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Vol.30

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特集

駿府城跡天守台発掘調査 「見える化」の取り組み

長谷川 渚 / Nagisa Hasegawa
静岡市観光交流文化局 歴史文化課 主任主事

天守台石垣と発掘作業員 写真提供:静岡市観光交流文化局歴史文化課(以下同)

はじめに

徳川家康が築城した駿府城は、現在の静岡市の中心部の一角に位置する。平野部の中でも標高が高く安定した居住域の一つであり、東海道を往来する人やものの流れを掌握できた地という有利性から、江戸時代に限らず戦国時代は今川氏が居館を置く等、古くから地域を治めるエリアとして重要視されてきた。二ノ丸までの範囲が公園となった現在も、周辺には公的機関が集中している(図1)。

公園内には駿府城に関わる現存する建物はなく、石垣や堀が残るのみであり、一部の門や櫓が江戸時代の資料を基に復元・公開されている。そうした復元建物はあるものの、普段は市民の憩いの場やイベント会場として使用されており、城跡や観光地というよりも街中の都市公園として整備されてきた。

図1 現在の駿府城跡

発掘調査と「見える化」の目的

駿府城は、徳川家康が大名時代と大御所時代に築城した。特に大御所時代、慶長期の築城は、天下普請によるもので、城の範囲を拡大させる大修築工事だった。これによって落成した天守は、家康没後の寛永12(1635)年、火災によって焼失し天守の土台である天守台だけとなり(写真1)、以後再建されることはなかった。その天守台も、明治29(1896)年、陸軍歩兵連隊の設置の際に地上部が崩され、天守台に接する本丸堀が埋め立てられた。駿府城公園の天守台跡地の再整備に当たり、以前から天守閣再建の要望があったことを受けて、再整備方針決定のために、天守台の正確な位置や大きさ、構造、残存状況といったデータを得るべく、平成28年8月から平成32年2月まで約4年にわたる調査を開始した(図2)。

写真1 東御門に展示中の天守台模型

図2 4年間の調査

通常、調査は現場説明会等限られた機会でしか一般公開されないが、本市は歴史学習の場や観光資源として有効活用するため、発掘現場の毎日公開をはじめとする全国でも珍しい「見える化」に取り組んでいる。調査後の再整備方針決定については市民の理解と協力が不可欠であり、調査の内容に関心を持っていただき議論を深めていくねらいもある。

平成28年度発掘調査成果

平成28年度は、天守台西側の一辺を調査した。最大で高さ5.6m、南北の長さ約68mの石垣が見つかり、同じ徳川家の江戸城現存天守台(底部で45m×41m)と比較すると長辺の長さは1.5倍であり、大御所にふさわしい巨大な天守台であることが分かってきた(写真2)。文献史料でしか知られていなかった石垣の正確な規模や構築状況、残存状況の一端を確認することができた。しかしながら、石の割れが進行している部分も多く、落石を防ぐため防護ネットを張って対応している。

写真2 天守台西辺全景

現場の常時公開

調査開始と同時にスタートした「見える化」では、次の取り組みを実施している。

 

まず、現場を見て知ってもらうために行っている、「見える化」そのものである現場の常時公開※1である。年間の調査成果を紹介する現場見学会も実施しているが、いつでも自由に散策ができる見学ゾーン(写真3)を設けており、柵で見学ゾーンを囲み、作業ヤードと分けている。見学ゾーンからは「江戸城よりデカいかも!?」がキャッチコピーの巨大な天守台石垣がよく見え、重機掘削が進むと現場の様子が変わることから、定期的に訪れる来場者もおり、1年間で来場者は8万人以上となった。海外からも主にアジアからの来場者が多く、公園内の櫓と併せて観光をしているようである。発掘作業員の衣裳も工夫し、葵紋入りのビブスと家康の歯朶具足風のヘルメット(写真4)を着用して作業に従事しており、こちらも来場者からは好評である。

写真3 見学ゾーン風景

写真4 発掘作業員。作業員は市及び周辺自治体から公募で集まり、市臨時職員として勤務している。

見学ゾーンには、駿府城の基礎知識を紹介し調査速報を行う展示施設「発掘情報館きゃっしる※2」を併設し、ボランティアや地元団体の協力を得て運営している。「きゃっしる」では、現場ならではの雰囲気を感じられるよう、注記まで済んだ出土品を速報的に展示し、実際に触れられる出土品等も用意している。また、入口付近には「どこから来られましたか?」コーナー(写真5)を設け、来場者に市内・県内・県外・国外の区分でシールを貼ってもらい、運営側も来場者側もどの地域からどのぐらい人が訪れたのか一目で分かるようにしている。貼ってもらう際に話しかけることで、ボランティアと来場者とのコミュニケーションツールにもなっている。来場できない方に向けては、WEBページ「発掘情報館きゃっしる[別館]」を運営し、ブログ形式での情報発信も行っている。

 

発掘に馴染みの無い方からは、石垣を積み直して復元していると勘違いされることもある。地面の下から掘り出されたことを説明すると非常に驚かれ、工事現場のように着々と調査が進んでいく面白さを感じるという声も寄せられている。

写真5 「どこから来られましたか?」コーナー

発掘の体験

次に、現場を見るだけでなく、触れて歴史を体感すること、そして発掘に参加することで駿府城に親しみを持ってもらうことをねらいとした「体験発掘」を行っている。体験は2種類あり、一つが歴史学習を目的とした小中学校向けの体験、もう一つが市民や観光客向けの体験である※3

 

後者の「体験発掘」は平成29年6月から10月まで実施し、平成30年も行う予定である。体験メニューは、発掘作業の体験(写真6)に加え、「きゃっしる」での座学、そして瓦の乾拓体験(写真7)を1セットとしている。ターゲットは退職後の世代や観光客、親子連れとし、どちらかといえば休暇中のレジャー感覚での参加を見込んでいたが、「城を発掘」という全国的にも機会がない体験であることから、一般的な化石発掘以外の体験を求めた親子や、家族の誰かが「歴史好き」という客層が多いことが分かった。市外・県外からの参加者が半数を超えており、これは現場来場者の傾向と共通している。市広報課と連携して打ち出した報道機関向けのプレスリリースにより、全国の新聞、雑誌、そしてインターネットニュースへと情報が波及したためと考えられる。メニューについては、企画側にとっては意外にも乾拓体験が人気であり、アンケートで体験全体を楽しかったと回答した割合は74%となった。

写真6 発掘作業の体験

写真7 クーピーペンシルを使用したカラフルな乾拓。出来上がった拓本はオリジナルのしおりにして持ち帰ることができる。

VR(バーチャルリアリティー)を用いたガイドツアー

最後に、駿府城や天守への理解をより深めてもらうことを目的に実施しているVRを使用した「駿府城タイムトラベルツアー※4」を紹介する。地元の観光ボランティアの協力を得て実施しており、発掘現場のほか公園内に残る城の痕跡を巡っていく。6カ所のポイントでは、駿府城の想像CGを360度表示できるVRアプリの入った端末を使用し、現在残る遺構と見比べることで理解を補っている。他の観光地でも直面している課題であろうが、従事するボランティアガイドは高齢の方が多く、次世代の育成が欠かせない。このツアーではタブレットを使用したガイドということもあって比較的若手が活躍しており、知識の豊富なベテランと機器に強い若手が組んで運営することで、ガイドの新たな展開と技術の継承に繋がっているようである。アプリについては、フリーダウンロードを望む声があるが、表示される画像は想像によるものも多く、駿府城の正しい理解に繋げるため、ガイド付きでのみ閲覧できるものとしている。

 

以上、主な取り組みを紹介したが、当然ながら課題も多く、特に難しいのが調査の進行と「見える化」という活用を、バランスをとって同時並行で行う点である。例えば、体験発掘では正確性を求められる調査の中に、一般の方でも掘ることのできる体験場所を確保することに苦慮しており、指導できる人員(発掘調査員)も限られることから、安定的、恒常的な供給は難しい。さらに、防護ネットを設置するという石垣(文化財)保護の観点と、石垣に残された大名たちの刻印を見せようという「見える化」は相反する。今後もそうした矛盾が解消されることはないと思われるが、工夫を重ねながら発掘調査や文化財としての駿府城への理解に繋げていきたい。

観光地としての駿府城

毎週のようにイベントを開催しているわけではないが、来る度に変化が見られるという点や体験・体感を重視している点が、現在の駿府城の観光資源としての強みだと考えられる。

 

全国では、岐阜城(信長の館)や三重県立斎宮歴史博物館が発掘現場の公開に積極的に取り組んでいる。調査等を公開することや、近年観光のトレンドでもある体験型メニューの充実化が徐々に全国的に広まっているということであろう。

 

やはり城、特に天守を目的としている方からは、何もないと言われがちな駿府城ではあるが、調査実施中は現場の変化をうまく使用しながら、武将や戦国時代の人間ドラマが好きという方、そして考古学が好きという方等、全国の多様な「歴史好き」に駿府城を応援してもらうことが重要だと考えている。また、「見える化」によって駿府城が全国から注視されていることや市外から多くの方が集まっていることから、市民にはぜひ郷土の歴史に誇りを持ち、市とともにこの地を発信していただきたい。

 

静岡市では「歴史文化のまちづくり」を進めており、駿府城公園周辺エリアをその核と位置付け、天守台跡地の再整備とは別に、駿府城三ノ丸に「(仮称)歴史文化施設」を平成33年度に開館予定である。駿府城下町発展の礎を築いた今川氏や徳川家康の生涯を展示の軸としつつ、江戸時代以降の市の歩みを発信する。また、駿府城の復元建物や天守台、そして静岡浅間神社等周辺の文化財との回遊性向上を図っていく。残り2年半の「見える化」では、整備や施設開館を見据え、引き続き文化財及び城跡の観光への活用の一例として、より良い在り方を探っていきたい。

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