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動向

茅と地域通貨が媒介する 現代版の「結い」

白川 勝信 / Katunobu SHIRAKAWA

芸北 高原の自然館 学芸員

集められた茅が文化財の葺き替えに使われる(旧真野家住宅、広島県三次市)以下 画像はすべて撮影筆者

草原は、いつも暮らしのそばにあった生態系です。狩猟や採集による生活から定住の生活へと変わった時から、人は様々な用途に、大量の草を使ってきました。農耕のための労力として牛や馬を使うためには、飼料や敷き草を確保する必要があり、民家の屋根は多くがヨシやススキで葺かれていました。南北に長い日本では一口に草原と言ってもその性質は多様であるため、土地毎に、草を持続的に使う社会技術が育まれてきました。

たとえばアイヌのチセ、白川郷の合掌造、与論島の民家では、使う材料も拭き方も、全く異なります。草原の性質が人の暦をつくり、人の営みが草原の生物多様性を維持する様は、生態系と人が相互に生み出した「共創資産」と捉えられます。

 

長い年月をかけて地域に貯えられた資産が、農業の機械化や家屋の変化により、わずか100年の間で失われようとしています。2020年には「茅採取」と「茅葺」がユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、技術継承が危機に立たされていることの裏返しと見る事もでき、喜ばしいばかりではありません。社会のあり方が変わってしまった今、草原の生態系や、文化的技術を守るために、人と草原との関係性を再構築することが急務です。

本稿では、文化財保護の一翼を担うことで、生物多様性の保全や地域経済の振興、気候変動対応など、様々な課題に対応する事例として、広島県北広島町芸北地域における『芸北 茅プロジェクト(茅プロ)』の取り組みについて紹介します。

茅を流通させるしくみ「芸北茅プロジェクト」

芸北地域は広島県北西部の西中国山地に位置し、島根県浜田市に隣接する中山間地域です。西日本では有数の豪雪地で、冬季の積雪深は2メートルを越える年もあります。900世帯、約2,000人が暮らす地域で、毎年12月に、ススキを刈った束を集める「茅金市場(かやきんいちば)」が開かれています。

市場に茅束を持ち込むと、地域通貨「せどやま券」[1]が支払われます。茅束の規格は、長さ180cm以上のススキを、直径が20cm以上になるように束ねること、とされており、茅3束に対し、1,000円分のせどやま券1枚が支払われます。地域通貨は町内30の商店等で使う事ができます。市場は2021年に268束を受け入れ、せどやま券89枚が支払われました。茅の販売単価は850円で、毎年約30万円の収入になっています。

 

集められた茅は、地域内外の萱葺屋根の補修や葺き替えに使われます。これまでに芸北の民家のほか、清水庵(北広島町芸北、国指定重要有形民俗文化財)、上本家(北広島町千代田、町指定重要文化財)、旧真野家住宅(三次市)、森のお堂(愛媛県伊予市、市指定文化財「薬師如来像」を安置)などに使われてきました。

中学校で始まった茅プロ

地域通貨「せどやま券」の支払い

茅プロは地域の事業として2015年に始まりました。その大きな特徴は、地元の中学校における授業を中心にプロジェクトが構築されていることです。茅プロ実行委員会には、中学校の保護者、認定NPO法人西中国山地自然史研究会、教育委員会、高原の自然館が参画しており、芸北中学校が事務局を担っています。そして、茅金市場を運営するのは芸北中学校2年生の生徒たちです。

 

授業としての茅プロは、4月から始まります。生徒はまず、茅葺き建築や茅プロのしくみについて学び、茅の単価や活動時間を考慮して目標とする収益計画を立てます。その計画をもとにグループ分けが行われ、刈取り・広報・市場運営などの役割が割り振られます。例えば2019年度の例では、広報担当のグループが「前年度の出荷者には、直接電話してお願いする」という方針を立て、生徒たちは実際に電話をしました。

 

11月には、茅葺職人の指導を受けながら、実際に茅刈りを2回体験します。授業としてこの時に重視するのは、茅を多く出すことではなく、「質の高い茅束」とはどのような物かを生徒自身が知ることと、「茅束を作るのに必要な労力」を実感することです。この2点を知ることで、茅束を受け入れる市場の職員として必要な、品質管理と出荷者への敬意が芽生えます。

授業で茅の刈り方を学ぶ

自分たちで刈った茅を運ぶ生徒

市場開設当日には、出荷者の車の誘導、受入書類の手続き、検品と受入、せどやま券の発行を、生徒が分担して行います。事前に予習はしているものの、生徒にとっては初めての作業であり、短時間に出荷が集中するので、作業中は必然的に没頭することになります。

 

茅プロを通じて生徒が獲得する力には様々な側面があります。茅資源の出荷という一次生産と、屋根材への加工流通という三次産業を通じた「経済の仕組み」、人との関わりによって成り立つ草原の「生態系へのまなざし」、風土と結びついた茅葺き建築や技術などの「文化」、作業や受入を通じて同級生や地域の大人たちと関わることによる「表現力」や「関係性」など、教室で学んだ学力が発揮され、地域で生きていく事に関わっていることを生徒たちは実感します。

 

茅プロによる収入はまた、生徒の学習環境にも変化をもたらしています。校舎内へのウォーターサーバーの設置や部活の遠征費のほか、修学旅行の際には各家庭に助成金が支給されるようになりました。また旅行中には、お小遣いが給料袋に入れられて、生徒に配られます。2019年には、西日本豪雨災害への寄付に使われました。

 

さらに学校では「茅プロ銀行」という資産運用の取組も行なわれています。3年生の授業で、地域のものを使った商品の開発と販売に取り組みます。生徒は、商品開発や生産に必要な費用を、茅プロ銀行から融資を受け、商品を販売した収益を茅プロ銀行に返済します。茅が生み出した資産が、教育の可能性を広げています。

「茅金市場」での受け入れ状況 廃校になった小学校の体育館を活用している

社会と自然との関わりを再構築する

茅プロのユニークな点は、中学校の活動そのものが茅流通のしくみの一部(それも最も重要な部分)として組み込まれていることです。団体や地域の大人が中学校で行う授業のために場を設えるのではなく、地域にある営みを端から学ぶのでもありません。中学生が関わらなければ茅プロそのものが成立しないのです。茅プロの一部として授業が組み込まれていることで、いわば「地域版OJT」とも呼べる教育プログラムになっています。

 

地域資源を利用した営みに関わりながら子どもが学ぶしくみは、新しいことではありません。茅葺きが一般的だった時代には、大人が担っていた草資源の刈り入れや、茅の吹き替えなどの協働作業の場では、子どもたちがその周りで遊んだり、時には手伝ったりして、徐々に地域の大人社会へと参加していたはずです。近代化とともに進んだ、高度な分業、資源の長距離調達、協業的関係から経済的関係への変化などが、地域に残る知恵や技術にアクセスする機会を減じさせ、その結果として、総合知としての共創資産が急速に失われつつあります。

芸北地域では、茅プロを通じて地域社会と草原との関わり方が再構築されました。地域の自然資源を地域で消費する知識と技術や、子どもも含めた多様な世代が関わることで人材育成を内包すること、これらは過去から引き継がれた資産です。

 

現代社会に合うように取り入れられたことのひとつは、中学生の保護者が実施主体である「芸北茅プロジェクト実行委員会」の執行役員を担うことです。生徒たちの親世代にも、茅の刈り方や草原を利用する知識や技術は受け継がれていません。毎年交代でプロジェクトの中核を担うことで、生徒だけでなく親世代も一緒に学ぶ機会となります。

もうひとつは地域通貨の導入です。かつては地域のだれもが等しく茅を必要としていたため、相互に茅や茅葺きの労働力を供出する「屋根講」や「結い」と呼ばれる仕組みが成立しました。しかし今日では、茅を提供できる人の多くは茅を必要としていません。そこで、茅の提供者と利用者が価値を交換できる仕組みとして、地域通貨「せどやま券」を使うことにしました。

 

せどやま券は、里山の木材を市場に出荷した時に支払われる通貨で、年間200万円が流通しています(白川 2018)。現金ではなく地域通貨を活用したことで、学校教育の現場でも取り入れやすかったようです。せどやま券は、関係者が地域資源を意識するアイコンとなり(白川ほか 2019)、地域通貨が媒介する、緩やかな「結い」が形作られています。

社会の持続性を実現する

地域通貨「せどやま券」の支払い

結いによって成り立っていたかつての社会では、地域の中で協調や平等性が重視されていました。現代版の結いを組み立てるには、結いによって保たれていた「地域の機能」を整理しなおして、立場や能力による役割分担を組み立てる必要がありました。具体的には、労働力や広報を担う学校と保護者、文化財補修のための茅の買上を通じて資金を提供する教育委員会、地域通貨の発行と茅刈りの指導をするNPOなど、それぞれの得意分野に応じた役割が割り当てられました。

 

一方で、役割を遂行することによって達成される目標も、主体によって異なります。中学校や保護者には、茅プロを通じた教育効果や、茅の売上による教育活動費がもたらされます。教育委員会には、総合的な学習の推進とともに、文化財を補修する材料が地域内から安定供給され、茅採取の技術が普及・伝承されることで、学校教育と社会教育の両方の教育効果が得られます。自然保護と地域づくりを目指すNPOにとって、草原生態系の再生や地域通貨の流通が地域全体で進むことは、大きな成果です。植物が大気中の炭素を固定してできた茅が地域で調達されて、教材、屋根材、堆肥へと連続的に利用されることは、気候変動という、より大きな課題への対応でもあります。

 

持続性が叫ばれる中、実現の糸口は、長い時間をかけて作られた地域社会のしくみにこそあるはずです。多様な団体がそれぞれに異なる役割と目標を持ちながら関わる中で、大事なのは、子どもたちにも役割と目標が与えられることです。社会の有り様が変わってしまった現在においても、立場、年齢、性別を越えて、互いの活動を尊重し合える「結い」の本質は、変わらず価値を持ち続けています。

[1]「芸北せどやま再生プロジェクト」について『認定NPO法人西中国山地自然史研究会』HPより


引用文献

白川 勝信(2018)芸北せどやま再生事業がもたらすエネルギー流通と地域経済の変化.森林環境2018:99-108.森林文化協会.

白川 勝信・曽根田 利江・河野 弥生(2019)脱成長社会に必要な社会技術−芸北せどやま再生事業−.ランドスケープ研究83:44-45


白川 勝信しらかわかつのぶ芸北 高原の自然館 学芸員

広島県芸北地域で、湿原、半自然草原、里山林など、地域の人間活動によって維持されていた生態系の保全をテーマに博物館活動を展開している。子ども、事業者、行政、ボランティアなど、様々な主体による自然への関わり方を見直し、新たな仕組みを組み込みながら、地域と自然を将来に残していく道を模索している。2003年4月より芸北 高原の自然館に学芸員として勤務(現職)。2017年に第1回 ジャパン アウトドアリーダーズ アワード 大賞受賞。専門は生態学(博士(学術))。

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