Vol.27
Vol.27
大型グスクから都市の石造文化へ――曲線・曲面と歪みの石造美
沖縄県立芸術大学附属研究所 客員研究員
円覚寺石段の曲線と擁壁の歪み。正面から見たときに真っ直ぐに見えるように石段は曲線にして、両側の擁壁は石段を中心に微妙に歪めている。 撮影:著者
琉球のグスク
琉球列島には300~400ものグスクが分布するといわれている。グスクは、日本の城とは異なり、聖域を内包した琉球独特の城塞で、聖域をグスクと呼ぶこともある。そのなかでも典型的な発達を遂げたのが、琉球石灰岩の石積み城郭をもつ「大型グスク」だ。大型グスクは、地域首長の居城として13世紀後半に各地に出現し、琉球王国形成による政治的統合で一層の大型化が進み、15~16世紀の王宮・首里城(世界遺産)で頂点に達した。大型グスクの石造技術とともに発達した石造美は、首里城で曲線・曲面と歪みの石造美として花開き、王都首里の石造文化へと受け継がれた。
大型グスクの石造美
大型グスクの石積み技術は、野面積み→布積み→相方積みへと発達し、城壁も直線的な城壁や単純な曲線構造から、曲線や曲面、歪みを強調する構造へと発達した。その頂点に立つ首里城に、完成した大型グスクの石造美を見ることができる。この石造美は、注意深く観察しないと気付かないような微妙な技術によって演出されている。
首里城歓会門のアシンメトリー構造 撮影:著者
大型グスクの石造美の典型が、首里城正門がある歓会門の郭だ。まず、城門にアーチの曲線を取り入れている。アーチ門の左右城壁は、左右対称を避けて意図的にアシンメトリーにして歪めている。首里城のほとんどの城門が歓会門と同じアシンメトリー構造だ。
首里城瑞泉門登道の歪み 撮影:著者
歓会門からつぎの瑞泉門にいたる階段が曲がりくねるように、城内の城門と城門を連絡する通路も紆余曲折させて歪みをつけている。この通路の歪みは、防御機能だけではなく風水思想と結びついた美意識が背景にあると考えられる。
歓会門郭城壁の曲線と曲面の美 撮影:著者
歓会門郭の城壁コーナーには丸みと反りをつけるが、さらに天端隅に独特な角状突起の「隅頭石」を据えることで、城壁ラインが流れるように天空にそびえる効果を生み出している。壁面もよく見ると、平坦面ではなくわずかに凹面に仕上げられている。この微妙な凹面が、城壁の柔らかさと美しさを生み出す隠された技術だ。
首里城正殿をモデルにした陵墓・玉陵 撮影:著者
16世紀の王都首里の石造文化
首里城で頂点に達した大型グスクの石造美は、15~16世紀に整備された王都首里の石造文化に受け継がれている。首里の石造美を代表する建造物に、陵墓の玉陵(世界遺産)と王家菩提寺の円覚寺がある。玉陵は、造営当時の首里城正殿をモデルにした陵墓で、首里城で発達したアシンメトリーや歪みが取り入れられている。玉陵を囲う石垣の全体平面形はいびつな長方形で、正門は正面石牆の中心から右側に片寄っている。つづく中門は逆に左に寄り、そして王の墓室も中心ではなく左端に位置している。
玉陵の正門位置の片寄り 撮影:著者
円覚寺放生池の空間 撮影:著者
円覚寺の放生池の空間も、四角のように見えるが実は微妙に歪んでいる。石段の左右擁壁が、石段を中心に微妙に歪んでいるのだ。そして、石段も正面から見ると直線だが、横から見ると曲線構造になっている。しかも下から上へ曲線の度合いを変えている。この石段曲線と左右擁壁の歪みは、正面から見たときに真っ直ぐにあるいは直線石段に感じさせるための隠された技術だ。この歪みは、園比屋武御嶽石門(世界遺産)や、円鑑池の天女橋にも見ることができる。
円覚寺石段の曲線と擁壁の歪み 撮影:著者
豊見城御殿の門 撮影:著者
王都首里の町並みを特徴づける屋敷石塀にも、首里城の石造美が受け継がれている。豊見城御殿の門の石塀は、歓会門のように湾入する構造で両側の石塀コーナーには隅頭石が据えられる。また、隣接する屋敷石塀との接続は、互いにコーナー部を曲面にして接合するが、これも大型グスクから受け継いだ石造美だ。
屋敷石塀の曲面接合 撮影:著者
大型グスクの石積み復元の課題
日本復帰後間もない頃に復元された首里城歓会門の郭は、こうした伝統的石造美の感性をもった石工によって往時の美意識が細やかに再現されている。首里城の中でも最も美しく復元された部分だ。近年の大型グスクの復元では、石造美やこれを演出するための隠された技術が考慮されているか課題が残る。往時の石造美まで再現して初めて復元は完了したといえるだろう。