科学・化学
磁石が土器にくっついた!
ある昼下がり
「うちの土器に磁石がくっつくんですよ。」
突然、松原さんが変なことを言い出しました。頭でも打ったのかと心配しましたが、実際にこの目で見て唖然。
チャック袋に入れた磁石を土器片に近づけると、磁石が袋ごと吸い寄せられたのでした。他のどの土器片で試してみてもやっぱり同じ。
ふと脳裏をよぎったのは、なつかしのユリ・ゲラー。そう、テレビのまえでスプーンを曲げてみせ、日本中に衝撃をはしらせた「サイコキネシス(念力)」。
能力者?
近くにいたのは松原さんのほかに、太田さんと照屋さん。このなかのだれかが「能力者」 である可能性もあります。そこで、もう少しきちんと実験してみることにしました。
私の豊かな人生経験をフル活用し、精巧な実験器具をつくりました。名づけて「ウルトラ・ マグネット・リアクション・システム」。強力磁石を糸でつるし、ユラユラしないように片側にカベを立てるという優れものです。
ウルトラ・マグネット・リアクション・システム(略して UMRS)
やってみよう
磁石がピタッと静止したのを確認し、土器片を近づけてみます。するとやはり、磁石が土器に吸い寄せられることがはっきり分かりました。
土器を近づけると…
くっついた!
なにかを磁石に近づけるというのはたぶん、小学生のころ以来なかったでしょう。でも、そのとき習ったのは、磁石が反応するのは「鉄」であって、他のものにはくっつかないということだったはず。
ましてや「土器」に磁石を近づけるという、大の大人がやるべきでないおバカな感じが、ますます私たちに火をつけ、さらにいろんな土器で試してみたのでした。
実験結果
実験対象となったのは、沖縄県北谷町文化係のそこらへんにあった土器たちで、年代・種類いろいろです。「能力者」を特定するためにも、実験者も交代しながら実験を進めたところ、なんとも驚きの結果が得られたのでした(ちなみに、「能力者」は 1 人もいなかったと思われました)。
【反応があったもの】 ※同じ仲間でも反応がないものはある。
・縄文土器(曾畑式・室川下層式・船元式・大山式など)
・貝塚後期土器(入来式・大当原式・アカジャンガー式など)
・グスク土器
・カムィヤキ
・沖縄産陶器(無釉)
・瓦
・中国製陶器(北谷沖で沈没したインディアンオーク号の遺物)
・手作り灰皿(地元のクチャという土で最近つくったヤツ)
【反応がなかったもの】
・北谷でみつかった「亀ヶ岡系土器」
・信楽焼の大便器
・磁器
漢字だけ見るといかにもくっつきそうなのは磁器ですが、磁器の原料は「磁石(じせき)」 であって、「磁石(じしゃく)」とはまったく関係ないという、なんだかややこしいことも認識しました。
なぜ反応するのか
「この実験場所がナゾの磁場に覆われている」ということでもない限り、反応する土器には鉄分がふくまれているということなのでしょう。
土器の材料である粘土に、ヒトがわざわざ鉄分を混ぜ込んだのでしょうか?これまでの発掘人生のなかで、少なくともわたしは、そのような話は一度もきいたことがありませんし、 混ぜ込む理由もわかりません。そもそも「鉄」が貴重だったはずの沖縄にあって、そのような行為自体がかんがえにくい気がします。
となると、粘土自体にもともと鉄分がふくまれていた、とかんがえた方が自然ではないか?しかし、それにしても磁石に反応するほどの鉄分がふくまれているものなのか? 陶器の中には鉄をつかった上薬をかけるものもあるけど、あれはどうなのか?
いろいろと疑問がわくのでした。
調べてはみたものの
「熱残留磁気」あるいは「熱残留磁化」という言葉があるそうです。なんとなく今回の件に関係があるような気もします。
磁力をもつ磁性鉱物は、だいたい700°C以上まで温度が上がったのちに、ふたたび温度が下がる過程において、磁力を取り戻すとのこと。なるほど、ふつう土器は 800°C以上の高温で焼くわけなので、磁鉄鉱がふくまれていたならば、磁力をもっていてもいいのかもしれない。
でも結局、いまいちピンと来なかったのでした。
北谷の土器が珍しいのか?
この現象について、いろんな方にご意見をおうかがいしてみたのですが、「そんなこと今までかんがえたこともない」というのがほとんどでした。ってことは、磁石に反応する土器のほうが珍しいのかもしれない。 沖縄もしくは北谷の粘土には、じつは鉄分がたくさんふくまれている。あるいは、土器が埋まっていた土自体に鉄分がたくさんふくまれている。またあるいは、北谷という場所自体がナゾの磁場に覆われている。 こうなったら、ほかの土地の土器と比較してみなければなるまい。この決意のもと、全国の友人・知人に対して、「すみませんが、そちらの土器に磁石がくっつくか、試してみてもらえませんか?」という、なんとも人格を疑われるようなお願いをしたのでした。
各地の結果
かくして、「大の大人が土器に磁石を近づける」という、私たちの知人・友人による奇行が各地ではじまりました。世の中には優しいひとが多いようで、実験結果はすぐにたくさん 集まりました。
1.沖縄県恩納村
北谷町とほぼ同じ結果。
2.埼玉県新座市(埼玉の南部)
縄文時代後期の安行式土器その他で実験したが、いずれも反応なし。
3.埼玉県坂戸市(埼玉の中央部)
50 点ほど試したところ、弥生後期〜古墳前期の吉ヶ谷式土器 1 点だけ反応あり。
4.岐阜県高山市
縄文土器(中期)・須恵器・土師器・瀬戸物・瓦・石器、いずれも反応なし。
5.エジプト
ナイルシルトで作られた紀元前 3500〜1300年ころのエジプトの土器片(個人所有)数点で試したが、反応なし。
6.鹿児島県鹿屋市(大隅半島)
時期不明の土器ではあるが、磁石にピッタリとくっつくものあり。
7.宮城県仙台市
縄文土器(宝ヶ峰式・大洞式)・須恵器・土師器・陶器の半数ほどに反応あり。縄文土器と陶器には、それ自体が磁力をもっているものも少なからずあり。
8.愛知県常滑市
常滑焼の真焼・赤物製品に試したが、反応なし。ただし、鉄釉の壺の釉薬部分には、かすかな手ごたえあり。その後、縄文土器・弥生土器・鎌倉時代の陶器・古瓦も試したが、 やっぱり反応なし。
9.埼玉県杉戸町(埼玉の東部)
縄文土器(前期から後期まで多種多様)は、ほぼ反応あり。須恵器は、産地によって反応あり。土師器はほとんどのものに反応あり。
10.愛媛県
今治平野南西部(弥生中期末・後期末・古墳初頭):反応なし。
松山平野(古墳初頭):反応なし。
南予南部山間部(縄文後期):反応なし。
中予山間部(縄文早期・後期):反応なし。
※ 東予方面の地質帯のかなりの部分は領家花崗岩類なので、磁鉄鉱をふくむイメージが あったが、それでも反応はなかった。
11.福井県敦賀市
弥生時代後期後半〜古墳時代前期前半頃の土器(在地系の他、山陰・北近畿等の土器も混じっているように思われる)40〜50 点を試したが、反応なし。
12.鹿児島県鹿児島市(薩摩半島)
鹿児島市内の粘土(いわゆるチョコ層)を材料にして、うちの嫁がこしらえた「湯呑み」 と「皿」らしきもの。まったく反応なし。
13.京都府京都市
縄文土器・弥生土器・土師器・須恵器・石剣・石斧・玉を試したが、いずれも反応なし。
ついでに個人蔵の唐津焼も反応なし。佐賀県のデータも得ることができた。
14.鹿児島県喜界町
縄文時代後期・晩期の土器(面縄西洞式・宇宿上層式・喜念I式)のほとんどで反応があり。
分析
みんながみんな、UMRS(ウルトラ・マグネット・リアクション・システムのことです)を使用している訳ではなく、使っている磁石の強さもマチマチでしょうから、そのへんはすこし割り引いてかんがえなければなりませんが・・・。
確実に言えることは、「反応するものとしないものがある」ということです。まったく反応がなかった地域の方々には、ただ単に奇妙な行動をしている「変人」というレッテルが貼られてしまったことでしょう。ゴメンなさい。
・ 沖縄・奄美・仙台では、反応が良い。・・・1、7、14
・ 埼玉や鹿児島では、反応があるところとないところがある。・・・2、3、6、9、12
・ 四国から中部までは、今のところ反応するところがない。・・・4、8、10、11、13
・ 産地のちがう須恵器には、反応に違いがある。・・・9
・ 反応のうすいところでも、たまにくっつく。・・・3
元になる粘土がどこのものか、というのが大きいように思えますが、個体差もないわけではないようです。
全国実験地図
今回のことが何かの役に立つのならば、それに越したことはありませんが、考古学的な意義があるのかは、正直わかりません。しかし、常識の外にトライすることが、奇跡的に何かをもたらしてくれるかもしれません。
全国規模でおこなったこの壮大な実験は、お金も手間も知識もいらず、それでいてなんか楽しいということだけは実感しました。
このコラムを目にする方がどのくらいおられるかは分かりませんが、少しでも興味をお持ちになったならば、身のまわりにある土器や焼物に磁石を近づけてみてはいかがでしょうか? もし磁石に反応があれば、なんだかとっても嬉しくなります。もし反応がなくても、少し恥ずかしい気持ちになるだけで、それ以上の痛手は特にはありません。
そして、もしよければ、その結果を本サイトの「お問い合わせ」までご一報ください。みんなで「全国実験地図」を作りましょう。