コラム

HOME /  コラム /  静止画による文化財の魅力発信の可能性について

動向

静止画による文化財の魅力発信の可能性について

川口 武彦 / Takehiko KAWAGUCHI

水戸市教育委員会事務局 教育部 歴史文化財課 世界遺産推進室長

1 はじめに

近年,文化財の特性や保存に配慮しつつ,魅力をより一層引き出すような形での「発信」「活用」を行っていくことが求められています(文化庁文化財部伝統文化課 2015)。こうした文化財の「発信」と「活用」を重視する取組のひとつに文化庁が推進している日本遺産(Japan Heritage)があります(文化庁文化財部記念物課 2015・2016a・2016b・2016c・2017)。この取組は,地域に点在する有形・無形の文化財をつなぎ合わせ,面として発信する地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを日本遺産(Japan Heritage)として認定し,これらの活用を図る中で,情報発信や人材育成,伝承,環境整備の取組を進め,そのストーリーを読んだ人々が地域を実際に訪問し,様々な文化財を巡るとともに地域へ宿泊し,五感で体感できる地域の魅力を楽しむことで,地域の活性化に貢献することを視野に入れたこれまでの文化財行政には見られなかった新たな局面を切り開いていく取組と言えます。

 

私は,2013年4月〜2017年3月まで行政実務研修生として4年間文化庁記念物課に在籍する機会に恵まれ,後半の2年間は同課企画調整係において,日本遺産(Japan Heritage)事業を担当させていただきました。特に2016年度は3年目の認定を目指す自治体の皆様が作成されるストーリーや申請書(案)を一緒に考える協議を数多く経験させていただきましたが,本稿ではそうした協議を通じて感じたことを踏まえながら,最近考えている静止画による文化財の魅力発信の可能性について私見を述べたいと思います。

2 文化財の魅力を伝える手法─それぞれのメリットとデメリット─

創設者の熱い想いと悠久の歴史の息吹を伝える壮大な建造物,古来から伝わる生業を営む人々とその背景にある素朴な原風景,数々の文人墨客を魅了した雄大な自然景観,目の前に広がる池泉とその背後に聳える山脈を借景として取り入れた秀美な庭園。文化財には人を惹きつけるそれぞれの魅力があると思いますが,その魅力を第三者に伝える手法にはどのようなものがあるでしょうか。その姿を訪れたことがない第三者に伝える手法としては,テキスト,動画,そして静止画が考えられます。

 

テキストは,文字通り文字で第三者へと伝える手法です。視覚で表現できる情報ではないため,連想する人々の想像をかき立てますが,使う言葉や表現によって,第三者が思い浮かべる情景はまちまちとなります。

 

動画は,映像と音声,そしてテキストにより第三者に対して多くの情報を伝えることが可能です。特に人の動きがあるような伝統的祭礼や無形文化財等には有効な手法でしょう。YouTubeのようにGoogleアカウントさえあれば,誰でも簡単にネット上にアップロードすることも可能ですが,動画を第三者に見せられる形に仕上げるためにはAdobe Premiere ProやiMovieといった動画編集専用ソフトや編集技術が必要となります。

 

静止画は,瞬間的な魅力を伝えるという点では,テキストや動画よりも大いに優れています。湖に飛来していたハクチョウが飛び立つ際の瞬間,長時間露光によって,聖なる山脈の背後を弧状に流れる夜空に輝く星々の光跡群。こうした瞬間や作品を一枚の画像で表現することは動画ではできません。

 

静止画は,編集専用ソフトや編集技術を必ずしも必要としませんし,デジタルカメラの低価格化・高性能化が進み,中には20種類以上のフィルター機能を持つ4K対応ミラーレスカメラ・コンパクトカメラも存在します。さらにスマートフォンでもInstagramのように多様なフィルターやレタッチ機能を持つアプリが存在しており,世界的規模で普及しています。

 

また,静止画は動画よりもファイルの容量が小さいことが多く,インターネット上のホームページやパンフレット,ガイドブック等の紙媒体にも手軽に掲載することができる等の利点があります。

 

以上,文化財の魅力を第三者に伝えるための3つの手法について,それぞれのメリット・デメリットを見てきましたが,私は文化財の魅力を適切に引き出し,第三者へ伝える手法として静止画が手軽で有効だと考えています。次章では,文化財の魅力を伝える静止画の現状について概観したいと思います。

3 文化財の魅力を伝える静止画の現状

   図1 日本遺産申請書の様式1-1の事例
      (水戸市教育委員会提供)

日本遺産(Japan Heritage)事業を担当させていただいた,2016年度は3年目の認定を目指す自治体の皆様が作成されるストーリーや申請書(案)を一緒に考える協議を何度も経験させていただいたことを冒頭で言及しましたが,この経験は本当に得がたいものでした。特に認定を目指す自治体の皆様が作成されるストーリーや申請書(案)を見せていただいたことで,自分が知らなかった各地の魅力や文化財を知ることができ,「あの文化財を見るためにこの自治体へ行ってみたいとかこちらの自治体も訪問してみたいな」と思うようになりました。

 

日本遺産の申請書は,様式1〜4の書類で構成されますが,認定を目指す自治体の皆様との協議の過程で,ストーリーの概要を伝える様式1−1(図1),そしてストーリーの詳細を伝える様式2を数多く読ませていただきました。様式1−1や様式2にはテキストだけでなく,文化財の魅力を伝えるような静止画を挿入することも推奨していますが,使われていた静止画の大半は,文化財の記録写真やスナップとしか思えないようなものだったのです。その多くは昼間に撮影されたものや晴天時に撮影したことにより,コントラストが強く,影になって隠れている部分があるような静止画でした。日本遺産の審査基準では,

 

①ストーリーの内容が,当該地域の際立った歴史的特徴・特色を示すものであるとともに我が国の魅力を十分に伝えるものとなっていること。

②日本遺産という資源を活かした地域づくりについての将来像(ビジョン)と,実現に向けた具体的な方策が適切に示されていること。

③ストーリーの国内外の戦略的・効果的な発信など,日本遺産を通じた地域活性化の推進が可能となる体制が整備されていること。

 

とされているように、申請書に挿入されている写真が審査の対象となることは明記されていません。

しかしながら,日本遺産の認定を受けると,申請書の様式1-1から様式3-2までが文化庁のホームページや文化庁が運営する日本遺産ポータルサイト上に公表され,日本遺産に関心のある人々がインターネット上で検索する際に真っ先に目にする形となります。文化財の記録写真やスナップとしか思えない静止画が挿入されている申請書を第三者が一見してその地域を訪問しようと思うでしょうか。おそらく余程強い関心が無ければスルーしてしまう人が大半ではないかと思います。

 

どれほど流麗な文章表現で文化財群をつなぐストーリーを組み立てたとしても,それを補完する文化財の静止画が台無しでは,折角のストーリーも水泡に帰してしまいます。

 

ちなみに文化庁文化財部伝統文化課の調べによると,訪日外国人が文化財及び伝統的な文化を巡る旅行先について訪問場所の決定に係る重視条件では,「美しい景色を望める」が53.2%と最も高くなっています(文化庁文化財部伝統文化課 2015)。ここで取り上げている美しい景色を望める場所は,名勝地等がその具体例になると思いますが,私は美しい景色を含む文化財へと人を誘うためには,より美しく魅せる視点が必要だと考えています。

 

文化財の魅力を伝える静止画を入手する方法には,3つあると思います。1つ目はPIXTA(https://pixta.jp)やAdobe Stock(https://stock.adobe.com/jp)のようにプロやハイアマチュアが撮影した作品を有償で提供しているサービスを利用することです。これらのサイト内で文化財の名称を記入して検索すると,例えば,世界文化遺産一覧表に記載されているような著名な文化財であれば多数の作品が登録されていることがわかります。ただし,文化財によっては所有者の撮影許可を得る必要があるものもあるため,入手する前に撮影許可等を得た作品であるかについて,予め確認しておいた方が良いと思います。

 

2つ目は文化財が所在する地域で撮影を続けているアマチュアカメラマンに協力を求めることです。撮影者の氏名を併記させていただくことを約束し,多くの人の目に留まる場所へ作品を掲載させていただくようお願いすれば,無償で提供してくださる人も中にはいらっしゃると思います。

 

3つ目は,自分たちの力で撮影することです。自分たちで撮影すれば,著作権や使用料のことも気にせずに様々なメディアで発信していくことができます。

 

次章では,第三者を惹きつける文化財の魅力を伝える静止画を撮るために私が日頃注意しているポイントについて撮影例を交えながらみてゆきたいと思います。

4 文化財の魅力を伝える静止画を撮るために

(1)撮影場所に係るポイント

私が文化財の静止画を撮影する際に撮影場所で注意しているポイントは,撮影方位,天候,海岸部に近い場所であれば潮の干満と波の高さ等です。

 

撮影方位は,東向きなのか西向きなのかあるいは別の方位なのかによって撮影時間を変えなければなりません。例えば,東向きの場所であれば射し込む朝陽と一緒に文化財を撮影することでその魅力を高めることが出来ますし,西向きの場所であれば沈んでいく夕陽と一緒に文化財を撮影することで幻想的に魅せることができます(写真1)。

 

天候は最も重視するポイントですが,多くの人は晴天時に観光地や文化財等を訪れると思います。晴天時には人が多いだけでなく,射し込む太陽光線によりコントラストも強くなります。特に海岸や湖岸にある景勝地等で朝陽や夕陽などを構図に取り入れる静止画には有効でしょう。一方,雨天時(台風や暴風雨を除く)に観光地や文化財を訪れる人は少なく,人が構図に入り込まない静止画を撮るには絶好です。コントラストも弱くなるため,昼間の時間帯であれば滝の流れ落ちる水や渓流を流れる水を白い糸や布のように表現したり(写真2),雨で濡れた紅葉と一緒に文化財を撮影するような場合には向いていると思います。

 

潮の干満と波の高さは特に海岸で撮影する場合に重要なポイントで,満潮の時には波の動きを取り入れることができるのに対して(写真3),干潮の時には本来の波打ち際が遠のいて普段は見えない海中の姿が見えることもあります。

 

こうした場所に係る撮影ポイントの他に私は適切な撮影時間とホワイトバランスの選択が重要であると考えています。

写真1 撮影方位を重視した海岸部での撮影例
撮影場所 伊豆西南海岸(静岡県賀茂郡西伊豆町)
撮影機材 LUMIX DMC-GF6+LUMIX G VARIO 12-32mm
ISO 160 焦点距離 12mm F値8 シャッター速度1/500秒

写真2 雨天時の滝の撮影例
撮影場所 的様の滝(山梨県南都留郡道志村)
撮影機材 LUMIX DMC-GF6+LUMIX G VARIO 12-32mm
ISO 160 焦点距離 17mm F値14 シャッター速度1/2秒

写真3 満潮の時間帯を狙った撮影例
撮影場所 原岡海岸(千葉県南房総市)
撮影機材 LUMIX DMC-GF6+LUMIX G VARIO 12-32mm
ISO 400 焦点距離 15mm F値11 シャッター速度1/8秒

(2)適切な撮影時間とホワイトバランスの選択

撮影時間帯によって,撮影対象の静止画は写り方が変わってきます。いくつかの撮影例を用いて説明していきましょう。

 

写真4写真5は時間帯を変えて重要文化財に指定されている片倉館を撮影した作品です。撮影した季節が4ヶ月違うため,厳密な比較対象としてはどうなのかという議論もあるかも知れませんが,ここでは撮影時間帯による写り方の違いを説明するための材料として取り上げたいと思います。

写真4 日没前の撮影例
撮影場所 片倉館(長野県諏訪市)
撮影機材 LUMIX DMC-GX8+LUMIX G VARIO 7-14mm
ISO 100 焦点距離 10mm F値14 シャッター速度1/2秒

写真5 ブルーモーメントの撮影例
撮影場所 片倉館(長野県諏訪市)
撮影機材 LUMIX DMC-GF6+LUMIX G VARIO 7-14mm
ISO 640 焦点距離 8mm F値4 シャッター速度5/16秒

写真4は,11月初旬の日没前の時間帯に撮影した作品です。この写真では,右手に写っている樹木が紅葉している彩りや重要文化財に指定されている建物の本来の色がはっきり見えていると思います。

 

一方,写真5は3月初旬の日没後の時間帯に撮影した作品です。こちらの写真では,落葉広葉樹の葉がすっかり落ちてしまいましたが,そのおかげで建物の右手側の姿も写真4よりは見えていて,右手にある街灯の灯が綺麗に噴水の水面を照らし出しています。また,写真4では噴水の水面に建物が映り込んでいますが,鏡面のように綺麗には写っておらず,ややぼやけた形になっているのに対し,写真5では噴水の水面に建物が鏡面のようにはっきりと写り込んでいます。

 

噴水の水面への建物の映り込み方に違いが生じる背景には,噴水の稼働時間が大きく影響しています。この噴水は,日没後に建物のライトアップが始まる頃に稼働を停止します。その事により,揺れていた噴水の水面が静止するのです。

 

さらに写真4写真5を較べてみると,写真5の方が空の青みが強くなっているのが御理解いただけると思います。これはブルーモーメントと呼ばれる夜明け前と日没直後のわずかな隙に訪れる,辺り一面が青い光に照らされてみえる現象の時に撮影したからなのです。加えて,写真5の建物はライトアップされることにより,外装を飾るスクラッチタイルの様相が写真4よりも鮮明になっており,重厚感が伝わってきます。

 

もう少し時間が経つと,夜の帳が降りてきて,空の色は黒く変化していきますが,空の色が暗くなってしまうと,同じアングルからこの建物を撮影しても建物の輪郭がやや不鮮明になってしまいます。このようにこの建物は写真5のようにブルーモーメントに撮影する事でその美しさや重厚感がより際立つことが御理解いただけると思います。

 

次にトワイライトタイムと呼ばれる時間帯に撮影した静止画を見ていきましょう。写真6写真7は時間帯を変えて重要伝統的建造物群保存地区に選定されている倉敷川畔伝統的建造物群保存地区を撮影したものです。

写真6 日中の撮影例
撮影場所 倉敷川畔伝統的建造物群保存地区(岡山県倉敷市)
撮影機材 LUMIX DMC-GF6+LUMIX G VARIO 7-14mm
ISO 160 焦点距離 12mm F値5.6 シャッター速度1/250秒

写真7 トワイライトタイムの撮影例
撮影場所 倉敷川畔伝統的建造物群保存地区(岡山県倉敷市)
撮影機材 LUMIX DMC-GF6+LUMIX G VARIO 7-14mm
ISO 160 焦点距離 9mm F値16 シャッター速度5秒

写真6は,日中に撮影したものですが,南側から太陽光が照射することで,倉敷川畔伝統的建造物群保存地区の象徴とも言える倉敷館が鮮明に見えています。その一方で,日中に撮影したためこの地区の美しさをより高めている街灯の灯は消えており,倉敷川の水面も風に揺られて僅かに波立っています。

 

写真7は,トワイライトタイムと呼ばれる時間帯に撮影したものです。トワイライトタイムは別名,マジックアワーとも呼ばれる時間帯で,日没直後あるいは夜明け前の10分から30分くらいにのみ出現する薄暮れの時間帯です。この時間帯に撮影した静止画は,空に青色から赤色のグラデーションがかかり,撮影対象の美しさが際立ちます。また,夕方であれば,街明かりが点灯し,街明かりとともに山や海など自然のシルエットも眺められます。写真7では,倉敷川畔伝統的建造物群保存地区の象徴とも言うべき倉敷館の内部と街灯が点灯し,倉敷川の水面に映り込んでいます。撮影した日時には風があったため,水鏡のようなリフレクションは撮影できませんでしたが,5秒間という長秒露光で撮影したことにより,揺れていた倉敷川の水面の波の動きは完全に消え,静寂な雰囲気が漂っています。

 

また,この静止画を撮影する際には,ホワイトバランスの設定にも注意しました。先に述べたように,トワイライトタイムに撮影した静止画は,空に青色から赤色のグラデーションがかかります。この美しさをより強調するため,ホワイトバランスをマニュアルで設定しました。

 

デジタル一眼カメラのホワイトバランスには,オート,晴天,曇天,日陰,白熱灯のほかにマニュアルで細かな設定ができる機能を有しているものが多いのですが,私は写真7を撮影する際にマニュアルでブルーとマゼンダをやや強調する設定にして撮影しました1。このことによって,空にかかる青色から赤色のグラデーションがより際立ったのです。

 

人によっては,本来の色とは違うのではないかという異論を唱える方もいらっしゃるでしょう。しかしながら,美しいと思う感性は人によって異なりますし,サングラスを装着した人と装着していない人では見え方に違いがあるように見え方も人によって異なります。カメラのレンズに装着して,画面全体を表現したい色味に変化させるカラーフィルターというツールがありますが,写真7の撮影方法は,そのデジタル版と考えていただければよいと思っています。

 

以上,適切な撮影時間帯とホワイトバランスの選択について撮影例をいくつか用いながら,解説してきましたが,次は文化財の静止画ではあまり見られない,夜景や星景による表現手法について事例をいくつか紹介したいと思います。

(3)夜景・星景による表現手法

文化財の夜景は,まず撮影対象となる文化財そのものがライトアップにより照射・点灯されているか,街明かりや月光等により,光が照射されていないとはっきり見えません。また,夜間の公開時間があるなど,撮影ができることが前提となります。従って,全ての文化財に通用する万能の手法とは言えませんが,いくつかの表現例を見てみましょう。

写真8 夜景による表現例1
撮影場所 旧堺灯台(大阪府堺市)
撮影機材 LUMIX DMC-GX8+LUMIX G VARIO 12-32mm
ISO 400 焦点距離 14mm F値16 シャッター速度1/10秒

写真9 夜景による表現例2
撮影場所 東京駅丸ノ内本屋(東京都千代田区)
撮影機材 LUMIX DMC-GX8+LUMIX G VARIO 7-14mm
ISO 400 焦点距離 7mm F値10 シャッター速度3.2秒

大阪府堺市に所在する史跡旧堺灯台は,現存する我が国最古の木造洋式灯台ですが,毎年7月下旬の海の日前後の土日にのみライトアップされています。このライトアップ期間中に撮影したものが写真8です。19時40分頃に撮影したものですが,撮影した季節が初夏だったため,ブルーモーメントの時間帯が遅くまで残っていて,空の色がやや青みがかっていますが,普段は点灯していない灯台のハリハン部分が緑色に点灯し,真っ白な木造の灯塔部分は,暖色系の光で夜空の中に美しい姿を浮き上がらせています。さらに,背景に阪神高速4号湾岸線と連続する街灯の灯を画角内に取り込むことによって,寂しくなりがちな夜空の部分に彩りを添えてみました。昼間には旧堺灯台の本来の色をはっきりと識別できると思いますが,この灯台の魅力は,本来機能していた時間帯にライトアップされることによりさらに向上すると思います。

 

夜景による表現例をもう一つ見てみましょう。

写真9は,東京都千代田区に所在する重要文化財東京駅丸ノ内本屋を撮影したものです。東京駅丸ノ内本屋は,日没から21時までライトアップされていますが,写真9を見ると下半分に逆さまの姿が写っています。これは雨が降った日にのみ現れる東京駅丸ノ内本屋のもう一つの姿なのです。丸ノ内中央広場は,2017年に整備が完了しましたが,地面は石畳風デザインのタイルにより整備されました。雨の日には,薄く雨水がタイルの上に堆積するのですが,特にカメラを鏡面のようにツルツルした黒い御影石の部分に直置きして(カメラが防水機能を有していることが前提です)撮影すると,写真9のようにまるで鏡面に写したかのような作品が撮影できます。これは雨を逆手にとって利点として活かした表現例ですが,ライトアップが終了した21時以降の時間帯ですと魅力が半減してしまいます。

ちなみにこの場所は三脚を使用した撮影は禁止されているので注意しましょう。

次は星景による表現例を見てみましょう。星景とは,星空と地上の景観を組み合わせた天体の表現手法のひとつです。

写真10 星景による表現例1
撮影場所 浄土ヶ浜(岩手県宮古市)
撮影機材 LUMIX DMC-GX8+LUMIX G VARIO 7-14mm
ISO 200 焦点距離 9mm F値4.0 シャッター速度60秒

写真11 星景による表現例2
撮影場所 大洗磯前神社神磯の鳥居(茨城県東茨城郡大洗町)
撮影機材 LUMIX DMC-GX8+LUMIX G 14mm
ISO 400 焦点距離 14mm F値2.8 シャッター速度60秒で撮影した30枚を比較明合成

写真10は,岩手県宮古市に所在する国の名勝に指定されている浄土ヶ浜を5月初旬の19時30頃に撮影したものです。月光を浴びて剣の山と言われる奇岩の姿が露わになり,その背景に星が無数に光っているのがお解りいただけると思います。写真10はシャッター速度を60秒に設定して撮影したため,地球が自転している影響により星が点像ではなく,僅かに流れてしまっていますが,東の星空との組合せは昼間や朝景とは異なり,幻想的に見えると思います。ただし,30秒以上の長秒露光で撮影する場合には,星を追尾するための赤道儀という道具が別途必要になりますので注意しましょう。

 

写真11は,茨城県東茨城郡大洗町に所在する大洗磯前神社神磯の鳥居を10月下旬の夜22時頃に撮影したものです。海上の岩帯に立つ神が降臨する神聖な鳥居と星を組み合わせてみた一枚ですが,写真11をご覧いただくと星の軌跡が線で繋がっていることが御理解いただけると思います。これは三脚にカメラを固定して,60秒毎にシャッターが切れるようインターバル撮影機能を使って撮影した30枚の静止画を比較明合成という手法(2を用いて合成したものです。いわゆるスタートレイル(Star Trail)という表現手法ですが,スタートレイルは撮影する夜空の方位によって,写り方が変わるので注意が必要です。北極星を画角の中心にして撮影すると同心円の軌跡を描くのに対し,東の夜空を画角の中心にして撮影すると,写真11のように左下から右上に向かう弧線を描くので,文化財を画角の中に入れて撮影する場合は撮影方位にも気を付ける必要があります。

 

大洗磯前神社神磯の鳥居がある場所は東向きの海岸なので,登ってくる朝陽と鳥居の組合せで撮影するスポットとして有名ですが,写真11のように東の夜空との組合せも幻想的です。

 

 

以上,いくつかの撮影例を参照しながら,適切な撮影時間とホワイトバランスの選択,夜景・星景による表現手法について説明してきました。

 

写真7〜写真11の撮影方法や表現方法には賛否両論あろうかと思いますが,特に写真7を風景写真共有サイトへ投稿したところ,旅行キュレーションメディアRETRIPで多数のまとめ記事に何度も引用・紹介される等の反響がありました(3。また,写真9を複数のSNSで発信したところ,NHKの番組『あさイチ』で紹介したいとの連絡をディレクターの方からご連絡いただき,2018年4月12日放送の「JAPAN NAVI 東京駅界わい知られざる魅力」の中で取り上げていただきました。この事を通じて学んだことは,文化財の魅力を第三者に伝えるためには,第三者の眼に印象を残す手法で撮影し,国内外の多くの人の眼に触れる場所へ共有するという視点が重要だということです。

 

次に撮影した文化財の魅力を伝える静止画をどのように第三者へ共有化するのか,考えられる手法についてみていきたいと思います。

5 文化財の魅力を伝える静止画の発信手法

図2 Googleマップの写真・口コミ投稿画面(PC版)

(1)地図ガイドアプリによる発信

撮影した文化財の魅力を伝える静止画を第三者へ発信する手法の一つとして,地図ガイドアプリが最初に思い浮かびます。地図ガイドアプリは,文化財を含む観光資源を旅行者が見て回る際に調べるためのツールで,Yahoo! MAPや地図マピオンのような国内向けのものもありますが,Googleマップのように世界中を検索できるものもあります。

 

Googleマップは,街の人気スポットを探して行き方を調べられる地図アプリで,220カ国と地域を広くカバーした精密な地図,15,000を超える町や都市の乗換案内と地図機能を有しています。iOSのApp Storeのアプリ毎のユーザー数は非公開のため不明ですが,Androidマーケットでは10億人〜50億人のユーザー数があるアプリです。さらに,1億以上の場所に関する詳細情報,ストリートビューやレストラン,美術館,博物館などの屋内画像も見ることができるスポットもあります。

 

私はGoogleマップの機能の中で,スポットの追加,写真や口コミの投稿機能を多用しています(図2)。この機能は,Googleアカウントさえあれば誰でも無料で時間に関係なく,スポットの追加や写真・口コミの投稿が可能なのです。

 

この機能を使えば,前章で紹介したトワイライトタイムやブルーモーメント,夜景や星景による表現手法で撮影した魅力的な文化財の静止画を国内のみならず海外から日本を目指して旅行してくる観光客の方々にも伝えることができます。

 

また,投稿した静止画は,静止画毎に閲覧回数を調べることも可能で,どのスポットに関心が持たれているかを分析するためのデータともなり得ると考えています。

図3 Instagramの画面表示例(PC版)

(2)SNSによる発信

もう一つの手法として思い浮かぶのはSNS(Social Network Service)による発信です。Facebook,Twitter,LINE,Instagram等様々なSNSがありますが,私はInstagramに注目しています(図3)。Instagramは,写真・動画を撮影,加工,共有できるスマートフォンアプリですが,SNS機能も有していて,グローバルで8億人,国内では2,000万人が利用しています(4。モデルや有名人,芸能人も利用しており,アカウントさえあれば誰でも無料で時間に関係なく,写真・動画の投稿が可能です。また,複数の写真加工用のフィルターが標準機能として付加されていて,手軽に撮影した写真をおしゃれに編集加工することが可能です。

 

文化財の魅力を伝えるストーリーとして文化庁から認定されている日本遺産(Japan Heritage)の認定地域の中でもInstagramアカウントを取得し,積極的に発信を行っている事例は幾つがありますが(5,Instagramでは一方的に静止画や動画を発信するだけではなく,フォロワーとの交流を視野に入れた双方向的な発信が大切です。投稿毎に多数寄せられるコメントに対して,1件ずつ対応していくのはなかなか難しいと思いますが,例えば,日本遺産認定地域固有のハッシュタグを予め決めておき,フォロワーに投稿してもらう際にそのハッシュタグを付けて投稿してもらった静止画や動画を,後日,リポスト(Repost)することによってアカウント上でフォロワーの作品を広く紹介するといったことも可能です。それによりフォロワーは自分の作品を公式アカウントで紹介されるという栄誉・誇りを感じ,公式アカウント側にとってはプロフィール画面を充実させることに繋がります。

 

この他にもPashadelicのようなカメラマン向けの風景写真共有サイトやNIKON IMAGE SPACE,LUMIX CLUB Picmate,OLYMPUS Fotopusのように国内のカメラメーカーが運営する写真共有サイトに投稿する手法も考えられます。

 

大切なのは,国内あるいは国外のどちらか一方に偏ることなく,広く発信する手法を選択することです。

6 おわりに 

以上,文化財の魅力を伝える静止画の撮影手法や発信手法について御紹介してきましたが,いかがだったでしょうか。これまで御紹介してきた手法は,決して目新しい内容ではなく,静止画の世界では日常的に実践されている内容です。ただし,文化財の分野,特に文化財の魅力を発信する手法としては,あまり実践されていないというのが私の見解です。

 

読者の皆様の多くは文化財の専門職員の方々だと思いますが,中には,文化財の魅力を伝える静止画は,プロや地元のハイアマチュアに撮影を任せておけば良いのであって,自分たちはそうした静止画を撮影する必要もないし,技術も不要と感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

私は,文化財の専門職員は調査等に係る記録写真だけを撮影していれば良いという時代ではないと感じています。平成31年4月からは文化財保護法及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部が改正される見込みで,今後は首長部局でも文化財を担当することができるようになります。そうした体制を先進的に導入している自治体には,観光部門と文化財部門が同じセクションの中に置かれているところもあり,冒頭で紹介した日本遺産(Japan Heritage)のような文化財を核とした地域活性化に向けた取組を推進していく場合には,文化財の魅力を発信する写真が必要とされますので,文化財の専門職員がこれまで培ってきた撮影技術にプラスアルファが求められる時代もいずれ到来するだろうと思っています。

 

私が熟々と述べてきた内容は,決して難しいことではありません。日常的に文化財の記録写真を作成してきている文化財の専門職員の方々であれば,これまで培ってきた撮影技術を応用し,すこし視点を変えるだけで実践できる内容ではないかと思います。一人でも多くの方に地域にある文化財の魅力を伝える写真を撮影いただき,様々なメディアを通じて国内外へと広く発信し,地域誘客に繋げる取組を推進いただければ幸いです。

<謝辞>
 本稿は,文化庁文化財部記念物課企画調整係在籍時から日常的に感じていたことを文章化してみたものです。拙い内容ではありますが,発表する機会を与えていただいた『文化遺産の世界』編集部の皆様に感謝申し上げます。
 構想段階ではありましたが,2018年2月3日に倉敷市立美術館で開催された倉敷日本遺産認定記念シンポジウムのパネルディスカッションの席上でもこの内容の一部について,発表させていただきました(倉敷市日本遺産推進協議会・株式会社スペースビジョン研究所 2018)。当日,話題を提供する機会を与えていただいた伊東香織倉敷市長様,岡本由美子倉敷市日本遺産推進室長様をはじめとする関係者の皆様に感謝申し上げます。
 また,本稿で取り上げた静止画のうち,写真8の撮影に際しては,堺市文化観光局文化部文化財課の近藤康司さんに御協力をいただきました。休日にもかかわらず,昼過ぎから夜遅くまで御対応いただき感謝申し上げます。


(1)    これはLUMIXシリーズのエントリーモデルに付加されているシーンモードという機能の一つである「夕焼けを幻想的に撮る」のホワイトバランスの設定から着想を得ました。
(2)    2つ以上の写真を比較して明るい部分だけを合成していく手法。この静止画の合成に際してはStarStaxというMacOSXのアプリケーション(StarStaX - www.starstax.net)を用いました。
(3)    「テンションが上がる女子旅に!全国の“女子旅に人気の観光地”10選」(https://retrip.jp/articles/82039/)
「この秋、大切な人と。岡山屈指の美観地区「倉敷」で非日常を楽しむ7つの方法」(https://retrip.jp/articles/93877/)
「日本の“ステキ”に出会う街!倉敷の絶対外せない観光スポット10選」(https://retrip.jp/articles/95656/)
「まったりだけど楽しみ尽くす。倉敷・尾道で叶える1泊2日の大満足プランをご紹介」(https://retrip.jp/articles/98498/)
「女子旅ならここ!中国・四国地方の女子旅におすすめなスポット8選」(https://retrip.jp/articles/99168/)
(4)    インスタグラムマーケティング情報発信メディア「インスタラボ」が2017年11月2日時点で作成したデータに基づく。
(5)    郡山シティプロモーション(koriyama_citypromotion),日本遺産のまち三重県明和町(nihonisan_meiwa)吉野地域日本遺産活性化協議会(japan_heritage_yoshino),淡路島日本遺産(kuniumi.awaji),【日本遺産】やばけい遊覧(yabakeiyuuran_official),菊池川流域日本遺産協議会(kikuchigawa.jp),【公式】銀の馬車道◎日本遺産(ginnobashamichi),津和野今昔(japanheritagetsuwano),日が沈む聖地出雲(japan_heritage_izumo)等のアカウントがある。


参考文献
倉敷市日本遺産推進協議会・株式会社スペースビジョン研究所 2018 『一輪の綿花から始まる倉敷物語〜和と洋が織り成す繊維のまち〜 倉敷市日本遺産シンポジウム開催支援業務報告書』
文化庁文化財部記念物課 2015 「「日本遺産(Japan Heritage)」の認定結果及びロゴマークの発表について」『文部科学広報 2015年6月号』No.187 文部科学省
文化庁文化財部記念物課 2016a 「『日本遺産(Japan Heritage)』について」『文化遺産の世界Vol.26 特集:日本遺産』文化遺産の世界編集部
文化庁文化財部記念物課 2016b 『日本遺産』
文化庁文化財部記念物課 2016c 「平成28年度「日本遺産(Japan Heritage)」の認定結果について」『文部科学広報 2016年6月号』No.199 文部科学省
文化庁文化財部記念物課 2017 「平成29年度「日本遺産(Japan Heritage)」の認定結果及びこれまでの取組状況と課題について」『文部科学広報 2017年6月号』No.211 文部科学省
文化庁文化財部伝統文化課 2015 『平成26年度 文化財の効果的な発信・活用方策に関する調査研究事業 報告書 文化財の効果的な活用・発信ガイドブック』

公開日:2018年5月11日最終更新日:2018年6月22日

川口 武彦水戸市教育委員会事務局 教育部 歴史文化財課 世界遺産推進室長

1973年米国カリフォルニア州サクラメント市で誕生。幼少期から考古学に関心を持ち,東海大学文学部考古学専攻,筑波大学大学院博士課程歴史人類学研究科考古学・先史学コースで考古学を学ぶ。2004年から水戸市教育委員会に奉職し,2013年4月から2017年3月まで文化庁文化財部記念物課へ行政実務研修生として勤務。2017年4月から水戸市へ帰任し,現職。趣味は風景写真と料理。