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スーダン考古学最前線:ルーヴル美術館の挑戦

坂本 翼 / Tsubasa SAKAMOTO

京都大学学術研究支援室 特定専門業務職員

エジプトからスーダンへ

パリに門を構えるルーヴル美術館。ヒエログリフを解読したジャン=フランソワ・シャンポリオン(1790-1832)やエジプト考古局初代局長を務めたオーギュスト・マリエット(1821-1881)がかつて勤めていたことからもわかるように、エジプト学の世界でも指折りの研究機関としてその名を知られている。すでに200年近いエジプト学の伝統を有しているルーヴル美術館ではあるが、近年ではスーダンの古代文明(メロエ王国)の研究にも乗り出しており、当分野の発展に大きな役割を果たしつつある。このコラムでは、ルーヴル美術館が手がけている国際共同研究プロジェクト 「メロエ王国図像集成」(Répertoire d’iconographie méroïtique)の紹介を通じて、スーダン考古学の最前線をお届けしたい。

メロエ王国

今、スーダンの古代文明の一つとしてメロエ王国を挙げたが、ルーヴル美術館がなぜこの文明に大きな関心を寄せているのかを知るためにも、まずはその歴史的背景から説明しなければなるまい。メロエ王国とは、紀元前三世紀から紀元後四世紀頃にかけてナイル川中流域に栄えた古代王国だ1)。ナイル川中流域とはエジプトとスーダンの国境にまたがって広がるヌビア地域を指している。同時期のエジプトはプトレマイオス朝およびローマ帝国の属州支配に置かれており、それゆえ、メロエ王国はしばしば、ヌビア地域の覇権をめぐってプトレマイオス軍やローマ軍と争いを繰り広げた。両者の攻防は日を追うごとに激化していったようで、メロエ王国の王宮跡(メロエ遺跡)では、エジプトへ侵攻した際に戦利品として奪ったアウグストゥス帝の青銅製像の頭部が床下から見つかっている(図2)。頭部を地中深くに埋めることでローマ帝国を象徴的に支配しようとしたのだ。メロエ王国のしぶとい抵抗に手を焼いたアウグストゥス帝は、紀元前21-20年、同王国の使節団とギリシアのサモス島で会談し、ヌビア地域の領有権の大半を譲り渡している。こうしてローマ帝国と和解したメロエ王国は、紀元後四世紀中葉にエチオピア/エリトリアのアクスム王国に滅ぼされるまで、ナイル川中流域を舞台として脈々と独自の文化(メロエ文化)を発現させてゆくこととなる(図3)。

図2:メロエで見つかったアウグストゥス帝の青銅製像頭部(写真:Aiwok/CC BY-SA 3.0)

図3:メロエ土器(Musée du Louvre, AE, E 11378, © Musée du Louvre / Christian Décamps)

その際たるものがメロエ文字である(図4)。言語学的には紀元前二千年紀に起源を持ち、紀元前三世紀頃から書き言葉として用いられるようになったこの文字は、まだ十分に解読されているとは言えないものの、古代エジプトの民衆文字(Demotic)から派生したことが明らかになっている。同じくナイル川沿いに花開いたメロエ王国は、古代エジプトから確かな文化的影響を受けているのだ。王国各地の神殿などで崇拝されていたオシリスやイシスといった神々がその良い例である。しかし、神殿の壁面に刻み込まれた碑文からは、アペデマクやアレンスヌフィスといった独自の神々の存在も明らかになっている。特に、獅子の姿で描かれるアペデマクはメロエ王国の王権を司る最も高貴な神であり、この点でオシリスやアメンを最も重視する古代エジプトと大きく異なる。

図4:メロエ文字が刻まれた供物台(筆者撮影)

メロエ王国図像集成プロジェクト

これまでの説明で、メロエ王国がヘレニズム・ローマ世界の縁辺部に位置していたことをご理解いただけたと思う。ただしそれだけではない。属州支配下のエジプトを介してヘレニズム・ローマ世界と深く交流していたアフリカ大陸最南端の文明でもあるのだ。それゆえメロエ王国の特質を理解することは、ひるがえって「古代地中海的なるもの」を問い直す重要な契機ともなる。この点を踏まえて2016年からルーヴル美術館が推し進めている国際共同研究プロジェクト、略してRIMは、同王国に帰属するあらゆる図像を分析することでその規範に迫り、以って、ヘレニズム・ローマ世界との文化的混淆を浮かび上がらせることを目指している2)

 

例えば、次の三つのファイアンス製シリンダーを見ていただきたい(図5-7)。いずれもメロエ王国の王宮跡に建てられていた一本の柱を飾っていたと考えられている。一つ目(カナダ・ロイヤルオンタリオ博物館所蔵)の側面には羊と獅子おそらくアメン神とアペデマク神が各二体描かれている。少なくともそのうち一体に太陽円盤とウラエウス3)が伴っていることから、古代エジプトの伝統様式が踏襲されていることがわかる。二つ目(カナダ・マギル大学所蔵)の側面にも、サティス神、アヌキス神、ヌウト神といった古代エジプトの神々が描かれている。一方で、三つ目(ルーヴル美術館所蔵)についてはやや様相が異なる。側面に図像が描かれている点では共通しているがどれもヘレニズム様式を色濃く反映したものとなっている。中にはギリシア神話のパン神と思われる肢体も認められる。神の特定の是非はともかくとして、各種様式の異なるシリンダーが一本の柱を飾っていたならば、そこに見られる文化的混淆はメロエ王家にどのようなメッセージを発していたのであろうか。メロエ王家は、自らの伝統に入り込んだ遠い異世界の文化的記憶をどのように解釈していたのだろうか。これらの疑問を解くために図像の分析が必要とされている。

図5:ロイヤルオンタリオ博物館所蔵のファイアンス製シリンダー(With permission of the Royal Ontario Museum © ROM)

図6:マギル大学所蔵のファイアンス製シリンダー(Trigger 1994, 393より作成)

図7:ルーヴル美術館所蔵のファイアンス製シリンダー(Musée du Louvre, AE, E 11522, © Musée du Louvre / Georges Poncet (vue d’ensemble), ©musée du Louvre / Christian Descamps (déroulé))

以上の問題意識に根ざす本プロジェクトでは、目下、全世界の博物館や研究機関の所蔵資料を対象として、そのそれぞれに施された図像の収集・抽出・記録作業が進められている(筆者自身も青銅製容器を担当している)。集められたデータは、関連研究の文献情報とともにルーヴル美術館内の事務局に送付され、その後、各分野の専門家によって、図像の通時的変遷やそこに込められた象徴的意味といった解説が附される。最終的には、2022年までに資料集成を兼ねた大部の事典が刊行される予定である。なお余談となるが、このプロジェクトのモデルとなっているのは『古典古代神話図像学事典』(Lexicon Iconographicum Mythologiae Classicae)である。1981-2009年にかけて20冊を刊行した本書は、名前の通り古典古代の神話図像学事典であり、そこに附された解説は、ヘレニズム・ローマ世界に足を踏み入れようとする研究者にとって欠かすことのできない情報源となっている。言い換えればいま、同じ志を持ったプロジェクトが同世界縁辺部の資料を対象として進められつつあるというわけだ。このプロジェクトが達成された暁には、ヌビア地域を中心としたナイル世界からヘレニズム・ローマ世界を捉えなおすための学術的基盤の構築が期待されており、この意味で、ルーヴル美術館の潜在的貢献は計り知れない。

メロエ王国に代表されるスーダンの古代文明は、上述の重要性にもかかわらず、古代エジプトやローマ帝国の栄光の影で冷遇されてきた。ルーヴル美術館が立ち上げたプロジェクトは、世界中の専門家の力を合わせてこの不遇な状況を打開し、一見合意が得られたかに見える古代地中海文明圏の交流史をスーダンから問い直そうとする試みにほかならない。この点、ルーヴル美術館は少なくともメロエ王国の2つの遺跡(アル=アッサ、ムウェイス)で発掘調査を行なっており、日々、碑文史料や考古学的遺物の発見を通じて歴史像が塗り替えられ続けている。残念ながら日本の発掘調査隊はスーダンから手を引いてすでに久しいが、それでも、私が勤務する京都大学の総合博物館には、イギリスのエジプト探査基金からかつて寄贈されたメロエ土器が所蔵されている(図8)。そう、メロエ王国の遺産は我が国にも求めることができるのだ。そう遠くない未来に、スーダンの大地が育んだこの古代文明がふたたび注目を浴びることを願っている。

図8:京都大学総合博物館所蔵のメロエ土器(京都大学大学院文学研究科考古学専修、京都大学総合博物館編、2016)


(1)    鈴木八司、1970、『ナイルに沈む歴史:ヌビア人と古代遺跡』、岩波書店
(2)    Rondot, V. 2018 Permanences des Représentations, Interprétation des Modèles et Imagerie Sélective dans les sources figurées du royaume de Méroé: prolégomènes au Répertoire d’iconographie méroïtique, Paris, musée du Louvre-éditions Khéops.
(3)    ウラエウスとはコブラの姿で表現される古代エジプトの神で、王権の象徴としてしばしば王のネメス頭巾の額部分に付けられた。スーダンにおいてもその重要性は揺るぎないものだったようた。特に、スーダンに文化的起源を持つ第25王朝時代のファラオは、こぞってその王冠に2匹のウラエウスを付け加えたことで知られる。

参考文献
Trigger, B. G. 1994 “The John Garstang cylinders from Meroe in the Redpath Museum at McGill University”, in C. Berger, G. Clerc, and N. Grimal (eds.), Hommages à Jean Leclant II, Le Caire: Institut français d'archéologie orientale, 389-397.
京都大学大学院文学研究科考古学専修、京都大学総合博物館編、2016、『京都大学総合博物館考古学資料目録:エジプト出土資料』、京都大学総合博物館

坂本 翼さかもと つばさ京都大学学術研究支援室 特定専門業務職員

1984年生まれ。フランス・リール第三大学人文社会科学研究科博士後期課程修了(Ph.D.)。ハルツーム大学客員研究員、フランス政府給費留学生、古代オリエント博物館共同研究員などを経て2018年より京都大学学術研究支援室特定専門業務職員。専門はスーダンの考古学。主要業績に「岡島誠太郎に連なるエジプト学の系譜」(『オリエント』第61巻第2号、2019)、“Les Blemmyes en l’an 90 de l’ère de Dioclétien”, Zeitschrift für Ägyptische Sprache und Altertumskunde 146/1 (2019) などがある。

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