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動向

文化遺産研究の裾野を広げる:こども文化遺産ワークショップの開催

山田 綾乃 / Ayano YAMADA

東京文化財研究所 文化遺産国際協力センター アソシエイトフェロー

イベントに参加する小学生たち(撮影:文化遺産の世界・和田浩一郎)

東京文化財研究所・文化遺産国際協力センターでは、2023年4月30日(日)にこども文化遺産ワークショップ「なりきり!エジプト考古学者」と題した小学生向けの文化遺産イベントを開催しました。このコラムでは、文化遺産の裾野を広げる活動の一つとして、企画意図から準備、そして当日の様子と子どもたちの反応をご紹介します。

こども企画の立ち上げ

考古学や文化遺産の保存修復事業の成果は、講演会やシンポジウム、カルチャーセンターの授業、さらにはホームページやSNS配信を通じて、様々な形で広く一般に届けられています。ただし、それらの催しのほとんどが成人をターゲットにしています。もちろん、研究への理解と支援の拡大が文化遺産の未来には必要不可欠ですので、どのような世代でも関心を寄せてくださる母数が増えることは大歓迎です。しかし同じように文化遺産の未来に重要なのが、その担い手となって実際に現場に立つことを選択してくれる次世代、すなわち子どもたちです。現在の取り組みだけで、次世代への継承という課題は果たされているのでしょうか。

 

今回共に講師として登壇してくださった福田莉紗さんによると、彼女が出前授業を行っている小中高校では、文化遺産や考古学の発掘調査を面白いと思ってくれる児童・生徒も多いそうです。大人向けの講義に顔を出して少々難しい話を一生懸命聞いてもらうのも良いですが、子どもの目線に合わせた彼らが主役となれるプログラムもニーズがあるのではないだろうか?自分が子供の頃、そんなイベントがあったら嬉しかったなという考えが浮かびました。ちょうど同時期に、金沢大学古代文明・文化資源学研究所から古代エジプト王家の谷に関する講演会の共催打診がありました。そこで、その日を「エジプト・デー」にして、考古学や文化遺産に関わる仕事に憧れを抱いてくれている子どもたちと直接向き合う場を作ろうと企画を立ち上げました。

プログラムの作成と準備

今回の企画立ち上げに際して、私は一緒にエジプトで発掘調査に参加した経験のある福田莉紗さんに協力を求めました。彼女は早稲田大学大学院の博士課程で考古学を専門としながら、考古学を学ぶことで得た経験や知識を、子どもたちの学習や将来に活かせないかと小中学校で考古学や古代エジプトに関する出前授業をしています。講師として招き、彼女のこれまでのノウハウをお借りすることにしました(写真1)。

写真1 講師陣(左:山田綾乃、右:福田莉紗さん)(撮影:東京文化財研究所・長尾琢磨)

初回のテーマは、子どもたちの認知度が高い「ピラミッド」にすることが決まりました。内容は、歴史や事実を覚えるのではなく、どんな風に昔のことが分かるようになるのかが伝わるように、また自分で考えたり、気づいたり、本やテレビの世界から本物に一歩近づけるように意識し、座学と体験型プログラムをそれぞれ2つずつ用意しました。

 

【プログラム】

ごあいさつ

1時間目:ピラミッドをもっと知ろう(担当:福田)

2時間目:ピラミッドを作った人たちってどんな人?(担当:山田)

3時間目:ピラミッドを体感しよう

VR映像を見ながら、ピラミッドに登ってみよう(福田)

バーチャルツアーでピラミッドの内部を探検しよう(山田)

4時間目:質問コーナー

1、2時間目は座学です。ピラミッドが古代エジプトでは本当は何と呼ばれていたか、どんな形から始まり、どのように形を変えていくのか。どんな人が作り、彼らはどんな暮らしをしていたか、明らかになっていないことは正直に伝え、子ども騙しではない、今現在の歴史的な認識を伝えるよう努めました。

 

3、4時間目は、2チームに分かれて、入れ替わりで2つの体験型プログラムに参加してもらいました。一つ目のVR映像を使った体験では、教育ベンチャーとしてVR修学旅行や出前授業を企画している(株)BYDに協力を依頼し、ゴーグルの貸与と、World Scan ProjectがリリースしているMeta Diver1)というアプリケーションのこの場での使用許諾を取って頂きました。このアプリケーションでは、名古屋大学の河江肖剰氏が解説をしているギザ遺跡のVR映像を視聴することが出来ます。ピラミッドがどんなところに造られているのか、単体ではなく、様々な施設や他の墓に囲まれているかなどを、鳥になったような視点で遺跡を見渡しながら実感することができます。観光では行くことの出来ないピラミッドの頂上からの景色も楽しめる点が優れているところです(写真2)。

写真2 VR体験(撮影:東京文化財研究所・長尾琢磨)

もう一つの体験型プログラムでは、Digital Giza Educational Resources2)で公開されているクフ王のピラミッド内部のバーチャルツアーを使うことにしました。このウェブサイトは、アメリカに住む6年生が古代エジプトについて学ぶ際に教員が使う補助教材として、ハーバード大学が主導するGiza Projectの一環で作られ公開されているものです。多言語対応しており、文章による解説付きのツアーを選択することもできます。これを使用して、入口から王の間まで、講師の解説を聞きながらピラミッド内部を疑似探検してもらおうという狙いです。非常に高精細な画像を使って細部まで構築しているので、本当にピラミッドの中を進んでいるような感覚になります。

 

ただし、こうしたバーチャルツアーでは、実際の大きさをイメージすることが難しい点が課題です。特に子どもたちには、数値を伝えてもパッと想像することは難しいでしょう。そこで、文化遺産国際協力センターに所属する建築を専門とする同僚に助けを求め、原寸大のピラミッド上昇通路と、王の棺の模型を作ることにしました。材料は、安価かつSDGsな当研究所の廃棄寸前の段ボールです。2週間、段ボールの山との格闘の末、棺の角が欠けている所まで再現した結構な力作が出来上がりました(写真3)。

写真3 クフ王の棺に入って大きさを実感(撮影:文化遺産の世界・和田浩一郎)

プログラムの本筋に関わる準備の他に、帰宅してからの学習の定着や関心の継続のため、福田さんが出前授業で実践したことのあるボードゲームを、エジプトの文化遺産をテーマに作り替えお土産として配布しました。

こども文化遺産ワークショップ当日

4月30日の朝はあいにくの雨模様でしたが、申込頂いた小学生36名、保護者やご兄弟を合せて90名の参加者が東京文化財研究所地下のセミナー室に集まりました(写真4)。日頃はスーツを着た大人で後ろから順に席が埋まっていきますが、この日は我先にと一番前に座りたがる子どもたちで賑わいました。

写真4 こどもワークショップの開会(撮影:東京文化財研究所・千葉毅)

写真5 配布したテキスト(撮影:東京文化財研究所・千葉毅)

参加された小学生の内訳は、1年生:7名、2年生:13名、3年生:5名、4年生:5名、5年生:6名となりました。学年の幅が広く、事前の知識も個人差が大きいと予想されたため、テキストはやや詳しく、スライドと話し言葉は出来るだけ低学年向けになるよう心掛けました(写真5)。マイクを渡して直接答えを聞いたり、選択制の問題を投げかけ挙手をしてもらったり、一つ話しを進めるごとに納得したり感心したりする彼らの表情が印象的でした。またその反応は子どもたちに限らず、一緒に来ていた保護者の皆様からも得ることが出来ました。中には、既に古代エジプトについてよく勉強している小学生も参加していて、知っているピラミッドを尋ねた際に「ネチェリケト王のピラミッド」という回答があった時には、こちらが面食らうほどでした3)。会場の外には、講師のピラミッド関連の蔵書を自由に見てもらえるように置いておきました。日本語の本だけでなく、外国語の分厚い書籍も一種の図鑑のように自らめくって写真を眺め、保護者の方と話している姿も見受けられました。

後半の体験型プログラムは特に人気を集めました。とても面白かった、VRゴーグルを付けることでよりエジプトの世界に没入する感覚を味わえたとの感想を頂いています。同じく、バーチャルツアーと実寸大の通路、棺を使った体験型プログラムでは、傾斜26度の上昇通路を登る際に、「この大きさを体験してみましょう!」と声をかけ、順番に模型の通路を通ってもらいました。高さ120㎝弱の通路のため子どもには何てことない空間でしたが、保護者の皆様にも体験を促すと、そこかしこから「大変だ」「結構狭い」と本音が漏れていました(写真6)。そんな大人たちを見ている子どもたちもまた笑顔が弾けていました。また、王の間に到着した際には、その大きさを会場の床に印し、部屋の大きさとそこにある棺のバランスも想像してもらいました。棺には、現地に行っても入ることが出来ませんし、暗い室内で普段我々も大きさを真面目に考えたことがありませんでした。空間が変わるとこんな大きさなのか、ということを主催者側も体感する良い機会でした。我々の予想では、「やっぱり王の棺だから大きいんだ!」という感想を期待していたのですが、一度に10名もの子どもたちが一緒に入ってしまったため、「意外と狭い」という印象を与えてしまったのが少し誤算です。それでも、これまで他のセミナーやシンポジウムに参加したことのある保護者の方からは、子ども目線でモノを使って体験させてもらったのは初めてで、非常に楽しめましたと感想を頂きました。

写真6 上昇通路の模型を通過する参加者(撮影:東京文化財研究所・千葉毅)

これらの体感プログラムでは、自宅からでも見ることの出来るアプリケーションやWebサイトを活用しました。ワークショップでは時間が限られていますが、自宅で再び家族で体験していただくことで、また違う気付きや考えを持って楽しんでくれることを願っています。

 

最後は、事前にもらっていたエジプトについての様々な質問(言語や、食べ物、発掘調査の経験、ファラオの呪いに至るまで)に答え、終演となりました。「どうしたら考古学者になれますか?どうしたら発掘に行けますか?」というシンプルかつ直球の質問には、「講師陣もまだ胸を張って言えるほどの立場ではないが、、、」と思いつつ、誤解と決めつけの無いように真摯にお答えしました。とくに、古代エジプトの研究は考古学者だけの力ではできない。エジプトの現地の受け入れと協力があり、他分野の調査・研究成果が合わさって初めてこんなに詳しく古代のことが分かっていく。だから色んなことに興味を持って、自分の得意なことを伸ばして行ってほしいと伝え、締めくくりました。

こども文化遺産ワークショップの今後

今回は日頃の成果還元の活動の対象を子どもにまで広げるという試みで、このワークショップを企画しました。東京文化財研究所はあくまで研究機関であるため、子どもへのアプローチの仕方や規模、内容については、教育機関や博物館の教育普及活動と比較はできませんが、発掘調査を複数回経験している人間と直接関わることのできる機会、それも子どもがメインとなる会を開いたことには意味があったと考えています。

 

もちろん、第1回目ということで、手探りのことも多くありました。普段のセミナーや学会発表とターゲットが異なるため、通常の発表準備に加えて、子どもたちに配慮した周辺の用意に予想以上に頭を悩ませるということも実感しました。しかし、一度フォーマットを固めてしまえば、文化遺産に関する様々なトピックで応用が可能であるとも思います。来場者のアンケートからは一様に高い満足度を得られ、次回開催を願う声も多く寄せられました。子どもだけでなく、東京文化財研究所の活動を、普段意識していない保護者世代にもアピールできる点も大きなメリットです。考古学や文化遺産に対してロマンや憧れをもってくれている世代や層に、一つでも多くの機会を提供できるよう今後も開催を継続していけたらと考えています。また同じ考えを持つ機関や組織同士、横の連携も深め、文化遺産研究の裾野と未来を広げていければ幸いです。

1)https://meta-tours.jp/meta-diver.php(2023年6月1日最終閲覧)

2)https://giza.mused.org/en/(2023年6月1日最終閲覧)

3)ネチェリケトは階段ピラミッドで有名なジェセル王の別名。専門家でもこの名前で呼ぶことは少ない。

公開日:2023年6月23日最終更新日:2023年6月29日

山田 綾乃やまだ あやの東京文化財研究所 文化遺産国際協力センター アソシエイトフェロー

早稲田大学大学院にてエジプト考古学を専攻。日本学術振興会特別研究員(DC)、早稲田大学文学学術院総合人文科学研究センター助手、チェコ共和国政府奨学金を受給し、カレル大学エジプト学研究所(プラハ)に留学、明治大学黒耀石研究センター特別嘱託を経て、2022年8月より現職。エジプト古王国時代の建築労働者の組織形態の研究から始まり、2011年からはクフ王第2の船保存修復プロジェクトに従事。部材の実測記録を担当し、部材に刻まれた書付を分析することで部材組み立てや配列、船体構造を研究している。