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文化財「活用」のすがた③ デジタル時代の“魅力発信”
シンポジウム「進化する複製の未来」(主催 一般財団法人デジタル文化財創出機構)会場に展示された屏風の複製 高精細なデジタルデータと印刷技術で再現された国宝の金箔屏風が間近で鑑賞できる(撮影 編集部 2019年7月19日)
文化財の活用のすがたを通して、今後の文化財の在り方を考えるシリーズ、3回目は、デジタル技術などを使った文化資源の活用・“魅力発信”の動きについて取り上げる。
“進化する複製の未来”
2019年7月、東京・丸の内のホールで、「進化する複製の未来」というタイトルのシンポジウムが開かれた。文化財の研究者やIT技術者、コンテンツ制作者などでつくる一般社団法人「デジタル文化財創出機構」が開いたもので、デジタル技術を使った複製(コピー・レプリカ)の製作の取り組みやその意義、課題などについて、計9件の講演や報告が行われた。冒頭、機構の代表理事を務める前文化庁長官の青柳正規氏が「複製というものの考え方やそれをつくる技術などが大きく変わりつつある。オリジナルとコピー・レプリカというものについて、もっと真剣に考えなければならない」と述べた上で、「コピーをする時、本物の奥にある『モノを作る精神』というものをどうつかもうとするかが最も重要だ」とあいさつした。
会場には、デジタル技術で“再現”された屏風や絵画、工芸品などが展示され、訪れた人たちが、興味深そうにながめたり、細部を観察したりしていた。(冒頭写真)
文化財の保存・活用にデジタル技術を使うメリットは何か。機構では、以下の4点をあげている。
- ① 文化情報の獲得と発信
- ② 復元・再現と新しい鑑賞体験
- ③ 新たな知見の発見
- ④ 文化資源の未来への保存
このうち、文化情報の獲得と発信については、インターネットでさまざまな文化財の情報(アーカイブを含む)にアクセスしたり、発信しやすくなったりする点をあげる。復元・再現と新しい鑑賞体験は、デジタル化によって、当時の姿や色彩の再現・復元ができるだけでなく、動かすことのできないもの(遺跡など)を映像で再現したり、異なる時代の資料を比較したりすることか可能になること。また、X線やCTなどを使えば内部構造が可視化できる点などをあげている。さらに、超高精細映像で細部を観察したりすることで、新たな知見が得られる可能性などもあるとしている。そして、デジタルデータを蓄積・アーカイブすることで、文化財の現状を正確に保存し、後世に伝えること(未来への保存)ができるとしている。以上のようなメリットがあるデジタル技術は、これからの文化財の保存・活用にとって必要不可欠な存在であり、こうした取り組みを進めるための国家的な土台・基盤づくりが必要だして、シンポジウムの開催や、デジタル技術を使った文化財の保存・活用への支援などの活動を続けている(1)。
開設1年を迎えた「文化財活用センター」
同じ7月、文化財活用の新たな方法や機会の開発などを行う「文化財活用センター」が、開設1年を迎えた。この組織は、国立博物館などを運営する国立文化財機構に設置されたもので、東京・上野の東京国立博物館の建物の中に事務局がある。旭充センター長以下30人のスタッフが取り組むのは、「企画」と「貸与促進」、「保存」、「デジタル資源」の4分野の事業だ(2)。
写真1 ぶんかつアウトリーチプログラム「屏風体験!松林図屏風をプロデュース」実施風景 2019年6月15日(土) 板橋区立上板橋第二小学校にて(画像提供 文化財活用センター)
このうち企画分野は、「文化財に親しむためのコンテンツの開発とモデル事業の運営」を行う。具体的には、▼先端技術を利用した複製(レプリカ)の作成や▼VR(バーチャルリアリティー)、AR(拡張現実)、8K映像を使ったコンテンツの制作・開発などが事業の中心になっている。国宝の「洛中洛外図屏風」や「火焔型土器(新潟・笹山遺跡)」などの精巧な複製を作ったり、葛飾北斎の作品「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」の世界を楽しむデジタルコンテンツ、刀剣の世界を分かりやすく提示するVRを制作したりしている。こうしたレプリカや映像を活用した体験型の展示も行われた。また、精巧な屏風の複製を小学校や中学校に貸し出し、講師を派遣して文化財に親しんでもらう「出前授業」なども行われた(写真1~4)。その一部は凸版印刷、キヤノンといった企業との連携で進められている。2019年度も精巧なレプリカの製作や体験型展示の地方開催など、さまざまな取り組みが計画されている。
貸与促進分野は、「国立博物館の収蔵品の貸与促進とそれにかかわる助言」で、国立博物館が収蔵する貴重な文化財を地方の公共ミュージアム(博物館・美術館等)への貸し出しを促進する事業。貸し出しに伴う輸送費や保険料をセンターが負担し、貸与に関する相談窓口も設けている。2018年度は、大分県立美術館、大阪歴史博物館など6施設に収蔵品を貸し出した。2019年度も5施設に貸し出す予定で、希望に応じて収蔵品を貸し出すだけでなく、あらかじめ貸し出しが可能な収蔵品をリスト化し、そのリストの中から展示するものを選んでもらう方式も取り入れた。現在、この事業の対象となっているのは、東京国立博物館の収蔵品だけだが、今後、京都、奈良、九州の各国立博物館の収蔵品を含めることも検討している。
保存分野は、「文化財の保存環境に関する相談や助言、支援」を行う。文化財の収蔵・保存環境に関する窓口を設け、各地の博物館・美術館からの相談にあたったり、保存環境に関する研修会を開催したりしている。2018年度に53件の相談・助言を行い、2019年度は、6月末の段階で相談・助言が50件に達している。資料の保存に関する研修や計測機器の講習会なども開いている。
デジタル資源分野は、「文化財のデジタル資源化の推進と国内外への情報発信」。国立博物館の収蔵品のデジタルアーカイブ(「ColBase」「e国宝」)の充実(画像の増加、多言語対応)などにあたっている。
「文化財活用センター」設置の経緯
「文化財活用センター」が設置された経緯については、文化審議会が2017年12月にまとめた「文化財の確実な継承に向けたこれからの時代にふさわしい保存と活用の在り方について(第一次答申)」の中に見出すことができる。答申では、「これからの時代にふさわしい文化財の継承のための方策の具体策」として、国宝・重要文化財の適切な公開の在り方(期間の見直し)などとともに「文化財の公開・活用に係るセンター的機能の整備」に関する記述がある。多少長くなるが、以下のような内容になっている。
「文化財の保存と活用を両立させるために,文化財所有者・管理団体,美術館・博物館などの関係機関等からの相談を一元的に受ける国の窓口・センターが不可欠である。特に,学芸員や保存科学等の専門家が全国的に十分に配置されていない状況においては,文化財の活用に当たり必要不可欠である文化財の取扱いや保存修理等の知識・技能,文化財の保存科学等について,専門職員が,一元的に相談できる機能があることが期待される。また,まとまって観(み)ることのない国宝・重要文化財について,鑑賞機会の少ない地域や海外での展覧促進,地域の企画に対する助言や共同実施,文化財のアーカイブ化等を通じて,国内外の人々が我が国の文化財に接する機会を拡大するような役割・機能を果たすことが期待される。このため,海外の例も参考に,調査研究及び展示等の企画,保存・修理, 財務,作品履歴管理等に関する専門的な見地から機動的に相談に対応できる機能の整備について検討する必要がある」(3)。
この答申を受ける形で、2018年度の政府予算の国立文化財機構への交付金の中に、センター設置のためとして、8億円の費用が盛り込まれた。そして同年4月に「準備室」が発足。7月1日にセンターが開設された。
文化財活用センターの今後に方向性ついて、小林牧・副センター長は「文化財の活用とは、多くの人が文化財に親しむ機会を作ることと考えている。先端技術を利用して文化財活用の未来を創ることや、企業や関連の団体との共同事業・オープンイノベーションを進めること、地方への貸し出し事業、保存環境の相談などを通じて文化財による地方創生への貢献することなど、文化財活用の新しい方法の開発・新たな機会を生み出したい」と話す。だだし、高精細の複製、VRなどの製作にあたっては、「“本物ではできない活用の用途、何を誰にどう届けるかといった点をしっかりと考えなければならない」とした上で「観光の道具ではなく、文化財を守り伝えるためのものにしたい」と話している。
独立行政法人国立文化財機構 組織図(画像提供 文化財活用センター)
“トーハク”の新プラン
次に、東京国立博物館の取り組みについて紹介したい。博物館は2019年2月、「トーハク新時代プラン」と題する行動計画を公表した。2020年の東京五輪・パラリンピック、2022年の博物館開設150年に向けてのもので、▼世界に開かれた博物館としての取り組み、▼付加価値の高い多彩なプログラムの提供、▼快適な鑑賞環境の実現、▼プランを実現するための基盤の確保という4本の柱のもと、13項目の計画を立てている。
このうち、世界に開かれた博物館の取り組みでは、来館者の多言語対応の改善・充実を図る。海外から訪れた人にも展示作品への理解を深めてもらえるよう、外国語の解説文を“こなれた”文章に改善するほか、鑑賞ガイドアプリについて、現在の日本語、英語だけでなく、中国語、韓国語にも対応したものを導入する。さらに、外国人向けに、通訳案内士による有料ガイドツアーの開催なども検討するという。
また、多彩なプログラムの提供として、レプリカやVR、8K映像などを活用した新しい感覚の展示を拡大するほか、日本文化の体験プログラム、収蔵庫や文化財修復の様子などを見学するバックヤードツアーの本格的な導入などを検討している。
「プラン」の推進にあたる井上洋一副館長は「学芸員の存在価値を問う政治家の発言などもあったが、いまこそ私たち“学芸員の力“を見せる時ではないかと考える。文化財を守り伝えることの大切さをこれまで以上に発信していく必要があり、文化財の価値をさらに多くの人に理解してもらう手段として、こうした取り組みがある」と話す。
写真2 8Kで文化財 国宝「聖徳太子絵伝」展示風景 2018年11月27日(火)~12月25日(火) 東京国立博物館 法隆寺宝物館 資料室 コンテンツ制作:文化財活用センター・NHKエデュケーショナル (画像提供 文化財活用センター)
文化庁の取り組み
では、文化庁の取り組みはどうだろうか。2019年度の文化庁予算は1167億円で、前年度と比べて84億円、7.8%の伸びとなった。国の予算に占める割合は0.11%とこれまでとほとんど変わらないが、金額としては過去最高、伸び率でも近年にない数字となった。この新年度予算の中で、金額が著しく増えた分野がある。「文化資源の“磨き上げ”による好循環の創出」と名付けられた分野で、この分野の事業費として、171億円(対前年度比175%)が計上されている。文化庁の資料(「予算案の概要」)によれば、この分野で、「文化財をはじめとする我が国固有の文化資源に付加価値を付け、より魅力あるものにすべく”磨き上げ”る取組を支援し、観光インバウンドに資するコンテンツ作りを進めるとともに、先端技術を駆使した効果的な発信を行い、観光振興・地域経済の活性化の好循環を創出する」という(4)。
具体的な事業としては、▼「日本博」を契機とした文化資源による観光インバウンドの拡充、▼Living History(生きた歴史体験プログラム)、▼日本が誇る先端技術を活用した日本文化の魅力発信、▼文化財多言語解説整備、▼産業と文化の連携による市場創出の4項目が柱となっている。
写真3 親と子のギャラリー「なりきり日本美術館」会場風景 2019年1月2日(水)~2月3日(日)東京国立博物館 本館4室・5室 主催 東京国立博物館、国立文化財機構文化財活用センター、NHK(画像提供 文化財活用センター)
文化資源の“磨き上げ”とは
このうち、日本博は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックにあわせて行われる大型プロジェクト。世界的なスポーツの祭典が日本で開かれるのを契機に、日本の文化を世界に発信しようと企画されたもので、オリンピックの開催地で行われる「文化プログラム」の中核的事業と位置付けられている。総合テーマは「日本人と自然」で、2020年を中心に、前後3年間に行われる展覧会や舞台公演、文化イベントなどを国が支援する。インバウンドの拡充や訪日外国人の地方への誘客の促進、国家ブランディングの確立などが狙いだという(5)。2019年度は、事業費として34億円が計上された。
その対象としては、日本博の中核となる「総合大型プロジェクト」と各地で開催する「分野別大規模プロジェクト」(主催・共催型)があり、自治体や民間団体の取り組みを支援する「イノベーション型プロジェクト」(公募助成型)とあわせて、これまでに88件が採択された(7月2日現在)。これらのプロジェクトに対しては、国から費用の一部補助が受けられる。また、日本博のテーマに沿った事業を国が認証する「参画プロジェクト」として、93件が採択されている(同)。これらについては、国の補助は出ないが、「日本博」の公式ロゴマークの使用ができる。日本博のオープニング・セレモニーは2020年3月14日に開催される予定。
Living Historyは、外国人観光客の誘致が望めそうな地域(日本遺産・世界文化遺産など)で行われる文化財を活用した体験プログラム(Living History)を国が支援(補助)し、文化財に新たな付加価値を与え、より魅力的なものにしてもらおうという事業。そうしたプログラムを実施する地域や、観光の拠点にするためのコンテンツの作成を支援するための費用として、34億円が計上されている。初年度は京都・二条城の「生きた歴史体感プログラム」や兵庫県姫路市の「姫路城を活かした歴史体感プログラム」など、11件が採択された(7月31日現在)。
このほか、日本を訪れる外国人向けに、先端技術を使って日本文化の魅力を発信するコンテンツ(高精細レプリカ、VR等)を制作し、国内の主要な空港、観光地などに展示するための費用として20億円が計上された。また、文化財を活かした観光地など約200箇所に多言語対応の解説コンテンツなどを整備するための費用として10億円が計上されている。
写真4 高精細複製品によるあたらしい屏風体験「国宝 松林図屏風」会場風景 2019年1月2日(水)~2月3日(日) 東京国立博物館 本館特別4室 主催:東京国立博物館、国立文化財機構文化財活用センター、キャノン株式会社
こうした事業の財源には、国内の観光基盤を整備するために2019年に新設された「国際観光旅客税(出国税)」の一部(100億円)が充てられる。このことからもわかるように、これらの事業は、文化財の保存をはかるものではなく、文化財に付加価値をつけて“魅力あるもの”とし、観光振興や地域振興をはかることが主要な目的になっている。「観光庁が手掛けてもよい事業ばかり」という声も聞かれる。2020年の東京オリンピック・パラリンピックが終わった後、文化資源を“磨き上げる”これらの事業はどうなっているのだろうか。
おわりに
「文化遺産の世界」のレポートとして、これまで3回にわたり、さまざまな「文化財の活用のすがた」を報告してきた(6)。日本遺産や城の「復元」、デジタル技術を中心とした文化資源の活用・魅力発信などをテーマに選んだが、その多くは、文化財を守ることより、インバウンドをなど観光客の増加を図ったり、地域振興を進めたりすることを強調しているように見える。文化財の魅力を高めて、“金を稼ぐ”ための方策という見方もできるだろう。
そうした方向性が出てきたのは、必然の結果だとする見方がある。文化政策の研究者で国立美術館理事の太下義之氏は、「これからの時代は、財政的な厳さが増して、国や自治体が文化財を守ることもままならなくなる。そうした状況を打開するために、文化財の活用で観光・地域の振興をはかり、自ら稼いだ金を文化財の保護に充てようとする考えが出てきたのだろう」と指摘する。一方で、「観光振興などというわかりやすく効果的な面ばかりが強調され、本来の文化振興にとってバランスが悪い」とも。その上で、「文化財は、その多くが地域の文化を表象する文化遺産であるので、教育や福祉など、地域の振興に資する文化財の活用が期待される。」と話している。
文化財を守るために自ら稼ぐ手立てを探すことは、これからの時代、やむを得ないことなのかもしれない。しかし、その根底にある「文化財の保存が立ち行かなくなる」という危機感は、関係者、地域の人々にあまり伝わっていないような気がする。文化財の「活用」が強く押し出されている今だからこそ、文化財の活用が文化財の「保護」につながることを改めて訴える必要があるのではないだろうか。
その上で留意すべき点が一つある。活用できるのは「優れた文化財」だけでないということだ。活用しても“儲からない文化財”があるかもしれないが、「稼げる・稼げない」で文化財の活用価値を分けるべきでないと考える。文化財が災害復興の支えになったことは、東日本大震災などの経験から、多くの人が理解していることと思う。地域にある文化財は、その地域のアイデンティティーそのもので、「稼げない」からといって、埋もれたままにしたり、捨てたりしてはならないと考える。さまざまな形で活用が進む文化財、そうした取り組みが文化財の未来につながることに期待したい。
(1) 一般財団法人デジタル文化財創出機構 2016:『デジタル文化革命』 東京書籍
(2) 「文化財活用センター」ホームページ https://cpcp.nich.go.jp/ (最終確認2019.8.15)
(3) 文化審議会 2017: 「文化財の確実な継承に向けたこれからの時代にふさわしい保存と活用の在り方について(第一次答申)」(2017.12.8)
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/1399131.html(最終確認2019.8.15)
(4) 文化庁 2019: 令和元年度文化庁予算の概要
(http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/yosan/pdf/r1_yosan.pdf)と
同参考資料(http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/yosan/pdf/r1_yosan_sanko.pdf)(最終確認2019.8.15)
(5) 文化庁 2019:「日本博」について
http://www.bunka.go.jp/seisaku/nihonhaku/pdf/r1413086_02.pdf(最終確認 2019.8.15)
(6) 文化財「活用」のすがた①② 「文化遺産の世界」https://www.isan-no-sekai.jp/
公開日:2019年8月27日