コラム

HOME /  コラム /  総合展示第1展示室「先史・古代」展示リニューアル -国立歴史民俗博物館-

博物館

総合展示第1展示室「先史・古代」展示リニューアル -国立歴史民俗博物館-

和田 浩一郎 / Koichiro WADA

文化遺産の世界編集部 編集員

国立歴史民俗博物館(撮影:宮嶋尚子 以下同)

2019年3月、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館(以下、歴博と表記)の第1展示室は、3年あまりの閉鎖期間を経てリニューアル・オープンされた。博物館展示の改装は、旧展示の公開以降に進んだ学問上の理解や、社会環境の変化に対応したものが目指される。とはいえ展示スペース、予算、時間は限られており、実現される新展示は担当した人々の苦心のたまものであるということができる。今回、総合展示第1室展示の代表の藤尾慎一郎さんに、新展示の見どころをご案内いただいた。

過渡期を伝える

テーマⅢにて 藤尾慎一郎さん(右)と筆者

今回のリニューアルでは、展示全体を貫く方針がいくつか設定されている。そのひとつは、各時代の移り変わりを丁寧に見せるということである。

 

例えばテーマⅢ「水田稲作のはじまり」があつかう水田稲作の開始時期は、日本列島の各地によってまちまちで、九州北部がもっとも早く、中部地方と関東南部がもっとも遅い。その時期差はじつに750年ほどもある。ではこの750年のあいだ、中部地方と関東南部は縄文時代と見なせばいいのだろうか、それとも弥生時代になるのだろうか。

 

中部・関東南部よりも早く水田稲作が導入されていた地域にも問題はある。特に青森県の出土資料は、この地の生活(特に人々の精神面)が縄文文化を色濃く残したままであったことを物語っているのである。このような状況を弥生時代と呼ぶことは適切なのだろうか。

日本列島へのネコの到来は弥生時代までさかのぼることが明らかになった。赤い壺に入ったモミが、高床倉庫内で次の年の春先に芽を出すエネルギーをためているところで、ネコがネズミの番をしている。来館者に人気の展示のひとつ。

従来の考え方では、生産手段が狩猟採集から水田稲作へと変化することが、時代の画期と見なされていた。これはカール・マルクスの提唱した、唯物史観に基づいた見方である。

 

確かに水田稲作の導入を契機とする社会変化は、九州北部では教科書通りのものだったかもしれない。だが上で述べたように、日本列島全体の様子を眺めてみると、「弥生時代」という一言で括ってしまうには東西の相違がかなり大きいことが見て取れる。

 

そこで、今回のリニューアルでは展示キャプションに「弥生前期並行」という表現が採用されている。

あえて「時代」という言葉を避け、なおかつ水田稲作が導入されたのと同時期であることを表現したものである。

 

移行期の問題は、各時代に存在している。「縄文時代」であれば土器の出現が、「古墳時代」であれば前方後円墳の出現が、従来は画期とされてきた。

 

しかしこのいずれもが、各時代をさかのぼって現れることが近年の研究で明らかになっており、時代区分の捉え方に再考が必要な状況になっている。

移行期のどこに線引きをするのか(時代の画期とみなすのか)については、重視する事象によって研究者の見解が分かれる。案内して下さった藤尾先生は、歴博がリニューアルで示したスタンスに対する、専門家の反応も期待しておられるようだった。

多様性への対応

21世紀に入ってからの博物館は、多様性への対応がひとつのキーワードになっている印象がある。これには文化の多様性と来館者の多様性という、ふたつの意味が込められているといえる。こうした動向への配慮は、歴博の新しい展示にも見出すことができる。

 

文化の多様性については、歴博の旧展示は各時代の中心地域ばかり扱っているという指摘があったという。そこで今回のリニューアルでは、本州での動向に加えて北海道や沖縄の動向までを視野に入れた展示計画が策定された。

テーマⅢ「水田稲作のはじまり」では北の続縄文文化、南の貝塚文化が取り上げられている。

テーマⅡでは、氷期から温暖化で日本列島に緑が広がったことを伝える緑色をテーマカラーとしている。集落の様子を再現した従来からあるジオラマなどに人物の模型を配置し、新しい解釈を活かしたわかりやすいものにしている。

テーマⅣ「倭の登場」のテーマ・カラーは海の青色。入口にある矢印形の展示パネルは、船の舳先をイメージしている。パネルのところに立つと、まっすぐ奥に平城京の羅城門の模型が見通せる配置になっており、古代国家への道のりが本格的に始まったことを伝えている。

同じくテーマⅣ。展示資料は「実物」「複製」そして製作当時のすがたを再現した「復元複製」を並べ、当時の人々の目に映ったすがたをも見せている。

テーマⅤは「倭の前方後円墳と東アジア」。纏向型前方後円墳の時期が100年ほどさかのぼることが判明し、古墳時代の開始年代が問題となっている。そのためここでも、「弥生終末・古墳早期」というキャプションを採用している。

またテーマⅥ「古代国家と列島世界」(古代:飛鳥~平安中期)では、正倉院と沖ノ島という陸海の世界遺産とともに、多賀城と大宰府という南北の拠点の紹介にスペースが割かれている。

羅城門の模型は既存のものを使い、当時の史料に登場する動物の模型を加えて、スケール感が伝わるようにした。ただ羅城門は、横幅が従来の5間ではなく7間と考えられるようになっており、そのために模型を二つに割って横幅を改めるとともに、内部構造を見せる工夫と両立させた。

テーマⅠ「最終氷期に生きた人々」の展示では、実物大の人物模型が当時の暮らしぶりを伝える内容になっている。この時代の中心的な資料である石器は、使用方法がイメージしにくく、それを伝える方法として今回の展示では人物模型が採用された。

人物模型は全部で8体。年齢・性別がばらばらになるように考慮され、石器製作や調理の場面が推定復元されている。性別による役割分担は批判を受けるポイントになりうるが、民族例にかんがみて妥当といえる配置を採用したという。人体模型の年齢・性別やその配置に意を砕いているのは、来館者の多様性に対する意識の表れといえる。

ちなみに、歴博は伝統的に「よほど確実な根拠がなければ復元はしない」という展示方針を持っていたとのことである。新しい展示では従来の方針から方向転換し、復元を示さないことで誤った解釈が生じてしまう可能性の方を重視したのである。最終氷期の展示には、それが端的に表れているといえる。

来館者の多様性ということでは、近年増加する外国人への対応も無視できない要素である。現時点では、各大テーマの入口にあるパネルのみ、日・中・韓・英の4か国語対応で、それ以外のキャプションは英語のみの併記になっている。外国語対応については、音声解説などによる対応の準備を進めているとのことである。

 

今回のリニューアルは、展示全体を通して見ると、実物資料とパネル・キャプションによる解説が中心のオーソドックスなスタイルであるといえる。しかしこれは予算の事情によるもので、2019年度以降、映像解説をはじめとする新しいツールを加えていく予定とのことである。今後さらに進化していく、歴博・第1展示室に注目していきたい。

 

■国立歴史民俗博物館
所在地: 千葉県佐倉市城内町 117
開館時間:9:30~17:00(10月~12月は16:30まで)
休館日:毎週月曜(祝日にあたるときは翌日)・年末年始(12月27日~1月4日)
入館料:一般 600円 / 大学生 250円 / 高校生以下無料 (他割引・特別料金設定あり)
ホームページ:https://www.rekihaku.ac.jp/

最終更新日:2019年8月19日

和田 浩一郎 文化遺産の世界編集部 編集員

1968年青森県生まれ。英国・スウォンジー大学古典古代史学部大学院修士課程、國學院大學大学院文学研究科博士課程修了。博士(歴史学)。2016年より国際文化財株式会社に所属。國學院大學文学部史学科兼任講師。早稲田大学エジプト学研究所招聘研究員。
著書に『古代エジプトの埋葬習慣』(ポプラ社、2014)、『古代オリエント事典』(日本オリエント学会編、岩波書店、2004)など。