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Vol.33

Vol.33

文化財保護法改正と都道府県

沢田 敦 / Atsushi Sawada
公益財団法人新潟県埋蔵文化財調査事業団 調査課長

明治初期から1996年まで約120年間にわたって原油の採掘が行われていた「新津油田金津鉱場跡」(新潟市秋葉区)。日本の近代化とエネルギー産業の発展を振り返る上で重要な遺産であり、国の史跡指定に向けた活動が進められ、今年6月の国文化財審議会で指定が答申された。 撮影:著者

本論では、今回の文化財保護法等改正に伴う、文化財保護制度や施策の変化、その課題を確認し、それに対して都道府県が果たす役割について考察した。まず、法改正により、文化財の観光や文化振興への活用が促進され、その結果として文化財の保存が軽視されることが懸念された。その一方で、厳しい財政事情が文化財保護の支障となっており、現実的な施策として観光等との連携を考慮する必要性も認められた。そうした中、都道府県には適切な文化財保護を担保すると共に、保護と活用との調整、広い視野や歴史観への文化財の位置づけ、市町村間の連絡調整などの役割があることを示した。最後に、都道府県がその役割を果たすためには、バランスのとれた保護体制の構築が今後の課題であることを指摘した。

はじめに

去る6月1日、国会にて文化財保護法等の改正(以下、「法改正」という。)が決議された。本稿の目的は、今回の法改正による制度や施策の変化、あるいはそれに伴う課題に対して都道府県が果たすべき役割について考察することである。今回の法改正では、市町村に関わる事項の改正が多く、都道府県の影は薄い。しかし、主要な権限が自治事務として委譲されている埋蔵文化財をはじめとして、都道府県が文化財保護行政において果たす役割は大きなものがあり、法改正によって新たに生じることが予想される課題に対しても、都道府県の適切な対応が求められる。本稿では、筆者自身の県担当者時代の経験なども踏まえながら、この都道府県の役割と課題について考えてみたい。

法改正の概要と懸念

今回の法改正の内容やその目的、背景については、奈良大学教授の坂井秀弥氏が特別寄稿(https://www.isan-no-sekai.jp/contribution/4804)にまとめている。それによると、今回の法改正では、①都道府県が策定する文化財の保存及び活用に関する総合的な施策の大綱「文化財保存活用大綱」、市町村が策定する文化財の保存及び活用に関する総合的な計画「文化財保存活用地域計画」の法定化、②文化財ごとの「保存活用計画」の法定化、③文化財行政の首長部局への移管が主な改正事項であるという。さらに坂井氏は、文化庁は今回の法改正の目的を、近年の過疎化・少子高齢化などに伴い、文化財を保存し継承する担い手が不足し、文化財が大きな危機に瀕していることから、文化財を社会全体で支えていく体制をつくるため、と説明するが、実際には、2020年の東京オリンピックを見据えた政府の観光政策が背景にあると指摘する。事実、法改正を伝えるマスコミの報道には、文化財の地域振興や観光への活用促進をはかる法改正とする論調が目立った。つまり、文化庁の意図に関わらず、周囲は文化財の地域振興や観光への活用が今回の法改正の背景とみており、今後実施される制度の変更や施策、少なくともその一部は、地域振興・観光の施策とセットで理解する必要がある、ということだ。

 

先日、新潟県内市町村の埋蔵文化財保護行政担当者の何人かと、今回の法改正について意見交換する機会があった※1。そこでお聞きした市町村の担当者たちの懸念には、文化財保護と観光との関わりに起因するものが多かった。具体的には、観光への貢献という観点すなわち来場者数や経済効果によって、結果的に観光への貢献度の低い文化財の保護・保存が軽んじられるのではないか、あるいは、これまでの学校や地域の住民を対象とした教育中心の活用が、観光重視の内容に変化するのではないかなどの懸念である。

 

本来、文化財の保護・保存は、すべての自治体において適切な執行が求められる事務である。一方、文化財の地域振興や観光資源への活用は、政策として取り組むかどうかの判断が当該自治体にゆだねられた問題である。今回、文化財を活用した観光の推進に焦点が当てられたことにより、文化財の保護・保存よりも観光が優先されるのではないかという懸念が広がっている※2。さらに、文化財保護が首長部局に移管されることにより、その発言力が弱まる恐れがあることも、この懸念の背景にあると考えられる。

 

地域において文化財保護に携わった経験のある者ならば、文化財の修復や維持において、厳しい財政事情を理由とした予算の制約が大きな支障となっていることに異論ないであろう。こうした現状を踏まえると、文化財を観光資源として活用することで経済活動に貢献し、その受益を文化財の保存・活用に要する費用の財源に充てようとすることは、現実的な政策として十分考慮に値する。さらに、文化財を活用した観光を推進する立場からは、不十分な文化財の維持・修復がその障壁になると指摘されており※3、文化財保護と観光政策との連携により、文化財の維持・修復が進むことも期待される。文化財の積極的な活用は、近年、文化庁の政策の一つとして進められてきた経緯がある。そして、その程度はともかくとして、文化財の観光や地域振興の資源としての活用を求める社会的要請の高まりが、今に始まったことでないのも事実である。

 

こうした社会情勢を考慮すると、多くの自治体や文化財の所有者によって、観光資源を中心とする多様な方向への文化財の活用促進が図られることが十分に予想される。そこで、保護に対する懸念を払しょくし、この施策を適切かつ効果的に実施するために、都道府県がどのような役割を果たすことが期待されるのか考えてみたい。

法改正と都道府県

今回の法改正に関して都道府県が果たす役割について検討するにあたり、最初に、都道府県の地方公共団体としての性格と文化財保護における位置づけを確認しておこう。地方自治法第2条第5項では、都道府県を「市町村を包括する広域の地方公共団体」とし、広域にわたる事務、市町村に関する連絡調整、規模又は性質において一般の市町村が処理することが適当でないと認められる事務を行うと規定している。文化財保護行政においても、原則として市町村が保存・活用の主体者となるが、大規模な業務や高度の専門性を必要とする業務を都道府県が行うなどの役割分担がなされている※4

 

実際、都道府県と市町村の文化財保護行政担当部局には、その規模に大きな差がある。埋蔵文化財保護について、平成29年度の埋蔵文化財専門職員の自治体あたり平均数を計算すると、都道府県が38.8名(1825名/47都道府県)、市町村2.2名(3822名/1724市町村)である(図1)。埋蔵文化財における数値ではあるが、文化財保護体制全体においても都道府県の方が大規模な傾向は変わりないであろう。そして専門職員数が多いということは、保有する知識量が豊富で高度な専門性を有しているといえる。

図1 埋蔵文化財専門職員数の推移図
出典:文化庁文化財部記念物課『埋蔵文化財関係統計資料-平成29年度―』

今回の法改正において、都道府県は「文化財保存活用大綱」を策定できると規定され、域内の文化財保護の基本的な方向付けを行うことが期待されている。この「大綱」は、域内における適切な文化財保護と積極的な活用を図るための指針となるものである。そして、都道府県はこの大綱を実効性のあるものとし、域内の適切な文化財保護の実施を図るため、市町村と連携し、必要に応じて助言を行うことがのぞまれる。観光政策を背景とした文化財の活用が促進される中で、都道府県が適切な文化財保護の防波堤となることが求められる。

 

適切な文化財の保護を担保した上で、文化財保護と活用、すなわち文化財保護部局と観光や地域振興を担当する部局との調整を図るのも都道府県の重要な役割である。文化財保護と活用は、相反するものとは限らない。文化財を観光資源とするのであれば、その本質的な価値を保存して磨きあげ、「売り」にするのが本筋である。とはいえ、頑なな保存の主張が活用の障壁とされたり、逆に利便性を求めるあまり文化財の本質を損ねるような整備が計画されたりすることもある。都道府県には、その高度な専門性を活かして、適切な保存の必要性を説明して他部局との調整役を担うことが期待される。さらに、市町村における他部局との調整についても助言できるよう、日頃から市町村との緊密な連携を構築しておくことも重要である。

 

独自の視点から文化財の本質的な価値を位置づけ、活用に活かすことも、都道府県の重要な役割と考えられる。域内の個々の文化財を熟知していることに関しては、都道府県は市町村には及ばない。一方、都道府県はより広域の文化財を把握し、その圏域や全国的な歴史観に位置づけることに関しては、市町村より有利な立場にある。大規模な専門組織を保有していることも、幅広い視野や歴史観への文化財の位置づけを可能にしている。文化財を活用する上で、その評価や歴史的位置づけを明確にすることが必要である。都道府県はそうした面から、市町村に対し助言や支援を行うことが期待されるのである。

 

文化財の保存・活用において、市町村間の連携は、今後、きわめて重要な課題になると考えられるが、その連絡調整はまさに都道府県の役割である。観光への活用を考えた場合、市町村が連携して広域の観光圏を形成することが、集客や経済効果の観点から重要である。教育・普及の観点でも、広域の歴史的脈絡の中で文化財を活用することが効果的と考えられる。都道府県には、個々の市町村の活動をうながし、その内容を理解すると共に、連携を図ることが求められる。そして、連携に必要なストーリー、すなわち広域の歴史への位置づけは、まさに都道府県の重要な仕事であることは上述したとおりである。

 

このように、文化財の保存・活用において、都道府県は広域で高度な専門体制を保有する自治体としての役割を担うことになる。文化財の保存・活用は、基本的に市町村が主体となるが、都道府県には、その活動をうながし、理解し、助言・支援し、時に防波堤となり、さらに市町村間や他業務との調整を図ること、いわば文化財保護における地方行政内コンサルタントとしての役割が期待されているのである。

都道府県における課題

地域の文化財は地域で守り活用するという原則の下、文化財保護行政の主体は市町村が担うことが基本となっている。そして、文化財保護法が改正されるたびに、徐々にではあるが市町村に権限が移されており、この流れは今後も続くと考えられる。こうして市町村に権限が委譲され、一見、影が薄くなっていく都道府県ではあるが、今後、文化財保護行政が観光や地域振興などの他業務と連携し、より高度な専門性と広い視野を求められ、複雑化していく中、都道府県の役割は決して小さくはない、というのがここまでの筆者の結論である。

 

それでは、こうした役割を果たしていく上で都道府県の現状に問題はないのであろうか。これまで、都道府県は市町村をしのぐ大規模な文化財保護体制を構築してきたが、その原動力となったのは、高速道路や新幹線など大規模公共事業を原因とする埋蔵文化財の記録保存調査であった。その結果、都道府県の文化財専門職員の大半は教育委員会直営もしくは財団法人などの発掘調査組織に所属することとなった。都道府県の専門職員はその業務の大半が大規模公共事業の記録保存調査であり、長年にわたって発掘調査成果と埋蔵文化財に関する知識・技術を蓄積し続け、この莫大な知識と技術は高度な専門性として都道府県の文化財保護行政を支えている。しかし、公共事業縮減に伴い、平成10年を過ぎるころから職員数が減少し、現在はピーク時の約3分の2にまで落ち込んだ(図1)。減少率が市町村より高いのは、都道府県の体制整備が公共事業に依存する程度の高さを反映したものであろう。今後、公共事業の増加が見込めない中、体制整備をどのように進めていくのか、都道府県にとっての大きな課題である。

 

また、発掘調査組織に比べ、調整や活用、史跡や建造物などその他の文化財の保護体制の構築、すなわち保護体制整備の内容にも課題が残されている。今後、都道府県にとって市町村や他部局などとの調整が重要な役割となることは既に述べたとおりであり、そのためには高度な専門性にくわえて幅広い視野に裏づけられた対外的な説明能力が必要となると考えられる。しかしながら、都道府県では記録保存の発掘調査を契機として文化財保護体制が整備されてきたため、調査組織に比べると、こうした業務を担う調整・活用部門にはいまだ整備の余地が少なくないというのが実態と思われる。発掘調査業務の占める割合が減っていく中、調整や活用業務などの業務遂行体制を充実させ、バランスのとれた保護体制を構築することが重要である。さらに、埋蔵文化財以外の文化財の保護体制の構築は喫緊の課題である。今回の法改正に伴って文化財の観光への活用が促進されるとすれば、対象となる文化財は埋蔵文化財や史跡に限らない。むしろ建造物をはじめとするその他の文化財の方が主役である。しかし、多くの都道府県では埋蔵文化財専門職員に比べその他の文化財の専門職員数は少ないと考えられる。今後、さまざまな文化財の活用が進むと予想される中、文化財全般にわたる保護体制整備は待ったなしではなかろうか。

おわりに

これまでも文化庁は文化財の積極的な活用を政策の一つとして進めてきたが、今回の法改正は、文化財保護行政が観光や地域振興など他分野とこれまでとは「異次元」の連携を必要とせざるを得ない状況を生むと考えられる。本論では、今回の法改正において市町村に比べるとやや影の薄い都道府県の役割を検討し、決してその役割が小さくないことを論じてきた。そして、都道府県がそうした役割を果たすために、バランスのとれた保護体制をどのように整備していくかが課題であることを確認した。都道府県の文化財保護体制の中に身を置く筆者自身の課題として、今後も考え、取り組んでいきたい。

 

末筆ではありますが、ご教示を賜った坂井秀弥氏、議論に応じてくださった県内埋蔵文化財関係者の皆さまに心からお礼申し上げます。

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