔵寺の場合は台座の底部に記されていた多数の墨書が削り取られていた。梵恩寺の場合は犯人が盗み取ったものの売り捌くことができず(被害直後の地元新聞社の報道が功を奏したとみられる)、由良町内の廃業したレストランの駐車場に放棄され、指紋消しの意図で仏像本体や光背・台座に食器用洗剤が大量にかけられ汚損されてしまっていた(写真3)。
こうした被害の数々からは、現在発生している仏像盗難という卑劣な犯罪が、信仰の尊厳の無視、歴史への敬意の欠如の上で行われていることがよく分かる。こうした被害に遭う仏像を、これ以上増やしてはならない。
写真3 盗難被害後、屋外に放置されていた梵恩寺釈迦如来坐像(写真提供:白浜町教育委員会)
お身代わり仏像による文化財の保全と信仰環境の維持
仏像や神像は信仰の核として、また精神的紐帯として長く維持されるため、継承された地域の歴史を物語る重要な資料といえる。それゆえ、仏像を伝来してきた本来あるべき場所から簒奪する窃盗行為は、単なる物的な被害に留まらず、地域や人々の歴史と尊厳を奪い去って精神的なダメージを負わせる卑劣な犯罪といえる。物的・精神的な二重の被害にあわないためにも、とにかく「盗まれない」ための対策をただちに講じていく必要がある。
仏像などの写真撮影(スマホ等でも十分)やデータ把握を行った上で、その上で厳重な施錠、防犯用ライトやベルの設置等々、防犯体制の構築ができればよいが、過疎化・高齢化でそうした対策さえも難しくなっている地域が増えているのが現状である。
そこで和歌山県立博物館では、平成24年度から、県立県立和歌山工業高等学校と連携して3Dプリンターによって精巧な文化財レプリカを作成し、和歌山大学教育学部の学生が着色して完成した精巧な仏像レプリカを防犯環境の整わない寺院や神社に安置し、盗難被害防止につなげる活動を行っている(写真4)。その数は、令和2年2月時点で15か所、29体を安置するに至っている。
写真4 高校生・大学生によるお身代わり仏像の奉納ようす(撮影:筆者)
信仰の対象が複製でいいのかと思われる方もあるかもしれない。しかし実際に提供してみると地域住民から「夜も安心して寝られる」といった感想をいただくなど好意的で、「お身代わり仏像」という呼び方で受け入れていただいている。それだけ当事者にとって深刻な問題であったということであるが、それとともに制作に携わった高校生、大学生が現地を訪れてお身代わり仏像を奉納し、地域住民とコミュニケーションを図っていることも特筆しておきたい。生徒・学生が地域のために作ってくれたという新たな歴史(「物語」と言い換えてもよいかもしれない)が付随していることを実感してもらうことで、受け入れへの心理的なハードルを下げることができている。生徒・学生にとっても、現地の状況を肌で感じ、社会の課題の解消に自分たちが役立ったという実体験を通じて、学習の効果を高めることにもつながっている。
仏像を守り伝える人々を支える
地域に伝えられてきた仏像や文化財を失うことは、歴史を失うことと同義である。これらを守るために何より大切なのは、人々が身近に残されてきた仏像や文化財を知り、魅力に気づき、関心を持つことである。無関心のままでは、盗まれても、壊れていても気がつかない。いかなるものが伝えられてきたのかに興味を持って初めて、どのようにして残していくかを当事者として意識することになる。仏像が、地域の人々の心を結ぶシンボルとして日常の中に息づいているならば、それこそが盗難被害を防ぐための、最大の原動力となるものと思われる。
住民の努力だけでなく、行政のサポートや、市民相互のサポートも必要である。地域の歴史や文化財を維持継承している人々に敬意を表し、賞賛して「応援する」こともまたサポートである。それぞれが当事者という意識を持ち、「みんな=公共」で支え合いながら守るこれからのあり方について、考えていくことが大切であろう。
※文化財盗難の実状とそれへの対策については、大河内智之「博物館機能を活用した仏像盗難被害防止対策について―展覧会開催と「お身代わり仏像」による地域文化の保全活動―」(『和歌山県立博物館研究紀要』25、2019年)で詳述しているので、参照されたい。
公開日:2020年2月17日