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歴史・民俗学

東京シシマイコレクションの世界(1)

久保田裕道 / Hiromichi KUBOTA

東京文化財研究所 無形文化遺産部 無形民俗文化財研究室長

「東京シシマイコレクション2020プレ」にて東京国立博物館本館前でのシシマイ上演(福田十二神楽):以下撮影は全て筆者

2019年5月、東京国立博物館の前庭でシシマイが上演された。「東京シシマイコレクション」と名付けたこのイベント、日本の豊かなシシマイ文化を東京から全国に、そして世界に発信していこうという目的で、日本博事業の一環としておこなったものだ。2020年1月にはシシマイフォーラムも開催して、たくさんのシシマイファンにお集まり頂いた。

 

ここでは、その折に紹介した日本のシシマイについて、話してみたい。ただ日本のシシマイ、その総数は少なくとも数千以上に上るというだけあって、実にディープな世界なのだ。とても全容をお話しすることはできないが、その入り口だけでもご紹介してみたい。

はじめに

まず何故、シシマイなどとカタカナで書いているのかといぶかしがる方もおいでのことだろう。「獅子舞」ではないのか、と。実は日本のシシマイは獅子だけではないのである。そもそも獅子も、ライオンというより中国から入ってきた想像上の動物といったイメージが強い。ただし日本語の「しし」は、「いのしし」「かのしし(鹿)」という言葉があるように四つ足獣、それも肉食用の獣の総称であった。東北地方に伝わる「鹿踊り」を「ししおどり」と読むのもそのためなのである。

 

詳しくは順を追って見ていきたいが、鹿のほかにも、虎、龍、麒麟、猫、熊などモチーフとされた動物は、バラエティが実に豊かだ。

シシマイの定番「太神楽」

さて、前置きが長くなったが、全国の代表的なシシマイを見てみよう。まずシシマイと言ったときに日本人の多くが思い浮かべるのが「太神楽」(大神楽とも書く)のシシマイだろう。お正月の風物詩、かじってもらうとご利益があるといったイメージは、だいたいここから来ている。基本的に垂れた耳をしているのは、この太神楽タイプと思ってもらっていい。

 

この太神楽がいつから始まったのか定かではない。おそらく、室町時代くらいに始まって、江戸時代に全国的に広まったのではないかと考えられている。ルーツは伊勢神宮(三重)と熱田神宮(愛知)の周辺にいた下級の神職たちが、お札を全国にセールスして回った際に演じたものなのである。この伝統は今も続いていて、「伊勢大神楽」は一年をかけて関西から中国地方にかけて巡業の旅に出かけている。各地に出かけていた伊勢大神楽が、唯一地元に戻ってくるのが12月24日の増田神社総舞奉納(三重県桑名市)だ。

写真1:伊勢大神楽・増田神社総舞奉納 / 2人で演じる舞(三重県桑名市)

いま一方の熱田系統は、江戸に入りこんで「江戸太神楽」として名を馳せ、現在なお続いている。一時期「おめでとうございます~」でテレビを賑わした海老一染之介染太郎(お染ブラザース)は、この太神楽師だ。いや、お染ブラザースは傘の上で枡とか回していたんじゃないかと思われるかもしれないが、実はあれも太神楽。伊勢でも江戸でも、獅子舞のほかにジャグリングを始めとするさまざまな曲芸を演じているのだ。

 

この曲芸はかなり修練を要するから、太神楽というのはプロフェッショナルの芸人でなければ継承することができない。伊勢と江戸、そして水戸大神楽(茨城)の3つが、現代に継承されるプロフェッショナルの太神楽なのである。

 

その一方で、この太神楽はさまざまなところにその影響を与えていった。全国各地に、この太神楽を模したシシマイが伝えられるようになったのである。

 

太神楽の特徴というのは、さきほど述べたように、基本的には垂れた耳の獅子頭を用いることにある。耳は頭部と紐で繋がっていて、ひょこひょこと動くものが多い。そして舞踊的には、一人舞と二人舞の区別がある。二人舞のときはご存知シシとしての四つ足の動きだが、一人舞のときには、頭だけシシのシシ人間のようなスタイルで演じることになる。

写真2:伊勢大神楽・増田神社総舞奉納 / 1人で演じる舞(三重県桑名市)

さらにシシにくっついて、太鼓や獅子頭を入れておく長持(大きな木箱)がついてくる。この箱は、神さまを祀る祠でもあり、また太鼓をそこに載せて叩く台としても使うことが出来る。

 

こうした要素を満たしていれば、太神楽の系統なのだなということがわかるというものである。ただし、ずっと二人舞のままのものもあれば、長持がついてこない場合もある。垂れ耳というのも絶対条件というわけではない。そうなると、どこまでが太神楽の系統なのか、実はよくわからなくなってしまう。それは、全国に実にたくさんのシシマイがあるからでもあるのだが、今回はそうした太神楽系統と思えるシシマイを見ていくことにしよう。

祭ばやしの中のシシマイ

まずは、これぞシシマイといったイメージのものから見てみよう。現代の日本人の多くがシシマイと聞いたときに思い浮かべるのは、こういうシシマイだろう。芸人のたむらけんじさんが持っているのもこのタイプだ。見た目は太神楽のシシに近いのだが、これは「祭ばやし」に取り込まれたシシなのである。

 

祭ばやしというのは、祭りのときにぴーひゃららと奏でる笛太鼓だが、そこにお面をつけた道化の踊りとともにこのシシが入り込んだ。だから基本的には、笛太鼓にあわせて舞うシシで、おはやしの付属物という位置づけになることが多い。祭り以外に、お正月にもよく演じられ、お正月と言えばシシマイというイメージを作り出した。

写真3:祭ばやしのシシ(東京都東村山市久米川町)

ちなみにこの系統の獅子頭には、オスとメスの区別がよく見られる。オスを「宇津(うづ)」、メスを「権九郎(ごんくろう)」と呼び、頭頂部を見ると宇津【写真4】はぼっこりと膨らんでいるのに対し、権九郎【写真5】はつるっとしているのですぐに判る。

写真4:宇津/オス(東京都東村山市諏訪町)

写真5:権九郎/メス(東京都東村山市諏訪町)

もっとも、宇津と権九郎はオス・メスの区別ではないという場合もあるし、オス・メスにそうした形態的な違いをもたないシシもたくさんある。それでもなぜか、シシマイのオス・メスの区別をしているシシマイが多いのは不思議だ。

全国に広がる太神楽系シシマイ

さて、正統的な太神楽の系譜につらなるシシマイも、各地に伝えられている。東日本でよく見られるのは、福島や山梨・長野方面ではないだろうか。

 

福島では相馬地方などに特に多く見ることができる。「相馬宇多郷(そうまうだごう)の神楽」と称されるのも「神楽」と言っているのは太神楽系シシマイのことだ【写真6】。ここのシシマイは胴幕がとても美しいものが多い。

写真6:相馬宇多郷の神楽(磯部敬神会/福島県相馬市)

東日本大震災で大きな被害を受けた磯部地区の胴幕など非常にカラフルで、JALの飛行機にペイントされた日本博のロゴの中にもその姿が見える。またこのあたりのシシマイは、「神楽余芸」といってシシマイ以外にも様々な芸を演じてみせるのが特徴であったが、これは近年やる人がいなくなって廃れてしまった。

同じ福島でも、もう少し北上した宮城県境に近い新地町では、「福田十二神楽」という神楽がある。これは太神楽ではなく、神々の面をつけて舞う神話劇で本来はシシマイとは関係ないはずなのだが、なのになぜか「獅子の舞」という名前でシシマイも演目の一つに含まれている【写真7】。

 

獅子頭は太神楽系のもので、胴幕は唐草模様。シシが舞っていると「だまし」と呼ばれる道化が現れてシシにちょっかいを出して追いかけられ…という「トムとジェリー」的な展開になる。

写真7:福田十二神楽「獅子の舞」(福島県相馬郡新地町)

このシシの相手役というのが実は重要な存在で、さまざまなシシマイにさまざまな相手役が登場するので覚えておいていただきたい。この相手役のことは総称として「シシあやし」などと呼ぶ。

超絶パフォーマンスのシシマイ

太神楽系のシシに話を戻すが、山梨県から長野県にかけての地域にも、数多く存在している【写真8】。山梨では小正月の芸能として演じられるものも多かった。甲府市の上積翠寺町に伝わる獅子神楽は、小正月のどんど焼きをやる前に少しだけ演じていたが、以前は長時間かけて地区内を回っていたとのことであった。

写真8:上積翠寺の獅子神楽(山梨県甲府市)

また長野県では「神楽余芸」がさかんな地域もあった。「獅子狂言」「獅子芝居」などといって、有名な歌舞伎の演目が上演されるのだが、その一人がシシというなんとも奇妙な芝居になるのだ。しかもその一人はたいてい女形なのである。獅子頭を被っているのだが、身体は美しい女性の着物で、女性として普通にその芝居を演じるのである。しかし顔だけはシシというシュールさ。画像がないのでお見せできないのが残念だが、「獅子芝居」で動画検索するとたくさん出てくるので、ぜひご覧になっていただきたい。

 

どうしてこういう芝居が誕生したのかよくわからないのだが、本家の伊勢大神楽にも最後に「魁曲」(らんぎょく)といって、シシが美しい振り袖姿で男性の肩の上に立ってパフォーマンスを見せる演目がある【写真9】。こうした影響を受けているのかもしれない。

写真9:伊勢大神楽・増田神社総舞奉納「魁曲」(三重県桑名市)

そして人の肩の上にシシが立つパフォーマンスといえば、忘れてならないのが愛媛県に伝わる「継ぎ獅子」だ【写真10】。今治市を中心に数多く見られるこのシシは、人の上に人が立ち、その上に人、その上がシシといったように縦に継いでいくのである。

 

3人が継げば「三継ぎ」、4人で継ぐと「四継ぎ」と呼ぶ。ときに「五継ぎ」、かつては『六継ぎ』もあったというから、もはやサーカス以上の圧巻パフォーマンスである。

写真10:鳥生三島神社継ぎ獅子(愛媛県今治市)

では、もう一つ変わった太神楽系シシマイを見ていただこう。天下の観光地、神奈川県の箱根に伝わる激レアな「湯立獅子舞」である【写真11】。「湯立」というのは、大きな釜で湯を沸かし、それを神さまに献上したり、人々を浄めたりする儀式のことだが、それを獅子がおこなうのである。

 

この湯立獅子舞は、日本全国でも箱根町の仙石原と宮城野という2地区と、隣接する静岡県御殿場市の数ヶ所でしか演じられていない極めて希少な存在だ。湯立てをするだけではなく、足踏みを7歩・5歩・3歩にきっちりと踏んでいくなど、呪術的な所作が多い。

写真11:箱根の湯立獅子舞 / 仙石原地区(神奈川県足柄下郡箱根町)

最後に北海道の太神楽系シシマイを紹介しておきたい。【写真12】は十勝平野の豊頃町に伝わる「二宮獅子舞神楽」だ。十勝のどこまでも続く広大な畑の中で、そこだけぽこっと飛び出たような小山の上の神社で奉納されている。

 

このシシマイも太神楽系といえるが、実は福島県からもたらされた。北海道には、開拓とともに本州や四国から渡ったシシマイが数多く伝えられており、このシシもまたそんな一つなのである。福島県で伝えられていた太神楽系のシシマイが海を渡ってもたらされた。開拓に来た人々にとって、シシマイは遠く離れた故郷を偲ぶ大切な存在であったのだろう。

写真12:二宮獅子舞神楽(北海道中川郡豊頃町)

バラエティ豊かなシシマイの世界

さて、今回はシシマイの中でも太神楽系に絞ってここまで見てきた。しかしこれは、日本のシシマイのごく一端に過ぎない。太神楽と同じように二人で舞うタイプのシシマイであっても、まったく異なるスタイルのシシマイはまだまだたくさん存在する。さらに二人ではなく、7~8人、ときには何十人という多くの人が入るような大きなシシマイもある。かと思えば1人でシシ1頭を演じるタイプのシシマイも、東日本には膨大な数が伝えられている。

 

まだまだ奥が深いシシマイの世界、またの機会にご紹介させていただければ幸いである。世界が新型コロナウィルスに揺れるこんな時だからこそ、疫病や災いを追い払ってくれるシシマイの出番なのだ。

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応募期間は2020年5月20日(水)17:00まで
なお、当選は商品の発送をもってかえさせていただきます。

久保田裕道くぼたひろみち東京文化財研究所 無形文化遺産部 無形民俗文化財研究室長

1966年生まれ。専門は民俗芸能を中心とした無形文化遺産。國學院大學大学院博士課程後期修了後に東村山ふるさと歴史館民俗資料調査員、國學院大學兼任講師、一般社団法人儀礼文化学会事務局長などを経て2013年より研究所勤務に。著書に『日本の祭り解剖図鑑』(エクスナレッジ)、『「日本の神さま」おもしろ小事典』(PHP研究所)、『神楽の芸能民俗的研究』(おうふう)等、共著に『民俗芸能探訪ガイドブック』(国書刊行会)、『ひなちゃんの歳時記』(産経新聞出版)、『子ども歳時記12か月』(講談社)等。博士(文学)。

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