Vol.26
Vol.26
「日本遺産(Japan Heritage)」について
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1 「日本遺産」とその創設に至る背景
国の文化財行政は、これまで文化財保護法に基づき国宝、重要文化財、史跡名勝天然記念物等文化財の類型ごとに指定等を行うことにより、一定の規制のもと、いわば“点”として保存・活用を図ることを中心に展開してきた(図1)。
一方で、地域における文化財のより効果的な保存・活用を図るためには、文化財をその類型を超えて総合的に把握し、それらを一定のテーマやストーリーのもとで捉えることが有効である。そのため文化庁においては、市町村が文化財とその周辺環境も含めて総合的に把握し、一体的に活用するための方針等を定める「歴史文化基本構想」を策定することを推奨している。
しかしながら、2016年3月現在、同構想を策定している市町村は全国で42市町村にとどまっているほか、策定済み市町村においても、それらを実際に活用して成果を上げている事例は必ずしも多くなく、いまだ取り組みが十分に浸透しているとは言えない状況にある。
わが国には有形・無形の優れた文化財が各地に数多く存在しており、それらにストーリー性等の付加価値を付けつつ魅力を発信する体制を整備するとともに、文化財を核に当該地域(周辺部も含めて)の産業振興・観光振興や人材育成等とも連動して一体的なまちづくり政策を進めることが、地域住民のアイデンティティの再確認や地域のブランド化等にも貢献し、ひいては地方創生に大いに資するものとなると考えられる。各地方自治体においては、上記のような効果を念頭に文化財を積極的に活用した取り組みを行っていくことが望まれるが、国においてはそうした意欲的な地方自治体を後押しする施策の実施が必要となる。
そのための有効な方策として、地域の歴史的魅力や特色を通じてわが国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産」として認定し、ストーリーを語る上で不可欠な魅力ある有形・無形の文化財群を総合的に活用する取り組みを支援する事業を創設した。
図1 従来の文化財行政と「日本遺産」の違い
2 「日本遺産」の認定申請と審査基準
(1)認定に当たって
「日本遺産」として認定するストーリーは、次の3点を踏まえた内容としている。
① | 歴史的経緯や地域の風土に根ざし、世代を超えて受け継がれている伝承、風習等を踏まえたストーリーであること。 |
② | ストーリーの中核には、地域の魅力として発信する明確なテーマを設定の上、建造物や遺跡・名勝地、祭り等、地域に根ざして継承・保存がなされている文化財にまつわるものが据えられていること。 |
③ | 単に地域の歴史や文化財の価値を解説するだけのものになっていないこと。 |
日本遺産として認定するストーリーには次の2種類がある(図2)。
・単一の市町村内でストーリーが完結する「地域型」
- ・複数の市町村にまたがってストーリーが展開する「シリアル型(ネットワーク型)」
また、ストーリーを語る上で不可欠な文化財群を一覧にしてストーリーに添付するが、地域に受け継がれている有形・無形のあらゆる文化財を対象とすることができ、地方指定や未指定の文化財も含めることができる。ただし、国指定・選定文化財を必ず一つは含める必要がある。
図2 地域型とシリアル型の違い
(2)認定申請の手続き
年に1回、文化庁が都道府県教育委員会を通じて、「日本遺産」認定の希望に関する募集を行う。
① | 申請者 本遺産の申請者は市町村とし、文化庁への申請は都道府県教育委員会を経由して提出する。シリアル型の場合、原則として市町村の連名とするが、当該市町村が同一都道府県内に所在する場合は当該都道府県が申請者となることも可能である。 |
② | 認定申請を行うに当たっての条件 地域型での申請に当たっては、歴史文化基本構想または歴史的風致維持向上計画を策定済みの市町村、もしくは世界文化遺産一覧表記載案件または世界文化遺産暫定一覧表記載・候補案件を有する市町村であることが条件となる。なお、シリアル型での申請に当たっては、上記の条件を満たすことが望ましいが、必須とはしていない。 |
(3)日本遺産審査委員会による審査
提出されたストーリーは、日本遺産審査委員会において、以下の審査基準に基づく審査を経て、「日本遺産」に認定される。
〈審査基準〉
① | ストーリーの内容が、当該地域の際立った歴史的特徴・特色を示すものであるとともに、わが国の魅力を十分に伝えるものとなっていること。 ※具体的には、以下の観点から総合的に判断する。 (1)興味深さ(人々が関心を持ったり惹きつけられたりする内容となっている) (2)斬新さ(あまり知られていなかった点や隠れた魅力を打ち出している) (3)訴求力(専門的な知識がなくても理解しやすい内容となっている) (4)希少性(他の地域ではあまり見られない稀有な点がある) (5)地域性(地域特有の文化が現れている) |
② | 日本遺産という資源を活かした地域づくりについての将来像(ビジョン)と、実現に向けた具体的な方策が適切に示されていること。 |
③ | ストーリーの国内外への戦略的・効果的な発信等、日本遺産を通じた地域活性化の推進が可能となる体制が整備されていること。 |
2015(平成27)年度の「日本遺産」の認定に当たっては、40都府県238市町村から83件のストーリー提案があり、4月21日に開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、18件を「日本遺産」に認定した。(※各ストーリーの詳細については、特集3をご覧ください)
表1 平成27年度「日本遺産」認定一覧
2015(平成27)年度認定の18団体は、2016年2月20日に篠山市で開催された日本遺産サミットin丹波篠山に集結した。そして認定を受けた団体同士の横のつながりを強固にし、日本全国に点在するストーリーを国内外に向けて積極的に情報発信、普及・啓発することにより、地域のブランド力さらには日本のブランド力を高めていくための「日本遺産連盟」を結成した。今後の新規認定団体への加盟を働きかけながら、認定団体同士の情報発信や交換、認定団体に根付いている伝承や風習の将来にわたっての継承、広域連携による国内外からの観光誘致に向けた戦略的検討といった取り組みを推進していく。
3 「日本遺産」のロゴマーク
文化庁は「日本遺産」を普及するため、「日本遺産」を象徴するロゴマークを発表した(図3)。
図3「日本遺産」のロゴマーク
製作者:佐藤卓(グラフィックデザイナー)
1984年佐藤卓デザイン事務所設立。商品デザイン、美術館、博物館のシンボルマークを手がけるほか、NHK Eテレ「デザインあ」の総合指導、21-21 DESIGN SIGHTディレクターを務める等多岐にわたって活動。
このロゴマークの日の丸は日本を表し、その下の鉄格子のように見える繊細な線の集合は、よく見るとJAPAN HERITAGEの文字となっており、この線の集合は一つの「面」を形づくっている。つまり、日本の遺産を点から線へ、そして面で捉える「日本遺産」を表現している。文化庁としては、ホームページ、パンフレットやリーフレットでの活用に加えて、関係省庁・関係機関とも連携を図りながら、このロゴマークを積極的に活用し、「日本遺産」の取り組みを盛り上げていきたいと考えている。
4 「日本遺産」を通じた地域活性化への支援
「日本遺産」として認定されたストーリーの魅力発信や、「日本遺産」を通じた地域活性化については、「日本遺産魅力発信事業」として「日本遺産」に関する①情報発信・人材育成事業 ②普及啓発事業 ③調査研究事業 ④公開活用のための整備に係る事業に対して補助金を交付する等、文化庁が積極的に支援をする。
情報発信・人材育成事業では、日本遺産ホームページの作成及び多言語化、パンフレットの作成、ボランティアの育成等が、普及啓発事業では、展覧会・ワークショップ・シンポジウムの開催、PRイベント(国内外)への出展、モニターツアーの実施等が、調査研究事業では、構成文化財のうち未指定のものについての資料収集が、公開活用のための整備に係る事業では、ガイダンス機能の強化、周辺環境等整備(トイレ・ベンチ・説明板の設置等)等が補助対象となる。
2015年度は約8億円の予算を計上し、18の認定自治体が設置する協議会へ補助金を交付した。2016年度は約12億円の予算を計上し、2015年度認定・2016年度認定自治体が設置する協議会へ補助金を交付する。
5 「日本遺産」の周知に関する文化庁の取り組み
- (1)日本遺産フォーラムの開催
2015(平成27)年度の日本遺産認定が終了した後、6月29日に上野の東京国立博物館において日本遺産フォーラムを開催した。
認定自治体の代表者18名に対して日本遺産認定証を交付するとともに、パネルディスカッションを実施。青柳正規前文化庁長官、日本遺産審査委員会委員の稲葉信子氏(筑波大学大学院教授)、下村彰男氏(東京大学大学院教授)、丁野朗氏(公益社団法人日本観光振興協会常務理事)、里中満智子氏(漫画家)、デービッド・アトキンソン氏(株式会社小西美術工藝社代表取締役社長)らによって、日本遺産の魅力や日本遺産を通じた地域活性化についての議論が行われた。
司会を務められた稲葉信子委員が、会場で参加されていた髙橋正樹高岡市長、下森博之津和野町長、平谷祐宏尾道市長、森川裕一明日香村長に地域活性化に向けた取り組みについて質問される場面もあり、パネリストと会場の聴衆とが一体となって日本遺産を通じた地域活性化について考える有意義な内容となった。
ラウンジには、平成27年度「日本遺産」に認定されたストーリー全ての展示ブースが出展された。自治体によるPRの方法はさまざまで、特産品を展示するアピールもあれば、地元のゆるキャラや観光大使によるアピールもあった。中には鳥取県三朝町のように、ストーリーの構成文化財である三朝温泉の湯をタンクローリーで運んできて、参加者がラドン泉の足湯を体験できるというユニークな試みもあった。また、文化庁ブースでは日本遺産審査委員と文化庁職員が、来年度以降の認定を目指す自治体関係者に対して個別相談を行った。
パネルディスカッションの様子 提供:文化庁文化財部記念物課
認定自治体によるブース出展 提供:文化庁文化財部記念物課 ©熊本県2010
(2)さまざまなメディアによる日本遺産の発信
- ①刊行物による日本遺産の発信
文化庁のホームページに日本遺産専用のページ※1を開設するとともに、日本遺産の概要が分かるパンフレットの日本語版と英語版を作成し、認定自治体やこれから認定を目指す自治体への配布を行っている。また、文化庁以外の機関が発行している印刷物においても積極的に日本遺産をPRいただいた。KKベストセラーズ発行の雑誌『一個人』2016年1月号及び3月号では「日本遺産を旅する」と題した特集が組まれた。また、一般社団法人不動産証券化協会の会誌である『ARES 不動産証券化ジャーナル』、一般社団法人全日本社寺観光連盟の会誌である『寺社Now』でも日本遺産が取り上げられている。このような外部機関による発信については今後も積極的に協力していく。
- ②テレビ番組による日本遺産の発信
2015年度に認定を受けた18のストーリーについては、テレビ番組にも取り上げられた。2015年8月4日にはテレビ東京の旅番組「そうだ旅に行こう。知らなかったニッポン!?日本遺産18か所全部行ったらスゴかった!」という2時間特別番組が放送された。また、フジテレビのホウドウキョク「ニュースのキモ!Afternoon」では、文化庁記念物課による「日本遺産と地方創生」を皮切りに、2015年6月30日~8月11日の期間に、18のストーリーのうち14について認定自治体の代表者の方がストーリーや取り組み、展望等を紹介された。
- ③ツーリズムEXPOジャパン2015における日本遺産の発信
2015年9月24日~27日の期間に東京ビッグサイトで開催されたツーリズムEXPOジャパンでは、9月25日に旅行業界を対象としたJATAのツーリズム・プロフェッショナル・セミナーが行われ、加藤弘樹記念物課長が「日本遺産(Japan Heritage)について」と題して講演を行った。また、同日の午後にはこれから日本遺産認定を目指す自治体向けの自治体観光振興セミナーにおいても講演を行った。
- ④海外での発信─パリ日本文化会館における「日本遺産展」の開催
日本遺産は国内外へ戦略的に発信していくとしているが、2015年度は海外においても日本遺産を発信する取り組みを行った。2015年11月10日~13日にパリ・日本文化会館で「日本遺産展」を開催した。
「日本遺産展」展示ホールの様子 提供:文化庁文化財部記念物課
岐阜市による着付け体験着付けの様子 提供:文化庁文化財部記念物課
本事業には18の日本遺産認定地域から岐阜市と京都府が派遣団体として選出され、それぞれの地域のストーリーをパリの方々に発信した。また、16の日本遺産認定地域からもそれぞれのストーリーを物語る展示品を出品いただき、展示を通して日本遺産のストーリーを発信した。「日本遺産展」には3日間で1,042名もの来場者があった。
今後もさまざまな形で日本遺産全体を国内外へと戦略的に発信していく。
6 今後の展望
文化庁としては、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに100件程度認定することができるよう、この取り組みをさらに拡充・強化し、「日本遺産」の魅力を国内外へ積極的に発信するとともに、文化財を活用した地域活性化に取り組んでいく。
自治体においても「日本遺産」のストーリーの積極的な御提案をいただきたいと考えている。
「日本遺産」の認定申請は毎年1月頃に都道府県を通じて募集するが、募集が始まってから〆切までの1カ月間でストーリーを考えるとなると時間も限られているので、「日本遺産」認定を目指す自治体におかれては、随時文化庁記念物課まで御相談をいただければ、日程調整の上、数回意見交換等を行いながら一緒にストーリーを考えさせていただく。
また、ストーリーづくりに際して文化財担当部局だけで考えると学術的側面が色濃く出てしまい、文化財に関する知識がない人が理解しにくい内容となってしまいがちである。文化財担当部局だけでなく、観光部局、まちづくり部局、さらには地域住民や観光協会等地域ぐるみで相互に協力して「日本遺産」の審査基準である興味深さや斬新さ、訴求力、地域性といった点が反映されたストーリーを一緒に考えていただきたいと思う。
積極的な「日本遺産」の認定申請をお待ちしている。