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Vol.33

Vol.33

文化財活用とエディターシップ

杉山 未菜子 / Minako Sugiyama
福岡市 経済観光文化局 文化財活用課 歴史資源活用係長

国史跡・福岡城跡 提供:福岡市

福岡市の文化財行政は、平成24年、教育委員会から首長部局として新規に発足した「経済観光文化局」に移管された。移管後は、都心部の公園内に位置する国史跡・鴻臚館跡や同・福岡城跡の整備を重視することが組織編成のうえにも明らかになり、移管後の初動として、VRやAR、スマートフォンアプリなど情報端末で閲覧するデジタルコンテンツが、観光振興や経済振興の担当部署との連携のもと、ハイピッチで次々リリースされた。筆者は、これを可能にしたのは、教育委員会下での文化財行政において注力されてきた、文化財の情報化と情報アクセシビリティの保証であると考える。今回の文化財保護法改正を契機に、文化財を訴求力あるコンテンツやサービスに結びつけようという流れは加速すると思われるが、そこでは、従来の文化財行政のなかで培われてきた文化財の専門的情報が基盤として重要であることを私見として述べる。

はじめに

平成30年秋、福岡市博物館では特別展「浄土九州―九州の浄土教美術」が開催され、にぎわいを見せている(写真1)。1,500平米に及ぶ展示空間はいくつかのコーナーに区分けされているが、そのうち一つのタイトルを「萬行寺の寺宝」とする。萬行寺は、福岡市博多祇園町に所在する浄土真宗本願寺派の寺院である。江戸時代には筑前国の触頭1に任じられ、現代も大通りに面して立派な山門を構える福岡を代表する浄土真宗寺院の一つである。この萬行寺について、福岡市は、平成24年度から3カ年、文化庁の「史料調査費国庫補助」の交付を受け、太宰府市にある筑紫女学園大学の協力を得ながら、文化財の悉皆調査を実施した。展覧会もこの調査成果を反映するものである。

写真1 特別展「浄土九州―九州の浄土教美術」開会式(平成30年9月15日)の様子 提供:福岡市博物館

福岡市の寺社文化財の調査は、昭和48年に福岡市に文化財保護条例を設けて以降、九州大学等、市内にある大学の日本史や美術史専攻の教員、学生の協力のもと、昭和63年頃までさかんに行われた。その後、補足調査もあり五つの寺社に関しては目録の刊行にまでいたったが、寺社の文化財について、それなりの規模とチームとしての機動力をもってあたる新規の悉皆調査は実施されなかった。平成24年度の春、博物館の学芸員だった筆者に新規事業として始まる萬行寺調査の協力要請があった際、担当者にむかって口をついて出てしまった言葉は「よくまあ、こんなご時勢に、こんなちゃんとした事業を立ち上げたね……」であった。

 

「こんなご時勢」とは何か。長く途絶していた寺社の文化財の悉皆調査再開とタイミングを同じくし、福岡市は、それまで教育委員会に組織していた文化財部、および、博物館と市史編さん室、美術館の事務事業を、首長部局として新規に発足させた「経済観光文化局」の補助執行としたのである。

 

今回の文化財保護法改正により、文化財行政の首長部局への移管が可能になった。本稿では、福岡市の文化財行政が、経済や観光の振興をミッションとする部署と同じ局に組織されて以降、どのような活動をしてきたのかをたどり、そこから考え得た今後の活用のあり方についての私見を述べる。

「経済観光文化局」での文化財行政

平成24年度時点、首長部局下で文化財行政を担当する文化財部は、文化財保護課、大規模史跡整備推進課、埋蔵文化財審査課、埋蔵文化財調査課、埋蔵文化財センターの5課で構成されていた。また、関連の強い部署として、考古、歴史、民俗、美術の4分野の学芸員を擁する福岡市博物館があり、博物館内に市史編さん室があった。博物館の考古分野の学芸員は、他分野と異なり博物館で採用するのではなく、文化財部の専門職が異動して担当することを常とし、一方、文化財部には、考古学専攻以外の学芸職が常勤では1名しかいないため、埋蔵文化財以外の文化財調査では、冒頭でのべたように博物館の学芸員や市史編さん室のスタッフが参加することが多かった。

 

首長部局移管後、史跡整備を担当する部署は、しばらく、大規模史跡整備推進課と文化財保護課整備活用係とに二分されていた。前者の課は、国史跡鴻臚館跡と同福岡城跡の整備(図1)に特化された部署であり、後者の係は、当時、公園として整備が進められていた国史跡・吉武高木遺跡を含む、全ての史跡の整備を担っていた。この体制は、鴻臚館跡と福岡城跡が位置する舞鶴公園、舞鶴公園に隣接し福岡市美術館も位置する大濠公園を一体として活用し、「憩いの場として、また、歴史、芸術文化、観光の発信拠点として公園そのものを広大なミュージアム空間」とする「セントラルパーク構想」が策定されつつあったことと関連する。

図1 国史跡・鴻臚館跡と国史跡・福岡城跡(出典:「国史跡福岡城跡整備基本計画」)

観光振興を担当する部署との連携も年ごとに強化された。幸先がよかったというべきか、平成24年秋、NHKの大河ドラマの平成26年の主人公が、福岡藩初代藩主の父・黒田孝高(番組タイトルは「軍師官兵衛」)であることが発表され、ほどなくして官民一体となった「官兵衛プロジェクト」が立ち上がった。これが追い風となり、首長部局移転後の「文化財を活かした観光・集客」の初動は、それなりに手応えのあるものとなった。

 

平成29年度からは、観光振興部署のなかに、先に触れたセントラルパークや博多駅近くに広がる寺社町など、都心部の文化財集積エリアについて観光拠点化をマネジメントする係長職がおかれ、史跡内・エリア内での歴史情趣あるアクティビティの開発などを進めている(図2)。

図2 福岡城乗馬ツアーの案内

文化財に関するコンテンツ

首長部局への移管後、福岡市の文化財行政に、ことさらに求められたのは「発信力」である。ここからは、文化財の意義を表現するメディアやコンテンツについて述べていく。

 

平成25年は、福岡市の“AR・VR元年”である。まず、5月、「鴻臚館・福岡城バーチャル時空散歩」がリリースされた。これは、タブレット型の貸し出し端末で閲覧するデジタルコンテンツで、同一の端末の中に、福岡城のコンテンツと鴻臚館のそれが仕込まれている。福岡城コンテンツは、史跡内の各所にある探索ポイントに到着すると、動画、復元城郭を360度見渡すことのできるCG等が展開する。鴻臚館コンテンツは、屋外の「鴻臚館広場」で設定されたポイントでは復元建物のCG、露出させた遺構の覆屋に建物の原寸大模型や出土遺物の展示を加えた「鴻臚館展示館」では、設定ポイントでマーカーを読み込むと、礎石、出土した青磁などがARとして展開する。タブレットの運用は、ボランティアガイドのガイドツアーの参加者への貸し出しによる。ユーザーは、ガイドとの対面的コミュニケーションと端末上に展開するコンテンツを同時に享受しながら史跡内を散策する(写真2)。制作や運用においては、観光振興部署と文化財部の緊密な連携があった。企画と事業者への発注は観光戦略課(当時)、運用のためのボランティア研修は観光振興課(当時)と外郭の福岡観光コンベンションビューロー、制作時の監修を文化財部がつとめた。

写真2 「鴻臚館・福岡城バーチャル時空散歩」を用いたガイドツアー 提供:福岡市

同年11月、博物館でも常設展示リニューアルの一環としてARコンテンツがリリースされた。2,100平米の常設展示の各所にマーカーを置き、例えば、遺跡のジオラマにかざしタブレット面をなぞると遺物が出土する、とか、福岡城とその周囲を示す江戸時代の絵図や近現代の市街地図が古いものから新しいものへ次々重なっていく等、遊び心のあるARをタブレット型の貸し出し端末で見られるようになった(写真3)。

写真3 福岡市博物館常設展示のAR 提供:福岡市博物館

スマートフォン専用アプリ「福岡歴史なび」の運用も平成25年7月に開始された(写真4)。これは、市内の各所に設定した「歴史まちあるき」コースを紹介するものである。コースを構成するのは史跡、寺社、建造物、天然記念物等のさまざまな文化財であり、クイズが仕込まれるなど、ある程度、インタラクティブな仕様となっている。また、許諾を得て、人気のあるゲームキャラクターを「福岡歴史なび」のナビゲーターに登用しており、これが、話題性とダウンロード数につながった。ゲームキャラクター起用は、クリエイティブ関連産業の振興を市の施策の柱の一つとすることを背景とし、経済振興部署と同じ局として組織されたことの効果ととらえることができる。

 

こうしてみると、「経済観光文化局」発足以降、急速に普及していた情報端末を通して享受するデジタルコンテンツの整備を、かなりハイピッチで進めたことがわかる。

写真4 スマートフォン専用アプリ「福岡歴史なび」 提供:福岡市

文化財情報のアクセシビリティ

首長部局移管の初動として、比較的充実したコンテンツ整備を可能にした要因は何か。

 

福岡市では、教育委員会下の文化財行政の時代から、さまざまな文化財を構成要素とする周遊コースを設定し、その普及につとめてきた。初期の成果として、平成8年度末に刊行された『福岡市文化財ガイドブック』があげられる(図3)。B6判の小冊子をめくると、市全域に15のエリアが設けられ、エリアごとに「志賀島歴史ロマン散歩」、「なのくに歴史散歩」など、情趣に富むタイトルのストーリーと地図が示される。誌面は、今日から見ると素朴とも言えるビジュアルで紹介の文言も生真面目である。しかし、示されているストーリーや、ストーリーの重なりが感じさせる「歴史的風土」観は、色あせない。「福岡歴史なび」アプリは、平成一ケタ代から取り組まれてきた文化財による地域ストーリーを観光振興・エリア周遊の資源として賦活化したものと言える。

図3 『福岡市文化財ガイドフック』

また、平成20年度より、市域の文化財を紹介するウェブサイト「福岡市の文化財」(http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp)が運用されていた。このサイトは、市域内文化財のデータベース機能をそなえる(図4)。時代、地域、文化財類型のチェックボックスとキーワード入力で該当する文化財を検出でき、個別の文化財について写真、解説テキストと地理情報が示され、さらに近隣の文化財がラインナップされる「スグレモノ」であり、さまざまな文化財情報を落とし込んだ観光案内制作などに非常に重宝するとタウン誌等を制作する市内の事業者も言う。

図4 ウェブサイト「福岡市の文化財」(http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp)

もとより福岡市の文化財行政は、文化財の「情報化」と「情報アクセシビリティ」に注力してきた歴史を持つ。とりわけ埋蔵文化財分野においては、全国屈指の規模を誇る埋蔵文化財センターを整備し、報告書の挿図写真や実測図につけた符丁から天文学的な数量の出土遺物実物に溯及できるシステマチックな収蔵と情報の体系を築き上げている。遺物の整理・記録・分析・保存・架蔵と報告書により集積されてきた情報は、さながら福岡という都市が受け継ぐゲノムであり、埋蔵文化財センターは地域の細胞核といえる存在である。

マニアックとクリエイティブをつなぐ

今回の文化財保護法改正に、文化財を、観光立国に資する国内外多くの人を引きつけるコンテンツやサービスに結びつけるべし、という潮流を多くの人が感じていよう。また、今後の文化財行政を担う、あるべき人材観がさかんに議論されているが、首長部局下では、専門職にも文化財を地域の魅力につなげ観光振興もはかるマインドがいっそう求められるであろう。

 

福岡市では、観光振興部署との連携の現場から、しばしば、「文化財のヒトの言うことはマニアック」という嘆きの声が聞こえてくる。確かに、史跡の解説パネルや案内リーフレットには、遺構や遺物の慎重な検討を経て得られた考古学的知見を盛れるだけ盛ったものもある。先に述べたウェブサイトにおける文化財個別の解説も「読み物として面白い」とは言いがたい。しかし、断言するが、文化財を訴求力あるコンテンツにつなげるには、専門用語を多用していようが、生硬な語り口であろうが、確度の高い多量の情報に多くの人があたれることが重要である。

 

筆者は、長く博物館を現場とし、面白おかしい展示やメディア制作で、そこそこの実例を作ってきた(写真5)。経験上、歴史を体系的に学ぶ前の子どもや異なる文化的背景を持つ外国人にフックがかかるメディアを作るときの方が、専門用語で解説をつづる場合より、よほど多量で詳細な専門的情報にあたる必要があった。専門の世界で「何故そう解されるのか」を把握しなければ、そこでの知見を噛み砕いて口語的表現に落とし込むことなどできないからだ。そして誰もが楽しめる「面白コンテンツ」は、制作手法こそ再現性があるものの、噛み砕かれた情報自体は、次の新たな「面白コンテンツ」の資源にはならない。「イラストなど目新しい視覚的要素はあるが、全体のメッセージが、いつもどこかで見たような感じ」となる焼き直しをよしとせず、文化財について新鮮かつ多彩な情報発進を続けていくためには、基盤的・専門的な情報の蓄積と公開が、絶対のインフラである。

写真5 「ふくおか歴史お宝カード」(筆者制作)。市域各所で配布した28種のコレクションアイテム。

また、これまでの文化財の専門職には、学究肌の人が多かった。首長部局のもとでは、あるいは彼らは「浮世離れ」した存在として疎まれがちになるかもしれない。しかし、文化財についての学究的アプローチの成果もまた地域社会にさまざまな活力をもたらす。福岡市の文化財専門職には、遺跡から出土する動物遺存体に関して充実した研究成果を積み上げた人がいる。筆者は、この人とジビエをプロデュースしている人材とのトークセッションを企画したことがあるが、考古ファンのみならず、さまざまな分野の人に来場していただき、ちょっとした異業種交流会的な雰囲気になった。

 

学究的態度から生み出される知見は、漫然と享受するには向かない情報であろう。しかし、「食」にしろ、「クールジャパン」の本丸をなすゲーム、アニメにしろ、さまざまな分野で新しい価値を生み出そうとしている人にとっては、専門的で「濃い」情報こそ創造の源泉として有益なのではないか。

 

改正文化財保護法では、文化財の価値を次世代と共有するために「地域社会総がかり」、つまり、さまざまな価値観を持つ人やコミュニティが連なる広範なネットワーク構築の必要性をうたう。筆者は、そのネットワークのなかに、文化財に関して蓄積された専門性の高い情報がクリエイティブ人材のインスピレーションとなるようなサプライチェーンを構築することが重要ではないかと考える者である。文化財の専門家が溜め込んでいく、いわば、プロユースな情報ストックから、時々のニーズにあわせ、適切な素材を解凍し、硬軟さまざまな言葉を繰り出せる語り手とマッチさせ、訴求力に富む画像など非言語的素材を調達し、新たな価値につなげるエディターシップ。それこそ、今後の文化財の保存活用の場に求められると考える。

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