Vol.33
Vol.33
文化財保護法改正にかかわる市町村の取り組み
浜松市 文化財課 主幹
浜松市光明山古墳の現地説明会 提供:著者
はじめに
静岡県浜松市は、東京と大阪のほぼ中間地点に位置する人口約80万人の地方都市である。2005年に12市町村がかかわる広域合併が行われ、2007年には政令指定都市に移行した。文化財の担当部署である文化財課は市長部局の市民部におかれ、課長を含め職員11名、再任用職員2名、非常勤職員8名の体制で、日々の業務を行っている。文化財の収蔵、調査、研究、活用を行う拠点として浜松市地域遺産センター(以下、地域遺産センターという)を擁し、そこでは開発に伴う埋蔵文化財の調整業務も執り行っている。また、浜松市文化財課は、浜松市博物館をはじめ、文化財建造物やその他展示施設も所管する。
本稿では、浜松市における文化財保護法(以下、保護法という)改正にかかわる受け止め方と、それにまつわる諸事業について紹介したい。なお、本内容にかかわる報告として、浜松城の調査整備のあゆみと観光事業の履歴提示※1や、2017年に放映されたNHK大河ドラマと城郭調査活用にかかわる事業報告※2、埋蔵文化財の活用にかかわる取り組み事例の紹介※3をしている。ご併読いただければ幸いである。
改正保護法と地方文化財行政
2019年4月に施行される改正保護法にみるいくつかのポイントは、本誌の諸論考をはじめ、多くの論者が指摘している(日本考古学協会2018、歴史科学協議会編2018など)。保護法改正の趣旨は、文化財の保存を主眼とした従来型の施策から、積極的な文化財活用へと門戸を開くものといえる。この傾向については、文化財の保護保存がないがしろにされ、活用優先の事業に偏向する可能性が指摘されている。こうした懸念の多くは、文化財保護体制の構築が不十分な自治体がかかえる問題や、行政内における文化財担当者の認識不足に起因するものといえ、大いに認識する必要がある。しかしながら、現況の文化財保護にかかわる根本的な理念や法律の条文は変更されるものではない。文化財担当部局がしっかりと既存の業務をこなしていれば、保護保存をないがしろにした活用策がはかられることはないといえるだろう。
保護法改正は民意と社会情勢の変化に基づき、文化財行政のあり方の転換を促すものであり、その主役は市民と市町村の文化財担当者といえる。それによる具体的な諸施策も、条文を上手に読み取ることで新しい展開を誘引する大きな後ろ盾になるものであり、むしろ、歓迎すべき指針を示していると捉えられる。その援用には慎重な態度が求められるが、適切に運用することで、閉塞的な現状を打破する大義名分として改正保護法を用いることができるといえるだろう。
当市においても、できるだけこの機会を逃すことがないように積極的な事業展開を目指している。以下、その具体例を紹介しておこう。
計画の策定と都道府県教育委員会との連携
保護法改正の中でも大きな転換として、文化財保存活用地域計画(以下、地域計画という)の策定があげられている。この計画は国の認定制度として位置づけられており、市町村職員は計画策定に積極的にかかわることが求められる。浜松市では地域計画を数年後に策定できるように準備をはじめた。旧12市町村を交えた広大な面積をもつ浜松市にとって、地域計画の策定は容易なことではないが、日々の業務に忙殺される現状を見据えると、この機会を逃せば今後、契機となるタイミングがいつ訪れるか分からない。
幸い、浜松市では地域計画の策定にかかわり、関連性が高い事業が進んでいる。2018年度には、浜松市の都市整備部局が歴史的風致維持向上計画(歴まち計画)の認定を目指し、準備作業が始まった。この事業は、地域計画の作業内容と重なる部分が多く、中核的な部分についてはその成果を援用することが可能である。計画策定には文化財課も大きくかかわっていることから、地域計画との関連ももたせやすい。
史跡の保存活用計画もほぼ同時に策定中である。浜松市天竜区にある「二俣城跡及び鳥羽山城跡」は戦国時代から安土桃山時代を中心とした城郭遺跡であり、2018年に新たに国指定史跡に加わった。浜松市では実に59年ぶりの史跡の新指定であり、地域でも庁内でも関心が非常に高い。国史跡指定後の速やかな事業展開をはかる必要があることから、2018年と2019年の2カ年を費やし、この史跡の保存活用計画を作成している。史跡の保存活用計画は、個別の史跡をどのように保護し、活用をはかるか、その指針を示すものであるが、今後の事業を効果的に展開するためには、周囲の文化財や関連する文化遺産を結びつけ、その史跡に期待される性格や役割に合わせた活用をはかる戦略が必須と捉えている。そのためには史跡の周囲にある文化遺産の分析が必要であり、必然的に重点的地区の活用をはかるため、周囲の文化財の悉皆調査を行うことに繋がっている。史跡を単体としてみるのでなく、文化財群として捉えた際の有機的な関連を視野にいれた保存活用策といえ、その内容は今後検討を進めていく地域計画とも親和性が高いものといえる。
さらに、浜松市には「認定文化財制度」という、未指定文化財を積極的に顕彰する取り組みがある(図1)。この制度は2016年度から立ち上げたもので、地域に埋もれている文化財を積極的に掘り起こし、新たな価値付けを行う中で、地域の中で文化財保護のへの想いを醸成する目的がある。同時に新指定文化財候補物件のリスト化にも繋がるものと期待している。現在まで2カ年にわたる認定の機会があり、市内で192件にわたる認定文化財が誕生している。未指定文化財の認識、顕彰は、改正保護法の中でも必要性が示されているものであり、今後の地域計画策定にあたり、構成資源の把握にも資するものが大きい。
図1 認定文化財のイメージ 作成:著者
地域計画策定にあたっては県との連携も欠かせない。保護法改正にかかわり都道府県では文化財の保存・活用に関する総合的な施策の大綱(以下、大綱と呼ぶ)を策定することが促されている。地域計画は大綱と齟齬のない内容が求められるが、地域計画の準備作業と両輪で事業を進めることが望ましい。浜松市では静岡県教育委員会に働きかけ、県と域内の市町と連携した計画策定を進められるよう、情報交換を繰り返している。
なかでも、地域の文化財を調査し、保護活用をはかる人材や組織については、地域を超えて連携をはかるしくみが求められる。とくに、地方自治体の多くで専門的職員を抱えることが難しい建造物部門や美術工芸部門については、広域で活動している人材や団体との関係強化が必要であろう(写真1)。改正保護法が掲げる「文化財保存活用支援団体」の指定は、自治体の枠組みを超えて情報共有をはかる必要があり、団体の情報共有や、事業の連携を深めることは、都道府県に期待したい大きな役目である。
写真1 NPO法人古材文化の会との会合 提供:著者
都道府県や市町村の枠組みを横断する人材育成についても大きな課題である。文化財の保護や活用にかかわる諸問題は多様化しており、一つの自治体内で完結するものではない。静岡県では、防災ボランティアの養成事業が進められているが、今後は防災に特化した活動というよりも、広く文化財に触れ、保護と活用をはかる文化財サポーターとしての人材育成に事業内容を転換していく必要を感じる。こうした人材育成の問題についても、改正保護法をふまえた都道府県の大綱を通じて、県や市町の施策の中に確実に位置づけていくことが重要である。
戦略的取り組み
改正保護法が目論む地方財政措置の拡充は、基礎自治体にとって大きな魅力である。なかでも公開活用等の取り組みは、今後の市町村の役割として社会から期待される側面が大きい。ここでは、論点を変えて、浜松市における事業例を紹介し、今後の魅力ある公開活用事業の方向性を示しておきたい。
【書のインスタレーション】
地域遺産センターには小さな展示施設が併設され、シンポジウムや講座、見学会、各種体験活動といった諸事業を通じて、文化財の魅力を発信している。展示事業としては、2018年に須恵器(すえき)系埴輪を取り上げた企画展「グレーな埴輪たち」を開催した(図2)。「書のインスタレーション」はこの企画にあわせて実施した、参加型の体験イベントである(写真2)。
図2 企画展「グレーな埴輪たち」のチラシ 提供:著者
写真2 書のインスタレーション 提供:著者
来訪者もしくは応募者は、埴輪にかかわる専門用語を書にしたため、地域遺産センターのエントランス空間に展示した。難解な専門用語について導入部分で興味を喚起することを目的にしたこの試みは、企画者が当初、意図していなかったさまざまな効果を生んだ。まずは、地元の書家が作品を応募したことがあげられる。通常、歴史展示に積極的にかかわらない芸術分野の方々が「書」という作品を通じて、文化財との関係を強めた。次に、書の作品が来場者とスタッフを結ぶアイテムとして活用がはかられたことがあげられる。難解もしくは奇怪ともとれる専門用語を目立たせることによって、用語そのものに興味を引き付けることができ、展示室の内外でコミュニケーションをとるきっかけが生まれた。さらに、考古学研究者の自省的問いかけを促す行為としても活用できた。展示期間中、専門的な研究者の来場があったが、彼らに墨書をお願いし、その作品を通じて多くの言葉が投げかけられた。普段何気なく向き合っている専門用語を墨書することによって、従来、意識することがなかった資料にまつわるさまざまな付帯情報を引き出すことができたことは、企画者としても大きな収穫であった。
【考古スイーツ講座】
地域遺産センターに隣接する施設内には調理実習室が併設されている。この部屋を活用して、考古資料とスイーツづくりを掛け合わせた体験講座を実施している。具体的には、三角縁神獣鏡(さんかくえんしんじゅうきょう)の鋳型を用いたチョコづくり、瓦塔(がとう)を模したチョコレート菓子「瓦塔ショコラ」づくり、円筒埴輪をかたどった埴輪形クッキー「ハニッキー」づくりなどの諸事業があげられる(図3)。
図3 考古スイーツづくり 写真提供:著者
いずれも実物の考古資料の詳細な観察を踏まえ、お菓子素材で模造品をつくるものである。鋳造品の模造には、融けて固まる素材(チョコ)を用いて鋳型へ流し込み、焼き物の模造には可塑性のある生地を捏ね、焼成(オーブンを使用)する。互いに、類似性がある製作工程をふむことによって、工芸品の製作過程を知ることができ、各工程でおこりうるさまざま形状変化(鋳バリ、焼け歪みなど)を実際の行為を通じて知ることができる。実物の考古資料への興味も引き出され、さまざまな歴史学習の要素が入り込む余地が生まれた。
考古スイーツづくりの講座の参加者は、親子連れや女性、20~30歳代の若者など、従来の歴史講座とは異なる層を取り込むことにも成功している。参加者に接し、彼らのニーズを読み取ることによって、多くの世代の心に届く効果的な講座を続けることを可能としている。
【アクティビティ的要素の付加】
地域遺産センターでは、歩行距離が長いウォーキング的な要素をもつ文化財見学会(Heritage walk :愛称「へりさんぽ」)、行動範囲を広げるため自転車を活用した見学会(愛称「ちゃりさんぽ」)を開催している。その一例として、地域遺産センターの近隣にある軽便鉄道の廃線跡を自転車でたどり、鉄道施設の近代化遺産や周囲の歴史遺産をめぐった企画を紹介したい(写真3)。参加者は歴史愛好家をはじめ、鉄道ファン、アスリート志向の方々と、通常の見学会の顔ぶれと大きく異なる構成であった。見学会はアクティビティ的な要素を加えることで、魅力が大きく変わる。運動の負荷が軽いものであれば、健康づくりの事業としても位置づけることができ、庁内の別部署とも連携がとりやすいものといえるだろう。
写真3 ちゃりさんぽ 提供:著者
【公開活用事業の本質】
文化財の活用とは単なる愉しみの追求だけではなく、文化財がもつ多様な価値観を引き出し、地域や人と人との関係を再構築する営為だと考える。ここに紹介したさまざまな活用事例は、文化財に親しみをもってもらうような、間口を広げることに寄与するものである。文化財を活用する試みは、芸術活動やお菓子づくり、アクティビティといった、掛け合わせをさまざまな分野に求めることで、単なる愉しみだけなく、活動の幅や深みを増す。主催する側も一方的に知識を与えるというスタンスではなく、参加者とともに気づき、相互に学び深め合うことによって、担当者も成長するといった要素が重要であろう。こうした理念がなければ、公開活用事業は単なるイベント開催に成り下がり、担当者も消耗するだけに終わる危険性がある。
連携の強化と調査研究機能の重要性
地方自治体の文化財担当の現場は人員と従事する時間が削減されるばかりで、新しい事業を始める余裕がない。浜松市も同様の問題を抱えているが、その状況を打破するための方策として、各方面との連携強化を重視している。
庁内の多様な部局との連携調整を深めることによって、文化財の保存活用に資する諸事業を他部局に担ってもらうことに成功している。図書館などの文化施設組織はもちろん、観光、広報、都市整備、人事の各部局など、近年、その幅は広がっており、さまざまな場面で、文化財をアピールする事業を行っている。市民や社会に向けての絶え間ない情報発信は文化財にかかわる諸施策を進める上で必須であり、担当者にとっても、継続的な情報公表は、事業の方向性や自らの考えを検証するよい契機となっている。
効果的な事業を進めるには、不断の調査研究は欠かせない。しかし、市の内部や個人の能力だけでは限界がある。浜松市では連携先を広く外部組織に求め、市がかかわる文化遺産の新たな価値づけに取り組んでいる。自治体間の連携では、戦国武将・堀尾吉晴にまつわる研究会があげられる。堀尾氏は安土桃山時代の浜松城主であり、ゆかりの自治体と連携して、文書や石造物、城郭にかかわる共同研究を進めている(写真4)。また、研究機関とのかかわりとしては、市内の遺跡から出土した瓦塔にかんする連携研究や、浜名湖の水中遺跡にかかわる共同調査など、複数のプロジェクトが進行中である。
写真4 堀尾吉晴に関するパンフレット
調査研究にかかわり市町村の文化財担当者職員の職能上の位置づけを明確化することは急務の課題である。文化財担当職員の多くは一般事務職として採用され、通常の人事異動の対象にある。組織を活性化させるための人事交流は重要であるが、職務的に調査研究する業務を、庁内において正確に位置づける必要があるだろう。地域研究は一朝一夕に達成されるわけではなく、充実した研修制度や人材育成が求められる。保護法改正にかかわる附帯決議(平成30年5月18日衆議院文部科学委員会、平成30年5月31日参議院文部科学委員会)中にある「専門人材」の育成に、市町村も真摯に取り組む必要があるだろう。
おわりに
経済的な成功に直結する文化遺産だけを顕彰し、活用すればよいのか。それに適合しない文化遺産は不要なのか。保護法改正に乗じ、文化財部局も新自由的な思潮に取り込まれるかもしれないという危惧は、多くの担当者の口から耳にする。世界遺産や日本遺産、史跡、国宝、重要文化財といったトップランナーとしての文化遺産は、単体で存在している訳ではない。現在は指定文化財のカテゴリーにない要素、例えば、郷土に根差す生業の風景、酒場の料理、風景を構成する現代の土木構築物、地域に伝わる説話など、地域から発信すべき文化遺産は数多い。これらの遺産を育んだ歴史的な経緯を注視し、現代社会の中にその意義を正しく位置づけることで、はじめて市民とともに学べる文化遺産となる。市町村の文化財担当者には、地域にまつわる未指定物件を含む関連資産に目配せする懐の深さが求められるだろう。
保護法改正は、市民のための諸施策を切り開く行政のあり方を本質的に問い直す機会と捉えることができる。まずは走りながら、未来を見据えるような、実践感覚の中に理想像を描くスタイルもあってよい。改正保護法をうまく活用し、国や都道府県の文化財保護制度を問い直す事業を進めることこそ、市町村文化財担当者の醍醐味といえるだろう。