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愛知県美術館「ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展」

和田 浩一郎 / Koichiro WADA

NPO法人 文化遺産の世界 編集部

オランダの大学都市ライデンは、日本から帰欧したシーボルトが住み、教鞭をとっていた町として知られています。この町にある国立古代博物館(Rijksmuseum van Oudheden)は、世界有数の古代エジプトのコレクションを所蔵していることで知られています。また1950年代からはエジプトでの発掘調査を手がけ、数々の成果を挙げてきた機関でもあります。愛知県美術館で開催された「ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展」は、そのコレクションと同館が行ってきた調査研究の一端を紹介するものです。

 

*この企画展は巡回展です。本記事は愛知展の取材をもとに執筆しています。

コロナ禍のなかで

もともとこの企画展は、2020年4月に九州国立博物館でスタートし、全国8会場を巡回するはずでした。しかしコロナウィルスの感染拡大により、福岡と札幌での開催は断念せざるを得ず、ようやく名古屋での開催に漕ぎつけたものです。通常このような企画展では、資料を貸し出す側の博物館から学芸員が派遣されて会場設営が行われます。資料によっては扱いに注意を要するものがあるのと、企画に応じた会場レイアウトやライティング等ができているかをチェックする必要があるからです。しかし今回は、オランダからスタッフが来ることができなくなってしまいました。窮余の策として、Web会議室システム上で確認しながら会場設営を進めたとのことです。インターネットが普及した現代だからこそ可能になった方法ではありますが、通常の倍の時間がかかったと、監修者の中野智章先生(中部大学)がおっしゃっていました。

 

名古屋会場も感染対策として、ひとつひとつの展示ケースの間隔が開けられていました(写真1)。聞くところによると、他の企画展では来場者が一箇所に長くとどまらないように、展示解説をあえて大まかな内容にしたり、細かい展示物の展示を取りやめたりしているようです。ライデンの企画展でも、解説パネルを横に広げて人が密集するのを防ぐ工夫が見受けられました。

写真1 間隔を空けて木棺が展示されている会場のようす

エジプトを探検する

今回の企画展は、4つの章から構成されています。第1章は「エジプトを探検する」。18世紀末のナポレオンのエジプト遠征にはじまる、ヨーロッパにおける古代エジプトへの関心の高まりから、オランダによる現地調査の成果が紹介されています。

ライデン古代博物館には、階段ピラミッドがあることで知られる、サッカラ遺跡からの出土資料が多く所蔵されています。それらは19世紀に購入されたものですが、1970年代からはその出土場所を特定するための発掘調査を実施しています。特によく知られているのは、ツタンカーメン王時代の軍総司令官であり、のちに王になったホルエムヘブと、その同僚で財務大臣を務めていたマヤの墓の調査です。このセクションではサッカラ遺跡出土の資料とともに、通常はあまり見ることのない、調査時のフィールドノートなども展示されています(写真2)。ここには今回の企画展を単なる資料の羅列ではなく、調査研究の成果として見てもらいたいという主催者の意図が感じられます。

写真2 サッカラ遺跡の調査の際に撮影された写真やノート類

エジプトを発見する

写真3 独特な雰囲気を持つ第1中間期のステラ

ふたつ目の章は「エジプトを発見する」。エジプト語の解読によって明らかになっていった古代エジプトの歴史や宗教を、おもにステラ(碑板)を通して紹介しています。古代エジプトでは自分の功績を後代に伝えるため、また神や死者への信心を示すために盛んにステラが作られました。定型化した文章と図像表現で構成されているものも多いですが、時代ごとの社会状況を反映した特徴を持っており、史料として重要な位置を占めています。このセクションでは、各時代の典型的なステラをひと通り見ることができます。

 

第1中間期(前2120~1980年頃)はピラミッドという大規模建造物を確立させた、古王国時代が崩壊した後の国土の分裂期です。ナイル河流域の社会は地方勢力のもとで分断され、文化面でも地方色が前面に出てくる興味深い時代でもあります。この時代のステラに描かれている図像は、人物像から象形文字にいたるまで、他の時代のものとはずいぶん異なる印象を受けるものです(写真3)。これは図像のプロポーションが崩れ、整然とした画面構成も失われていることに原因があると言えます。古代エジプト社会には、常に中央と地方のせめぎ合いが存在していたと指摘する研究者もいます1)。第1中間期のステラは、中央による美術表現の規範が外れた際の、地方色の発露を示す好例と見ることができるでしょう。

古代エジプトを解読する

第3章は古代エジプト人の埋葬と来世観にスポットを当てています。よく知られているように、古代エジプト人は来世の存在を信じ、そこでの第2の人生を実現するために、非常に手の込んだ葬儀の準備をしていました。このセクションには、墓に納められた品々が展示されています。ここで見られる葬送用小像(シャブティ)のコレクションは、古代エジプト研究のなかで重要な役割を果たしたものです(写真4)。ライデン古代博物館の前館長ハンス・シュナイダー博士は、このコレクションを使ってシャブティの形状や帯びている装飾、記された銘文の変遷を研究しました2)。シャブティは新王国時代(前1540~1070年頃)以降の墓地からよく出土し、世界各地の博物館などに膨大な数が所蔵されています。シュナイダー博士の研究は、それらの製作年代を考える際の大きな手がかりを提供するものになったのです。

 

さて、今回の企画展で個人的にぜひ見てもらいたい資料が、このセクションに展示されています。それは12柱の神々の姿を描いた亜麻布です(写真5)。この布自体には神名以外の文字は記されておらず、何のためのものか分かりません。ところが偶然にも、ライデン古代博物館が所蔵しているあるパピルス文書に、重大なヒントが隠されていました。そのパピルスには「年の最後の日の書」という表題とともに、こんな記述が見られます。「良質な一片の亜麻布のうえで唱えられる言葉。(パピルスに列挙された)これらの(12柱の)神々はその上に描かれ、それは12の結び目とされる。それらにパン、ビール、薫香を捧げること。男の喉に付けること。(この処方が)その年の疫病から男を救う。

 

実物の資料とパピルスの記述が合致することはとても珍しいのですが、この記述から神々を描いた亜麻布は、疫病よけの護符だった可能性がとても高いのです。古代エジプト人はファイアンス3)や石の護符とともに、布やパピルスでできた護符も使っていました。ただこうした護符は、ミサンガのように一定期間しか身につけないので、なかなか実物が残りません。この亜麻布の護符はとても貴重な例と言えます。

写真4 素材、形状、色が異なるさまざまなシャブティ

写真5 神々が描かれた亜麻布の護符

エジプトをスキャンする

近年は科学技術の発達によって生まれた新しい手法が、古代世界を紐解く際にも大きな役割を果たすようになりました。エジプト関連の博物館資料については、CTスキャナを用いたミイラの非破壊調査が世界的に行われています。第4章ではその成果が紹介されています(写真6)。今回展示されているミイラの調査成果として特筆されるのは、3体のうち2体の体内にミイラ形の小像(亀裂の入りかたを見ると粘土製のようです)が収められているのが判明したことです。これらのミイラが製作された第三中間期(前1070~660年頃)には、蜜蝋などで作った守護の神像を体内に収める例がありますが、それとは形状が違うようです。体内にミイラ形小像を収める行為は、現時点ではこの2体のミイラだけで確認されている独特なものです。2体が年齢の近い男女であることから、夫婦の可能性が考えられているようです。

写真6 体内に小像が確認されたミイラとそのスキャン映像の展示

写真7 オリジナルの鋳型(右下)とスキャンデータから再現された鋳型・神像

このセクションでは、CTスキャンによる別の調査成果も紹介されています。調査の対象はこの穴の開いた、ソーセージ状の不思議な粘土塊(写真7右下)。CTスキャナにかけると、珍しい資料であることが分かりました。粘土塊は青銅製の神像をつくるための鋳型だったのです。蜜蝋で作った原型を粘土で覆って乾燥させ、そこに溶けた金属を流し込むロスト・ワックス技法は、青銅器時代より前から東地中海世界で用いられていました。しかしこのような鋳型は、製作物を取り出す際に壊されてしまうため、残ることがほとんどありません。恐らく、未使用のものが偶然に残っていたのでしょう。

先にも触れたように、今回の企画展には博物館資料の調査研究とその成果を紹介するという意図が強く現れています。文字の解読、遺跡の発掘、そして科学技術の援用。古代エジプト研究の目的や方法は時代とともに変化してきましたが、その概略に触れるという意味でも、ぜひ見ていただきたい企画展です。

取材協力
中野智章先生(中部大学国際関係学部教授)


1) Kemp, B.J. Ancient Egypt: Anatomy of a Civilization, 2nd ed., London 2006.
2) Schneider, H.D. Shabtis: An Introduction to the History of Ancient Egyptian Funerary Statuettes with a Catalogue of the Collection of Shabtis in the National Museum of Leiden, Leiden 1977.
3) 粉末にした石英を主成分にする胎土の上に釉をかけた焼き物

公開日:2020年11月30日最終更新日:2020年12月15日