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【リレー企画】小さな展示館 第2回~南アルプス市 ふるさと文化伝承館~

保阪 太一 / Taichi HOSAKA

南アルプス市教育委員会
文化財課職員

はじめに

山梨県は南アルプス市。甲府盆地の西縁にあるこの地で、小さな小さな、しかも展示施設ではなかった館を手作りでリニューアルして運営している館があります(写真1)。

 

「ふるさと文化伝承館」と呼び、地域の住民の方々には歴史に裏付けられた本物の魅力を改めて発見してもらい、ふるさとを誇りに思っていただく。そして市外から訪れた方には南アルプス市の魅力を知り、ファンになっていただこうと取り組んでいます。

 

しかし、館として独立している存在ではなく、あくまでも文化財課の業務の一つとして運営している小さな施設で、文化財調査事務所の側面と、公開活用・教育普及施設の側面を持っています。小さい分、小回りがきくともいえ、弱小さを武器に、アイデア(苦肉の策)と汗でなんとか市民のみなさまにも定着しつつあります。少し長くなりますが、館を運営するに至った背景や文化財課としてもがいてきた試行錯誤の様子をご紹介しましょう。

写真1 ふるさと文化伝承館の外観

はじまりは「文化財課のお手伝い」

写真2 山と果樹園

南アルプス市は平成15年4月1日に4町2村が合併して誕生した市で、全国第2位の高峰や広大な御勅使川扇状地(みだいがわせんじょうち) を有するなど、その風土を活かした山岳観光や果樹観光に力を入れています(写真2)。

 

合併当初の南アルプス市は文化財を公開する施設が一つもなかったことからもわかるように、全体的に文化財に対する認識度が低かった印象があります。歴史資源に裏打ちされたまちづくりを行うためにも、市民のみなさんの歴史資源や文化財に対する理解は必要不可欠であり、潜在的にはあるはずの文化財へのニーズを掘り起こすことを重要課題として、地に足付けた調査とともに、とにかく教育普及に力を入れることを選択しました。

 

そこで、出前講座や史跡案内はもとより、どんな相談でも文化財からの切り口によって対応するよう心掛け、さまざまな「人」とつながり、どんな小さなニーズも大切に「文化財課のお手伝い」と名づけた教育普及活動を継続しています。

「ハコモノがなくても普及はできる!」が「ハコモノ」のニーズに!

本市には全国にその名を轟かすような史跡があるわけではありません。そのようなまちでも地域が誇りをもって歴史の厚みに裏打ちされた未来をつくることを目指して種をまき続けているもので、「ふるさとを好きになってほしいから」をスローガンに、学校に限らず市民団体や地区、各種団体、町内会の寄り合いに至るまで出向きました。寄り合いでは、それこそ、そのたびに土器や史資料を軽ワゴンに積めるだけ積んで居酒屋さんでもパワーポイントでお話しをし、乾杯の前に帰ってくることもありました。 まさに草の根で市民のみなさんが歴史資源に触れる機会を増やす作戦なのです。屋内での講座とともに現地を歩くことも地域を育むこととなり、ガイドツアーやフィールドワークなど地域づくりのお手伝いを実施しているのです。

 

「とりあえずご相談ください」の精神でとにかく何でも受けてきたことにより、「文化財課のお手伝い」は口コミで広がり、今では年間250件程実施しています(図1)。その活動の中に「ふるさと文化伝承館」の活動もあるのです。

 

このような種まき活動により、毎回史資料を積んでは出かけていく文化財課の悪戦苦闘の様子を応援してくださる仲間が徐々に増え、そのような市民の要望も後押しして、平成19年、観光施設であった「ふるさと文化伝承館」を文化財調査事務所として文化財課がもらい受け、 その後も補助金を利用しながらも手作業や寄せ集めの展示ケースを並べながら、ついに平成21年6月、市民のニーズも後押しし、地域の歴史資源を発信する施設として再始動したのです。

図1 教育普及事業「文化財のお手伝い」の実績

「相手を大切に思うこころ」でご案内

「ふるさと文化伝承館」は、 元々平成7年にオープンした「涌暇李の里(ゆーかりのさと)」 という複合観光施設にあった館の一つで、温泉や芝生広場などが隣接しています。

 

入館料は無料で、スタッフにより入館者とコミュニケーションをとりながらその方のご都合に合わせて展示を案内しています(写真3、4)。「混んでいない」という、館としては致命的な弱点を活かしての「おもてなし」対応です。本市は、小笠原流礼法で知られる武家の名門「小笠原家」の発祥の地とされ、小笠原流礼法の神髄がまさに「相手を大切に思う心」なのです。このような個別のご案内は来館者には好評です。

 

先述した通り、設備は十分といえませんし狭小ですので、展示資料を多くした分、展示パネルのスペースが確保できなかったこともあります。しかし何よりも、コミュニケーションをとることが、南アルプス市の歴史に興味を持っていただく一番の近道と考えています。

写真3 常時スタッフ2名がおもてなし。招き猫は近所の野良ちゃん。

写真4 ご案内の様子

2階展示室~縄文部屋~

時間がないお客様にも必ずご案内するのは2階の展示室、通称「縄文部屋」です(写真5,6)。本館の一番のウリと言える国指定重要文化財の「鋳物師屋遺跡出土品(いもじやいせきしゅつどひん) 」をはじめ、旧石器~縄文時代の出土資料を展示しています(写真7)。

 

展示室入口にある顔はめパネルがお出迎えしています。収蔵を兼ねていることもありますが、間近でご覧いただけるよう、重要文化財以外はケースに入れず露出展示にしていますので、縄文土器の圧倒感に喜ばれる来館者は多いです(写真8)。

写真5 2階展示室入り口の様子

写真6 2階展示室の様子

写真7 鋳物師屋遺跡出土品の展示ケース(子宝の女神ラヴィ以外)

写真8 並ぶ縄文土器

展示室の中央には鋳物師屋遺跡の円錐形土偶「子宝の女神 ラヴィ」(写真9)が鎮座し、また人体文様付有孔鍔付土器(じんたいもんようつきゆうこうつばつきどき)(写真10)など、日本縄文文化を代表する資料が並びます。これらの資料はイギリス大英博物館をはじめ数々の海外展に貸し出されたことがあり、これらを目的とされる遠方からの来館者も多いです。

写真9 子宝の女神 ラヴィ

写真10 人体文様付有孔鍔付土器

子宝の女神 ラヴィ

この円錐形土偶は2年前の市民による投票の結果「子宝の女神 ラヴィ」という愛称がつけられました。左手でおなかをさすり、右手は腰を押さえるなど、今と変わらぬ妊婦さんの姿をした命の象徴ともいえる土偶です。「ラヴィ」とはフランス語で「命」という意味です。名前が決まると同時にキャラクターも展開し、その年におこなわれた土偶キャラの頂点を決めるイベント「2015どぐキャラ総選挙」にて見事グランプリに輝きました。展示室では毎日みなさまをお迎えしています(写真11)。

写真11 展示室内の2人の「子宝の女神 ラヴィ」

展示室でベイビーマッサージ

なんと、この展示室(縄文部屋)では、隔月で「ベイビークラブ」を開催しており、毎回8組限定で、赤ちゃんとお母さんを対象に、ベイビーマッサージやワークショップ、縄文のお話しなどを通してゆったりとした時間を過ごしていただいています(写真12、13)。

 

縄文の命の象徴である土偶に囲まれて、命を育むイベントなのです。

 

このイベント、子育て支援を推進する地元の企業さんと子育て支援NPOさんと文化財課との協働です。すでに3年になりますが、募集開始後すぐに定員が埋まるほどの人気なのです。

写真12 ベイビークラブの様子

写真13 市内パン屋さんで販売されているラヴィちゃんパンも登場。

1階展示室

1階は稲作以降の歴史が展示してあります。主に考古資料のコーナーと、近世以降の暮らしや産業にかかるコーナーがあります(写真14、15)。農具や民具の数々は体験学習や貸出しなど、実際に使用する機会を大切にしています。

 

南アルプス市は全国最大とも謳われる御勅使川扇状地があり、「月夜でも焼ける」と言われるほどの常習旱魃地域と、その扇状地の下を潜っていた水が「曇って三寸」と言われるほど常に水が溢れている地域が同居する市であり、そのような特殊な風土の下での暮らしの変遷を学んでいただけます。現在、果樹王国として知られるのも、そのような困難な環境を乗り越えた知恵の結集と言えます。

写真14 1階考古コーナーの様子

写真15 1階民具コーナーの様子

エントランス展示

展示スペースが狭小であるため、普段展示できないテーマを年に3~4回のペースでミニ展示を行っています。空白期間は作らずテーマを変えながら常にエントランス展示を行っています。

小さくても体験コーナー

エントランスの一角に、ごく小さな体験スペースを用意しています(写真16)。火起こしや土偶作り、拓本カード作りは予約なしでいつでも体験可能です。また、実際に出土した土器のレプリカ立体パズルは人気で、その他、各種パズルや塗り絵、昔のおもちゃなども用意しています。

 

小さな図書コーナーでは、収蔵資料が紹介されている図書や、文化財課が連載している広報誌などもご覧いただけます。

 

また、全国に先駆けて取り組んだ、タブレット端末を介して地下の遺構を眺めることのできる「MなびAR~遺跡で散歩~」などもデモ体験することができます。

写真16 体験コーナーからエントランス周辺の様子

物品販売

写真17 グッズ販売コーナー

体験コーナーの向かいの受付カウンターではグッズも販売しています(写真17)。最近は主にラヴィ関係が多いですが、いつでもラヴィに変身できるラヴィパーカーや、ラヴィクッキーは地元住民の団体との協働で取り組んでいます。根強く人気があるのはラヴィの3分の1サイズのレプリカで、野焼きしているのが好評です。

多目的実習室・「ものづくり教室」の開催

通常は埋蔵文化財の調査における遺物の洗浄作業や、備品の手入れなどをしている部屋ですが、団体さん向けの体験メニューもおこなっています。最近では、かつて本市の名産であった藍の栽培から本藍だて、藍染の一連の作業復活もこの部屋で取り組んでいます。

 

土器や土偶、まが玉作りなどの一般的な「ものづくり教室」もおこないますが、なるべく本市の歴史にのっとったオリジナルなメニュー作りを心がけています。藍もその一つですが、大旱魃地帯ゆえの小麦の歴史の学習では、遺跡から出土した小麦の観察や、昔の道具を使っての脱穀、最後にはラヴィちゃんのパン作りを行ったり、鋳物師屋遺跡の土器圧痕から大豆の歴史を学び、扇状地ゆえの知恵である麦を使った「甲州味噌づくり」など、本市ならではのメニューも定番化しています(写真18)。ただの植え込みだった建物周りの植栽は、今や、藍、エゴマ、ツルマメ、ヤブツルアズキ、そして擬似遺構の場(後述)となっています(写真19)。

写真18 ものづくり教室「小麦の物語」。歴史を学びながらパンも作ります。

写真19 植え込みは生育の良い藍で覆われています。

団体さんいらっしゃい!

写真20 3年生の授業では火熨斗体験は人気です。

学校の場合、各学年に応じて打ち合わせの上それぞれその授業だけのオリジナルメニューで対応しています。たとえば3年生は「昔の暮らし」単元での利用が多く、農具などのほか、昔はどの家庭にもあった製麺機や火熨斗(ひのし)1)なども実際に使用してみます(写真20)。

 

もちろん一般の団体にもその都度打ち合わせの上、オリジナルメニューで対応しています。まさに「文化財課のお手伝い」なのです。

 

かつておこなった視覚の不自由な方々のワークショップでは、土器にたっぷり触れていただいたことで大変喜んでくださいました。婚活のイベントでは土器の接合を体験し、ドキドキ感を味わってもらうなど、さまざまな団体に活用していただいています。 そのほか、収蔵庫や整理室の案内、また整理室を使っての座学もできますし、展示室でもその場で展示ケースから出して触れていただくなど、五感で感じて、記憶に残る対応を心がけています。

「縄文夜会」

年に一度のメインイベントである「伝承館で夏まつり」は、オープン以来、毎年実施してきましたが、とくに予算もないためアイデア勝負で挑戦してきました。

 

夏休みのイベントとして定着し、3年前からは「縄文夜会~JOMON NIGHT~」と題して夜間に実施してきました。その一コーナー「ナイトミュージアム~インディ ジョーモンズ~」は、真っ暗な館内を謎解きをしながら学んでいく冒険企画で、大行列ができる人気ぶりです。

伝承館 秋まつり~一日だけの 遺跡のがっこう~

今年は昼間開催の秋まつりとしました(2017年10月15日実施)(写真21)。花壇を利用して擬似遺構を用意し、鋤簾を使って遺構確認から掘り上げまでの発掘のしくみを学ぶ体験や、大きな大きな子宝の女神ラヴィのドーム型縄文体験ツールも登場しました(写真22)。命の象徴であるラヴィのおなかの中で子供達は笑顔で飛び跳ねるというシチュエーションを提供いたしました。規模は小さくても、本市のオリジナルを活かしたイベント作りを心がけています。

写真21 今年度のイベントのチラシ

写真22 ドーム型縄文体験スペース

まちづくり・みらいづくりの拠点として

写真23 何気ない風景の中にある「文化財Mなび」の情報発信板

展示室内に設置している小さなパネルにはQRコードが記され、「文化財Mなび」という文化資源紹介サイトにリンクしています。出土した遺跡の様子や説明を見ることができるもので、実はこれと同じステッカーが市内各地の屋外に設置されています(写真23)。中でも、ウリは、その地域に暮らす児童の声で音声ガイドを聞けることです。元々は小学生たちによる手描きの遺跡説明板を設置していたのですが、音声へと移行し、今は動画を配信し始めています(写真24、25)。

 

それらと連動して、市内に点在する文化資源をテーマごとにまとめたガイドマップやガイドブックも作成しており、伝承館から市内各地に訪れていただくようフィールドミュージアム「ふるさと〇〇博物館」の拠点としての機能も強める予定です。

 

実際には老朽化が目立ってきており、毎日のように修理をしている状態ですし、ミュージアムとして建てられたものでもありませんので機能も規模も不十分です。なんとか改善したいところですが、それには、さらなるニーズの掘り起しが必要です。

 

これまでご紹介してきたことのほとんどは、地域の歴史に興味のない、もしくは興味があることに気がつかないでいる方々に、いかに興味を持ってもらえるか、あの手この手で種をまいている取り組みと言えます。もちろん、すでに興味を持たれている方には、さらに本質を深めた調査・研究の情報の提供が必要です。

 

なかなか簡単なことではありませんが、地方の小さな組織ゆえにこそ、様々な団体と協働しながら、常に地域の歴史資源を掘り起こし、磨き、伝えることを、やわらか頭でし続けなければならないと考えています。ふるさと文化伝承館はまさにそのような実践をする場なのです。ふるさとを好きになってほしいから、、、今日もまた種をまき続けます。

写真24 児童たちの手描きの説明板を読んで学ぶ後輩たち

写真25 現地の説明パネルを兼ねた「MなびAR」のマーカー


(1)    布地のしわを伸ばすための道具。底の平らな金属製の器に木の柄をつけたもの。中に炭火を入れて熱し、布地にあてる。

公開日:2017年10月30日

保阪 太一南アルプス市教育委員会
文化財課職員

東京都大田区出身。埋蔵文化財および文化財全般にかかる調査や調整、教育普及などに従事する。
本年度からはまち全体をミュージアムと見立て、歴史資源を住民とともに掘り起こし・育み・伝えるプロジェクトを始動させている。
歴史の厚みに裏付けられたまちづくりを目指して、人とのつながりを大切にしながら、試行錯誤の日々を過ごしている。