コラム

HOME /  コラム /  考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」6 ―過去の授乳と離乳について知る

科学・化学

考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」6 ―過去の授乳と離乳について知る

庄田 慎矢 / Shinya SHODA

(独)国立文化財機構奈良文化財研究所国際遺跡研究室長、英国ヨーク大学考古学科名誉訪問研究員、同セインズベリー日本藝術研究所客員研究員

図1土器の哺乳瓶でミルクをのむ赤ん坊のイメージ(画:伊東菜々子)

子育ては、私たち人類(あるいは地球上の生き物)の永遠のテーマです。特に、生まれたばかりの赤ん坊の世話は、当事者になったどんな人でも、頭を悩ませるものでしょう。先史時代や歴史時代の人々は、どのように赤ん坊に授乳をし、離乳させていたのでしょうか?考古学でこのような問いかけをすることは、前世紀まではとても考えが及びませんでしたが、最近の考古生化学の研究が、新しい知見を提供しています。

授乳のさまざまなあり方

現代の私たちに親しみのある粉ミルクは、19世紀後半のヨーロッパで製造が始まり、日本で用いられるようになったのは20世紀に入ってからと言われています。それ以前、遅くとも江戸時代以降の日本では、母乳で子供を育てることが「自然」とされ[1]、春日局(かすがのつぼね)のような有名な歴史上の人物の存在に象徴される「乳母」の存在からも、育児における授乳の重要性が高かったことは、論を俟たないでしょう。WHO(世界保健機関)も、理想的な成長、発達、健康を促すために、生後6カ月まで母乳のみの育児を行い、 その後は適切な食事を補いながら2歳半かそれ以上まで母乳を与え続けることを推奨しています。

 

では、このような母乳による育児は、人類始まって以来、粉ミルクの導入まで、数百万年間途切れることなく続いてきたものなのでしょうか?現代のさまざまな民族事例を比較したセレンとスメイ(Sellen & Smay, 2001)による研究を参考にすると、授乳・離乳のあり方は、地域や時代によって極めて多様であることが分かります。現代でさえ授乳に関する多様なあり方がみられるのですから、いわんや過去をや。それでは、文字のない時代について、授乳や離乳がどのようであったかの多様性を知るには、どうしたら良いのでしょうか。ここでは、二つの考古生化学的な方法を用いた研究について、見ていくことにします。

母親を”食べて”いる?安定同位体を用いた追跡法

遺跡から出土するヒトの骨や歯を対象に、その安定同位体比を調べることで、離乳の問題に迫ることができます(Jay, 2009)。安定同位体分析についてはこの連載の第1回でごく簡単に触れましたが、もう少し詳しく見てみましょう。

図2に示すように、横軸の安定炭素同位体比は、C3植物とC4植物という異なる光合成回路をもつ植物群によって大きく分かれます。一方、縦軸の安定窒素同位体比は、被食―捕食関係から成り立つ栄養段階が進むにつれて、その値が高くなっていきます。具体的には、植物を食べるプランクトンを小魚が食べ、その小魚を大型の魚が食べ、それをさらに海獣が食べるといったような食物連鎖です。このように、被食者が食物として捕食者の体内に取り込まれる代謝の過程で、軽い同位体が優先的に排出される「同位体分別効果」が起こることで、捕食者の方が被食者よりも安定窒素同位体が3〜4‰ 高くなります。また、陸上よりも水中の方が食物連鎖は長くなる傾向がありますので、海に棲む生物の安定窒素同位体比は、陸上の生物に比べて高くなる傾向があります。

図2 窒素・炭素安定同位体比と食物連鎖・栄養段階の関係

さて、生き物の窒素安定同位体比が、栄養段階が上がるごとに高くなることはすでに述べましたが、出土人骨のコラーゲンを調べることで、過去の生物についても同様の検討をすることができます。

今回のテーマである授乳の場合、同位体化学的な見方では、母親が「被食者」、乳児が「捕食者」という関係とほぼ同等で、乳児の窒素同位体比は母親のそれよりも2〜3‰ほど高くなることが分かっています。この関係は、遺跡から出土する人骨においても同様に見られることが期待されます。ただし、実際の出土人骨の中から母子関係にあった二つの個体を同定することは難しいので、一つの墓地遺跡から出土した複数の成人女性と、複数の小児の間での比較を行うことが現実的です。イギリスの中世の遺跡の墓地での分析結果では、2歳ごろを境に安定窒素同位体比に明瞭な変化が見られました(Richards et al., 2002、図3)。

図3 中世のウォーラム・パーシー墓地出土(イギリス、東ヨークシャー州)の幼児・子供の骨コラーゲンの安定窒素同位体比(δ15N)。実線はこの遺跡における成人の安定窒素同位体比の平均値、点線はその平均値からの1標準偏差を示す。(Jay, 2009)より加工転載。2歳を境に、安定窒素同位体比が落ち込む、つまり授乳が行われなくなったか低調になったかがみてとれるとともに、2歳以降では成人よりも幼児のほうが低い値を示すため、成人よりも植物の摂取量が多かった可能性がある。

日本では、蔦谷らによって、出土人骨の安定同位体分析を用いた縄文時代(Tsutaya et al., 2016)や江戸時代(Tsutaya et al., 2019)の離乳についての研究が行われました。

前者の研究では、縄文時代の遺跡である、愛知県の吉胡(よしご)貝塚から発掘された小児の骨(46個体)と成人の骨(47個体)が分析され、3歳半頃に離乳が終わっていたと判断されました。これは、現代に知られる狩猟採集集団の離乳終了年齡と比べると比較的遅めであるという、意外な結果が得られました。土器や植物質食料資源の豊富な縄文時代には、むしろ離乳終了年齡は早めであろうと予想されていたからです。

また、後者の研究では、江戸時代の遺跡である、大阪府の堺環濠都市遺跡から出土した小児人骨64体が分析され、もっとも確率の高い離乳終了年齡は1年11ヶ月と推定されました。これは、当時さかんに出版されるようになった育児書にある、3年程度という授乳期間よりも明らかに短いものでした。むしろ、この研究であきらかになったような短い授乳期間への対応措置として、育児書の内容が長めの授乳期間を推奨していた可能性も提示されました。

先史時代の哺乳瓶?

以上に紹介したヒトの骨や歯の研究から、授乳や離乳についてのいろいろな情報が得られたことはお分かりいただけたかと思います。しかし、離乳にあたってどのような食事、すなわち離乳食が用いられたのかは、これだけでは分かりません。実際に、地球上ではさまざまなパターンの授乳や離乳が行われています。例えば、ケニヤのトゥルカナ族のように、母乳を無制限に与えつつもラクダやウシのミルクを発酵させたバターを生後2週間から与え、その後3ヶ月後にラクダの乳、6ヶ月後に牛乳、さらにその後にヤギの乳を与えるという、かなり複雑な例もあります(Howcroft et al., 2012)。乳製品以外にも穀物が離乳食に用いられるケースも多く、バラエティは無限に広がります。過去の離乳食について、どのくらいのことが分かっているのでしょうか?

 

ハウクラフト(Howcroft)らは、ヒトと動物のミルクに含まれる栄養素の違いや民族事例などを調査して、動物を家畜化したヨーロッパの新石器時代において、ウシ、ヤギ、ヒツジのミルクがヒトの母乳の代わりに用いられた可能性を検討しました。その結果、これら反芻動物のミルクはヒトの乳よりもタンパク質の含有量が高く乳児の代謝にストレスを与える可能性があるため、動物性ミルクは母乳の消費量の減少を十分に補うことはできないものの、発酵乳製品は貴重な離乳食になっていた可能性がある、と結論づけています。この、過去の離乳食に動物のミルクが用いられたのかどうかという問題に関して、数年前に興味深い研究事例が発表されました。

図3 デュネらが分析対象とした土器と同じ考古学的文化に属する小型土器のイラスト(画:伊東菜々子)。いずれも器高は10cm程度かそれ未満で、尻尾の部分に孔が空いています。分析の対象となった土器はこれらよりも装飾性の低いものでしたが、ひょっとすると、これらも乳幼児に離乳食を与えるのに用いられていたかもしれません。

デュネ(Dunne)らの研究(Dunne et al., 2019)では、ドイツのバイエルン州の青銅器時代(アウグスブルク・ハウシュテッテンAugsburg-Haunstetten遺跡、1200-800BC)と鉄器時代(ディエフルト・タンクシュテッレDietfurt-Tankstelle遺跡およびディエフルト・テニスプラッツDietfurt-Tennisplatz遺跡、800-450BC)の幼児の墓からそれぞれ発見された3つの小さな注口付き土器が分析され、その容器に入っていた食品についての化学的証拠が提示されました。

図4 反芻動物の乳に由来する脂肪酸の炭素安定同位体比による識別 (Dudd & Evershed, 1998)。異なる動物の脂質が、明確に異なる同位体比を示すことが見てとれる。

この研究に用いられた方法が、この連載の第2回でも紹介した、土器残存脂質分析です。出土状況や器形を根拠に、幼児に食事を与えるのに用いられていたと推定されるこれらの土器から抽出された脂質を調べたところ、反芻動物のミルクが含まれていたことが分かりました。このことから、当時の社会において、離乳食を確保し集団規模を拡大していく上で、家畜の乳が重要な役割を果たしたという仮説が提示されました。

 

これら3点の土器は全て、子供が埋葬されていた墓に副葬されていました。土器に残された残存有機物からミルクの痕跡を同定するのは、脂質分析の得意とする対象です。この研究から20年ほど遡る1998年に、すでにドゥド(Dudd)らによって、反芻動物の乳に由来する特定の脂肪酸の炭素安定同位体比は、他の脂肪とは明らかに異なる値を示すことが明らかにされていました (Dudd & Evershed, 1998)。

図4に示すように、2つの脂肪酸の安定炭素同位体比の差の値が、乳製品では著しく低い値を示すのです。

 

この研究の新しさは、人類史上の重要な問題について検討するために、土器の形や出土状況という考古学的情報と、それを検証するのに適した生化学的分析方法を組み合わせて一定の結論を導いた、というところにあると言えそうです。このような、考古学的な情報や問題意識と、生化学的な分析方法をうまく組み合わせた研究が、これからも次々と生み出されることを期待したいですね。

 

本稿の作成にあたり、蔦谷匠博士よりご教示を頂きました。記して感謝いたします。

 

 

梶谷 真司2009「母乳の自然主義とその歴史的変遷一附 岡了充『小児戒草』の解説と翻訳」『帝京大学外国語外国文化』2: 87-163.
蔦谷匠・米田穣2015「子供の骨から離乳年齢を探る」『考古学ジャーナル』671: 20-23.
Dudd, S. N., & Evershed, R. P. (1998). Direct demonstration of milk as an element of archaeological economies. Science, 282(5393), 1478–1481.
Dunne, J., Rebay-Salisbury, K., Salisbury, R. B., Frisch, A., Walton-Doyle, C., & Evershed, R. P. (2019). Milk of ruminants in ceramic baby bottles from prehistoric child graves. Nature, 1–3.
Howcroft, R., Eriksson, G., & Lidén, K. (2012). The Milky Way: The implications of using animal milk products in infant feeding. Anthropozoologica, 47(2), 31–43.
Jay, M. (2009). Breastfeeding and Weaning Behaviour in Archaeological Populations: Evidence from the Isotopic Analysis of Skeletal Materials. Childhood in the Past, 2(1), 163–178.
Richards, M. P., Mays, S., & Fuller, B. T. (2002). Stable carbon and nitrogen isotope values of bone and teeth reflect weaning age at the Medieval Wharram Percy site, Yorkshire, UK. American Journal of Physical Anthropology, 119(3), 205–210.
Sellen, D. W., & Smay, D. B. (2001). Relationship between subsistence and age at weaning in “preindustrial” societies. Human Nature , 12(1), 47–87.
Tsutaya, T., Shimatani, K., Yoneda, M., Abe, M., & Nagaoka, T. (2019). Societal perceptions and lived experience: Infant feeding practices in premodern Japan. American Journal of Physical Anthropology, 170(4), 484–495.
Tsutaya, T., Shimomi, A., Fujisawa, S., Katayama, K., & Yoneda, M. (2016). Isotopic evidence of breastfeeding and weaning practices in a hunter–gatherer population during the Late/Final Jomon period in eastern Japan. Journal of Archaeological Science, 76, 70–78.

[1] 梶谷 真司2009「母乳の自然主義とその歴史的変遷一附 岡了充『小児戒草』の解説と翻訳」『帝京大学外国語外国文化』2: 87-163. 同論文には、明治時代に、実母-乳母-牛乳-人工乳という「望ましい乳」の序列が新たに形作られたことも指摘されている。



【考古学の新しい研究法「考古生化学: Biomolecular Archaeology」シリーズ】

1-考古生化学とは何か-(https://www.isan-no-sekai.jp/report/2078)

2-土器残存脂質分析-(https://www.isan-no-sekai.jp/report/2084)

3 -ZooMS(質量分析計を用いた動物考古学)-(https://www.isan-no-sekai.jp/report/3589)

4 -歯石と口腔微生物叢-(https://www.isan-no-sekai.jp/report/4241)

5 ―人類進化の温泉説?土壌に遺された有機化合物からの新仮説(https://www.isan-no-sekai.jp/column/8580)

庄田 慎矢(独)国立文化財機構奈良文化財研究所国際遺跡研究室長、英国ヨーク大学考古学科名誉訪問研究員、同セインズベリー日本藝術研究所客員研究員

1978年北海道釧路市生まれ。東京大学大学院修士課程、韓国忠南大学校博士課程修了。文学博士。編著書に『アフロ・ユーラシアの考古植物学』(クバプロ、2019)、『青銅器時代の生産活動と社会』(学研文化社、2009)、『炊事の考古学』(共著、書景文化社、2008)、『AMS年代と考古学』(共著、学生社、2011)、An Illustrated Companion to Japanese Archaeology 2nd edition(共編、Archaeopress、2020)など。