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特別寄稿

埋蔵文化財保護とそれを支える研究

坂井 秀弥

奈良大学文学部文化財学科教授

遺跡の発掘調査はかつてほどではないが、いまも各地で盛んにおこなわれている。発掘調査に要する経費は年間約600億円。世界屈指の規模だ。調査には約5700人の行政関係のほか、多くの民間組織もかかわる。これまで半世紀に及ぶ遺跡調査の膨大な成果も蓄積されている。これをいかに継承・発展させるのか。世代交代が進みつつあるいま、直面している大きな課題である。そのためにはさまざまな検討・改善が必要だろうが、まずは埋蔵文化財保護とそれを支える研究についての意義を、あらためて確認することが重要だと思う。

 

埋蔵文化財保護の根幹でもある遺跡の発掘調査は、そもそも何のためにおこなわれているのか。遺跡は文化財保護法上「埋蔵文化財」として国民共有の財産とされる。文字や記録からは知ることができない、わが国と各地域の歴史や文化の成立ちを豊かに物語るものだからだ。日本の文化財制度は、保護の対象を「指定」という厳格な手続きで特定することを基本とする。しかし、埋蔵文化財はそうではない。「周知」されていることが要件であり、指定に比べてはるかに柔軟であり対象も広い。全国に46万カ所もの遺跡があり、毎年8000件も発掘調査がおこなわれているのはこうした仕組みによる。これもこの半世紀築いてきた財産である。

 

遺跡は国民の財産であるから、土木工事で失われる際は、その保護措置として発掘調査をおこなう。発掘調査の大半はこの種の記録保存を目的としている。遺跡を確実に保存するためには、べつに「史跡」に指定する必要がある。

 

行政内でよく言われることではあるが、行政がおこなう記録保存を中心とした発掘調査は考古学等の学術研究を目的としてはいない。文化財保護のために考古学の方法・技術を用いているのだ。となると考古学等の研究は必要ないのではないか。研究はそもそも個人的な行為であり、行政上の措置には不要である。こうした説明がされることもある。果たしてそうだろうか。

 

遺跡の史跡指定を考えるとわかりやすい。史跡は重要な遺跡を保存するだけではなく、国民・市民の活用上も重要な役割を果たす。その指定は基本的に遺跡の学術的価値により判断される。発掘調査により出土した遺構・遺物の考古学的な分析から、遺跡の時期や内容、性格などを明らかにし、遺跡の歴史的な位置づけを地域において検討し、他地域との比較からその特質を浮き彫りにする。そのために担当者は研究をおこない、その成果を報告書にまとめる。古墳であれば、土器や埴輪等からみた時期、墳丘や埋葬施設の規模・構造などを整理して、地域における歴史的位置づけや列島の古墳社会のあり方などを検討する。こうした研究により遺跡はより質の高い国民の財産となる。

 

こうした行為が個人的なものではないことは明らかである。その研究は国民・市民のためのものである。それだけではない。将来の人びとのため、あるいは遺跡を遺した人びとのためでもある。担当者自身がこうした作業を通じてその分野の専門家となることもあり、結果としてその成果が個人の研究につながる場合もある。しかし、その研究成果は契機や必要性からみて一義的には国民・市民、あるいは国・地域に帰属するものといってよい。

 

記録保存の調査においても基本的に同じである。遺跡が国民の財産であるがゆえに、それが国や地域にとってどのような意味をもつのかを示すことが必要だ。発掘調査は開発前の遺跡の処理ではない。文化庁の調査標準においては、報告書は遺構・遺物の時代・種類・数量等の単なる事実記載だけではなく、遺跡全体の構造や性格、時期的変遷、さらには地域の歴史のなかの位置づけなどについて「総括」として記述することを求めている。

 

調査の規模や期間・経費等の条件はさまざまだから、それが不十分にならざるを得ない場合もあろう。たしかに個別の報告書のなかだけで豊かな歴史を語ることはできない。しかし、現場と整理を通じて担当者が遺跡から直接得た考古学上の情報が、もっとも内容豊かなものであり重要だ。それを可能な限りすくいあげて報告し、それを歴史の実像に近づけようとすることが求められる。そうした積み重ねにより、遺跡を遺した人びとの営みを復元し、地域の歴史と文化の成り立ちを理解することが可能となる。それが遺跡を国民の財産へと昇華させるのだ。

 

研究を必要とするのは、発掘調査だけではない。発掘調査以前の調整段階においても重要である。開発事業との調整にあたっては、事前に分布・確認調査を行い、限られた条件の調査から遺跡の時代・内容等を的確に判断しなければならない。そして全面的な発掘が必要かどうか、必要であればその期間・経費の積算、あるいは現状保存の要否などを決定する。まさに遺跡の命運を左右するのが調整であり、担当者がその判断に際して重要なのが、現場経験を通じて会得する考古学や地域史の研究だ。

 

都道府県では、調整業務をおこなう文化財課などの調整組織と、埋蔵文化財センターなどの調査組織が基本的に分離している。埋蔵文化財の基本的な法的権限は、地方分権のいま都道府県の調整組織が握っており、その担当者が果たす役割は極めて重い。

 

困ったことに、この調整組織に配置される職員は相対的に少なく、近年は現場経験が乏しい傾向にある。現場経験の積み重ねのなかで、発掘現場の面白さや怖さを自覚できるようになり、遺跡のさまざまな潜在力を認識するところとなる。遺跡の取扱いに直面した際にものをいうのはこれだ。ただ、調整担当者の現場経験の問題は複雑である。調査組織が公立か財団かという組織と職員の種別とも密接に関連しており、解決は容易ではない。

 

埋蔵文化財を真に国民の財産とするためには、遺跡と真摯に向き合う姿勢と遺跡に対する愛着が大切である。そのためには、つねに遺跡と関係する研究というものを心がけることが重要だ。半世紀の埋蔵文化財保護の歴史を経たいま、それぞれの地域におけるこうした意識の差がそれぞれの歴史・文化の貧富に影響しているように感じる。それは地域の歴史・文化を地域の人びとが享受できていないという現実を示す。どの地域にもかけがえのない歴史があり、それを示す文化財の恩恵を等しく享受する権利がある。埋蔵文化財保護において、それを支える研究が不可欠なゆえんだ。

 

坂井秀弥
奈良大学文学部文化財学科教授

公開日:2017年5月1日最終更新日:2017年5月1日

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