vol.42

文化遺産としての戦争遺跡

アジア太平洋戦争で建設、製造、使用され、今も各地に残る戦争の痕跡。戦争の記憶が薄れつつある中、その保存を求める声がある一方、「負の遺産」として残したくないという声も根強い。世界ではいまだに新たな戦争・紛争が頻発し、社会の対立と分断が拡大している。こうした状況の中、戦争遺跡は、人々がそれぞれの想いや考えに立って対話する場という、新しい文化財の在り方を示す大きな可能性を秘めている。 今回の特集では、異なる立場から戦争遺跡に向き合っている方々にご寄稿をいただいた。 多様な意見を知り、対話の糸口となれば幸いである。

表紙タイトル:日吉台地下壕・連合艦隊司令部作戦室

画像提供:慶應義塾広報室
1944(昭和19)年9月、旧日本海軍は悪化する戦況に伴い、慶應義塾大学日吉キャンパス(神奈川県横浜市)に連合艦隊司令部を移転した。キャンパスの地下にはコンクリート造の大規模な地下壕が建設され、終戦まで海軍が行う作戦の指令が発せられる舞台になった。戦争末期の記憶を伝える貴重な文化遺産である。