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Vol.32

Vol.32

熊本城の崩落石垣を測る

内田 恭司・青山 宗靖 / Uchida Yasuji・Aoyama Muneyasu
国際文化財株式会社 測量士

加藤神社から望む天守閣 撮影:著者

はじめに

国際文化財株式会社では、熊本地震により崩落した石垣について、復旧支援の一環として写真計測を実施した。作業にあたっては、熊本市熊本城調査研究センターと協議を行い、期間は2016年5月26日~28日の3日間、計測箇所は、飯田丸五階櫓、頬当御門周辺、東・北十八間櫓周辺など10カ所になった。

熊本地震と熊本城

加藤清正により築城された熊本城は、通説では慶長6(1601)年着工、慶長12(1607)年完成とされている。往時には、大小天守、49の櫓などを有し、石垣は上部に大きな反りを持つ「武者返し」と呼ばれるものだった。

 

熊本城は、2016年4月14日(前震)・4月16日(本震)に発生した熊本地震により、石垣の破損64ヶ所、重要文化財建造物13棟全ての破損(東・北十八間櫓は全壊)などの甚大な被害を受けた。(2016年10月時点)

熊本地震後の飯田丸五階櫓 撮影:著者

計測の方法

当社が作業を開始した時、すでに国土地理院などが地上型レーザーで計測を実施していた。ただし現地踏査をした結果、未計測箇所の飯田丸五階櫓や東・北十八軒櫓周辺は崩落の範囲が広く、高低差も15~20mあることから、地上型レーザーでは設置場所が確保できなかったり、レーザーがうまく照射できない可能性があった。社内で検討した結果、最近は文化財でも活用が進むSfM/MVS技術を利用した写真計測を実施することにした。

 

SfM/MVSは、コンピュータビジョンと呼ばれる分野(バーチャルリアリティや拡張現実、ロボットの自立制御など)で研究が進む技術だ。SfM(Structure from Motion)は、視点の異なる複数の写真から画像の重なりを解析し、3次元モデルを構築する技法、MVS(Multi-View Stereo)は、SfMで解析したカメラの位置情報や生成した点群をもとに、さらに高密度な点群を生成する方法である。

 

従来までの写真計測は、対象物に対して計画的に重複した写真を取得する必要があったが、この方法では重なり具合を事前に計算する必要がなく、対象物をあらゆる角度から撮影した多数のデジタル写真をソフトウエア上で解析することで、3次元データを生成している。さらに、UAV(マルチコプター、ラジコンヘリコプター)にデジタルカメラを搭載することで、人が立ち入ることができない場所や、自由な角度からのデータ取得を可能としている。3次元データの縮尺は、対象物の複数箇所に標定点を設置し、それをトータルステーション(基準位置からの距離と角度を観測する測量機材)で観測、MVS内で処理することにより付与される。通常であれば国土地理院が設定した公共座標で観測を行うが、今回の地震により地面そのものが数十cm単位で変動していると予想されたため、任意の座標で観測した。

 

なお、使用したSfM/MVSのソフトウエアは、「PhotoScan(Agisoft社)」である。3次元レーザー計測と「PhotoScan」で同一対象物を計測し比較検証した結果、計測の誤差はプラスマイナス1cm程度であることをあらかじめ確認している。

頬当御門周辺の現況調査(奥は大天守、2016年5月25日) 撮影:著者

作業の手順

作業にあたっては、滞空時間や搭載するカメラの重さを考慮して、マルチコプタ―ではなくエンジン式ラジコンヘリコプターを使用した。また、高画質データを取得するため、デジタルカメラはキャノンの「EOS 5D MarkⅡ(2110万画素)」とした。写真1枚あたりのデータサイズは5MBほどになる。標定点測量は、トータルステーションで観測した。

 

具体的な作業手順は、以下のとおりである(図1)

 

1 石垣への標定点の貼り付け(両面テープ)

2 ラジコンヘリコプターによる撮影

3 補足で地上からの撮影

4 標定点の観測・回収

 

現地での作業は以上である。撮影枚数は約4000枚、標定点は330カ所に及んだ。その後、室内で標定点の座標計算、デジタルデータのソフトウエアによる解析を実施し、3次元モデル10点、立面オルソ画42点を作成した。

図1 崩落石垣計測作業の流れ

計測の成果

作成した3次元モデル、立面オルソ画の一部を紹介する(図2〜図8)

これらのデータは熊本市へ提供され、被害状況の把握や復旧調査の基礎資料として活用されている。

 

熊本地震は、歴史ある貴重な文化財・熊本城に甚大な被害を及ぼした。しかし、熊本城総合事務所や熊本城調査研究センターをはじめ、関係団体や有識者、地域の人々の尽力により、熊本城は着実に復旧に向かっている。当社がその一端を担わせていただいたのは、大変光栄なことだと感じている。

 

熊本城が今回の地震を乗り越え、より魅力的で愛される文化財として輝きを増すことを心から祈っている。

図2 計測箇所位置図 著者作成

図3 飯田丸五階櫓オルソ図 著者作成

図4 北十八間櫓オルソ図 著者作成

図5 櫨方門オルソ画 著者作成

図6 飯田丸五階櫓3次元モデル 著者作成

図7 北十八間櫓3次元モデル  著者作成

図8 櫨方門3次元モデル 著者作成

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