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3次元実測が明かすアコリスの採石技術

小川 拓郎 / TAKUROU OGAWA

九州大学大学院 人間環境学研究院 学術研究員

鑿痕が明瞭に残るニュー・ミニヤ採石場址 提供:アコリス調査団

3次元実測というと、何か高度な技術であるということは理解される一方で、具体的にどのようなことをして、何を明らかにしているのか、ということについては伝わらない場合が多い。こうした問題意識を背景として、本稿では、採石場址の3次元実測の成果※1をもとに、紀元前3世紀頃のナイル川中流東岸における採石技術とその魅力を紐解いてみたい。

3次元実測の実際

3次元実測にはいくつかの技術があり、本稿で扱う技術は、対象物をx軸、y軸、z軸の空間上に無数の点座標の集まり(点群)として記録するもので、レーザー実測と呼ばれる。トランジットが図化の基準となる測量点をそれぞれ実測するのに対して、レーザー実測ではその測量点が百万、千万、一億といった数になると考えてもらうと分かりやすい。結果として、実測対象物が点描のようにxyz空間上に再現される(図1)。つまり、レーザー実測はトランジットによる記録作業の延長線上に位置付けられ、この点座標の集まりが分析の素材となる。実測対象物が数値化されているので、科学的な根拠に基づいて実測物の形状を評価・判断することが可能である。

図1 点座標の集合としての3次元実測データ 作成:筆者

採石場の在りのままの姿

次に、実際に記録した採石場址について見ていきたい。実測対象としているニュー・ミニヤ採石場は、ナイル川中流のミニヤ県、アコリス遺跡から南に約12km下った場所に存在し、プトレマイオス朝下※2で操業され、採石途中で放棄された遺構である(写真1)。ナイル川東岸の河岸段丘にサマルト層と呼ばれる良質な石灰岩を有す地層があり、この採石場もサマルト層の恩恵を受けている※3。周辺にも古代の採石場が確認される他、遺構とは異なる場所で現在でも石灰岩が採られており、煉瓦の大きさに切られた石灰岩は、周辺の村の建物にも使用されている。

 

筆者は2020年に当採石場の一区画(N区)を実測した。そこでは例外を除いて、溝を掘り下げていくことによって石材四方を母岩から独立させ、最後に石材下部を母岩から切り離すという採石方法(露天掘り)が確認された。溝の幅は概ね王のキュービット※4(およそ52.5cm)に近い長さであり、この溝の走り方によって切り出す石材の輪郭が決定される。溝が碁盤の目状に走る場合、規則的な形の石材を切り出すことが出来るのだが、実際には、溝は真っすぐに走ったり、あるいは曲がったりしているため、どのように溝を掘ったのか明確ではなく、理解し難いものであった。ここでようやく、レーザー実測データの出番がやってくる。

 

手仕事によって形づくられる古代の「モノ」は、場所・年代・種類を問わず、少なからず曲線を含んでいる。これは、幾何学的な形をしている場合もあるし、自由な形をしている場合もある。いずれも、図化する際に曲線の特徴点をなめらかに繋ぎつつ近似して描くことになるため、対象物の形を詳細に分析する場合は、例え熟練された記録者の図に基づいても、どうしても分析の客観性に影響が出てしまう。レーザー実測では先述の通り、曲線や曲面といった対象物の形も無数の点座標として記録するため、このような問題を解決した上で、形の詳細を論じることができる。実際に記録したデータからは、採石に係る在りのままの「溝」の形が得られた(図2)。

写真1 ニュー・ミニヤ採石場址実測対象区画とナイル川を望む 撮影:筆者

図2 実測対象の採石区画における溝の様子 作成:筆者

自然現象と人間の手仕事の狭間

採石における関心事の一つとして、地質の“癖”が挙げられる。癖とは、含有の鉱物ではなく、亀裂における一定のパターンのことを指しており、日本語では「石目」や「節理」といった言葉で表現される。例えば、ニュー・ミニヤ採石場は大きめの貨幣石(有孔虫の一種)が主な構成物質として挙げられ、これが無数に集まることで地層をなしている※5。構成要素が集合体となるときに、地層の石目の“癖”がさまざまな規模で現れる場合があり、こうした自然物の持つ特徴は、広義には「フラクタル」※6という現象として理解されている。3次元実測データを確認すると、複数の規模において、曲線の溝の走り方と岩盤の石目、あるいは亀裂の走り方が類似しており、相関性が認められた(図3)。結論から言うと、該当区画では自然亀裂に沿って溝を掘り進めていたことになる。以上のような内容は、3次元実測結果に基づく分析で明らかとなった事実である。

 

溝はのみで掘られたことが分かっているが、この作業が過酷であることは容易に想像がつく。溝を掘る際に、溝の両端を母岩から削り取る工程が存在するが、既に亀裂、あるいは石目があれば、片側を削り取るだけでよく、少しだけ作業の負担を軽減できる。つまり、自然亀裂に沿って採石することは、一定の大きさの石材が得られるものではないが、現実的に考えても十分に起こり得ることであった。

図3 採石場址にみられる溝と石目の相似形(上から、GoogleEearth、レーザー実測により著者作成、レーザー実測により著者作成、R. Klemm and D. D. Klemm, Stein und Steinbrüche im Alten Ägypten, Springer-Verlag (Berlin 1992), p441,fig.3.3)

採石における紀元前2世紀という時代

以上で確認した採石場の遺構は、鑿とくさびを携えて、圧倒的な自然を相手に採石を行った時代の産物である。だからこそ、現在確認できる遺構には、自然と人工の現象が入り混じり、難解ではあるが、現場は未だ多くの魅力的な謎であふれている。この魅力を、レーザー実測が明らかにした内容とともに、少しでも読者の方々に伝えることができたのであれば幸いである。

(注)
※1 該当の採石場では、2005年より九州大学教授の堀によってレーザー実測調査が行われており、筆者は2020年に実測調査に参加した。
※2 該当の採石場には王の年代の朱書きが描かれており、紀元前2世紀時点での操業が明らかとなっている。詳しくは、Y. Suto, “Greek Graffiti at Zāwiyat al-Sulţān”, in Preliminary Report Akoris 2006, Tsukuba, 2007, pp. 18-20.
※3 R. Klemm and D. D. Klemm, Stein und Steinbrüche im Alten Ägypten, Berlin, 1992, pp. 91-100, 441.
※4 肘から中指の先までの長さをもとに考案された、古代の長さの単位。
※5 Klemm and Klemm, op. cit., pp. 91-100. 
※6 松下 貢『フラクタルの物理(Ⅰ)基礎編』裳華房 2002

小川 拓郎おがわ たくろう九州大学大学院 人間環境学研究院 学術研究員

2018年九州大学大学院人間環境学府博士前期課程修了。2021年同大学院博士後期課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員DC2(2019年〜2021年9月)。九州大学人間環境学研究院学術研究員(2021年10月〜)。専門は西洋建築史(古代ローマ)。2014年よりイタリアを主としたレーザー実測調査に従事(イタリア・オスティア遺跡〈2014年〜〉、ポンペイ遺跡〈2014年〜〉、ヘルクラネウム遺跡〈2015年〜〉、ローマ・ラテラーノ地区・アンジェロ病院地下遺構〈2018年〜〉、エジプト・アコリス・ニューメニア採石場址〈2020年〜〉)、3次元実測に基づいた研究を行ってきている。

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