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歴史・民俗学

「民俗芸能」を継承する各地の取組

小川 直之 / Naoyuki OGAWA

國學院大學文学部教授

北広島町「壬生の花田植」(撮影:筆者)

民俗芸能も含む祭り文化は人と人の絆によって受け継がれ、これによって地域活力が維持されてきた。少子高齢化と人口の大都市圏への集中などによって、日本各地の祭り文化の継続が困難になりつつあるなかで、各地でその維持・継承への取組が進んでいる。

祭り・民俗芸能の現実

ひと口に「祭り文化」といっても、これにはさまざまな内容が含まれている。その代表的なものが在地の民俗信仰を基盤にして演技や歌などによって構成される芸能―これを「民俗芸能」という―である。民俗芸能には神事性が強いものと、神仏への奉納芸として遊楽的なものなどがあるが、これらは本来その土地に住む人たちの共同・協同と経済負担に拠っているので、子供や若者たちが減り、構成人口の多くが高齢化すると、民俗芸能を従来のまま持続・継承することは難しくなってくる。多くの人が集う民俗芸能は、それぞれの土地では年1回の場合が多く、これが行えなくなると人的なつながりが希薄となり、祝祭による盛り上がりもなくなり、地域活力が衰退するという悪循環が始まる。

 

災害などによって疲弊した地域社会が、祭りや民俗芸能を行うことで復興にむけた意欲が高まったことは、2011年3月11日の東日本大震災地域の活動によって知られている通りである。しかし、おおよそ2000年頃から顕在化した東京など大都市圏への人口集中と少子高齢化の波は、民俗芸能など個性をもった地域文化の継続を直撃し、現在各地で深刻な問題を引き起こしている。

 

たとえば日本を代表するともいえる愛知県奥三河の「花祭」は、豊根村ではいくつかが行えなくなり、東栄町でも3月初めの布川の花祭は、2019年を最後に休止となった。布川の戸数は14戸で、祭りに携わる10人のうち6人が80歳以上となり、休止せざるを得なくなった。また、「遠山の霜月祭り」として知られている長野県飯田市の10地区の神楽は、2019年には2地区で中止となった。2020年2月にはユネスコ無形文化遺産代表一覧表への申請が「風流踊」に決まったが、鹿児島県の市来の七夕踊は、継承が難しいということでこの申請には加わらないと聞いている。

 

こうした現実が日本各地にあるが、長く続けてきた民俗芸能を何とか続け、これを一つの核に地域の活力を維持しようとの取組が各地で行われている。行政にとっても地域コミュニティの維持は喫緊の課題で、民俗芸能などの継承に向けたさまざまな支援が試みられている。ここにはこれからの課題として、その実効評価をどう行うのかがあるが、本稿では現在、各地で行われている民俗芸能継承の取組を紹介したい。

愛知県東栄町・布川の花祭(撮影:著者)

祭り・民俗芸能継承の取組例

1、保存継承団体のNPO法人化による継承

民俗芸能の継承は多くの場合、これに携わる人たちによって保存会が組織されて行われている。文化財保護法では、これは無形民俗文化財に該当し、とくに文化財指定を受ける場合は、その保存と活用を行う保護団体が特定されている。これは一般的には任意団体であり、直接これを行う人たちの組織となっているが、保護組織をより強固なものにするために、保存会を特定非営利活動法人(NPO法人)化している例がある。

 

広島県北広島町の壬生と川東地区で継承している「壬生の花田植」がその例である。これは国の重要無形民俗文化財に指定されるとともに、2011年にはユネスコ無形文化遺産代表一覧表にも記載された。花田植という囃田形式の田楽であり、サンバイ、早乙女、太鼓などの囃し方で構成され、囃しとともにサンバイと早乙女が田植歌を歌いながら田植えを行う。さらに田植えの前には花鞍などをつけた飾り牛による代掻きが伴っている。従来は花田植を行うサンバイ・早乙女・囃子方による保存会によって継承されてきたが、ユネスコ無形文化遺産への登録後の2014年2月には、「壬生の花田植保存会」がこの名称でNPO法人化された。重要なのは保存会が法人格をもったことと、この組織が北広島町商工会壬生地区長を理事長に、地区の自治会長、田楽団長、壬生地区振興会長などによる理事会、事務局(行政関係者)、正会員、賛助会員という組織体制となり、花田植を行う人たちだけでなく、壬生地区全体で保護、継承を行う組織となったことである。そして、花田植時に代掻きを行う飾り牛についても、保存会が別組織である大朝飾り牛保存会や地元の牧場に依頼して継承されている。

 

保存会がそれを行う特定の人たちだけの組織ではなく、NPO法人化によって地域社会全体が保護、継承に責任をもち、またその収入・支出という資金面の透明性がうまれている。NPO法人化によって活動内容や収入・支出を関係官庁へ報告する義務が生まれ、これがWeb上で公開されるようになったからである。法人化によって任意団体時にはなかった事務や理事会・総会などの会議開催が必要となったが、これによって活動のための外部資金の獲得、公的資金による公開事業の受託などが行いやすくなり、保護と資金面が強化されたといえる。

2、関係人口の参加による継承

①帰郷者参加による継承

中山間地域などでは、前述のように人口減、高齢化によって民俗芸能等の継承が困難になっているところが多いが、祭礼時にその地域から都市などへ転出した人たちが「ふるさとの祭り」ということで帰郷し、実際に芸能に加わっている例は各地にある。転出者第一世代だけでなく、その子供である第二世代の者も加わるところがあり、この人たちの存在なくしては、祭りや芸能奉納ができないという所もある。

 

たとえばこれも有名な沖縄県竹富島の種取祭は、とくに多くの人たちで行う「庭の芸能」には、この島出身者によって組織されている郷友会が団体で参加している。郷友会は石垣島、沖縄島、大阪、東京などにあり、東京竹富郷友会は2015年には創立90周年を迎えている。竹富島は戸数約170、人口370人ほどだが、毎年の種取祭には出身者の2世・3世なども含め、この何倍もの人たちが集う。いくつもの芸能が奉納されるので、郷友会ごとに演目を決めて受け持っているが、出身者とその子供たちなどは練習を重ねて祭りに臨んでおり、芸能の質が保たれている。

 

帰郷者参加には、このような出身者の団体による参加と、出身者個人による参加があって、後者の例は愛知県東栄町の花祭とか宮崎県内各地の神楽など多くの例がある。後者の場合、たとえば宮崎県椎葉村では、村までの距離が100㎞を超える帰郷者が出身地の神楽などに参加する場合は、公的資金による旅費補助を行っている。こうした帰郷者は、神楽の当日だけでなく、その前の練習から参加するので1週間程度の帰郷となるが、子供の頃に神楽に参加していたなど、神楽舞の基本所作は修得済みの場合が多い。

②近隣転出者の参加による継承

遠方に転出しているのではなく、日帰りで出身地に行ける人たちが祭りと芸能に参加する例も各地にある。たとえば宮崎県椎葉村栂尾地区は現在15世帯で、栂尾神楽保存会の会員は16名がいるが、このうち栂尾在住者は6名で他の10名は日向市や宮崎市などに在住している。宮崎市から椎葉村までは車で3時間ほどがかかり、近いとはいえないので、祭り前の神楽の練習には美郷町や日向市などに会場を借り、ここに集まっている。神楽保存会の黒木会長はNHKがニュース番組で栂尾神楽を取り上げた際には「神楽がなくなればムラも衰退する」と、地区の存続が神楽継承と密接にかかわることを実感を込めて話している。この神楽には、今は東京都葛飾区に在住する出身者も休暇をとってナラシ(練習)から加わっている。勤務先の社長も椎葉村出身で、帰郷しての神楽に理解があることで参加できている。

 

また、宮崎県西都市の尾八重神楽は、29名の方々によって神楽を斎行しているが、その大半は尾八重以外の西都市内などに居住しており、例大祭前のナラシには西都市にある県立妻高校の施設を借りている。

 

このように民俗芸能などが行われる集落には住んでないが、近隣に居住していて参加する姿をみていると、「居住者」とは何をもっていうのかという疑問がわいてくる。祭りや芸能だけでなく、近隣都市に住んで出身地の田畑に通って農作業をすることは各地にあり、この方式は祭りや民俗芸能だけではないからである。

西都市・尾八重神楽・四人神崇(撮影:筆者)

③サポーター参加による継承

ここでいうサポーター参加というのは、祭り・芸能の主体者はその地区に住む人たちだが、その準備とか片付け、祭りを行う人たちへの賄い、見学者への振る舞いなどを、ボランティアの人たちにお願いする方式である。宮崎県では先にあげた尾八重神楽や日之影町の大人(おおひと)神楽などでは、宮崎県が行っている「中山間盛り上げ隊」「みやざき地域見守り隊」の人たちが手伝いを行っている。こした事例は長野県南信州の天龍村などにも総務省の地域おこし協力隊やそのOB・OGたちの協力があり、各地で根付きつつある。天龍村の「向方のお潔め祭り」では東京などに在住する数名が、現地に通って「楽」である笛を修得し、祭りに加わっている例もある。決して安易な参加ではなく、現地の「楽」をしっかりと身につけていて、好感がもてる事例である。

3、企業・団体による人的支援による継承

企業や団体から祭りや芸能の資金援助(寄附)を受けるのが目的ではなく、祭り・芸能の際に、社員や職員の休暇取得を認めて参加しやすくするとか、社員や職員による祭り・芸能の手伝いを企業・団体に依頼できるという制度のことで、これには長野県南信州地域振興局が設けた「南信州民俗芸能パートナー企業制度」がある。全国で唯一と思われる制度である。南信州1市3町10村のうち4ヶ村が人口1000人台以下であり、東京・名古屋間のリニア中央新幹線が開通し飯田駅が開設されると、これによって人口減少が加速することが予測されてもいる。地域活力維持の施策は必須といえる地域で、先の地域振興局と南信州広域連合が中心となって「南信州民俗芸能継承推進協議会」を組織し、さまざまな活動を行っている。その一つが振興局のパートナー企業制度で、2019年11月段階では82社が登録されている。2016年度に制度ができ、7社から始まったパートナー企業は3年余でこれだけになり、例えば駐車場整理(大鹿歌舞伎)、写真による記録化(黒田人形)、味噌汁など食べ物の振る舞い(坂部の冬祭り、新野の雪祭り)など、現在実質化が進みつつある。

 

振興局では2019年末に、飯田・下伊那地域の主な祭り写真をいれたカレンダーを作成し、これを管内の小中学生全員に配布したが、その作成にはパートナー企業の寄付金もあった。これ以外にも南信州の民俗芸能継承の推進のためにロゴマークも一般公募で制作し、その活用も始まっている。

 

従来、企業や団体の支援といえば、経済面ばかりであったが、それとは異なるこのような連携が始まっており、「南信州民俗芸能パートナー企業制度」がどのように運用されていくのか注目したい活動である。

南信州民俗芸能パートナー企業制度の案内

パートナー企業ボランティアとの打合せ (黒田人形芝居の記録 撮影:筆者)

4、新たな後継者育成による継承

各地の民俗芸能の保存会が抱える課題には後継者確保がある。たとえば宮崎県内の神楽をみていくと、かつては神楽を演じることができるのは特定の家の、しかも家を継ぐ者だけであった。しかし、これでは神楽継承ができなくなり、将来に神楽を引き継ぐために特定の家、家の跡継ぎといった縛りを解除してきた。神楽を継承するために自らしきたりを変えてきたのである。「時代への対応」といえばその通りだが、この表現では不十分である。

 

祭りや芸能を継承するために自らしきたりを変えたのは近年だけではないが、最近は特に少子化のために後継者確保が困難になっている。地域の子供たちの積極的な参加を促すことで、後継者育成を行うことは各地にあるが、ここにあげたいのは、たとえば宮崎県の中山間地域では20年以上前から山村留学制度をつくり、小学校が都市部の子供たちを受け入れている。銀鏡神楽がある西都市の銀鏡小学校は現在16名の児童がいるが、このうち13名が山村留学の子供たちである。この子たちがいなければ小学校の存続さえもできなくなるが、山村留学をして神楽に加わり、その後自宅に戻って成長してからも例大祭の神楽に参加している者がいる。同じことは木城町の中之又神楽にもあって、山村留学を積極的に進めた教師が現在では神楽の中核的な役割を担い、山村留学をした者も参加し、この人がさらに若い友人を誘って神楽の仲間にもなっている。

 

人口減と少子化によって地域生まれの子供が減っているなかで、小学校の存続と地域の祭りや芸能の継承に山村留学の子供とその経験者が実質的な役割を担い始めているのである。こうした動向から、先にあげた長野県阿南町の新野小学校も入学者が激減し、地域あげて山村留学者の募集を行っている。後継者確保は、地域に生まれ育った子供だけでは追いつかないのが現状であり、宮崎県の神楽にみる山村留学経験者の姿は、Iターン、Uターン促進だけでなく、これからの地域社会のあり方そのものにとっても重要な意味をもつ。

祭り・芸能の継承とそのコスト負担

継承の危機を迎えている祭りや民俗芸能を、各地でどのように受け継ごうとしているのか具体例をいくつかあげてきた。現時点では、各地の取組事例を知り、その中から何ができるのかをそれぞれの地域で考え、議論し、実践していくことが急務だといえよう。何故、保護し継承しなければなかないのかといえば、それは学術的な意味だけではなく、現在、地域社会にとって重要なことは、長く地域で育まれてきた文化は、まさにその地域の個性だからである。その個性が地域の人にとっては誇りであり、他所の者にとっては魅力であるからである。その魅力なくしては、山村留学もボランティアもあり得ない。

 

また、地域社会で育み伝えてきた文化には、地域としてのしくみ―制度があり、その制度は広い意味での経済制度でもあった。宮崎県西米良村のある神楽は、例大祭での斎行には100万円ほどの費用が必要になるという。幣束など神楽に必要な物の購入、賄いの材料、見学者へのもてなし等などである。こうした必要経費は地元の人たちの負担であるが、これによって地元経済も活気づいたといえる。こうした経済循環がいわば祭りという制度のなかに存在しているのであり、これは理論的には経済学者の宇沢弘文氏が提唱した「社会的共通資本」に該当するのではなかろうか。

 

だれが文化継承のためのコスト負担をするのかを問い直さなければならない現在、今までとは異なった目で祭りや芸能、文化遺産を見直す必要があろう。民俗芸能でいえば、演者と観客の関係という限定的な市場原理でものごとを考えるのではなく、民俗芸能を伝え、それを斎行する社会的な仕組み全体のなかで経済循環を考え、ここに公的資金がどのように活用できるのかを検討すべきである。今、国が進めている「観光」はどうみても狭い市場原理だけで動いており、これでは豊かな文化創造とその継承にはつながらないといえよう。こうしたことの問い直しも、各地の祭りや芸能のあり方から行い得ると考えられる。

参考文献
宇沢弘文『社会的共通資本』2000年11月、岩波新書(赤696)

公開日:2020年5月25日

小川 直之おがわ なおゆき國學院大學文学部教授

1953年・神奈川県生まれ。専門は民俗学。博士(民俗学)。柳田國男記念伊那民俗学研究所所長、南信州民俗芸能継承推進協議会アドバイザー、宮崎県みやざきの神楽魅力発信委員会委員長、宮崎県神楽保存継承実行委員会委員長として、南信州の民俗芸能などや宮崎県の神楽の保護継承事業に携わる。中国・南開大学外国語学院客員教授。主著に『日本の歳時伝承』(角川ソフィア文庫)、『文化財の活用とは何か』(共著、六一書房)など。

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