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考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」 3 -ZooMS(質量分析計を用いた動物考古学)-

庄田 慎矢 / Shinya SHODA

(独)国立文化財機構奈良文化財研究所 主任研究員、英国ヨーク大学考古学科 名誉訪問研究員、同セインズベリー日本藝術研究所 客員研究員

私たちが普段発掘している遺跡からは実に様々なものが出土しますが、その中でも主として骨や歯牙のような動物遺体を手がかりに、過去の動物の在り方や人間と動物の関係を研究する分野を、動物考古学と呼んでいます。動物考古学は骨や歯の形など、目に見えるものを対象にすることが通例ですが、近年は目に見えない、極めて小さな物質を研究の対象とする方法が開発されています。その一つが今回紹介する方法で、遺跡から出土した動物遺体からコラーゲンというタンパク質の一種をとり出して、そのもととなる動物が何であったのかを突き止めるというものです。この方法は、開発者の一人である、イングランド北部にあるヨーク大学(University of York)のマシュー・コリンズ(Matthew Colllins)教授らによって、ZooMS(ズゥームス)、Zooarchaeology by Mass Spectrometry、つまり質量分析計(MS)を用いた動物考古学、と名付けられました1)

質量分析計については、この連載の第2回(https://www.isan-no-sekai.jp/column/20170519)でも簡単に触れました。少し難しい用語になってしまいますが、質量分析計とは、質量分析法(物質を原子・分子レベルの微細なイオンにし、その質量数と数を測定することによってその物質が何かを探ったり、量を測ったりする方法)によってイオンや分子の質量を測定し、対象とする物質がなんであるのかを調べる装置です。高電圧をかけた真空中で試料をイオン化し、装置内で飛行しているイオンを電気的・磁気的に質量の違うものごとに分離します。第2回で紹介した土器残存脂質分析では、おもにGC−MS(ガスクロマトグラフ質量分析計)が用いられることを紹介しましたが、ZooMSに使われるのは、MALDI-ToF(Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionisation – Time of Flight) MSという機械です。なにやら小難しくて聞きなれないという方が多いかもしれませんが、実は、2002年にノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんは、この装置の開発と実用化の業績が評価されて、受賞に至ったのです。このようなエピソードを聞くと、暗号の羅列のように見えるこの機械の名前に対しても、日本人の私たちにはなんとなく親しみもわくのではないでしょうか。この機械を用いて、未知の試料から、いわば「分子バーコード」を読み取るわけです(図1)。

図1  ZooMSによる分析の流れの模式図。Matthew Collins教授提供。Reproduced by courtesy of Prof. Matthew Collins.

この方法は、考古学にとってきわめて画期的なものです。なぜなら、遺跡からはっきりと形のわかる骨が見つかることはそう頻繁ではなく、多くの場合は、小さな破片となってしまってたり、種を見分けるカギとなる部分が失われていて、何の骨だかわからなくなってしまったものがほとんどだからです(写真1)。一方で、このような小片にも、タンパク質の一種であるコラーゲンが残存している場合は多いので、これが年代測定や食性分析に用いられることはよく知られています。タンパク質の方が、被熱や時間の経過とともに分解してしまうDNAよりも、残っている可能性が高いのです。よって、この方法を使えば、たとえ小片であっても、特有のタンパク質の配列(これを「指紋」と呼ぶ研究者もいます)によってそれが何の骨であるのかを突き止めることが期待できます。また、ヤギとヒツジのように、ある程度の大きさの骨が残っていても形態からはどちらか分からないものを、タンパク質のペプチドレベルで見ることにより、判別することができるのです(図2)。また、ZooMSは骨や歯以外にも、卵の殻、象牙、鹿角、皮革などの動物の各部位にも適用できます。どんな研究が進んでいるのか、見ていくことにしましょう。

写真1 遺跡の土壌からふるい掛けしてえられた骨片の例。細かすぎるために種の同定などはほとんど不可能である。(筆者撮影)

図2 ZooMSを用いてヒツジとヤギを識別する方法のイメージ図。注 (1)文献より、著者の許可を得て加工・転載。Reproduced by courtesy of Prof. Matthew Collins.

まず、遺跡ではほとんどの場合細かな破片としてしか発見されない、卵の殻の事例を紹介します。 遺跡からの卵の出土例というと、韓国の天馬塚の出土例が有名ですが、これは極めてまれな事例で、日本では近世より遡る出土例はありません。しかし、土壌の条件によって卵の殻の残存しやすいヨーロッパでは、遺跡から出土することが少なくないようです。今日では卵といえば鶏の卵が圧倒的で、他にはガチョウやカモ、七面鳥、日本では鶉などが知られるのみですが、過去にどのような野生の鳥を捕獲・利用していたかはヒトと当時の生態系との関わりを知る上で貴重な情報です。そこで、ヨーク大学のスチュワート(John R. M. Stewart)博士らは、ヨーク市内のヴァイキング時代の遺跡であるフンゲイト(Hungate)遺跡から出土した卵の殻をZooMSで分析し、現代の試料と比較しました。その結果、各1-5mgを採取した39試料のうち35試料でタンパク質配列の照合に成功し、ニワトリとガチョウを同定することができました2)

このように、過去のタンパク質が卵の殻に含まれる方解石のような鉱物にとりついて保存されている事例は、最新の研究により、想像されていたよりもはるかに古くまで遡ることが分かってきました。やはりヨーク大学(当時)のベアトリーチェ・デマルキ博士らの研究では、タンザニアのラエトリ(Laetoli、380万年前)やオルドヴァイ峡谷(Olduvai Gorge、130万年前)で出土したダチョウの卵からもタンパク質を抽出することができたのです。これは、卵の殻にふくまれる鉱物とタンパク質がきわめて強固に結びつくためです3)

もちろん、こうした驚異的なタンパク質の残存をみせる卵の殻が、いつも遺跡から出てくるわけではありません。最も多く出土する動物遺体は、なんといっても骨です。そして、冒頭にも触れたように、破損や被熱によって何の骨かを判別できないものがそのうちの大多数を占めています。この問題を解決するためにZooMSが利用された事例を、次に見てみましょう。ヨーク大学(当時)のチャールトン(Sophy Charlton)博士は、ブリテン島において中石器時代から新石器時代に移り変わる時期に、どういった食生活の変化があったのか、家畜や穀物栽培はいつ入ってきたのか、という事を研究していました。そして、対象に選んだのがスコットランドのクノックコイグ(Cnoc Coig)という遺跡でしたが、分析に使える骨は全て数センチ程度の正体不明の骨の破片ばかり。どんな生物の骨なのかも不明でした。そこで、微量な試料で種の同定ができるZooMSで20点の骨の破片を調べたところ、この中に13もの人骨が含まれていることがわかりました。他の7つは動物の骨であり、それぞれの種も判明しました。

そこで、これらのサンプルに対して窒素・炭素安定同位体比分析を行うことにしました。この方法で、それぞれの骨の主が、どのくらい海産物を摂取していたのかということを評価できます。分析の結果、イノシシあるいはブタと考えられる動物骨のうち、1点だけが安定炭素同位体比が高くなっている、すなわち海産物の影響を受けており、他の個体よりも人間のそれに近づいていることがわかりました。つまり、人がブタに海産物を餌として与えていたため、こうした高い炭素同位体比になったことが想定されます。よって、この個体が野生のイノシシではなくて、家畜化されたブタであった可能性が考えられるわけです。もしZooMSを用いていなかったら、ただの骨破片なのでヒトなのか動物なのかも全くわかりません。ZooMSと骨のコラーゲンの安定窒素・炭素同位体分析を組み合わせることによって、新しい研究が可能になったのです4)

さて、日本人の読者の皆さんは、小骨といえば、魚をイメージする方が多いのではないでしょうか。魚は人類にとっても重要な食料資源ですが、遺跡から出土する魚の骨は多くの場合はバラバラになった小片で、同定困難な場合がほとんどといいます。しかし、遺跡出土の魚骨を調べることにより、かつて行われていた漁労の方法や水産物の交易、食性、資源量や種の多様性、気候変動など、様々なことを明らかにできることが期待されています。よって、ここでもZooMSがその威力を発揮することになります。

ふたたびヨーク大学のリッチャー(Kristine K. Richter)博士らは、ZooMSが魚類に対しても有効であることを確かめるため、現生および遺跡出土のタイセイヨウニシン、タイセイヨウサケ、チャマス、タイセイヨウダラ、ホワイティング、シロガネダラ、ヨーロッパシーバス、イカナゴ、タイセイヨウサバ、イボガンギエイ、ヨーロッパツノガレイの骨を対象に実験を行いました。その結果、これらの種を区別するのに有効な89の生物指標(ある生物種に特有な化合物やその組み合わせ)を特定することに成功しました。こうした指標の有無を手がかりに魚種ごとの識別を試みたところ、図3のように魚種によって値の違いが明確に出る場合もあることが分かりました。また、現生のものと遺跡出土魚骨とではそれぞれの種に特徴的な化合物の残存度に違いはあるものの、それでも同定に有効な生物指標化合物が一部検出されることも明らかになりました(図4)5)

図3 生物指標となる可能性のある化合物の有無をもとに統計処理を行い、第一・第二主成分を用いて作成したプロット。種によって区別のしやすいもの、しにくいものがあることが分かる。注(5)文献より、著者の許可を得て転載。Reproduced by courtesy of Dr. Kristine Korzow Richter.

図4 現生のタラ(a)、形態をもとにタラと同定された遺跡出土の魚骨(b)、形態からは同定不能な魚骨(c)からそれぞれ得られたクロマトグラム。現生と比べて遺跡出土の試料には化合物の残存に差があるが、それでも同定に有効な化合物が確かに残っていることが分かる。 注(5)文献より、著者の許可を得て転載。Reproduced by courtesy of Dr. Kristine Korzow Richter.

最後に、ZooMSを利用した研究事例の極めつけともいえる、羊皮紙の研究を紹介します。西欧では、植物質の紙を用いる日本と違いまして、動物の皮革から作った紙で文章を記録します。これを英語ではParchmentといいます。日本語に訳すと「羊皮紙」とされますが、実は羊以外の動物の皮も用いられます。ウシやヒツジ、ヤギなどです。教会に保管されている聖書など、貴重な図書には羊皮紙が用いられています。ヨーク大学のフィッディメント博士(Sarah Fiddyment)らの研究は、これまで謎の多かった羊皮紙の材質を調べるために、ZooMSを適用しました。写真2は、何をしている様子か分かりますでしょうか。羊皮紙で作られた本のページの上に、右手で消しゴムをあてています。一方、わずかな消しかすが、左手でつまんだ紙切れの上に集められています。もちろん、消しゴムで文字を消そうとしているわけではありません。実はこれは、ZooMSで分析を行うためのサンプリングをしている場面です。消しゴムで羊皮紙の表面をそっとこすって消しカスに電荷をかけてやる。それだけでサンプリングが完了します。

写真2 羊皮紙からタンパク質情報を得るための非破壊サンプリングの様子。 Reproduced by courtesy of The John Rylands Library, University of Manchester.

こうして、一枚一枚のサンプルを調べていって、それぞれがどの動物の皮革が使われているのか同定します。サンプリングの方法は消しゴムでなでるだけ。実に簡単ですので、試料採取用のキットを文書の管理者に渡す場合もあるそうです。例えば、非常に貴重な文書で触れる許可が得られない場合、あるいは管理者だけが触れられるといった場合は、管理者にサンプリングキットを渡してしまいます。そして、「それぞれのページを消しゴムで撫でてください。私たちはそのカスだけくれればいいです」と言うと、「それなら協力しましょう」という運びになるわけです。試料を一切破壊せず、なでるだけで色々な事が分かったという、極めて優れた研究方法と言えます。この研究によって、羊皮紙とはいっても地域によって、ヤギを使ったりヒツジを使ったりあるいは子牛を使ったりと、それぞれ違いがあるということや、一冊の書物の中でも様々な素材の使い分けがあることが分かってきました6)

以上のように、タンパク質の指紋を読み取ることで、微細な試料から動物を同定するZooMSの研究手法は、考古学で明らかにできることの範囲を大きく広げているといえるでしょう。考古生化学の中でも特に注目されているこの分野、今後どんな新しい発見をもたらしてくれるのかが、とても楽しみです。

 

この記事を書くにあたり、以下の方々にご協力いただきました。記して感謝いたします。

山﨑健、江田真毅、Matthew Collins, Sarah Fiddyment, Kristine Korzow Richter.


(1)    Collins, M. et al. 2010. ZooMS: the collagen barcode and fingerprints. Spectroscopy Europe 22(2): 6-10.
(2)    Stewart, J. et al. 2013. ZooMS: Making Eggshell Visible in the Archaeological Record. Journal of Archaeological Science 40 (4): 1797–1804.
(3)    Demarchi, B. et al. 2016. Protein Sequences Bound to Mineral Surfaces Persist into Deep Time. eLife 5 (September). doi:10.7554/eLife.17092.
(4)    Charlton, S. et al. 2016. Finding Britain’s Last Hunter-Gatherers: A New Biomolecular Approach to ‘unidentifiable’ Bone Fragments Utilising Bone Collagen. Journal of Archaeological Science 73: 55–61.
(5)    Richter, K. K.et al. 2011. Fish ’n Chips: ZooMS Peptide Mass Fingerprinting in a 96 Well Plate Format to Identify Fish Bone Fragments. Journal of Archaeological Science 38 (7): 1502–10.
(6)    Fiddyment, S. et al. 2015. Animal Origin of 13th-Century Uterine Vellum Revealed Using Noninvasive Peptide Fingerprinting. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 112 (49): 15066–71.
   

参考 ZooMSについての解説動画(YouTube) “ZooMS: Species identification of parchment using peptide mass finger printing”;
     https://www.youtube.com/watch?v=xBAXaLvGe5I

庄田 慎矢(独)国立文化財機構奈良文化財研究所 主任研究員、英国ヨーク大学考古学科 名誉訪問研究員、同セインズベリー日本藝術研究所 客員研究員

1978年北海道釧路市生まれ。東京大学大学院修士課程、韓国忠南大学校博士課程修了。文学博士。著書に『青銅器時代の生産活動と社会』(学研文化社、2009)、『炊事の考古学』(共著、書景文化社、2008)、『AMS年代と考古学』(共著、学生社、2011)など。