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宮川禎一『鳥獣戯画のヒミツ』

高橋 徹 / Toru takahashi

元 大分県立歴史博物館館長

古代~中世の数ある絵巻物の中でも「(国宝)鳥獣戯画」 ほど人々に愛されているものはあるまい。「鳥獣戯画」と総称される絵巻は、甲乙丙丁の4巻からなるが、カエルやウサギなどの動物たちが生き生きと描かれた「甲巻」はとりわけ人気の絵巻と言ってよい。

 

ウサギや蛙の相撲場面や弓矢競技、蛙たちの田楽踊り、ウサギたちに追われる猿などを眺めていると、その的確な描写とユーモラスな姿態に感嘆せざるを得ない。

 

しかしながらこの絵巻が単なる動物たちの戯画などではなく、もっと深い意味を込めて作成されたものであり、絵巻の場面を追っていくと、その制作者(プロデユーサー)をも特定できる!という驚きの「解釈」を示したのが、京都国立博物館特任研究員 宮川禎一氏著『鳥獣戯画のヒミツ」(淡交社、2021)である。

 

本書は「美術史研究の成果の延長上ではなく、あくまで文学的に読み解く」とあるが、その内容は非常に挑戦的だ。言わば、邪馬台国の畿内説・九州説に、あらたな説で切り込むような、大胆で恐ろしいものだ。

論拠は、東アジア考古学を専門とする宮川氏ならではの、ダイナミックで多角的に展開してゆく。しかしそれは氏の広く深い知見があってこそ。読者が一つ一つの資料について、氏と同等の理解を得るのは難しい。

 

そこで編集者を登場させ、対話形式で話が進められる。一つ一つ丁寧に、編集者(読者)を納得させながら戯画に隠された「ヒミツ」に迫っていくのだ。

 

時に、筆者もまた制作者の深い知識と巧妙な趣向に迷い、惑わされる。

 

(絵巻の)制作者は鑑賞者にそれを気付いてほしいのか?気付いてほしくないのか?それとも私の誤解であって特に意味などないのか?この「意味を理解することの困難さ、ハードルの高さ」もまた、「制作者の意図の中」に含まれていたと考えます。(本文より)

 

戯画の意味とは何か。

それらはなぜヒミツにしなければならなかったのか。

なぜ秘められたまま「謎」になってしまったのか。

 

筆者は迷いを払しょくするため、さらなる資料に挑み、読者に提示する。

ついに絵巻の制作年をはっきりと示すに至るが、そこに迷いはもうない。描かれた年月が明らかになったことで、制作者について、かつてないリアルな人物像を思い描くことができるようになる。

 

当時、アジア諸国の文化と複雑に絡み合った日本の文化。戯画の意味を秘めざるを得なかった時代の事情。800年前に生きた、制作者の心のひだに思いを馳せる。

 

研究者の気概あふれる1冊と感じた。

 

(構成:宮嶋尚子)

高橋 徹元 大分県立歴史博物館館長

1950年大分県大分市生まれ 九州大学大学院にて考古学を専攻
NPO法人文化財保存協議会 副理事
専門は日本考古学

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