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Vol.32

Vol.32

井伊谷城と井伊氏ゆかりの歴史遺産の調査活用
―NHK大河ドラマと城跡調査―

鈴木 一有 / Kazunao Suzuki
浜松市 文化財課 主幹

pic32_t01_main井伊谷城追手門土塁

はじめに

2017年、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」が放映された。その舞台は戦国時代の井伊氏の本拠地、浜松市北区引佐町。井伊氏は在地化した官人から国衆に移行した名門で、引佐町にある井伊谷盆地を拠点とした。井伊氏に関連する城館としては、平地に立地する井伊氏居館、その背後の標高115mの城山山頂に築かれた井伊谷城、さらには井伊谷盆地を見下ろす標高467mの山頂に立地する三岳城があり、それぞれ用いられた時期や性格が異なっている(図1)。また、井伊の分家筋も町内の小盆地に散らばっており、それぞれの小地域に拠点を構えていた。

 

本稿では、大河ドラマの放映に伴う城跡の調査と活用にかかわる浜松市文化財課の取組みについて紹介したい。

pic32_t01_01図1 井伊谷城の位置

大河ドラマ放映発表と文化財課の動き

NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の製作が決まったのは、放映開始の約1年半前、2015年8月のことであった。ドラマの主人公である井伊次郎法師(?~1582、一説には井伊直虎といわれる。以下、次郎法師という表記で統一する)は、戦国時代の国衆、井伊氏当主の一人娘である。浜名湖北側の小盆地、井伊谷を本拠地に、今川氏、徳川氏、武田氏という有力戦国大名に翻弄されながら、尼僧として当主を務め、家名の断絶を経て井伊直政を主体とする井伊氏再興に貢献した。その業績を伝える史料は極めて少なく、彼女の足跡を歴史学の方法から直接的にたどることは難しい。史料が少ない国衆を大河ドラマの主人公に取り上げたのは、ドラマとしての創作の余地が大きいことが一番の理由であろう。

 

次郎法師は当地浜松にとっても決して著名な人物ではなく、大河ドラマの製作発表後しばらくは、市役所内も経済界も十分に受け止められずにいた。ドラマの誘致にかかわり、浜松市がNHKに特別な働きかけをしたわけでなく、大河ドラマは棚から牡丹餅が落ちてくるようにやってきたのである。ドラマの製作計画が発表された2015年は、おりしも徳川家康の400年忌にあたっており、市内各地で関連イベントが目白押しの「戦国ブーム」の年であった。浜松市文化財課でも徳川家康の居城であった浜松城の発掘調査や、浜松城遺構展示館の準備運営、徳川家康の歴代拠点である岡崎市、静岡市との連携事業などに追われ、大河ドラマ放映に即応できる充分な体制が構築できないでいた。

 

ほどなくして、ドラマ放映を契機に地域振興をはかることが市の内部で検討され、大河ドラマに関連した事業を展開するか否か、庁内各課に意見聴取がなされた。文化財課では、主人公、次郎法師に関連する史資料が極めて少ないことから、まずは井伊氏にかかわる基礎的な文化財調査と研究を実施する内容の計画を練り上げた。「井伊氏ゆかりの歴史遺産調査事業」と名付けたこの計画は、埋蔵文化財の調査事務所が引佐町井伊谷に置かれていたこともあり、埋蔵文化財担当者を中心に実施できるような内容とした。また、その成果を展示解説などに活かし、地域振興に寄与することを最終目標に置いた。

 

具体的な事業内容としては、①井伊氏が拠点とした井伊谷城跡の測量調査をはじめとする城郭調査、②井伊谷の戦国期の景観復元をめざした歴史地理調査、③井伊氏ゆかりの石塔調査の三つの事業をあげ、その予算化にむけて準備を進めた。大河ドラマという千載一遇の機会がやってきたので、地域振興という名のもとに、文化財の本格的な調査を行い、その成果物を手に入れようと目論んだのである。

 

大河ドラマは不意打ちともいえる製作決定であったため、市役所内でも十分な体制が構築できないままに準備業務に移行していた。逃してはならないチャンスとはいえ、どのような事業が効果的であるのか、地域ごとの事情がさまざまに分かれるため、手本とする事例は見いだしがたい。事業規模についても目安がない中で暗中模索の状態であったが、時間が限られる中で発案した先の3事業はほぼ満額が認められ、2015年のうちに補正予算が組まれ、実際の業務が始まった。

大河ドラマ関連の文化財調査

大河ドラマと関連して実施した文化財調査は先述のとおり大きく3事業に分かれる。調査は2カ年に分け、その成果物として模型や解説パネルといった展示物の製作や、事業報告書の刊行を目指した。また、調査成果があがった過程で、現地見学会なども随時開催することとした。調査を実施した2015年~2016年は、市内天竜区にある二俣城跡及び鳥羽山城跡の国指定史跡に向けた総合調査を実施している年でもあった。この事業は、5年計画のもと、外部委員との討議や共同調査を繰り返しており、井伊氏ゆかりの歴史遺産調査事業においても、その人脈、手法を援用した。3事業それぞれ、専門家を招聘して実地調査を行い、議論を重ねた。招聘した専門家の方は次のとおりである。城郭調査:千田嘉博さん(奈良大学)、歴史地理調査:山村亜希さん(京都大学)、石塔調査:本間岳人さん(池上本門寺霊宝殿)。専門家の意見を交えて調査を実施したことで、深みのある成果が得られたと自負している。以下、その詳細を紹介しておこう。

 

【城跡調査】

井伊谷城跡の測量調査については、城跡がある山塊と山裾全域にわたる広大な地域を対象とし、航空レーザーを用いた三次元計測を行った。広い範囲に及ぶ測量データを取得することで、山頂に築かれた単郭式の中心部の構造を明らかにし、斜面には竪堀や横堀といった大規模な施設がみられないことや、山麓に想定されている居館推定地との位置関係を明確にした(図2)

 

井伊谷城の南側は精美な方形を意識して土塁が構築されている様子が三次元計測データをもとにした傾斜量図から浮かび上がった(図3)。城内の南側には平坦面があり、北側は自然地形のままで残されている様子もはじめて詳細に示すことができたといえよう。土塁をめぐらした規模は長軸65m、短軸57mであり、南側の土塁の幅は2.5m、高さ2mである。また、測量調査で取得した三次元データを用いて山塊全体の地形模型を製作し、後述するように、浜松市地域遺産センターでの展示にも活用した。

 

また、引佐町内に点在する分家筋(渋川井伊氏、井平氏、奥山氏等)の勢力拠点についても現地を確認してその詳細把握につとめた。小盆地に分かれて構築されている井伊氏分家の拠点は、それぞれ山麓の居館に山上の詰城が組み合う構造をもつことを明らかにし、分家と宗家の格差を城館の規模の違いに見いだした。さらに、井伊谷盆地を高く見下ろす三岳城については、井伊氏一族が総出でかかわる戦略拠点と捉え、井伊宗家の詰城である井伊谷城とは異なる性格を見いだした。それまで解釈が曖昧であった井伊谷城と三岳城の違いに一つの説明を与えるものであり、領内における城館の分布状況は井伊氏一族の在り方そのものを体現しているとの解釈を導き出した。

pic32_t01_09写真1 井伊谷城跡を案内する見学会

pic32_t01_02図2 報告書『井伊谷城と周辺の城館』(浜松市文化財課・鈴木一有、2017)

pic32_t01_03図3 井伊谷城傾斜量図・平面図

【歴史地理調査】

歴史地理調査については、絵図や古地図、地籍図を分析し、中近世の区画を復元し、井伊氏領有時代の町並みを再現することを目的とした(図4)。井伊谷城の山麓にある井伊氏居館の位置を確定させることも意識し、歴史地理学者の山村氏を交えて地図類の検討と実査を繰り返した。調査の結果、居館の位置についてはおおよその位置と大きさを示すことができ(図5)、井伊谷城を含めた地形模型の中に研究成果を活かすことができた。

 

こうした、歴史地理調査の成果は、地形図に区画などを重ね合わせた景観復元図にも反映させた。この復元図は、展示や成果報告書のみならず、現地見学会や現地来訪者の歴史探訪の資料としても活用している。

pic32_t01_04図4 報告書『井伊谷の歴史景観』(浜松市文化財課・鈴木一有、2017)

pic32_t01_05図5 井伊谷城三次元測量図

【石塔調査】

井伊谷とその周辺には戦国期から近世にかけての石塔が数多く残されている。その中には、井伊氏ゆかりの伝承をもつものも多いが、図面作成などの資料化がなされていなかった。そこで、できうる限り現地を踏査し、遺存状況が良好な石塔については実測図を作成した。また、活用が見込める石塔群については三次元データを用いて資料化をはかるとともに、活用に直結する模型や画面上で観察できる立体造形画像を製作した(図6)。対象としたのは、龍潭寺井伊氏墓所と井殿の塚(井伊直政祖父供養塔)であり、その調査成果を展示と報告書に活かしている。これらの石塔群は浜松市地域遺産センターにおいて、タブレット端末で立体画像を閲覧できるようにしたほか、3Dプリンターで出力し、触れる展示品としても活用している。

pic32_t01_06図6 報告書『井伊氏ゆかりの石塔』(浜松市文化財課・本間岳人、2016)

【調査成果の公表】

井伊氏ゆかりの歴史遺産調査事業は、成果があがるごとに報道機関に情報を提供し、随時見学会を開催するなど、大河ドラマ放映を歓迎する機運を盛り上げるように位置づけた。また、それぞれのテーマごとに調査成果を報告する報告書(図2、4、6)を作成し、公開に努めた。報告書に用いた図は2次利用を想定した加工が少ないつくりを心がけ、学術的な引用にも耐えうる内容を意識している。この報告書は報道公開と連動した見学会の資料として用いたほか、後述する浜松市地域遺産センターの展示図録としても活用している。

浜松市地域遺産センターの開館

井伊氏ゆかりの歴史遺産調査事業は、当初から引佐町にある埋蔵文化財調査事務所において展示などに活用するという計画であったが、同時期に美術館の収蔵庫を新設する計画が持ち上がり、旧引佐町役場の庁舎を改修してそれにあてることが検討されていた。大河ドラマ放映が迫る中、新収蔵庫には文化財のガイダンス機能をもたせる方針が加わり、2017年の放映時には、大河ドラマの内容に関連したテーマの特別展示を行う方向に収斂した。

 

計画を2年ほど前倒しして事業転換をはかり、大河ドラマに合わせた展示には井伊氏ゆかりの歴史遺産調査事業の成果を反映させ、触れる展示物や模型、映像などもできるだけ多く取り入れた。浜松市地域遺産センターの展示室は、2017年1月のドラマ放映開始とともにオープンし、開館記念特別展「戦国の井伊谷」を2018年1月まで開催した(写真1)

pic32_t01_07写真2 浜松市地域遺産センター外観

浜松市地域遺産センターは、展示施設に観光交流拠点としての機能ももたせ、キッズコーナーやVR体験コーナー、休憩スペース、地域の歴史観光情報案内、物品販売などの諸施設を併設している。また、展示室の前面には広めのガイダンスコーナーを設け、雑多な展示や映像作品などの紹介を行っている。ガイダンスコーナーには大型スクリーンがあることから、ドローンで撮影した地元の風景動画や、近隣地の田園風景を紹介した写真のスライドショーなど、映像・画像作品を発表する場としても活用している。

 

浜松市地域遺産センターの展示室には、大規模な映像装置のほか、井伊氏の歴史やゆかりの寺社を紹介するコーナー、井伊氏ゆかりの石塔、井伊氏の城と館、井伊谷の人々のくらしを紹介するコーナーを備えた。展示室のなかでもひときわ目を引くのが地形模型に映像を投影するプロジェクションマッピングである。井伊谷とその周辺の地形を表現した直径2mの模型をスクリーンにみたて、地形模型の特性を活かした映像を投影している。大河ドラマの放映期間中には「井伊谷戦国絵巻」と銘打った、二つの映像プログラムを用意した。

 

展示室には壁面の解説パネルだけでなく、実物や模型、レプリカなどを数多く配置している(写真2)。井伊氏の墓所や井伊谷城については、3Dプリンターで打ち出した模型を用いて解説を加え、タブレットで見ながら360度動かせる三次元画像を通じて、周囲の様子も知ることができるように配慮した。

pic32_t01_08写真3 井伊谷城地形模型

大河ドラマの放映期間中、浜松市地域遺産センターでは、ボランティアガイドの市民が常駐し、来訪者に歴史、観光情報を提供した。文化財課は、ボランティアガイドへの研修に関与し、日々の業務においても交流を深めた。浜松市地域遺産センターでは、施設の展示のみならず、近隣地の歴史文化遺産を紹介する講座や見学会などを随時開催している。ほぼ毎月のペースで井伊谷をはじめ周辺の歴史遺産を案内する見学会を開催し、固定ファンも増えるなど好評を博している。また、紙製の冑つくりや、体験発掘、考古学スイーツ作りなど新機軸を打ち出すワークショップも随時実施している。

 

こうした多彩な活動の拠点となる浜松市地域遺産センターは、2017年1月の開館から2018年1月特別展終了までの1年間で9万人を超える入場者を迎え、現在に至っている。

おわりに

浜松市地域遺産センターを舞台に、文化財にかかわる新たな価値を創出する試みも始まっている。文化財だけではなく、スイーツや健康づくりといった愉しみを組み合わせるイベントは、今後、数を増していくと予想できる。その際にも、参加者に文化財の魅力や奥深さを知っていただくことは欠かせない。文化財部局の人員が増えないなかで、魅力的な事業を展開するには、どれだけまわりを巻き込むことができるか、文化財ファンを少しでも増やす不断の試みが大切である。

 

観光事業は文化財部局の職員が直接担うものとはいえないが、市民や庁内の共感を得るためにも、文化財担当者の観光マインドを高めることは重要であろう。今後、行政組織の改変で文化財部門と観光部門が近づいていくことは間違いない。文化財担当者が主体的に事業にかかわっていくうえでも、専門的見地を基礎に柔軟な発想を加えていく姿勢が求められる。

 

文化財にかかわる新たな価値、意義を生み出すことで文化財にかかわる分野は成長する余地がある。その根幹をなす営為が文化財の調査研究である。文化財の活用事業は、周知、調整、保存といった保護事業と車の両輪の関係にある。調査研究が文化財関連業務の根底にあり、正しい価値づけのもとに保護すべき内容が吟味され、活用がなされる、といった関係にある。調査研究は全ての活動の基礎にあり、文化財の専門職員が担う重要な業務であると、内外に強くアピールしていくことが必要であろう。

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