Vol.33
Vol.33
文化財保護法改正における展望と課題について
京都造形芸術大学 芸術学部歴史遺産学科 教授
京都府宇治市旦椋遺跡の緊急発掘調査 提供:著者
今回の文化財保護法等の改正は、文化財の計画的活用と地方文化財行政の強化を図る目的で、①文化財総合計画として都道府県に「大綱」、市町村に「地域計画」の策定を、②文化財所有者には「保存活用計画」の策定を求め、③これらの支援として民間の「支援団体」の活用を図り、④文化財行政強化のため首長部局へ文化財を移動することを可能としたものだ。背景として、地方創生があり、文化財の観光活用がある。総論的には、地方文化財行政にとって、飛躍可能な条件が設定されたと考えるが、危惧すべき点が二つある。一つは、④に関して、組織上両刃の剣となること。首長の姿勢がダイレクトに反映される市町村には安全装置が必要で、文化財審議会の役割が大きく期待されることになる。もう一つは①に関して、オーバーワークが常態化する市町村文化財行政の現実と人材不足を踏まえると、一筋縄でこれらが可能となるとは到底思えず、先行市町村のノウハウの活用含め、さまざまな手当てを同時に考える必要がある。
はじめに
2018年春の第196国会に「文化財保護法及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案」(以後、「文化財保護法等の改正案」)が上程・可決され、2019年4月1日から施行されることとなった。この「文化財保護法等の改正案」の趣旨は、文化庁の「文化財保護法及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案の概要」(以後、「改正案概要」)によれば、「未指定を含めた文化財をまちづくりに活かしつつ、地域社会総がかりで、その継承に取り組んでいくことが必要」で「文化財の計画的な保存・活用の促進や、地方文化財保護行政の推進力の強化を図る」ことにある、とされている。
背景には、国の政策である「地方創生」があり、地域の文化財を観光資源として積極的に活用し、地域力の再生に向かう方針がある。ここでは、今回の法改正の展望と課題について、主な受け手である市町村の現実を踏まえて私見を述べたい。
文化財保護法等の改正概要
今回の法改正の要点は次の4点だと考える。
- ①地方文化財計画行政の推進
地域文化財の総合的な保存・活用を図るために、都道府県に総合的文化財施策の「文化財保存活用大綱」(「大綱」)の策定を、市町村には文化財総合計画の「文化財保存活用地域計画」(「地域計画」)の策定を求め、国の計画認定により、国の登録文化財にすべき物件の提案や現状変更等の国の権限の一部委任をする。
- ②個別文化財計画の推進
国指定文化財等の所有者または管理団体に対して「重要文化財保存活用計画等」(「保存活用計画」)の策定を求め、国の計画認定により、計画内の現状変更等を国の事前許可から事後届出に緩和する。
- ③民間団体の活用
この「地域計画」策定に関しては住民意見の反映のための協議会の設置、文化財所有者の相談等に応じられる民間団体を「文化財保存活用支援団体」(「支援団体」)として指定できる。
- ④首長権限の強化
条例により文化財保護事務を教育委員会所管から地方公共団体の首長部局所管へ移管できる。ただしこの場合、地方公共団体には地方文化財保護審議会を必置とする。
以上を整理すると、①と②が文化財法定計画行政推進という手法問題、③がこの実施にかかる民間への拡大問題、④が文化財執行組織の強化問題となる。他に文化財の相続税の緩和措置や文化財に関する地方債の交付税拡充措置など財政等の問題があるが、本稿では横へ置く。
首長部局の文化財所管の展望と課題
じつのところ、文化財の首長部局への移動を制度的に確立することが今回の眼目と思えるほどに、大きな改正点と考えている。文化財保護は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律によって教育委員会の専権事項とされてきた。しかし、従前より地方自治法に定める補助執行制度により、首長部局へ事務執行のみ移すことは可能であった。これは、教育委員会の事務体制が脆弱な場合、事務執行に対する首長部局の支援という特例的な避難措置として考えられたものと聞く。当然、法的な権能は教育委員会から動かないわけだが、地方創生に関わり文化財活用が叫ばれはじめた近年、この制度が市町村で多用されるようになった。文化庁企画調査会の資料(第一次答申に向けた検討課題「地方公共団体における文化財事務の所管」について)によると、補助執行及び事務委任により首長部局へ文化財事務を移している自治体は政令市で半数を超え、市町村でも70自治体ほどに及ぶという。
地域づくりや観光政策に積極的に文化財を活用しようとする場合、文化財の教育委員会所管は、許可等の手続きあるいは行政内でのすり合せ等において、組織をまたがる分、首長部局の期待するようには事務が進まないことがあるのは事実で、文化財を積極的に地域づくりに活用したい自治体にとって、補助執行による文化財実務の首長部局把握による主導性確保は大きな魅力としてよい。
今回の改正は、この流れを制度的に確立したものであり、文化財事務・判断の首長部局による組織的一元化と、「地域計画」・「保存活用計画」による事務の簡略化・弾力化が兼ね合わされば、地域づくり・観光施策等に関する文化財活用はずっとスムーズになることは間違いないだろう。やる気のある行政・首長にとっては、明るい見通しが持てることになるであろうし、文化財に係る予算や人的配置に関しても、首長部局の枠の大きさと地域づくり・観光への貢献を背景に、今までより有利になることも十分に予測できる。
問題は、曲がりなりにも、独立行政委員会である教育委員会が文化財保護の理念を戴して執行してきた判断が、首長の姿勢がダイレクトに反映可能な組織系統へと変更になるわけで、両刃の剣の危惧はある。是非になく、市町村行政の方針は、首長の姿勢に大きく影響される。文化財の性質上、これに対する安全装置が必要であり、組織的にみて、今後、文化財保護の健全性は、地方文化財保護審議会のチェックと提言に大きく依存することにならざるを得ないだろう。審議会の審議対象範囲や権能については、十分に設置条例に盛り込む必要があるとともに、委員の資質・専門性がいっそう問われることになろう。
文化財行政の計画化の展望と課題
市町村の文化財行政は、個別的で対処療法的な文化財保護行為として活動しているのが一般的である。「歴史・文化の町 某市」などの標語で町の個性を標榜していたとしても、さらにはそれらが総合計画などの行政計画に書き込まれていたとしても、その「歴史・文化の町」の基盤となる文化財を、保全し継承するための具体的な計画があり、目的に向かって取り組んでいるところは少ない。そのなかで、今回の「地域計画」の策定は、未指定を含む市町村内の文化財総体の把握と継承について、品質の維持を図りつつ持続的・計画的に進めることを可能とする、初めての法的仕組みが提示されたことになる。2007年から始まった文化庁の歴史文化基本構想(「歴文構想」)の法律への書き込みともいうべきものであろうが、法定計画としての効果と意義は大きい。
このような、市町村文化財行政の対処療法的活動の淵源は、戦後、全国的に開発が進む中で急増した埋蔵文化財発掘調査への対応として、主に考古学専攻学生を教育委員会の文化財専門職員に採用し発掘調査を主体としつつ、全文化財保護の業務にあたってきたことだが、問題はなべてその増員数が「発掘現場」が処理できる程度でしか手当されてこなかったことであろう。1,800自治体の7割強が5万人以下である市町村の人口規模からすれば、精いっぱいの増員ではあったろうが、文化財行政現場のオーバーワークの常態化のなかで今日をむかえている市町村の現実は、しっかりと認識しておく必要がある。
さて、文化財の制度上、関係部署や関係法条令と連携しつつ広域的な文化財指定を行う文化財類型に、重要伝統的建造物群保存地区(1975年制定、「重伝建」)と重要文化的景観(2004年制定、「重文景」)がある。現在「重伝建」が97市町村117地区、「重文景」が57市町村61地区となっている。さらに文化財を計画中枢に位置付け、その活用に視点を置いた計画や構想として、前述の「歴文構想」の策定市町村は現在85。この中で「重伝建」保有市町村は17、「重文景」保有市町村は7、重複を差し引けば19市町村。また「歴文構想」のアクションプラン的な「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」(2008年施行、通称「歴史まちづくり法」)に基づく「歴史的風致維持向上計画」(「歴まち計画」)の認定市町村は68。この中で「重伝建」保有市町村は25、「重文景」保有市町村は5、重複を差し引けば27市町村となる。要はこれらを踏まえて瞥見するに、すでに文化財部局がその町の重要な施策を担う部署として活躍し、「地域計画」の策定に関しても比較的スムーズに取り組めるだろうと予測させる市町村は、全自治体の6%のトップランナー、ざっと100市町村ほどではないか。
重要伝統的建造物群保存地区(三重県亀山市関町) 提供:著者
重要文化的景観(熊本県天草市崎津) 提供:著者
「地域計画」及び「保存活用計画」ともに「~できる」法律となっているため、法的には来年4月に策定義務が生じるわけではないが、運用の中では計画を持たないものについては、補助金等で取り扱いの差が生じる可能性は、制度の趣旨からしても高いと予測すべきで、全国の市町村や自治体を含む文化財所有者等において、これら計画策定は結果的に必至となろう。
このような計画が効果を発揮するためには、文化財の悉皆調査や保護活用プランにとどまらない、文化財が所在する地域の環境に関する諸計画、たとえば景観計画や観光計画あるいは道路計画をはじめ、さらに上位の都市計画などとの調整や見直しを含め、目的を共有しながら関連付けてゆくことが必要で、「地域計画」がこれらから孤立した場合、本来目的が達成できるのか、円滑に起動するのかが怪しくなる。計画の策定には、文化財の専門家がいればよいのではなく、文化財マネジメントの技術も併せ持つ文化財の専門家が必要なのであり、このような人材が策定作業に一貫して関わることで、保護と活用が両立しきちんと働く計画へと至ることができよう。
今回の法改正で求められるものは、一歩踏み込んだスキルを含めた上でないと実現が難しいことに異論はあるまい。このような技術については、文化庁の専門研修が立ち上がると側聞する。しかし、じつのところ有用な知識・情報は、すでに類似した経験を持つ前述のトップランナーに成否清濁織り交ぜて蓄積されているはずで、これらの分析と活用への手はずが、まずは望まれる。今回の法改正への取り組みが、文化財専門職員の献身的努力とスーパーマン的活躍でしか実現可能なものにしてはいけない。
人材はいずこ
今後、「地域計画」・「保存活用計画」がそれぞれで策定されることになるが、これらの計画策定業務にかかわることになるだろう文化財専門職員は、現在、どのくらいいるのであろうか。市町村の場合、前述のような状況から埋蔵文化財専門職員数が文化財専門職員数の目安になる。2017年に出された文化庁の『埋蔵文化財関係統計資料-平成28年度-』によると、市町村の埋蔵文化財専門職員数は、2003年に全国合計4,433人であったのをピークに下がり続け、2016年で3,811人と620人余も減少している。発掘調査件数の減少と連動した現象であり、20年前の水準に逆行しているのが現在である。そして、未だ3分の1の市町村には文化財専門職自体が未配置である。
今回の法改正の趣旨が正確に理解されれば、市町村に文化財専門職は増員されるはず、と期待を込めて予測はするが、現実は以上のようなことで、文化財専門教育修了者を新規採用すればよいと言うようなことでもない。地域の持続性に向かって文化財の保護と活用を進めようにも、その核を担う人材はいったいどこにいるのか。歴史や文化財を教える大学は数多あるが、文化財の活用やマネジメントを教える大学は、この国にどの程度あるというのか。光明が見えないというほかない。
当面は、専門職員定年退職者の再雇用や組織内人材発掘と並行しつつ新規人材育成を図り、地域の協力者・学識者との連携を一層進め、衆知で乗り切るしかないのであろうが、専門職員の穴を「支援団体」などで埋める安易な発想はだけはやめたい。民間にもこのような専門領域での適切な人材が、それほどいるわけでもないのだ。市町村文化財行政に期待がかかる今日、行政及び人材教育にあたる大学とも、現実を見据えつつ長期的な見通しと柔軟な思考の中でこれに対処し、文化財体制をめぐる課題解決の先送りは是非とも避けたい。