本誌特集

HOME /  本誌特集 Vol.32「城郭の調査と保存と活用」 /  城跡整備の現状と課題

Vol.32

Vol.32

城跡整備の現状と課題

千田 嘉博 / Yoshihiro Senda
奈良大学 文学部文化財学科 教授

立体復元した石川県金沢城の橋爪門 提供:著者

「城」人気の拡大

写真1 2017年開催の「第24回全国山城サミットin佐野」の様子 提供:著者

城ブームといわれて久しい。しばらく前まで「城好き」は特殊な趣味の人と分類され、家族や知人から尊敬を得られることはなかった。また城に熱中するのは中年以降の男性ばかりで、若者はもちろん、女性はとても少なかった。そうした時代にお城少年になって今日に至った私は、長い間変わった人と認識されていたと思う。

 

ところが今や大変多くの人々が城に関心をもち、城を訪ねて充実した時間をすごしている。テレビで活躍する芸能人も城好きを公言して恥じ入るどころか、かえって知的イメージが増進するようになった。驚くべきことではないか。公益財団法人日本城郭協会が主催して2016年から開催している「お城 EXPO」は、クリスマスという最も個人的な趣味に時間を割きにくい期間の開催にもかかわらず好評である。会場には多くの若者や女性が全国から駆けつけてくださっている。1994年にスタートし、2018年で第25回を迎える「全国山城サミット」も人気である(写真1)。もう城はブームではなく、一つの趣味として定着した。

市民に開かれた歴史探求としての城歩きが実現した理由には、城への関心をもつきっかけが多様化したことがあげられる。私がお城少年だった頃、中世の城が整備されるのは夢のようなことだった。どの城も草木に埋もれ、ジャングルをかき分けて探険するのが当たり前で、それが城歩きだと思っていた。そもそも発掘調査の対象として中世城郭は十分意識されておらず、次々と破壊されてもいた。しかし文化庁が補助事業として進めた中世城郭の分布調査を契機に、埋蔵文化財包蔵地として遺跡地図に示して周知化し、考古学的な城の究明が進んだ。

 

そして各都道府県の主要な城を史跡に指定し、保存管理計画あるいは保存活用計画にもとづいた計画的な調査によって、平面表示や立体復元した城が全国に出現していった。城の構造と歴史的な特徴をわかりやすく示した城を訪ねれば、誰もが五感で歴史を体感できる。もうヘビに遭遇したり、くもの巣に引っかかったりせずに、楽しく城を探険できる。適切に整備した城が各地に増えたのが、城歩き趣味成立の大きな要因だと思う。

 

さらに従来の歴史小説に加え、ゲームやマンガ、ドラマ・映画・2.5次元の演劇な どで、刀剣と武将が圧倒的な人気を得たのも、城への関心が高まった理由である。刀剣にせよ武将にせよ、その活躍の舞台となったゆかりの場所は、現実的には城になる。こうして刀剣・武将人気も、城歩き趣味の隆盛に寄与している。

「整備」という名の破壊を防ぐ

多くの市民が城への関心を高めたことで、城の整備を政治的な課題として意識した動きも目立ってきた。たとえば2017年に実施した名古屋市長選挙では、名古屋城天守の木造復元が候補者の選挙公約になった。2018年6月に国会で可決・成立した文化財保護法の改正では、文化財行政の首長部局への移管をうたっており、今後も首長発で城の整備を実施しようとする動きは、さらに活発になるに違いない。

 

しかし政治的な思惑で、城の立体復元が適切な学術調査や研究の手順を踏まずに行われるとすれば、極めて深刻なことである。昭和時代に、実際には天守も石垣もなかった中世の城を破壊して、整備と称してどれだけ鉄筋コンクリートの天守を建ててきたことか。

 

たとえばある城は、1584(天正12)年に起きた小牧・長久手の戦いで秀吉の軍勢に急襲されて落城した歴史をもつが、1987年に五重の天守と石垣をつくるまで、土づくりのみごとな城郭遺構が完存していた。しかし天守や石垣の「整備」は、実際には本物の城の遺構を大規模に破壊した。このような「整備」という名の破壊をくり返してはならない。

 

文化財を観光に活かすことは今後の文化財にとって重要な視点だが、自治体にしっかりとした学術調査・研究組織を設置して、文化財としての城の整備においてできること/できないことを自立的に判断する仕組みが一方になくては、文化財を破壊して活かそうとする「整備」を止められない。名護屋城と陣跡群を調査・整備してきた佐賀県立名護屋城博物館や金沢城の石川県金沢城調査研究所、熊本城の熊本城調査研究センターなどが城については、あるべき組織の手本になると思う。

新しい調査技術の活用と課題

図1 唐沢山城(栃木県佐野市)の航空レーザー測量図 提供:佐野市教育総務部文化財課

新しい調査技術が城の整備に与えた影響も大きい。特に注目されるのは三次元レーザー測量である。先に記したように中世の城は草木に覆われてきた。このため従来型の航空写真測量では、城の遺構を適切に把握できず、別途現地での測量が不可欠だった。しかし見通しの悪く急傾斜も多い城を的確に把握するのは困難を極めた。しかし航空レーザー測量を城に用いるようになって、地表の遺構や地形を正確に把握できるようになった(図1)。さらにその成果を動画化したり、3Dプリンターで立体模型化したりして多様な活用が実現した。

ところがこうした新しいデジタル測量の成果を使いこなす環境が、自治体の文化財部局に整っていない事態も各地で相次いでいる。たとえばある自治体は城の航空レーザー測量を専門の測量業者に発注したが、納品されたのはデータを収録したディスク1枚。結局、測量成果を見ることさえできなかった。またある自治体では、点群データとそれを展開するソフトの納品を受けたが、役所のパソコンは32ビットで動いていたため、64ビットのパソコン環境を要求するソフトを起動してデータを活用することはできなかった。

 

いずれも測量会社側にも役所側にも問題があるが、大規模な山城の航空レーザー測量の点群データは膨大な量になり、役所にある普通のパソコンでは展開すらできない。こうした問題は次第に解決していくと思われるが、大学教育でもデジタル測量の基本や運用を教えていく必要がある。

文化財的価値と安全性を尊重した石垣整備を

そして現在、城跡の整備の現場で最も大きな問題になっているのは石垣の調査と評価、それにもとづく具体的な保全措置や解体修理のあり方である。ひと昔前まで、文化財石垣の修理は自治体が入札を行い、応札した業者が誰でもできる状態がつづいていた。しかし現在ではわが国の伝統的な石垣技術は、文化庁による選定保存技術とされており、姫路市に本部を置く文化財石垣保存技術協議会が、技術の研究と継承を推進している。文化庁も『石垣整備のてびき』をまとめて指針を示した。こうした取り組みによって、文化財としての石垣保全や解体修理の基本的な考え方には適切な基準ができてきた。

 

しかし各地の城郭石垣の解体修理において、修理の考え方や工事内容に大きな差異があるのが実態である。ある史跡の城では城石垣の大規模解体修理にあたって、根石レベルまで外してほぼ全ての石材を積み直す修理を行った。確かに美しい石垣がよみがえったといえるが、一つの城は創建の近世初頭から幕末、あるいは近現代に至る多様な時代の石垣をもつのが普通であり、全ての石垣を近世初頭の姿に戻すような解体修理は、石垣が語る城の歴史を消してしまう行為ではないだろうか。

 

また、ある史跡の城では、史跡としての本質的な価値をもつ幕末期までの石垣を改変した近現代の石垣を、幕末期までの石垣と同等の価値をもつとして、近現代の石垣改変のままに解体修理を終えた。どのような石垣に整備するかは、どのような城として史跡整備していくかという意識に直結する。石垣の保全と修理を石垣の問題として技術的な枠組みだけで捉えるのではなく、城の歴史を石垣からどう示すかを熟慮した上で、その城の石垣を守り伝える整備を一層実現していくべきだと思う。

 

さらに2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震以降に顕在化したのが、石垣の安全確保の問題である。絶対的な安全を城石垣に求めると、これからの城歩きは石垣の崩落に備えたコンクリート・シェルターか、樹脂ネットと石材転落防止柵に囲まれた壁を見学する体験になってしまうかもしれない。文化財建物と復元建物の耐震強化とともに、石垣の安全確保の基準づくりは、これからの城の整備で避けられない課題である。

城のバリアフリー化を目指して

写真2 エーレンブライトシュタイン要塞 全景 提供:著者

城の整備に関して、もう一つ指摘したいのが、バリアフリーの達成である。城はそもそもの成り立ちがバリアであり、それ故に史跡整備においてバリアフリーを最初から諦めた事例が多かったように思う。

 

しかし私たちは21世紀に軍事施設として城を復元しようとしているのではない。国民共有の財産である文化財として城を整備し、わが国の優れた文化と歴史を誰もが体感できるように城の整備をしようとしているのではないか。文化と歴史を体感できる対象者を仮に健常者に限定するような城の整備があったとしたら、真摯に反省すべきである。

 

ドイツのコブレンツにあるエーレンブライトシュタイン要塞は、ヨーロッパ屈指の近代要塞だが、歴史的建造物ではこれまでなかったほどのバリアフリーを達成している(写真2、3、4)。バリアフリーな城を実現することは、障がいのある訪問者だけでなく、感覚の制限をもつ人や、高齢者、幼児を連れた家族など移動に制限がある人にとっても有益である。

 

2020年に東京オリンピック・パラリンピックを迎えるにあたって、日本の城のバリアフリー化を強力に押し進める必要がある。世界の城の先進的な整備において、バリアフリーは当然のことである。ヨーロッパ屈指の近代要塞ドイツ・エーレンブライトシュタインにできて、日本の城の整備で、できないはずはない。

写真3 エーレンブライトシュタイン要塞内のエレベーター 提供:著者

写真4 エーレンブライトシュタイン要塞の歩きやすい歩道 提供:著者

PAGE TOP