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考古学

水中文化遺産と水中考古学~日本での水中文化遺産と水中考古学を取り巻く現状~

林原 利明 / Toshiaki HAYASHIBARA

特定非営利活動法人 アジア水中考古学研究所 理事
東京海洋大学 非常勤講師

水中文化遺産と水中考古学

皆さんは、「水中文化遺産」や「水中考古学」にはどのようなイメージをお持ちでしょうか?

 

「水中文化遺産」には沈没船・財宝・海底に沈んだ神殿や大陸などを思い浮かべ、「水中考古学」には「水中文化遺産」を引き揚げることを目的とした学問?と考えている方が多いのではないでしょうか。また、「水中文化遺産」という名称を聞きなれない、と感じる方もいるかと思います。そして、その研究者である「水中考古学者」には沈没船や財宝を探すために世界中を渡り歩き、一攫千金をねらう山師(トレジャーハンター)的なイメージを持たれる方もいるでしょう。

 

このようなイメージは、水中文化遺産や水中考古学の正しい姿ではありません。誤ったイメージです。そして、このようなイメージが水中文化遺産を保護対象と見ず(偏見・先入観)、結果的に人知れずになくなってしまう(壊されてしまう)という現状をもたらし、それを研究対象とする水中考古学の学問としての発展を妨げているのです。

 

このような状況を変え、良い方向へ導くためには、水中文化遺産そして水中考古学を正しく知ってもらい、環境を整備することが必要です。

 

近年ようやく、水中文化遺産を取り巻く環境も変化をみせています。2001年には水中文化遺産の保護に関するはじめての国際条約である「水中文化遺産保護条約」1)をユネスコが採択し、30カ国の批准を待ち、2009年1月に発効しました(日本は未批准)。また、日本では2012年3月に元寇関連遺跡である鷹島神埼遺跡(たかしまこうざきいせき.長崎県松浦市)が、国内の「水中遺跡」ではじめて国史跡に指定されました。また、国内の水中文化遺産調査・保護の行政指針作成を目的とする「水中遺跡調査検討委員会」を2013年3月に文化庁が立ち上げ、昨年(2017年)10月には最終報告をまとめ、調査・保護にたいする行政指針がはじめて公表されました2)。このように少しずつではありますが、世界・国内ともに共通認識として水中文化遺産保護の意識が高まり、水中考古学にたいしても学問として正しい理解がしめされ、環境の整備もなされつつあります。

海底に残る石材群(近世?)/高知県土佐清水市竜串沖(撮影者:山本祐司)

海底に残る鉄冑(中世.鷹島海底遺跡)/長崎県松浦市鷹島沖(提供:松浦市教育委員会)

日本における水中文化遺産と水中考古学を取り巻く環境

エアーリフトによる発掘作業と白磁碗出土状況(中世)と調査状況/鹿児島県小値賀町前方湾(提供:アジア水中考古学研究所)

過去もそうですが、現在においても水中文化遺産の調査・研究は活発ではありません。世界的にみると、さまざまな点で「遅れている」といえる状況です。陸上での調査・研究事例と比較すると、その差は歴然としています。このことは、日本における「水中文化遺産」および「水中考古学」の立場を端的にしめしているとも言えます。

 

日本のばあい、「遺跡」の調査(考古学的調査)の多くは、開発行為等にともなう、いわゆる緊急発掘(事前調査)です。その前提となるのが、行政が作成している「埋蔵文化財包蔵地台帳」(以下、台帳)で、この台帳に登録されている「遺跡」(行政的に周知化されている遺跡)をもとに、開発行為による遺跡破壊にたいする行政指導がなされています。言い換えれば、台帳に登録がないばあいは、遺跡調査がおこなわれることなしに、消滅することもあり得るのです。

 

水中文化遺産はというと、台帳への登録数はきわめて少ないのが現状です。このことが単純に水中文化遺産の存在が少ない、ということをしめしているかというと、そうとは言えません。実際には、登録されていない「遺跡」の調査事例は各地にありますし、私どもには新知見も多く寄せられています。したがって、まだ知られていない事例も多く存在するはずですので、登録数が少ないという事実は、水中化遺産の扱われ方を反映しているだけなのです。

 

調査・研究の環境も不十分です。公的な専門調査・研究機関は鷹島海底遺跡関連の松浦市立水中考古学センター3)があるのみで、実際には民間研究機関4)や大学など、限られた団体が携わっているにすぎません。全国を網羅するにはマンパワーも足りません。

 

また、現在、学ぶことができる大学がわずかというように5)、人材育成や教育面でも不十分です。学びたくても、学べないというのが現状です。

 

このような状況をもたらした原因としては、行政や研究者の不十分な理解、施策・法の不備などをあげることもできますが、その根幹には「見えない」「見ることが難しい」だから「良くわからない」「判断のしようがない」という「水中」にあることにたいする行政や研究者の「戸惑い」や「偏見」「先入観」があり、水中文化遺産が正しく理解されていないことが大きいと思われます。そして、このような状況が、現在の水中文化遺産にたいする保護・調査・研究体制の不十分をもたらしている大きな原因と言えるのです。

海底の石垣用材(近世)と調査状況/神奈川県小田原市石橋沖(提供:アジア水中考古学研究所)

水中文化遺産と水中考古学の課題

これまで行政・大学・民間調査組織が「水中文化遺産」を考古学的方法(水中考古学)で調査をおこなってきています。しかし、考古学の方法で「遺跡」の調査をおこない、成果の公表をしているにもかかわらず、その多くが行政的周知化(遺跡の台帳登録)はなされていないという事実もあります。調査が不十分で、十分な歴史的評価が難しいため、直ちに行政的周知化が難しい事例もありますが、「陸上」の周知化と比較するとどうでしょう。「水中」は、よりそのハードルが高いようにも感じます。陸上では「遺跡」になるものも、「水中」ではならない、また、筆者自身も調査を通して、行政担当者による「水中文化遺産」にたいする扱い方・考え方の温度差も感じています。ある地域では遺跡になるものが、ある地域ではならない、などというように。実際に、水中遺跡としては初の国史跡指定となった「鷹島神崎遺跡」のある長崎県、琵琶湖湖底遺跡の調査実績のある滋賀県、沿岸地域分布調査を実施している沖縄県など、「理解」のある地域(行政)では、水中文化遺産の行政的周知化は比較的多い現状があります。

 

先に述べたように「水中文化遺産」や「水中考古学」を取り巻く環境は、整備される方向へ向かっていますが、「理解」はまだ十分でありません。その背景には「水中」にたいする「偏見」や「先入観」があります。このような状況に変化を促すことは、現状では正しく知ってもらうための「周知」活動および行政側の「戸惑い」や「躊躇」を軽減させるための実効性のある行政的指針の策定が必要です。正しい「理解」をとおして「水中」にたいする「偏見」や「先入観」が払拭され、さらに行政の積極的なかかわりにより、「水中文化遺産」を特別視せずに陸上の「文化遺産」と同等に扱われることが強く求められます。そうすれば、調査・研究や人材育成・教育環境も整備され、水中考古学もより一層の発展をみせるはずです。

海底に散らばる龍泉窯系青磁(中世)/沖縄県久米島町オーハ島沖(提供:片桐千亜紀)

海底に残る碇石(中世?)と実測道具/沖縄県本部町沖(提供:沖縄県立埋蔵文化財センター)


(1)    Convention on the Protection of the Underwater Cultural Heritage [online]http://portal.unesco.org/en/ev.php-URL_ID=13520&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html(参照20181-22).仮翻訳の抜粋は、(2)文献で公開されている
(2)    『水中遺跡保護の在り方について』(報告)2017.10.31 水中遺跡調査検討委員会・文化庁 文化庁ホームページ [online]http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/r1392246_01.pdf(参照2018-1-22) で公開
(3)    2017年4月1日に、国内の水中考古学の拠点を目指し、鷹島海底遺跡の調査・研究・保存・活用に取り組む目的で設置された
(4)    実際に調査実績のある機関として、特定非営利活動法人アジア水中考古学研究所(福岡県福岡市)と特定非営利活動法人水中考古学研究所(滋賀県守山市)がある
(5)    東京海洋大学・大学院および東海大学海洋学部海洋文明学科に「水中考古学」・「海洋考古学」などの専門の講座が設置されているのみである

公開日:2018年3月19日最終更新日:2018年3月19日

林原 利明特定非営利活動法人 アジア水中考古学研究所 理事
東京海洋大学 非常勤講師

1960年東京生まれ
東洋大学大学院文学研究科日本史学専攻修了
日本考古学協会員 専門は考古学
1991年に初めての水中文化遺産調査として鷹島海底遺跡(長崎県松浦市)の調査に参加し、その後各地の水中文化遺産の調査に携わる。その過程で、日本の水中文化遺産の扱われ方に疑問を持ち、その周知・保護に積極的にかかわるようになる。
関連論文として、「遺物・遺構からみた相模湾:相模湾および湾岸における神奈川県の船舶関連資料」(『水中考古学研究』1.2005)、「神奈川県鎌倉市・国指定史跡和賀江島とその現状」(『NEWSLETTER』19.2005)、「茅ヶ崎市柳島出土の四爪鉄錨:水中文化遺産から見るかながわ」(『神奈川を掘る』II.2017)などがある。