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科学・化学

考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」7 ― 国際ミレット年がやってくる

庄田 慎矢 / Shinya SHODA

(独)国立文化財機構奈良文化財研究所国際遺跡研究室長、英国ヨーク大学考古学科名誉訪問研究員、同セインズベリー日本藝術研究所客員研究員

キビ(筆者撮影)

植物を「文化遺産」と呼ぶのを意外に思われるかもしれませんが、今回扱うアワ、キビ、ヒエなど、日本で「雑穀」と呼ばれている穀物は、人類の長い歴史をふりかえれば、時代や地域によってはコメやムギよりもはるかに重要な役割を果たすべく人間に育てられた、立派な文化的所産です。SDGsを目標に掲げた国際社会で今見直されているこれらの雑穀(ミレット)、その歴史を遡って、あらためて価値を見直してみましょう。

なお、「雑穀」という呼び名には注意が必要です。「イネやムギなどの主穀以外のもの」という非常に広い意味で使われる場合もあるために、英語圏でアワ、キビ、ヒエなど様々な小粒の穀物を意味するミレット(Millet)と、かならずしも対応しないことがあるからです。日本ではアワ、キビ、ヒエというように雑穀ごとに全く別の名前で呼びますが、英語圏ではFoxtail millet, Broomcorn millet, Barnyard milletというように、多くは後ろにmilletという言葉がつくので、一つのグループとして認識されやすいという違いがあります。

これは、日本では小麦・大麦が同じ「麦」のグループとして認識されているのに対し、英語圏ではWheatとBarleyという別の名前で呼ばれている現象と、好対照をなしています。こんなところにも、農作物に対する洋の東西での認識の違いが表れているようです。

2023年は国際雑穀(ミレット)年

国連食糧農業機関(FAO)は、2023年を国際雑穀(ミレット)年(International Year of Millets)と定めました。その理由は、以下の通りです。ミレットは、高い栄養価を持ち、7000年以上も前から、そして何億人もの人々によって伝統的な主食として食べられ、現在でも世界中で栽培されています。他の穀物に比べて、痩せた土壌や悪条件・乾燥条件下でも生育できるという利点があります。

しかし、大規模栽培に適したイネやムギに圧倒され、多くの国でミレットの栽培量は減少しており、気候変動や食糧安全保障に対応できる作物としての潜在的な可能性が十分に発揮されているとは言えません。そこで、消費者、生産者、関連する意思決定者の、雑穀の多様性と栄養学的・生態学的利益への理解を向上させる必要性から、インド政府によって国際ミレット年(2023年)が提案され、第75回国連総会で承認されました。国際ミレット年は、①食糧安全保障と栄養に対する雑穀の貢献についての認識を高めること、②雑穀の持続可能な生産と品質の向上について関係者を奨励すること、③研究開発と普及サービスへの投資強化に焦点を当てて上記2つの目的を達成すること、を目的としています。

世界農業遺産「にし阿波の傾斜地農耕システム」

写真1 傾斜地に立地する落合集落の景観(筆者撮影)

日本でも、かつてのように雑穀栽培が盛んには行われていませんが、近年その注目度は高まっていると言えるでしょう。例えば、徳島県西部の「にし阿波」と呼ばれる地域(美馬市・三好市・つるぎ町・東みよし町)では、急峻な傾斜地を利用した雑穀栽培を中心として生まれた山村景観や食文化、農耕にまつわる伝統行事などのあり方が、「にし阿波の傾斜地農耕システム」として2018年に世界農業遺産に認定されました。

どのくらい傾斜しているかを、落合集落を例にとるならば、一番標高の高いお宅から一番低い標高のお宅まで、高低差がなんと390mもあります(写真1)。実際に現地を訪れると、耕作地の急傾斜を体感できます。耕作地の傾斜は30度以上に及ぶ場合もあり、あわ・こきび(キビ)・ひえ・そば・たかきび(モロコシ)・やつまた(シコクビエ)などが栽培されています。このような傾斜地ではイネやムギの大規模単一栽培は難しいので、環境に応じて多品目を少量ずつ栽培する生業戦略がとられたのでしょう。このような農業のあり方は、日本だけでなく、世界各地の傾斜地・高地における農業のあり方に大きな示唆を与えるものとなっています。地元の自治体も、雑穀サミット(写真2)を開催するなど、農産業・観光業の振興に力を入れているようです。

写真2 「雑穀サミットinにし阿波」で小学生たちが雑穀栽培の体験談をプレゼンテーションしている様子(筆者撮影)

キビ 〜マジカルな黄色い粒

さて、皆さんに最も身近な雑穀といえば、なんでしょうか。私はキビだと思います。その理由は、キビが広く食べられているからではなく、あの有名な昔話のためです。岡山駅東口に降りると、堂々たる桃太郎像を見ることができますが、桃太郎の腰にはきびだんごが入っていると思われる巾着袋、そして猿の手には、きびだんごらしき、大きな丸い物体を確認できます(写真3)。栄養満点のきびだんごの材料となるキビは、いつごろから食べられていたのでしょうか?

写真3 岡山駅前の桃太郎像。歌の通り、桃太郎さんの腰にはきびだんごが入っているとおぼしき巾着が下がっており、猿は大事そうにきびだんごを握っている模様。確かに食べ応えはありそうですが、この後の鬼退治という命懸けの重労働を考えると、対価としてはどうでしょうか(筆者撮影)

ここで考古学の出番がやってきます。とは言え、1ミリほどの大きさしかないキビ粒は、遺跡からはそうそう簡単に見つけることはできません。焼け焦げてたまたま残った穀粒を、浮遊選別法(註)という方法を使って遺跡の土壌から回収した研究によって、現在の中国の内蒙古地域で約8000年前にはキビが利用されていたことが明らかになりましたが、広大なユーラシア大陸、このようなきめ細かな調査が行われている遺跡は多くありません。また、遺跡はいったん調査されてしまうと、少なくとも掘削した範囲は失われてしまうので、後からもう一度探すことができません。他に良い方法はないものでしょうか?

 

2015年8月、イギリスのヨーク大学で、韓国の遺跡出土土器の胎土から残存有機物を抽出する実験を行っていた私は、仲間たちとともに、ある発見をしました。見つけたのは、胎土の中に残されていたミリアシンという化合物(図1)で、これは、奇しくも日本人学者の伊藤半右衛門博士が1934年にキビから抽出して得た新化合物をそう名付けたものです。この化合物は、キビの種子の部分に特徴的に含まれるというだけでなく、アワをはじめ他の穀物類には見られないという特徴がありますので、キビの存在を知らせる生物指標(バイオマーカー)としての役割を果たします。

ミリアシンは、湖底堆積物などの地質学的試料からは抽出例が知られていましたが、土器という人工遺物から検出・同定したのはこの例が初めてで、大変興奮したことを覚えています。当時の私が同僚にあてたメールを読み返すと、「この発見は東アジア考古学におけるブレークスルーだ!」と声高に宣言しています。キビがその時代、その場所にあったということだけでなく、それが土器によって煮炊きされていたという直接的な証拠になるからです。私たちの研究成果をうけて、現在、ミリアシンを土器胎土から検出することは多くのラボで行われるようになり、土器によってキビが調理加工された直接的証拠が世界各地で蓄積されています。

図1 ミリアシン(オレアン‐18‐エン‐3β‐オール)の構造式

これらの発見の中には、キビのアジアからヨーロッパへの伝播を探るうえで鍵となる地域であるのにもかかわらず、これまでほとんど空白地帯であった中央アジアの事例も数多く含まれます。手前味噌ですが、私たちの研究グループによる近年の研究で、すでに公表したものだけでも事例は30を超えており、キビの伝播経路や利用形態を考える上で新しい情報を提供しています。今後世界各地で、さまざまな時代にキビがどのように利用されていたのかが明らかにされていくことが期待されます。それとともに、「雑穀」と呼ばれる植物の重要性について、生物多様性の観点から改めて現代社会に問いかけることが可能になるでしょう。

 

(註)

遺跡から植物遺体を効率よく回収するために、発掘現場等で使用される考古植物学的サンプリング手法の一つ。通常の発掘調査では見落とされてしまうような、穀物や種子などの小さな発見物を採集することができます。20世紀初頭に発明され、今日でも炭化した植物遺体を回収する最も一般的な方法です。この方法では、乾燥した土を水に入れてかき混ぜることにより、その中に含まれる種子や木炭などの軽い物質を浮き上がらせて回収します。

 

<参考文献>

庄田慎矢・Edward Standall・村上夏希 2021「キビの起源と拡散をめぐる考古生化学的探究」『雑穀研究』36:1-8.

Heron, C., Shoda, S., Breu Barcons, A., Czebreszuk, J., Eley, Y., Gorton, M., Kirleis, W., Kneisel, J., Lucquin, A., Müller, J., Nishida, Y., Son, J.-H., & Craig, O. E. (2016) First molecular and isotopic evidence of millet processing in prehistoric pottery vessels. Scientific Reports 6, 38767. doi: 10.1038/srep38767

Murakami N., Onggaruly A., Rakhimzhanova S., Standall E. A., Talbot H. M., Lucquin A., Suzuki M., Karimagambetov A., Nuskabay A., Nam S., Craig O. E. and Shoda S. (2022) Lipid residues in ancient pastoralist pottery from Kazakhstan reveal regional differences in cooking practices. Frontiers in Ecology and Evolution. 10:1032637. doi: 10.3389/fevo.2022.1032637

<参考URL>

土器残存脂質分析の方法とカザフスタンでの実践 https://www.youtube.com/watch?v=WU68AWxqaOs

庄田 慎矢(独)国立文化財機構奈良文化財研究所国際遺跡研究室長、英国ヨーク大学考古学科名誉訪問研究員、同セインズベリー日本藝術研究所客員研究員

1978年北海道釧路市生まれ。東京大学大学院修士課程、韓国忠南大学校博士課程修了。文学博士。編著書に『アフロ・ユーラシアの考古植物学』(クバプロ、2019)、『青銅器時代の生産活動と社会』(学研文化社、2009)、『炊事の考古学』(共著、書景文化社、2008)、『AMS年代と考古学』(共著、学生社、2011)、An Illustrated Companion to Japanese Archaeology 2nd edition(共編、Archaeopress、2020)など。