動向
『小川原湖民俗博物館』旧蔵資料の保存と活用について
『小川原湖民俗博物館旧蔵資料展』にて屋根ふき道具(以下特記のないものはすべて撮影筆者)
2009年に閉館した民間博物館『小川原湖民俗博物館』(青森県三沢市)は、膨大な量の民具資料を収蔵し、創設当時は渋沢敬三の理念のもと、民具を文化財にすることに貢献した宮本馨太郎が指導した日本有数の民俗博物館であった。
2018年12月15日~16日、三沢市の六川目団体活動センター(旧六川目小学校)で開催された『小川原湖民俗博物館旧蔵資料展』には、直近の告知にもかかわらず 2日間で約50人が来場。会場には青森県立郷土館副館長の古川実さん、三沢市教育委員会の工藤司さん、同嘱託の長尾正義さん、弘前大学教授の山田嚴子さん、成城大学教授の小島孝夫さんの姿があった。
民俗資料館の閉館から今日までに行われた「収蔵資料の保存と活用について」の活動を山田さんに取材した。
日本最大級の収蔵量を誇った「民具の聖地」の閉館
かつては児童がランドセルを入れていたロッカーに鉄瓶がズラリ
『小川原湖民俗博物館』は 1961年に実業家の杉本行雄によって旧古牧温泉敷地(青森県三沢市)内に創設された。杉本は民具学を提唱した実業家、渋沢敬三の秘書を務めており『小川原湖民俗博物館』はその博物館思想を具体化するものだった。
収蔵品は青森県南部地方を中心に一部岩手県北部地域を含む民具と、その背景となる古民家や水車なども館内に移築し、道具のありのままの姿を展示していた。また古民家では年中行事の再現なども行い、それを撮影し、映像資料にするという先駆的な展示方法も行っていた。
民具の収集、整理、管理には青森県の郷土史家であった中道等(ナカミチヒトシ/初代館長)、桜庭俊美(サクラバトシミ/学芸員)、民具コレクターとして有名な田中忠三郎(タナカチュウザブロウ)などが関与した。民具がまだ「文化財」ではなかった時代から、豊富な資料を重複することを嫌わず集めていった。数多く集めることで、道具の“種”としてのまとまりや、地域の特色を浮かび上がらせていった。収蔵品は最終的に18,000点に及んでいる。
今回、弘前大学が行った博物館の閉館に伴う旧蔵資料の整理で、1961年の立教大学博物館講座の「民俗資料収蔵台帳」が見つかり、当時立教大学教授であった宮本馨太郎(ミヤモトケイタロウ/民俗学者)の具体的な指導の一端が明らかになった。
2004年、古牧温泉が経営破綻。2006年には株式会社三沢奥入瀬観光開発(星野リゾート青森屋)に経営が移るが、小川原湖民俗博物館は 2007年に休館、その 2年後に閉館した。
直面した収蔵館の老朽と解体
閉館の決定をうけ、当時三沢市教育委員会に在職していた長尾正義さん(現嘱託)は、青森県教育委員会文化財保護課とともに収蔵品の受け入れ先探しに奔走した。地域の文化を県外に流出させず、地域の中で守れるよう、膨大な収蔵品をその性質ごとに「区分」「選択」し、文化財指定へ働きかけ、それぞれにふさわしい保管場所を求めた。
一方、青森県文化財保護審議会委員の山田嚴子さん(弘前大学/民俗学教授)は、かねてより資料の劣化や散逸を懸念していた。2014年、資料の現状確認を青森県文化財保護課に求めたところ、2015年3月、老朽化を理由に『小川原湖民俗博物館』の建物解体予定の報が入る。収蔵品にとって大きな進展が無いまま、解体実施日は 4月20日と公示される。解体直前の 4月18日・19日に、引受先の決まった資料の引取りと、引受先未定資料の仮置き場への移動が行われた。
作業は青森県や三沢市の行政担当者、資料を引き受ける施設の担当者、三沢市民などのボランティア、青森県民俗の会の会員、そして山田さんをはじめ弘前大学文化財論講座(当時・現人文社会科学部文化創生課程)の上條信彦さん(日本考古学)、片岡太郎さん(文化財化学)と学生などで、延べ約70人によって行われた。館内の古民家など物理的に移動できないものは、この日を前に実測記録をとった。弘前大学は長尾さんから民具以外の書類や音声資料などを託されていた。引受先の決まっている民具は引き取られ、引受先未定ながら「選ばれた」民具約 3,000点が星野リゾート敷地内の仮置き場に移設された。そして「選ばれなかった」民具が翌日に解体される館内に残った。
それを「このまま置いておくのも忍びない」と弘前大学のメンバーで相談の末、急遽 2トントラックを借り、残された資料を積めるだけ積んで約 100キロ離れた大学まで運んだ。
資料名 | 点数 | 区分 | 移設先 |
泊の丸木舟 | 1 | 県指定有形民俗文化財 | 六ヶ所村立郷土館 |
南部のさしこ仕事着コレクション | 64 | 国指定重要有形民俗文化財 | 三沢市 |
上北地方の紡織用具及び麻布 | 1,351 | 市指定有形民俗文化財 | 三沢市 |
上北地方の食生活用具 | 3,403 | 市指定有形民俗文化財 | 三沢市 |
民具・民俗関係寄贈図書 | 3,449 | 三沢市 | |
信仰関連資料 | 400 | 青森県立郷土館 | |
漆掻き道具類 | 45 | 八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館 | |
絵馬・馬具類 | 56 | 上北郡七戸町 | |
小川原湖内水面漁業関連漁具 | 54 | 上北郡東北町 | |
獅子頭 | 1 | 南部切田神楽保存会(十和田市) | |
古民家 | 1 | 実測→破棄 | |
水車 | 1 | 実測→破棄 | |
引受先未定資料 | 3,000 | 仮置き場 | |
他、展示パネル・書籍類・音声資料・民具・生薬・乾物など | 複数 | 弘前大学 | |
(上記よりリスト化されたもの) | 649 | 弘前大学 |
地域への働きかけ
弘前大学に運ばれた収蔵品は、持ち主である株式会社三沢奥入瀬観光開発の寄託扱いとし、整理・保管場所は弘前大学地域未来創生センターのプロジェクトに応募して確保。「地域の民俗や文献史資料など文化資源の調査研究と公開および地域ネットワークの構築」事業の一部として経費支援を受け、山田さんを中心に資料の受け入れ先が決まるまでの整理と、その価値を県民に知らせる積極的な活動が展開された。
まずは元学芸員の桜庭俊美さんに報告、協力のお願いをした。ついで老朽化した建物内で劣悪な保管状態にあった民具一つ一つを、民俗学実習の学生たちがアルコールで洗浄、消毒。用途別に分類し、計測・写真撮影を行い、民具ごとに整理したリストを制作した。
リストには民具本体に書かれていた整理番号、民具収蔵表や附票が残っているものはそこに書かれている採取地など、すべての情報を落とし込んだ。現在目にすることがなく、既に名前や用途がわからなくなっている民具は、元青森県立郷土館学芸課勤務の成田敏さんの協力と指導を得た。
2015年10月17日~11月21日、弘前大学資料館で企画展「小川原湖民俗博物館と渋沢敬三展-青森県の民具研究の軌跡と意義-」を開催。学生たちが展示にあたり、来館者には保存・活用に関するアンケートをとった。
弘前大学 COC 推進室と連携し「民具保存活用プロジェクト」を立ち上げ、11月8日には六目川活動センターに運ばれた資料と星野リゾート敷地内仮置き場にある 3,000 点の資料の見学会を実施。11月20日には学生たちが民具の保存・活用のアイデアを発表し、その後行政・市民・学生と、今後の保存に向けて話し合いが行われた。
2016年は 8月8日のオープンキャンパスでの民具展示。9月24日には市民と文化財フォーラム「博物館的想像力 渋沢敬三と今和次郎-民具学・考現学と青森県-」を開催。山田さんが趣旨説明を行い、丸山泰明天理大学准教授、板垣容子青森県立美術館学芸員と古川実さん、長尾正義さんを招いてフォーラムを行った。
ほかにも公民館の地域講座やラジオなどで旧蔵資料の現状を伝え、
2017年3月、寄託品のリストが、弘前大学特定プロジェクト教育研究センター地域未来創生センターから「小川原湖民俗博物館 弘前大学寄託旧蔵資料調査報告」として刊行された。
画像提供/弘前大学
画像提供/弘前大学
山田さんは学会での情報発信など県外へのアピールも精力的に行い、成城大学民俗学教授の小島孝夫さんの関心と協力を得た。
小島さんは2015年の資料館展示に来館し、その足で引き取られていった民具と仮保管中の民具の保管状況を確認。2017年からは山田さんが代表を務める日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研)の「地方における『民俗』思想の浸透と具現化-渋沢敬三影響下の民間博物館」の共同研究者として民具の情報整理作業を支援している。
コレクションとしての価値
会場では、学生による資料とリストの再確認が行われていた。
「生物学者を目指していた渋沢敬三は、人間と動物の違いを、モノを加工するかどうかに置いていた。生物を見るように生活道具を見ており、道具の地域としてのまとまり、分布など、生態的な視点を道具の研究に応用できると考えていた。また、人間の身体と道具の関わり、環境による道具の変化、道具によって変化していく人々の暮らしを捉えようとしていた。今後の研究のためにも、コレクションはコレクションとして全体を把握できるような情報管理が必要」と、山田さんはコレクションとしての価値の維持を強く説く。
2017年3月、星野リゾート敷地内に仮置きされていた約3,000点の民具が六川目団体活動センターに移設。2018年7月には、弘前大学に寄託されていた民具も六川目団体活動センターで三沢市が保管、管理することが決まった。 今後は旧収蔵品すべてをデータ化し、コレクションの全体像がわかる資料集作成・整備・展示の実現へと期待がかかるが、人員確保の予算や六川目団体活動センターの建物老朽化など課題は多い。
「南部のさしこ仕事着コレクション」は、台帳(カルテ)を通してのみでしか見ることができない現状。早期の展示環境整備と公開が望まれる。
資料の保存、活用の活動に尽力した長尾正義さん(左)と山田嚴子さん(右)
時代にあった民具資料の保管・活用への道のり
三沢市教育委員会後任の⼯藤さん(左)と現嘱託の⻑尾さん(右)
現在、全国各地で地域学や地元学が大きな関心を集めているが 「昔から青森の人々は自分たちの住む土地について学び、そこから世界を見る目を持っていた」と山田さんは話す。
「渋沢敬三は中央集権的な博物館ではなく、西欧の地方にあるような個性的な博物館を日本にも作りたいと考えていた。また小井川潤次郎(コイカワジュンジロウ/八戸の郷土史家)など、青森県の郷土史家たちの仕事を尊敬していた。この博物館は青森の郷土史家や、学芸員を務めた桜庭さん、民具の寄贈者など、青森県の人たちが作り上げたもの」と語る。
厳しい自然や歴史の中で生まれた地域独自の文化。そこに生きた人々の暮らしとともにあり、それを記憶している民具。近年、閉館による民具資料の廃棄、重複資料として収蔵資料の選択を迫られるケースも発生しているなかで、小川原湖民俗博物館では、行政・研究者・市民と、地域の人々が強い熱意をもって文化遺産を守った。
『小川原湖民俗博物館旧蔵資料』がどういった道を歩むのか。今後も注目していきたい。
※六川目団体活動センターは通常一般公開していません。旧蔵資料を見学希望の際は、三沢市教育委員会までお問い合わせください。
■三沢市教育委員会
電話: 0176-53-5111
■六川目団体活動センター
所在地:青森県三沢市六川目2丁目100番7
■参考文献
・民具マンスリー 第48巻12号(神奈川大学日本常民文化研究所 2016.3/刊)・平成28年度 小川原湖民俗博物館弘前大学寄託旧蔵資料調査報告(弘前大学特定プロジェクト教育研究センター 地域未来創生センター 2017.3.1/刊)