Vol.35
Vol.35
百舌鳥・古市古墳群 世界遺産登録のあゆみ
-堺市の取組みを中心にして-
北東の上空から見た百舌鳥古墳群 提供:堺市
はじめに
2019(令和元)年7月6日、令和を迎えてから日本で初めての、かつ大阪府で初めての世界遺産が、アゼルバイジャンで開催された第43回ユネスコ世界遺産委員会において登録された。「百舌鳥・古市古墳群」である。
世界遺産 百舌鳥・古市古墳群は、堺市に所在する百舌鳥古墳群と羽曳野市・藤井寺市に所在する古市古墳群からなる。世界遺産登録を進めるにあたっては、両古墳群が所在する3市と大阪府で取り組みを進めてきた。本稿では、堺市が実施してきた世界遺産登録に向けた取り組みを中心に説明を行う。他稿と重複する点もあろうかと考えるがご寛容いただきたい。
世界遺産登録への経緯・経過
堺市では、市内に伝えられた豊富な歴史遺産の活用方法を検討する際に、その一手法として2003(平成15)年頃に百舌鳥古墳群の世界遺産登録に関する調査・研究を開始した。2005(平成17)年には庁内に2名の担当者を配置し、世界遺産登録への取り組みを本格化させたが、その矢先に、世界文化遺産暫定一覧表への推薦制度が文化庁によって始まったため、2007(平成19)年に前述の1府3市で百舌鳥・古市古墳群を世界遺産暫定一覧表記載資産候補とする提案書を文化庁に提出した。
その後の取組みは表1に示すとおりである。暫定一覧表掲載後には大阪府と3市により百舌鳥・古市古墳群世界文化遺産登録推進本部会議を設置して共同で登録推進事業を推進してきた。堺市としては、担当者を置いて以来、14年の歳月を経ての登録実現であった。
表1 百舌鳥・古市古墳群 世界遺産登録までのあゆみ
百舌鳥・古市古墳群の概要
百舌鳥古墳群と古市古墳群は、4世紀後半から6世紀代に造営された古墳群である。中心間にして10km程度の距離を隔てるが、ほぼ東西に並んで位置し、それぞれ4km四方の範囲に古墳が築造される。王墓を交互に築造するなど、2カ所に分かれながらも当時の王権が一体的に造営した墳墓群と考えられている。
これまでの調査により、百舌鳥古墳群では100基以上、古市古墳群では130基以上の古墳が造られたことが判明している。1945(昭和20)年以降、戦災復興の開発によって多くの古墳が破壊されたが、百舌鳥古墳群では44基、古市古墳群では45基の古墳が現存している。
百舌鳥・古市古墳群の特徴には、我が国最大の仁徳天皇陵古墳(百舌鳥、墳丘長486m)、第2位の応神天皇陵古墳(古市、同425m)、第3位の履中天皇陵古墳(百舌鳥、同365m)をはじめ、200m以上の大型前方後円墳を11基も含んでいることが、まずあげられる。
前方後円墳以外にも帆立貝形墳、円墳、方墳と多様な形の古墳が造られ、かつその規模も486mから直径・一辺10mクラスと大きな格差をもって古墳群の造営が進められた。さらに、巨大前方後円墳には同時期に従属的に造られた陪塚を伴うものも多く、複雑な階層構成を成すことも大きな特徴である。
百舌鳥・古市古墳群の保全体制
両古墳群で89基の古墳が現在するわけであるが、世界遺産の構成資産としては、まず最も多様な形と格差のある規模で古墳が築造された古墳時代中期(4世紀後半~5世紀後半)に築造されたものを選択し、そこからさらに保存状況の良好な古墳(百舌鳥:21件23基、古市:24件26基)を選択した。ユネスコ世界遺産委員会では、推薦したすべての古墳が世界遺産に登録されている。
資産となった古墳には、地方公共団体や民間が所有・管理している「史跡」と皇室の祖先の墓として宮内庁が管理している「陵墓」とがあり、管理主体が異なる状況である。地元1府3市と宮内庁書陵部は「百舌鳥・古市古墳群世界遺産協議会」を2018(平成30)年に設置し、情報共有を今まで以上に密にすることにより、資産の一体的な保全が将来にわたって行える体制としている。
なお、構成資産に含まれなかった古墳についても、世界遺産と一体的に保全・管理を進めていくことは言うまでもない。
基礎的資料の収集
当初、堺市では百舌鳥古墳群の世界遺産登録を目指すことにしたものの、資産の保存を担保する文化財保護法による史跡指定が進んでいないという状況にあった。史跡指定を進めようとしても、古墳の規模や築造時期が明らかでないものがあったばかりか、墳形はおろか古墳であるかどうかの確定が出来ていないものもあった。
そのような状況を鑑みて、堺市教育委員会では積極的に古墳の内容を把握するための調査を重ねた。調査としては、発掘調査だけではなく地中レーダー探査も採用し、墳形や範囲の把握に努めた。調査を実施した古墳は、2005(平成17)年以降、古墳でないという結論に至ったもの、その痕跡が認められなかったものも含め約25基に及び、2014(平成26)年から2019(平成31)年にかけて新たに12基を国指定史跡に、3基を市指定史跡にした。この中には結果的に構成資産に含まれなかった古墳も含むが、史跡指定は構成資産の保存環境の強化につながるとともに、百舌鳥古墳群の全体像の把握にも大きく寄与した。
上記の調査には、一つの調査区を管理境界線で宮内庁と分けて実施した御廟山古墳・ニサンザイ古墳の同時調査も含まれており、大型前方後円墳の実像に迫る貴重な学術的成果も得ている。さらに2018(平成30)年には、宮内庁が実施される仁徳天皇陵古墳第一堤の調査に、堺市からも学芸員を派遣する共同調査を実現した。陵墓が所在する地方自治体として、陵墓の保全・管理及び学術調査・研究についていっそう協力の推進を図り、百舌鳥古墳群の保全にもつなげていきたい。
緩衝地帯の設定
百舌鳥・古市古墳群が所在する3市は、大阪府下でも開発圧力の強い地域である。百舌鳥古墳群の周辺は都市化が早くから進んだ地域であり、昭和50年代には古墳群の全域にわたって古墳と住宅が隣接する状況となっていた。
このような都市化の進行に対し、堺市では世界遺産登録を目指す以前から、150m以上の大型前方後円墳の周囲を第一種低層住居専用地域や風致地区に指定することにより、建築物の高さを10mあるいは15mに抑え、低層住宅によるゆとりある住宅地環境や緑豊かで良好な都市環境の形成をうながしてきた。
世界遺産を目指すにあたり、世界遺産としての価値(顕著な普遍的価値)の保全を目的として、約517haの範囲に緩衝地帯(バッファゾーン)を設定し、景観の維持・改善に努めることとした。2016(平成28)年1月より建築物の高さ・形態意匠、屋外広告物について新たな規制を布き、高さ制限がかかっていなかった範囲についても31m(一部で45m)の高さ規制をかけることとした。緑に覆われた多様な形や規模の古墳と調和した景観、古墳の静寂さを感じられる落ち着いた景観となるよう、規制の内容を考慮している。緩衝地帯の設定により、古墳の濠際に立った場合、大型前方後円墳の背後に建築物が見えてしまう事態が生じる可能性はなくなった。
羽曳野市・藤井寺市においても約373haの範囲に緩衝地帯を設定し、建築物と屋外広告物に同様の基準で制限をかけて資産周辺の保全を行っている。
百舌鳥古墳群の緩衝地帯 提供:堺市
堺観ボランティア協会によるガイド 提供:堺市
地域コミュニティの活動
資産の保全や来訪者への情報提供は行政だけでまかなえるものではなく、地域住民との協同が欠かせない。百舌鳥古墳群でも多くの団体が積極的に活動を行われている。
仁徳天皇陵拝所や堺市役所21階展望ロビーでは、240名以上の会員を擁するNPO法人堺観光ボランティア協会の方々が常駐して来訪者へのガイドにあたられ、適切で最新の情報を提供されている。
自治会を中心に設立された仁徳陵をまもり隊と魅力あふれる百舌鳥野をつくる会は、おのおの仁徳天皇陵古墳周辺および堺市北区に所在する古墳で清掃活動を行われている。また、自主的に古墳周辺の清掃を行われる地域住民の方々も数多く、古墳周辺における街並みの美化は着実に進んでいる。
堺商工会議所に事務局を置く百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録を応援する堺市民の会は、講演や対談を中心とした「市民の集い」の開催、「世界遺産ニュース」の刊行、世界遺産や考古学関係イベントの情報提供を行われてきた。2015(平成27)年の設立以来、41,000を超える市民・団体が入会されている。
堺市では、これらの活動に対して、ごみの回収や研修会・講演会への講師派遣などの協力を行ってきたところであるが、世界遺産登録後も円滑な活動を支援し連携を強めていく。
仁徳陵をまもり隊の清掃活動 提供:堺市
百舌鳥・古市古墳群 堺市世界遺産学習ノート 提供:堺市
児童・生徒への普及・啓発
学校教育において世界遺産のことを学ぶ機会を児童・生徒に提供することは、世代を超えて古墳の価値を理解し、保全の機運を醸成していく上で非常に効果的と考えている。
世界遺産学習は藤井寺市においていち早く始められたが、堺市教育委員会でも、世界遺産の目的を理解し、百舌鳥古墳群を身近に感じてもらうため、堺市立小学校の6年生を対象に『百舌鳥・古市古墳群 堺市世界遺産学習ノート』を作成、配布している。
その効果は明確に現れており、2016(平成28)年度に堺市立小・中学校の児童・生徒を対象に教育委員会が募集を始めた夏休みの「古墳の自由研究」は、2年目は570点、3年目は871点もの応募があった。内容も充実したものが多く、世界遺産や百舌鳥古墳群に対する児童・生徒の関心の高さがうかがえるとともに、保護者や教師にも古墳群を守り伝える意識が醸成されつつあることを実感している。
来訪者対応
世界遺産登録以前より、百舌鳥古墳群を来訪された方々から、大型前方後円墳を空から望み、鍵穴形の墳丘を体感したいというご意見が数多く寄せられていた。堺市では、堺市博物館においてVR(Virtual Reality)を採用した百舌鳥古墳群シアターやヘッドマウントディスプレイによるVRツアーを開設したほか、屋外ではAR(Augmented Reality)を採用した百舌鳥古墳群周遊ナビアプリをご提供することで来訪者のご意見に対応している。これらのご利用により、樹木に覆われた現在の景観だけではなく、発掘調査や研究成果を踏まえた完成時の姿もご覧いただくことが可能となっており、百舌鳥古墳群への理解を深めていただければと考えている。
おわりに
2019(令和元)年7月6日の登録決定後、百舌鳥古墳群への来訪者数は格段に増加している。このような環境の変化はいずれの世界遺産でもみられる状況であるが、世界遺産としての、さらに静安と尊厳の保持を前提とした陵墓としての保全管理を万全なものとしなければならない。加えて、来訪者の方々に世界遺産の価値を十分に理解していただき、かつ安全・快適に周遊していただけるよう、さらなる取組みを進めていく必要がある。
堺市にとって世界遺産登録は、資産を将来にわたって守り伝えるとともに、地域への誇りと愛着が醸成されることにより、人々が住みやすく訪れやすい歴史と文化の溢れる街にしていくことを目的としている。登録はゴールではなく新たなまちづくりのスタートであることを今一度自覚し、宮内庁、大阪府、羽曳野市、藤井寺市と密接に連携を行いながら取り組みを進めていきたい。