考古学
土偶の世界 ‐2‐ 国重要文化財 「子宝の女神 ラヴィ」(山梨県南アルプス市 鋳物師屋遺跡)
巻頭写真 土偶「子宝の女神 ラヴィ」(国重要文化財/南アルプス市鋳物師屋遺跡出土)
山梨や長野を中心とした中部高地周辺地域は、昨年、日本遺産「星降る中部高地の縄文世界」に認定されたことでも知られるように、全国でも有数の縄文遺跡の存在が知られる地域です、特に縄文時代中期には、立体的な装飾や神話的な物語性のある土器が作られるなど、独特の世界観を示し、土偶についても立像土偶やさまざまなしぐさのある土偶などにみられるように、縄文時代の中でもひとつの盛行期を成していた地域と考えられます。
今回は、その中でも独特の存在感を示す山梨県南アルプス市の土偶「子宝の女神 ラヴィ」をご紹介します。
はじめに
「子宝の女神 ラヴィ」の愛称で親しまれているこの土偶は、南アルプス市鋳物師屋遺跡の出土で、円錐形の体を持ち独特なしぐさをしています。普段は「南アルプス市ふるさと文化伝承館」で会うことができますが(常設で展示しておりますが、他館への貸し出し時にはレプリカを展示しています)、昨年(2018)はパリの「縄文展」に貸し出されていました。これまでにも、平成7年に国の重要文化財に指定された後、海外の博物館でグローバルに活躍している、まさに日本の縄文文化の「顔」役な土偶と言えます。
ラヴィのこれまでの海外出張の記録
平成 7年 イタリア ローマ市立展示館「信仰と美 日本美術4000年の歴史を巡る」
平成 9年 マレーシア国立博物館 「日本の原始美術―縄文土器」展※
平成13年 イギリ ス 大英博物館 海外展「神道」※
平成14年 韓国 国立中央博物館 サッカーワールドカップ日韓開催記念行事「日本美術名宝展」
平成18年 カナダ モントリオール博物館 特別展「日本」展
平成21年 7月~22年 3月 イギリス 大英博物館「THE POWER OF DOGU」※
平成30年 10~12月 フランス パリ日本文化会館 「Japonism2018 縄文展」※
※印の展示会では、ラヴィのほか人体文様付有孔鍔付土器等も出展しました。
「子宝の女神 ラヴィ」の特徴
鋳物師屋遺跡
写真 ラヴィの出土状況
鋳物師屋遺跡は山梨県南アルプス市の下市之瀬地区にあり、甲府盆地の西縁、櫛形山麓の扇状地に立地する遺跡です。平成4年から5年にかけて、工業団地の造成計画に伴って発掘調査が行われました。
平安期との複合集落ではありますが、縄文時代に関しては縄文時代中期、特に新道式期と藤内式期を中心とした、限定された期間のみ存続した集落遺跡といえます。
遺跡からは沢山の土器や石器の他に、土偶や土偶装飾付土器などマジカルな資料も出土しています。土偶多産県である山梨県内の遺跡としては突出して多いというわけではありませんが、眼球を表現した土偶や顔をつぶされた土偶、サル型の土製品に縄文のヴィーナス(茅野市棚畑遺跡)のコピー土偶、さらには土偶文様が前面に貼り付いた「人体文様付有孔鍔付土器」など、キャラクターの濃い優品が揃っています。中でもこの土偶「子宝の女神 ラヴィ(以下ラヴィ)」は遺存状態も良く作りも丁寧で、その頂点にいる土偶です。
写真 眼球を表現した土偶
写真 土偶装飾付土器
「ラヴィ」は、57号住居址のほぼ床面から発見され、ほとんど全体が残っていた大型の土偶です。次の項目で詳細はみていきますが、円錐形の体は、おなかが大きく新たな命を宿した姿に見てとれます。「命」に対する縄文人の感性や精神世界が垣間見られる点などに世界中の方が強く惹かれているようです。この土偶を含めた出土品205点が国の重要文化財に指定されています。
写真 人体文様付有孔鍔付土器(国重要文化財)
ラヴィを観察する
この土偶を観察してみましょう。
土偶ラヴィは、左肩と後頭部の一部を欠損しているもののほぼ全てが揃っていて、通常知られる土偶の出土状態と違い、バラバラではない状態で見つかりました。折れはありましたし欠損箇所もありますので、通常私はあえて「バラバラではない」と表現しています。完形で出土したわけではありません。
実は最近、この土偶からさらなる情報を見つけようと、人間ドックならぬ「土偶ドック」を始めていますので、そのあたりも含めてラヴィの特徴をみてみましょう。
身長は25.5㎝とかなり高い方ですが、元々脚はなく、腰から上だけを表現しているようです。円錐形をした大きなおなかは安定していて自立します。考古学では共通する特徴ごとに分類をしますが、このような姿形をした仲間を「円錐形土偶」と呼ぶことがあります。
図 ラヴィの実測図(展開図) 提供 南アルプス市教育委員会
写真 ラヴィの背面
写真 ラヴィの側面
円錐形をしたおなかの内部は胸の下まで空洞で、両脇と底面の中央に円い孔が開けられています。同じような「円錐形土偶」の仲間には、底部に孔を有し、お腹の中に鳴子が入った土鈴のような「鳴る土偶」があるので(東京都八王子市楢原遺跡など)、ラヴィにも鳴子が入れられていたと想定しています。なんだかお腹の中の赤ちゃんをあらわしているようにも思えます。
写真 ラヴィのCTスキャンの画像
内視鏡やCTスキャンの画像では、粘土紐を積み上げた際の輪積み痕がはっきりとみえ、内面はほとんど調整をしていないことがわかりました。底部から積み上げ、円錐部分が閉じた後に3か所の孔をいずれも外側から棒状工具で突き刺して開けたものと考えられます。空洞の天井部は粘土紐を寄せてふさぎ、その上に上半身を乗せている様子がわかりました。上半身のつくりは、むしろ当該地域で見られる一般的な立像土偶と似たような印象です。
写真 内部の様子 輪積みの様子が分かる (画面左下が上部)
写真 内部の様子 脇の孔の内面(写真右が上部)
顔には吊り上がったアーモンド形の目や高い眉といずれも立体的に作られ、頬には弧状の刻み目が2列並んでいます。刺青や化粧を表現していると考えられ、これらは中部高地、特に八ヶ岳周辺地域で多くみられる顔立ちと言えます。ただ、口も立体的に丸く突き出している例はそれほど多くはありません。そして目は赤く塗られています。目に残る赤色顔料は、分析の速報値では酸化鉄の類であることは言えそうです(詳細はこれから)。
写真 目の中の赤色の様子
後頭部は粘土紐などを立体的に組み合わせていて髪を結っているように見えます。破損していますが、その作りは、同じく3本指で有名な笛吹市の上黒駒出土の土偶の後頭部に類似しています。そして、表面をよくご覧いただくと、何度も丁寧に磨いた痕や細かい文様など、精緻に作り上げられており、思いが込められて作られた様子がうかがえます。
しぐさのある土偶
ラヴィは胴体の形だけでなく、実はその「しぐさ」も特徴的で、なんだか親近感がわいてきます。
おなかには左手が添えられ、右手は反り返った腰を押さえています。そのしぐさはまるで臨月を迎えた妊婦さんが腰を押さえながらおなかの赤ちゃんを慈しんでいるように見え、現在の妊婦さんと同じ姿に見てとれます。
ただ、指が3本なのは親近感はわきません。我々と同じように見えても、これは人間ではなくあくまでも「偶像」ということを強調しているのかもしれません。同じ鋳物師屋遺跡の「人体文様付有孔鍔付土器」も3本指で、土器に描かれる三本指についてはカエル文様の特徴とする指摘もあります。
乳房があり、中央にはへそへ繋がる正中線、そして大きく膨らんだおなかが垂れ下がったかのような表現があります。これは対象弧刻文と呼ばれ、土器には用いられない中部高地の土偶特有の表現です。棚畑遺跡の縄文のヴィーナスのおなかの表現を彷彿させます。
中部高地の中期土偶の特徴ともいえる何らかの「しぐさ」を示す土偶には共通点があります。釈迦堂遺跡(山梨県)のまさに出産の瞬間を示す姿や、宮田遺跡(東京都)の赤ちゃんを抱いて母乳を飲ませている姿、上山田遺跡(石川県)の赤ちゃんをおんぶしている姿など、それらの「しぐさ」のほとんどが「出産」や「子育て」、「命」などに共通しています。しぐさは一見愛情にあふれたような微笑ましいもののように見えますが、その反面、必死に命を繋いできた姿が見えてくるようです。
ラヴィの位置づけ
中部高地周辺地域は土偶が最も多く出土している地域の一つです。冒頭で述べたように、特に縄文時代中期には、板状の土偶から立像土偶、または立体的な土偶への変遷がみてとれます。さらにしぐさや動作がある土偶、円錐形の土偶の展開などはまさに当該地域の特徴といえます。ラヴィも、円錐形の立体的な胴体に立体的な頭部がつき、さらに、妊婦さんを彷彿させるしぐさがあります。まさに当該地域の特徴を良く表しています。
ラヴィは、住居址の床面近くから出土し、割れはあるもののほぼ全身の姿がわかる状態を留めていました。これは、ラヴィが住居の中で用いられていたことを示唆しており、土偶の用いられ方の一例を示す貴重な事例と言えます。
底の部分に光沢があり擦れたようにも見えることで、ある程度長い期間使われ続けていたことが想像されます。代々受け継がれたものなのでしょうか?
土偶はその作りの特徴から仲間分けすることができ、その仲間同士の中には大型で精緻な作りのものと、まるでそれを模したかのような小型で比較的簡単な作りのものとがみられることがあります。それらをモデル土偶とコピー土偶とする研究もありますが、その言葉をお借りするならば、ラヴィは、大型で精緻に作られ、「円錐形土偶」の仲間の頂点にいる、まさにモデル土偶と言えるでしょう。
「土偶の用途は何か」「作られた目的は何か」を解き明かすことは究極の課題なのかもしれません。ただ、土偶も多様であって、必ずしも一つの目的のものではないと考えます。妊婦さんの姿や赤ちゃんの顔、動物の特徴などを借りながら、「何か」を表している「偶像」なのでしょう。例えばラヴィが「出産」を表しているのか、転じて「豊穣」を表しているのか、その両方かもしれませんし、実は両方とも違うかもしれません。しかし、「しぐさ」のある土偶に見られるテーマがいずれも「出産」や「子育て」と言えますから、いずれにしても大きくくくれば「命」を象徴しているように思えます。おそらく現代人が考える一つの言葉では表すことはできないでしょう。ラヴィを通して縄文人の思いを想像する楽しみが尽きません。
ラヴィの活躍
「ラヴィ」はとっても大忙し!世界的に大活躍
ラヴィは、多くの書籍や、全国そして海外の博物館で紹介されるなど、まさに縄文文化を代表する存在として活躍しています。当然南アルプス市の歴史を語る上で欠かせないものですが、歴史に興味のない方にはまだまだ浸透できていません。そこで、歴史に興味がない方や様々な世代の方にも知っていただき、誇りを持っていただけるよう取り組んでいます。
土偶に囲まれベビーマッサージ
写真 ラヴィ越しに望むベビーマッサージの様子
そのひとつとして、平成26年度よりふるさと文化伝承館の縄文展示室で「HONDAベイビーくらぶ」という取り組みを実施しています。子育て支援を推進する市内の企業「ホンダカーズ峡西」さんと、NPO法人「子育て支援センターちびっこはうす」さんとの協働で隔月で開催しているもので、ベイビーマッサージや縄文のお話しなど、命の象徴であるラヴィに見守られて親子で命を育む集いです。毎回受付開始後すぐに定員が埋まるほどの人気で、これまで180組以上が参加されています。ラヴィは子育て世代にはとても共感を得られやすいようです。
愛称の決定とキャラ展開
「子宝の女神 ラヴィ」という愛称は、ふるさと文化伝承館で実物を見学された方を対象に平成25年・26年と募集し、平成27年に決戦投票で決定したものです。「ラヴィ」はフランス語で「命」の意味です。同じ名前でキャラクターとしても展開をしていて、同年には土偶キャラ界の頂点を決める「全国どぐキャラ総選挙」で見事優勝、翌年には「ミュージアムキャラクターアワード2016」で京都国立博物館の「トラりん」に次いで全国2位に輝きました。これらはインターネット上での投票ですので、歴史好きな市民に限らず、広くSNSを利用する世代への周知に効果的でした。
ラヴィの胎内体験
また、一昨年に作成したラヴィの姿をしたエアードーム型の胎内体験ドームは、妊婦さんの姿をした土偶ということで、子供たちがラヴィのおなかの中に入って笑顔で遊んでいるというシチュエーションがポイントです。子供たちがドームの壁にぶつかり壁が飛び出す様子が、お腹の中で赤ちゃんに蹴られた時のことを思い出すと話すお母さんもおり、思いがけない共感も生まれています。
これまでみてきた取り組みは、普段、歴史に触れる機会の少ない子育て世代や小さなお子さんが、知らず知らずのうちに地域の歴史に触れているという仕掛けで、興味の入り口として取り組んでおり、ハードルやバリアーをなくし、楽しみながら縄文文化や歴史に触れられれば良いと考えています。
写真 ラヴィの着ぐるみ(左)と胎内体験ドーム
地域住民と縄文コラボ
ラヴィグッズも各種揃えていますが、中でも「子育て」や「お母さんを応援する」というコンセプトと、市民のみなさんとのコラボを重視しています。例えば赤ちゃん用のスタイやハンカチ、肩掛けのトートバッグや車に貼る「ベビーインザカー」ステッカー、ラヴィパン等は人気です。
写真 グッズの一例
写真 店頭に並ぶラヴィちゃんのパン
地元南アルプス市小笠原にある「ベーカリー ルーブル」さんでは、ラヴィの顔をあしらっただけでなく、鋳物師屋遺跡の土器片の圧痕調査から判明した「ダイズ」「アズキ」「エゴマ」を具材にしたパンを販売しています。他のまちにはないオリジナルな資源として活用してくださっています。同じように、山梨の伝統工芸「甲州印伝」ともコラボしてラヴィ名刺入れを作りました。鹿皮と漆を用いていますので、まさに縄文の組み合わせといえます。名刺交換の時からまちのPRを存分に行えます。
行政の中でも活用されはじめ、住民票等をお渡しする際の封筒にも登場したり、健康増進課の少子化対策担当として市長から辞令ももらい、おむつ引換券や妊婦さんへの検診の通知にも登場しています。
その他、鋳物師屋遺跡の存在する下市之瀬区の高齢者サロンのボランティアグループが「ラヴィの会」と名付け、揃いのTシャツで活動したり、地元小学生が自ら鋳物師屋遺跡のことを調べ、動画で配信するなど、地域の誇りとして定着しつつあります。
写真 市役所の封筒にも登場
写真 甲州印伝とコラボした「ラヴィ名刺入れ」
メッセージ~まとめにかえて~
海外展に7回、縄文を扱う書籍には必ずと言ってよいほど登場する「子宝の女神 ラヴィ」は中部高地地域の土偶の特徴を兼ね備え、明らかに縄文文化を代表する土偶の一つです。その造形や精緻さだけでなく、縄文人の精神分野を垣間見ることができる独特の姿やしぐさで注目されています。何よりも、その姿が命の根源に関わる姿をイメージさせることが、観た方の心を掴んで離さないのではないでしょうか。愛情に溢れているようなしぐさにも見え、親近感のわく存在と言えますが、実は必死に命を繋いできた縄文人の思いが込められた姿なのかもしれません。
同じ鋳物師屋遺跡には、日本を代表する優品が揃っています。ふるさと文化伝承館は令和元年5月18日にリニューアルオープンしました。世界で活躍する鋳物師屋遺跡の土偶たちを是非ごらんいただき、「命」のメッセージを受け取ってください。素敵な未来を紡げますように。
公開日:2019年4月9日最終更新日:2019年7月12日