世界遺産・日本遺産
日本遺産「『珠玉と歩む物語』小松」の認定と地域活性化の取り組み
日本遺産「珠玉と歩む物語」小松の舞台となった滝ケ原西山石切り場跡 撮影:著者
ものづくりと交流が育んだ小松の歴史文化。その根幹をなす「石の文化」のストーリーが2016年5月、「『珠玉と歩む物語』小松~時の流れの中で磨き上げた石の文化~ 」として、日本遺産に認定された。これにより、ものづくりの歴史背景が裏打ちされ、そのストーリーを活かした新たなものづくり文化観光が今、動き始めている。日本遺産から展開する小松市の地域活性化の取り組みを紹介する。
ものづくりと交流のまち 小松
石川県小松市は、人口10万人を超える加賀南部の地方中心都市である。市域の7割を丘陵、山林が占め、残りの平野部の2割を3つの潟湖が占めるなど、限られた平野の中に生活域が密に存在する。小松は、絹織物や九谷焼などの伝統産業をはじめ、近代には石材産業、複数の鉱山経営、そしてそこから誕生した世界的な建機メーカーなど、北陸有数の産業都市として発展した。
産業都市の源をなすのは、丘陵部に存在する地下資源と森林資源である。そしてものづくりに大切な物資と人を運ぶ河川と潟湖、海へとつながる恵まれた水上交通網が、地域の発展につながった。まっすぐな海岸線を形成する越前から加賀の沿岸部において、南加賀の潟湖は港湾の役割を果たし、豊かな山の資源を活かした地域環境が、人・モノ・技を結びつけ、類稀なるものづくりのまちを形成したのである。
日本遺産に認定された「石の文化」のストーリー
八日市地方遺跡出土の碧玉原石 提供:小松市
八日市地方遺跡出土の翡翠と碧玉の首飾 提供:小松市
日本遺産に認定された小松の「石の文化」は、日本列島が誕生した際の火山活動によって生み出された様々な地下資源を見出すことから始まっている。地域の山間部に眠る、金や銅の鉱石、碧玉やオパール、メノウ、水晶などの宝石群、良質な流紋岩や凝灰岩、九谷焼の陶石など、恵まれた地下資源を見出し、様々な地域との交流によって獲得した優れた技術と道具で見事に加工し、時代のニーズが求める、まさに「珠玉」の製品を作り出してきたのである。
そこには、小松が日本海側の東西文化の結節点という位置にあったことや、水運に適した地形や気候条件、新たな文化や人・モノを受け入れて発展し、進化しようとする小松人の気質があった。常に進化を望む地域風土が、弥生時代の碧玉の首飾りから、古墳時代の腕輪装飾品、飛鳥時代に大陸からもたらされた最先端の石材加工技術、美の城を演出した前田利常の小松城石垣、昭和の大火から曳山を守った石蔵など、それぞれの時代変化に対応し、石の文化のものづくりを繋いできたのである。
加えて、金山、銅山の経営で北陸有数の産出量を誇った時代から、鉱山機械の製造へとシフト転換することで今やグローバル企業となった「コマツ(株式会社小松製作所)」や、欧米では「ジャパンクタニ」と称賛される色鮮やかな「九谷焼」など、日本人なら誰でも知っている、これらの名前も、小松の石の文化にルーツを持っているのである。
日本遺産「石の文化」は地域と人が繋いで守る
小松市には「歌舞伎のまち」と言う地域おこしのテーマが昔からあり、これまで歌舞伎「勧進帳」の舞台である安宅関、260年の歴史と伝統を今に繋ぐ曳山子供歌舞伎が小松で一番の“売り”と認識されてきた。2015年に石川県が創設した制度「いしかわ歴史遺産」でも『平安の世の歴史物語が息づく歌舞伎のまち・小松』が認定されている。
九谷焼や鉱山文化、那谷寺の奇岩の景観、弥生時代の玉作り遺跡などはそれぞれに知名度があり、小松はものづくりのまちだという認識はあったが、日本遺産としてストーリー化した「石の文化」は、市民には耳慣れない言葉だった。そこで、日本遺産認定を機に最初に取り組んだことは、市民へ小松の「石の文化」を周知することと、限りある石の資源を守る意識を市民と共有することだった。
小松市「珠玉と歩む物語」保護条例の概念とレガシー認定制度
まず、ふるさとの宝である小松の石の資源と文化を守り、次代へ継承する機運を高めることを謳った『小松市「珠玉と歩む物語」保護条例』を日本遺産認定から7か月後に制定した。この条例では、行政と市民が連携し、地域資源の保護と教育を通じた次世代継承、産業や観光への展開促進と情報発信に努めることを掲げた。その理念の下、地域に眠る新たな「石の文化」の掘り起こしを市民に提案してもらうため、「石の文化レガシー認定制度」を創設し、認定物件を表彰するとともに、支援する制度も付加した。
その結果、新たに認定された石の文化レガシーは28件にのぼり、その中から文化庁へ日本遺産の構成文化財追加の変更申請をおこない、構成文化財は31件から11件増えて42件に達した。
「こまつ珠玉と石の文化」10年プランの基本理念とアクションプラン 提供:小松市
さらに条例の基本理念を具現化するため、「こまつ珠玉と石の文化」10年プランを認定の翌年3月に策定した。生業支援による技と心の継承、環境整備による資源の保全と活用、情報発信による知名度アップを3本柱として、担い手育成の支援補助制度や新商品開発支援、石の文化拠点整備、誘導サイン、受け入れ環境整備、様々なメディアを活用した広域発信など、地域の方々を中心に、産学官連携で日本遺産の普及と地域活性化を目指している。
「小松まるごとストーンミュージアム」の拠点づくりと人づくり
小松の「石の文化」は、山間部資源を活用することから、構成文化財が市域広くに分布する。つまり、広域での石の文化観光を展開する必要があり、「小松まるごとストーンミュージアム」と銘打ち、市域全体の石の文化を巡ってもらう文化観光に取り組んでいる。また、同時に、その中で核となる拠点を下記の5地点と定め、石の文化を体感体験できる拠点整備に努めてきた。
①滝ケ原エリア
緑色凝灰岩の滝ケ原石を今も切り出す石切り丁場と石の里の景観を残す滝ケ原を拠点としている。地域には多くの石造品やアーチ型石橋が随所にみられ、かつて石切りがなされていた丁場跡の景観も目を引く。地域住民が中心となって滝ケ原の景観と自然を学び地域活性化を推進する滝ケ原自然学校を運営しており、石の里巡りや石切り場見学、石工体験をセットにしたガイドツアーなどを行っている。ガイド育成も当学校が主催し、地域で自走する形を構築しつつある。加えて、石蔵を持つ古民家をリノベーションしたカフェやホステルを首都圏からの若手移住者が運営しており、滞在型観光の拠点ともなっている。
また、石山の景観が美しい那谷寺や苔庭として評価の高い日用苔の里など、周辺に魅力高い観光資源も多く、日本遺産認定と観光資源としての高評価が地域住民の意識を高め、首都圏からの若手移住者との交流もあいまって、過疎化が著しかった町に活気をもたらしている。
滝ケ原石切り場ガイドツアー 提供:小松市
古民家リノベーションした滝ケ原のホステル 提供:小松市
②西尾エリア
観音下の石切り場 撮影:著者
小松の石材の中で滝ケ原石と双璧をなす観音下石の石切り丁場と尾小屋銅山を拠点としている。断崖絶壁の景観が美しい石切り丁場と石造品が多い「石のまち」の景観、白山信仰伝説の残る観音山巡りなど、地域住民が「観音下石の保存会」を結成し、景観保全と石のまち巡りガイドの活動を行う。さらに、谷を奥へ進めば、尾小屋鉱山跡地を活用した坑道展示や鉱山資料館、鉱山鉄道展示館、鉱山で生み出されたカラミ(排滓)を活用した鉱山町の景観など、尾小屋鉱山を体感体験できるエリアがある。
また、石切り丁場を基点に、近隣には酒造りの神様と謳われる農口尚彦氏の酒蔵ができ、廃校となった小学校校舎をリノベーションしたオーベルジュ「オーフ観音下 西尾」も誕生した。一つのエリアで文化財を守る地域団体と民間企業、市直営施設とが連携した取り組みができており、日本遺産×食と農の滞在型観光スポットとして注目されている。
尾小屋鉱山マインロード 撮影:著者
オーベルジュ「オーフ観音下西尾」 提供:小松市
③鵜川遊泉寺エリア
遊泉寺銅山跡の遺構 撮影:著者
小松城の石垣石材を採掘した鵜川石の石切り丁場を数多く残す地域で、その廃坑の一つが岩窟院として観光地化されている。近隣には九谷焼の陶石を加工して磁器粘土を製造する工場があり、コマツ(株式会社小松製作所)発祥の地である遊泉寺銅山跡もあるなど、多様な石の文化を楽しめるエリアである。銅山跡については企業版ふるさと納税制度を活用して整備し、2022年に「遊泉寺銅山ものがたりパーク」としてオープンした。施設整備から管理運営においては地元、鵜川・遊泉寺・立明寺の3町で組織する実行委員会があたり、銅山ガイドや石切り丁場巡りも企画運営する。
遊泉寺銅山ものがたりパークのガイドマップ 提供:小松市
④花坂エリア
登窯展示館に保存された連房式登窯 提供:小松市
九谷焼の原石である花坂陶石山と九谷焼窯元の地を拠点とする。陶石山に近接して磁器土を製造する工場がかつては多数存在していたが、現在は2社のみとなり、うち1社も老朽化で廃業の危機にあった。他種企業が復旧支援の声を上げたことを機に、企業版ふるさと納税制度を活用し、2019年に九谷焼セラミックラボラトリーとして甦った。陶石から粘土製造、素地成形、上絵付けの九谷焼の全工程を体験できる施設であり、隈研吾氏が設計する地元杉の美しい建物景観も目を引く。周辺には近代九谷焼の磁器窯を保存する登窯展示館や九谷焼ギャラリー、置物素地制作工房など、様々な九谷焼窯元が群在し、「九谷焼の里」の景観を残す。小松九谷の拠点であり、作り手たち自らが、施設ガイドや体験工房の運営を行い、新たな九谷焼の創造と発信の場となっている。
CERABO KUTANIの陶石粉砕機 提供:小松市
⑤小松駅周辺エリア
石の文化の原点である弥生時代拠点集落、八日市地方遺跡が所在する小松駅東側を拠点とする。また、コマツ(株式会社小松製作所)本社が営まれた地でもあり、本社跡には体験型学習施設として「こまつの杜 https://komatsunomori.jp/」が建つ。企業が運営する民間施設ではあるが、世界最大級のダンプトラックとパワーショベルが展示され、新幹線駅ホームから眼下に望める小松のものづくりを学べる施設である。
今年3月、北陸新幹線敦賀延伸に伴い、新たに新幹線小松駅が開業する。駅舎内には、地元石材や九谷焼陶板が飾られ、小松の石の文化を発信する。また、新幹線駅開業に先立ち、小松駅に併設して、市の観光交流業務を担う「Komatsu九」がオープンした。館内に設けられた小松ものづくりギャラリーには、通路壁面いっぱいに弥生土器が飾られるギャラリーウォールが来訪者を出迎え、日本遺産「石の文化」のストーリー展示や小松のものづくり産業展示が楽しめる。小松駅から石の文化の各拠点へと誘う「小松まるごとストーンミュージアム」のプラットホームとしての役割を担う。
Komatsu九の弥生土器ギャラリーウォール 撮影:著者
小松駅と小松空港を基点に、これら5つの石の文化拠点と北前船寄港地・安宅(2018年5月、日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間(北前船寄港地・船主集落)」に追加認定)を結ぶ、日本遺産文化観光を推進するためには新たな交通システムの構築が必要である。そこで、駅と空港、観光拠点などを基点に、市内25の乗り継ぎポートを設置し、電動機付自転車をシェアする交通システム「こまつシェアサイクル https://komatsu-share-cycle.com/」の運行を開始した。加えて空港と駅とを自動運転バスで繋ぐ新たな試みも 2024年の3月上旬から始まっている。これに各サイクルポートを結ぶ柔軟な2次交通システムの構築が実現すれば、より充実した域内観光が可能となり、自由なコースで日本遺産を軸とした文化観光を楽しめる環境が整うだろう。
まるごとストーン・ミュージアムの5つの拠点
石の文化ストーリーから小松ものづくり文化観光へ
古くから小松市は産業のまちとして栄えた歴史があり、これまで南加賀エリアを対象に産業観光を推進してきた。そこに、石の文化や北前船寄港地の日本遺産認定、歌舞伎のまちのいしかわ歴史遺産認定が加わり、従来の産業観光に欠けていた小松のものづくり文化ストーリーが重層的に付加された。産業の背景となる歴史物語が裏付けされたことを契機に、伝統産業とものづくり企業をベースに産業観光が再編集され、2021年には「こまつものづくり未来塾」が発足した。
当初は27の事業者で始まったが、現在は38社に増え、石工や九谷焼など石の文化をはじめ、伝統産業の織物や瓦、畳、木工に、基幹産業の鉄工や自動車製造業、食品、農業などへも広がりを見せている。加えて、2023年からは他業種コラボや世代を超えた協働などをプロデュースする「KAKEDASU」の取り組みもはじまった。
その成果もあって、オープンファクトリーとワークショップ型体験を行う「GEMBAモノヅクリエキスポ」は、47のプログラムへと成長し、4日間での参加者は650人、WEBでの閲覧者は15,000人にのぼった。
GEMBAモノヅクリエキスポ2023 提供:小松市
現在は、通年でのオープンファクトリーも催行され、魅せる産業にシフトしつつある(GEMBA /https://gemba-project.jp/)。
行政と商工会議所が主導してきた小松の産業観光は、日本遺産ストーリーによる歴史背景の裏付けと物語の魅力によって、小松の「ものづくり文化観光」として再編集され、新たなスタートを切った。
事業者個々が、ものづくりストーリーを語ることで奥深さと誇りが生まれ、率先して新たな取り組みを提案し、未来塾から生まれたリーダーが中心となって、自走する運営のカタチへと展開しようとしている。太古の昔より、ものづくりと交流で地域の活性化が創り出してきた小松の地は、歴史に基づく人の物語へと繋がり、新たな天地へと進もうとしているのである。