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歴史・民俗学

ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の実相と向後

清水 博之 / Hiroyuki SHIMIZU

茨城キリスト教大学 文学部 文化交流学科 准教授

高岡御車山(撮影:中井川俊洋)

はじめに

山・鉾・屋台行事とは、「地域社会の安泰や災厄防除を願い、地域の人々が一体となり執り行う『山・鉾・屋台』の巡行を中心とした祭礼行事」である1)

 

2009年には、「日立風流物」と「京都祇園祭の山鉾行事」がユネスコ無形文化遺産保護条約における代表一覧表への記載が決定した。その後、さまざまな紆余曲折があり2016年には、国指定重要無形民俗文化財に指定されている「山・鉾・屋台行事」33件が一括してあらためて代表一覧表へ記載されることが決定した(この経緯については、石垣悟が『文化遺産の世界』Vol.28(2017)で詳細に報告している)2)

植木行宣は、「山鉾の祭り」について、「京都祇園祭りなどのごく一部を除くと、ほとんどのものが近世都市が成熟する江戸中期から後期にかけて成立発展したものであり、近世都市文化・・・・・・にほかならない」と述べている(傍点は筆者)3)

ここでは、「近世都市」がどのくらいの人口あるいは経済の規模の都市を指しているのかは明確ではない。一応、各藩の城下町、あるいはそれと同程度の都市とした場合、これ以外のムラ単独あるいは村連合における祭礼は分けて考えるべきであろう。近世都市においては、植木が述べているように山・鉾・屋台を所有し運行一切の財政的負担を担う旦那衆がいて、山・鉾・屋台の組み立て解体から曳行、あるいは囃子方、人や人形によって演じられる芝居などを近隣の集落から雇い入れて祭礼を執り行うという形式であった。一方のムラにおける祭礼では、山・鉾・屋台の組み立て解体から芸能一式をすべて村人たちだけで賄っていた。どちらにしても、山・鉾・屋台行事を継承する枢軸には、地縁的な氏子組織やムラ組織があった。

 

しかし、戦後になり、1950年に制定された文化財保護法の施行によって、これらの旧来の組織から別れて、新たな保護(伝承)組織として「保存会」が結成されるようになった。保存会は宗教的な色彩を消し去り、文化財保護法に基づく、あくまでも民俗芸能の保存と活用のための組織として位置付けられた。このことは、やがて氏子組織や町内組織との乖離を生むことにもなった。その内実は、保存会の第一の役割は、公的補助金を獲得することにほかならなかった。

山・鉾・屋台行事の保存と公開に特化した保存会組織は、氏子組織のようにその集落の家々の主が参集し、その主が隠居すれば次の世代の息子なりが引き継ぐといった、組織として継承者の補填機能を十分に持ちえない場合が多かった。結局は、祭りの実践者を中心とした組織として、継続して若者を補充する十分な仕組みを持たずに活動してきた。そのことが現在の後継者不足の一因にもなっている4)

 

このような歴史的背景を踏まえた上で、現代における山・鉾・屋台行事を伝承する形態を概観すると、次の3つの分類することができる5)

1 都市型祭礼として、山・鉾・屋台を所有し、その伝承及び財政的基盤を保持するいわゆる旦那衆が存在すること。山・鉾・屋台の組み立てや運行や囃子方は他所から雇い入れて祭礼を実施するもの。

2 地方集落型祭礼として、山・鉾・屋台を所有し、組み立て、運行、囃子方まですべて、その地区に住む人たちで実施しているもの。この場合は、基本的に他所からの参加は認められない。

3 都市型祭礼としての歴史を持ちながらも、中心市街地における人口減少や産業の転換による高齢化の進展により自前で山・鉾・屋台行事を運行することが困難になり、その地区内に居住しないまま準町内会員的な立場で支援組織を結成して山・鉾・屋台行事の運行を担ってもらうもの。

 

本稿は、無形の民俗文化財の中から、ユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に記載された「山・鉾・屋台行事」の現在の実情を明らかにして、これからのなすべき方策を考察しようとするものである。

なお、基礎となるデータは、2019年に実施した全国山・鉾・屋台保存連合会の会員団体に対するアンケート調査の結果である6)

日立風流物 城郭を模した前館 (前景)と展開した前館(後景)(撮影:中井川俊洋)

日立風流物 前館が展開して操り人形が芝居を演じているところ(撮影:中井川俊洋)

全国山・鉾・屋台保存連合会とアンケート調査

全国山・鉾・屋台保存連合会は、国の重要有形・無形民俗文化財の指定を受けた山・鉾・屋台とその行事の保護団体を会員とする組織である。昭和54年に重要有形民俗文化財に指定されていた4団体(京都、高山、高岡、秩父の保護団体)で発足し、その後、昭和63年からは重要無形民俗文化財の保護団体を加えて組織拡充を図った。正会員・準会員である保護団体以外に、その山・鉾・屋台行事が継承されている自治体(府県及び市)は、申請によって特別会員としての加入が認められている。平成13年からは、祭屋台等製作修理技術者会が部会として設置されている。

 

なお、ユネスコ無形文化遺産保護条約の代表一覧表へ「山・鉾・屋台行事」として一括して推薦されたのは、この連合会の正会員であることが前提だった。

 

筆者は、全国山・鉾・屋台保存連合会の協力を得て、2019年に会員団体に対してアンケート調査を実施した7)

この調査の目的は、「山・鉾・屋台行事の保存・継承の現状と課題を確認し、その要因を明らかにして課題解決へ向けての一助とする」というものであった。

山・鉾・屋台行事はユネスコ無形文化遺産になって何が変わったのか

ユネスコ無形文化遺産になったことにより保護団体の会員はどのように心情が変化したのであろうか。

アンケートの結果によると、50.3%の保護団体から「会員の心情に変化があった」という回答が得られた。

その「心情の変化」として挙げられたのは、「自信と誇りを持てるようになった」、「継承に対する意識の向上」、「祭りに対する文化的価値の再認識」、「観られる祭りの自覚」、「先人への畏敬」などであった。

 

祭りや芸能を受け継ぐということは、用具や装飾(デザイン)あるいはワザ(技術)を受け継ぐだけではなく、一つの文化としての心や集団意識(仲間意識)をも受け継ぐということである。

 

無形の民俗文化財とは、その時代に生きる人々の思いを体現するものであり、そこから表出されるものは変幻自在である。継承者とともにその地に住む人たちにとって、祭りや芸能を受け継いでいく「誇り」こそが、生きる原動力なのである。

高岡御車山 山を曳く人たち(撮影:中井川俊洋)

いま、保護団体にとって何が問題なのか

次に、「保護団体では、いま何が問題なのか」という質問に対して、78.4%が「後継者の不足」を挙げている。これに相応して「高齢化の進展(67.8%)」が2番目に多い回答だった。第3位と第4位には、「運営資金の不足(59.8%)」、「修理資金の不足(54.8%)」が挙げられている。

 

少子高齢化の進展による後継者不足は、どこでも聞く話であるが、旧来のコミュニティの衰退による祭り・行事への関心の低下も見過ごすことはできない。

そして、祭礼の観光化は、観覧者の増加をもたらし、警備や清掃などの業務が増大し、結果として祭礼全体の経費も増大することになる。

 

公開の経費や修繕費は、旧来は地域住民や地元の商店や企業の寄付によって賄われてきた。アンケート調査によると、公開や修理、保存に対する行政からの公的補助による支援を期待する会員団体は、84.4%になっている。

課題解決へ向けての方策

次に、保護団体は、これらの課題に対してどのように解決しようとしているのかという問いを投げかけてみた。その回答は、大きく4つであった。

 

その一つは、「行政の支援」である。

旧来の「マチの祭」から「市の祭」へと移行して、自治体全体で支えていこうとする考え方である。そのためには、県や市の中で専従者を育成することを求めている。それはなによりも行政の能力の向上を期待しているのである。

補助金の充実はもちろん大切だが、マンパワーこそが継承のかなめであることにかわりはない。

 

次は、「広範な人材の確保」である

若者を祭礼へ呼び込むために、高校生や大学生の参加を促す方法を模索しているのである。すでに京都祇園祭では、在京の大学などがそれぞれの贔屓の山鉾のボランティア活動を実践していることが知られている。もはやこれらの学生ボランティア抜きでは山鉾のスムーズな運行も危ぶまれるような状況である。

全国山・鉾・屋台保存連合会の会員団体の中でも、子どもの頃から、地区の山・鉾・屋台行事に積極的に参加させることによって、将来の後継者育成につないでいるところもある8)

もう一つは、法人化などによる組織の強化という意見もあった。外部資金を導入するために財団などの法人化をめざそうという考え方である。これは、旧来の地縁的な組織から脱却して、より広域的な継承組織の構築を図ろうとするものである。たとえばNPO法人の活用によって組織の強化と資金源の確保をしていくことを模索するという意見もあった。

 

三番目は、「規則・規範の見直し」である。

多くの山・鉾・屋台行事では、女人禁制が不文律である。山・鉾・屋台に女性が触れることさえも禁じているところもある9)

しかし、少子高齢化が進展し、女性の地位が相対的に高まっている現代では、女性の立場やチカラを無視した組織が存続できる社会ではなくなってきている。後継者不足に悩むばかりではなく、祭りに参加することを望んでいる女性を受け入れることが提案されている。あわせて子どもの参加も期待されている。

そして、神事としての祭とイベントとしての祭のあり方についても検討する余地がある。

これまでは、指定文化財であるという暗黙の了解のもとで、保存することのみを重視して、時代とともに変容するという無形の民俗文化財の特性を生かすことができずにいた。

そのことが、かえって山・鉾・屋台行事の魅力を減衰させてきたのではないか。

人々の流行や嗜好の変化に臨機応変することこそ山・鉾・屋台行事の魅力ではなかったのか。そしてそれこそ数百年の年月を継承されてきたエネルギーの根源だったのではないだろうか。

無形の民俗文化財は、指定文化財になったことによって他の祭り・芸能よりも秀でているというわけではない。「文化財化」と揶揄されるように、「指定文化財だから保存・継承しなければならない」という逆説的な考え方こそあらためなければならないことだろう10)

 

最後は、「諦観」するという考え方である。

「わからない」、「打つ手なし」という意見である。なかには「どうしようもないのが現実」、「基本的な解決方法はなし」というあるがままに任せようとする姿である。

しかし、無形の民俗文化財の特性とは、まさに人々から求められるものが遺り、人々から求められなくなった祭り・行事は消え去っていくものであったはずである。

大切なことは、指定文化財やユネスコ無形文化遺産になったことではなく、その祭り・行事を伝えていきたいと心から思う人たちの存在である。

その視点を失って、観光資源としてのみ存続させようとすれば、それは死して毛皮を残す剥製の虎のようなものである。剥製の虎は人を威圧する迫力はない。それは、ただ生きていた頃の姿かたちを偲ばせる存在でしかない。

秩父祭 屋台を展開した舞台で子供歌舞伎を演じる(撮影:筆者)

求められている行政の支援

それでは、ここで保護団体に対する行政の支援について見て行きたい。

アンケートの回答を寄せた全国山・鉾・屋台保存連合会の会員団体のうち、行政から公的支援を受けているのは、補助金(公開・修理・保存など)については84.4%であった。このほかに補助金以外として広報や人的な支援を受けていると回答したのは、51.8%であった。

 

このような行政からの補助について、その必要性を質問したところ、公開事業を実施するにあたり「ぜひとも必要」が83.4%、「どちらかというと必要」が12.6%であった。そして「必要ない」との回答は、わずかに1.5%であった。修理事業でも「ぜひとも必要」が86.4%、「どちらかというと必要」が8.5%であり、「必要ない」は2.5%のみであった。

 

ちなみに、山・鉾・屋台行事を公開するにあたりどのくらいの予算が必要かという質問に対しては、「100万円から199万円まで」が25.6%、「200万円から299万円まで」が19.1%であった。「1,000万円以上」というところも11.6%あり、それぞれの祭りの規模や公開時期の間隔にもよるが、公開のたびに高額の経費が必要であることがわかった。

 

一方で、山・鉾・屋台行事が継承されている自治体へ、山・鉾・屋台行事の保存・継承に係る年間の予算額(観光関係を除く)を質問したところ、500万円未満という回答は、府県が42.9%、市が59.1%であった。

秩父祭 御旅所に勢揃いした笠鉾と屋台(撮影:筆者)

民俗学の専門職員

保護団体に対して「行政からの文化財保存や民俗学に関する専門的技術や知識の支援は必要ですか」という質問を投げかけたところ、「ぜひとも必要」が55.3%、「どちらかというと必要」が34.2%であった。対して「必要ではない」は4.0%、「わからいない」が5.0%であった。9割の保護団体が専門的な知識や技術による支援を、行政に期待していることがわかった。

 

これに対して、自治体へ「市教育委員会は、保護団体(保存会等)に対して、文化財保存や民俗学に関する専門的な指導・支援をしていますか」という質問に対して、「積極的にしている」が14.6%、「している」が42.7%、「ほとんどしていない」が19.6%、「していない」が6.0%、「わからない」が10.6%だった。

 

そして、「民俗文化財の担当者には、民俗学を専門に学んだ職員がいますか」という質問に対して、府県では「いる(学芸員、大学等で民俗学を専攻、その他)」が28.6%、「いない」が71.4%であった。市になると「いる」は18.2%、「いない」は68.2%、そして「民俗学を専門に学んではいないが、民俗学の十分な知見を有する職員がいる」と回答したのが13.2%であった。

 

さらに、この質問で「いる」以外の回答を寄せた自治体へ、「民俗文化財を担当している職員の主たる専門分野は何ですか」という質問を投げかけたところ、府県では「考古学」と「歴史学」がそれぞれ40.0%であった。市では「考古学」と「歴史学」がそれぞれ27.8%、「文化人類学」が5.6%であった。

 

今回のアンケート調査によって、現代では山・鉾・屋台行事の保護・継承に行政からの支援が必須の条件でもあるにもかかわらず、その実態は民俗学の専門的な知識や経験を持つ専任職員を配置している自治体は府県では28.6%、市では18.2%であることがわかった。ほかのほとんどの自治体は、他の業務の片手間で山・鉾・屋台行事を支援していることもわかった。山・鉾・屋台行事の保護団体が求めているのは、財政的な支援もさることながら、専門的な知見に基づく助言であり指導なのである。

 

民俗学の基礎的な知識と文化財保護行政の仕組みに精緻した職員が必要なのである。現在、大学院や大学で民俗学を専攻している学生の多くは就職難に喘いでいる。その専門的な知識を社会で生かせずにいる。考古学を専攻した学生は都市開発にともなう埋蔵文化財の保護・指導のために、行政としてはどうしても雇い入れる必要がある。しかし、こと山・鉾・屋台行事をはじめ、無形の民俗文化財を保護するために民俗学を専攻した学生を雇おうとうする自治体は決して多くはない。無形の民俗文化財を観光資源として活用しようとするのであれば、皮相的な活用ではなく、継承者の心情をも理解できる職員が必要なのである。

 

もちろん大学や大学院で民俗学を専攻したからといって、行政の現場で忽ち一人前の職員になれるわけではない。長年にわたる自己研鑽と保護団体との人間的な結びつきがあってこそ、多くの課題に対して一緒に対応することができるようになるのである。

大学における民俗学の実践的研究

そして、大学における民俗学の研究者も、山・鉾・屋台行事をはじめとする無形の民俗文化財をたんなる研究対象としてみるばかりではなく、調査現場における課題の抽出を心がけて社会や行政への提言をすべきであろう。たとえば大学におけるシンポジウム等の開催によって、保護団体、行政、研究者が一緒になって課題に取り組む環境を創出することも一つの方法だろう11)

 

あわせて、大学で民俗学を学ぶ学生たちが山・鉾・屋台行事に参加できる体制を整えるという方法もある。これは実践的な無形の民俗文化財を知る貴重な機会となるばかりではなく保護団体の内部における活性化を図ることができ、ひいては後継者育成へとつながる事業ともなる12)

おわりに

無形の民俗文化財は、各時代における民衆の期待に応える形で変容するという特性をもつ。観る者も行う者もいなくなった芸能は歴史の中で消えてゆくばかりである。翻って考えれば、数百年の時を経て現代まで受け継がれてきた無形の民俗文化財は、その核心を保持しつつも変幻自在に変容して生き延びてきた貴重な国民の財産なのである。

 

そうであるならば、これからもこの風流の精神を引き継いで、より魅力的な祭り・行事として成長できるはずである。そのためには、観衆である人々も行政自体も民俗芸能の当事者意識をもって取り組む必要があるだろう。

 

今後、山・鉾・屋台行事は、観光資源としてますます「文化財の活用」を求められることになるであろう。そのときに、行政は民俗学の知識を持つ職員をしっかりと配置して、数百年ものあいだ、市井の人たちが山・鉾・屋台行事を伝えてきた真の意味を、観覧者へ伝える責務がある。


(1)    文化庁ホームページ 報道発表「『山・鉾・屋台行事』のユネスコ無形文化遺産登録(代表一覧表記載)について」〔別紙1〕「『山・鉾・屋台行事』の概要(2.内容)」から引用 https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2016120101.pdf(平成28年12月1日閲覧)
(2)    石垣悟「無形文化遺産の国際的保護と日本の文化財保護制度―『山・鉾・屋台行事』の記載決定を受けて―」『文化遺産の世界』Vol.28 NPO法人文化遺産の世界 2017 pp.7-12
(3)    植木行宣「山・鉾・屋台の祭りとハヤシの展開」植木行宣・田井竜一編『都市の祭礼―山・鉾・屋台と囃子』岩田書院2005. p.12
(4)    清水博之「山・鉾・屋台行事の継承と発展-国指定重要無形民俗文化財からユネスコ無形文化遺産代表一覧表記載へ-」『史境』第74号 歴史人類学会 2017. p.62
(5)    大島暁雄「無形民俗文化財の『変化』を考える―特に文化財指定との関連で―」『無形文化遺産研究報告』第2号 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所2008. p.68。大島は、柳田の理論を引用しつつ、祭りの伝統的な運行組織を、①氏子組織一体型、②篤志奉納型、③両者の混在型、に分類している。
(6)    清水博之『全国山・鉾・屋台保存連合会 平成30(2018)年度アンケート調査《結果概報》』茨城キリスト教大学文学部文化交流学科 2019.6
(7)    アンケート調査票の送付先は、正会員36団体、準会員1団体、特別会員9府県、29市。なお、正会員・準会員については、その保護団体を構成している各単会を対象とした。そのためアンケート依頼先の総数は536団体であった。この中で回答を得られたのは250団体である。回収率は46.6%だった。
(8)    清水博之『茨城キリスト教大学シンポジウム ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の保存と継承を考える 報告書』茨城キリスト教大学 2020.3 p.37 秩父夜祭りで披露される中近笠鉾の町会(保護団体)では、お祭りの日の午前中に子どもだけで笠鉾を300m曳いている(中近笠鉾保存委員会顧問・髙橋信一郎氏談)。
(9)    日立風流物では、女性が笠鉾の内部に入ることを禁じている。しかし、町内によっては、内部の前部で囃される鳴物に女性メンバーがいる事例もある。
(10)    大島暁雄「無形の文化財の保護をめぐって―特に、民俗芸能を中心に―」『芸能の科学』33 独立行政法人東京文化財研究所 2006 p.147
(11)    注8と同書
(12)    京都祇園祭では、佛教大学が綾傘鉾保存会、京都産業大学が函谷鉾保存会と連携して祭りに携わっている。茨城キリスト教大学では、2019年5月の神峰神社大祭礼のときに公開された日立風流物4基のボランティア活動を実施した。

参考資料

清水博之
「日立風流物を継承する場でいま求められていること-ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の憂懼-」『民俗芸能研究』第62号 民俗芸能学会 2017.3. pp.58-88
俵木悟
『文化財/文化遺産としての民俗芸能 無形文化遺産時代の研究と保護』勉誠出版株式会社 2018.2

公開日:2020年5月18日

清水 博之しみず ひろゆき茨城キリスト教大学 文学部 文化交流学科 准教授

1955年生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化研究専攻博士課程前期修了。筑波大学大学院人文社会科学研究科歴史・人類学専攻一貫制博士課程編入。市立博物館学芸員を経て現職。専門は民俗学。「山・鉾・屋台行事」の保護・継承に関するフィールドワークを基軸として、無形の民俗文化財について考究している。

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