レポート

HOME /  レポート /  水中遺跡保護の取組み10年を振り返る

動向

水中遺跡保護の取組み10年を振り返る

禰冝田 佳男 / YOSHIO NEGITA

大阪府立弥生文化博物館館長、大阪大学埋蔵文化財調査室特任教授

倉木崎海底遺跡(鹿児島県・奄美大島)で海底の遺物残存状況を箱メガネで見る 撮影:筆者

私は文化庁記念物課(現文化財第二課)で水中遺跡の保護体制を構築するための調査研究事業(以下、調査研究事業)に関わらせていただいた。本特集で、執筆の機会が与えられたので、現在は文化財行政から離れてしまっている身だが、これまでの調査研究事業を振り返りつつ、これからのことにも触れてみたい。

水中遺跡保護の取組み立ち上げの経過

2013年3月22日、文化庁は水中遺跡調査検討委員会(以下、委員会)を立ち上げた。2012年3月27日、長崎県鷹島神崎遺跡がわが国で初めて水中遺跡としての価値により、史跡指定された1年後のことであった。

 

しかし、委員会が軌道に乗るまでの道は、けっして平坦なものではなかった。というのも、その頃の埋蔵文化財部門にとって最大の課題は、2011年3月11日に発生した東日本大震災からの復興に伴う埋蔵文化財調査への対応だったからである。

 

一方、わが国で水中遺跡の保護体制を構築する事業が採択されるためには、鷹島神崎遺跡が史跡になった直後、すなわち2012年度の新規事業として予算要求しなければならないという事務官の相場観があった。課内で議論を重ねた結果、発災から数か月後には予算要求に必要な資料を作成していた。私自身、「引いていた」部分がないわけではなかったのだが、記念物課長の強い意向もあり「覚悟を決めた」のだった。今振り返ると、そうしておいて、本当によかったと思う。

 

立ち上げの委員会にはマスコミも入り、当時の文化庁長官であった近藤誠一氏が開会挨拶をおこなった。こうして、新たな調査研究事業が始まった。

2012~2017年度の調査研究事業

委員会では、わが国においても水中遺跡を保護する必要性を全国の埋蔵文化財専門職員(以下、専門職員)に理解してもらうことに腐心した。国内外の水中遺跡保護の取組みについて情報収集を進めながら、わが国の埋蔵文化財保護の仕組みに見合った考え方を整理していった。

 

もっとも大きな課題は体制であった。諸外国をみると、水中遺跡の保護を「地方公共団体」が主体となっておこなっているところもある。わが国の埋蔵文化財保護は地方分権となり、都道府県ごとに市町村と都道府県で役割分担が決まっている。専門職員が1~2名の市町村で水中遺跡を担当するのに、ハードルが高すぎることは明らかであった。

 

2016年度末には『水中遺跡保護の在り方について』(以下、『在り方報告』)を刊行した1)。水中遺跡の保護は陸上の埋蔵文化財と基本的に同じ考え方としたが、国の役割については「地方公共団体に対しては中・長期的な取組の指針を示すために,自ら体制整備を進めることが重要である」と、踏み込んだ記述を行った。

2018~2022年度の調査研究事業

2017年度からは、改めて委員会(第2期)を立ち上げ、事業が始まった。そこでの留意事項は、「水中遺跡をもっと身近なものに」であった。というのも、埋蔵文化財発掘調査体制等の整備充実に関する調査研究委員会での検討を経た報告は、刊行すればすぐになにがしかの反応があったのに、『在り方報告』はそうならなかったのである。水中遺跡に対する距離感を縮めることは簡単ではないことを改めて思い知ったのだが、さまざまな業務をこなさなければならない専門職員の現状からすると、やむを得ないとも思った。

 

第2期は4年で『発掘調査のてびき-水中遺跡編-(仮)』を刊行し2)、最終年度にその内容を周知する計画であった。名称は『水中遺跡ハンドブック』(以下、『ハンドブック』)とし、水中遺跡の調査方法だけでなく、水中遺跡保護の取組み、保存処理に関する基礎知識、活用事例(写真1)について記述し、埋蔵文化財行政として必要な情報を1冊で網羅させた。水中遺跡への関心を持ってもらえるよう、沿岸域の遺跡、例えば港湾施設など陸域と一体となる遺跡などに少なからずページを割いた。オールカラーで写真・イラストも駆使し、どこから読んでいただいてもいいよう、書きぶりも工夫した(写真2)。

写真1 2017年、九州国立博物館で開催された特別展「水の中からよみがえる歴史―水中考古学最前線―」の展示風景 提供:木村淳

写真2 『水中遺跡ハンドブック』表紙

私は事業2年目で文化庁から離れたが、引き続き『ハンドブック』作成に関われたのは幸せなことであった。ちなみに、その年の秋には静岡県の清水市で富士山を目にしながらダイビングライセンス取得のための講習を受けた。コラム「Cカード取得記」の原稿を書く必要があったからである。

 

Cカード3)を取得したから水中遺跡の調査に直結するわけではもちろんない。水中遺跡の調査を委託で実施することは、『ハンドブック』でも強調した。ただし、私には「水中の世界」を知ることで「水中遺跡」との距離を縮める手立てになっている。余談だが、2022年末、鹿児島県徳之島で潜る機会があった。ほぼ3年ぶりで器材の使い方はほとんど忘れていたが、潜ることで「水中遺跡の魅力」「水中遺跡の保護」について考えることができた(写真3)。

 

文化庁によると、『ハンドブック』には出版の打診があったという。しかし、すべての地方公共団体に配布し、文化庁HPからダウンロードできると答えると、それを諦めたという。また、「購入できないのか」という問い合わせもあるという。予想外の反響は嬉しい話である。

 

第2期最後の大きなイベントは、2023年2月5日に東京で開催した「水中遺跡シンポジウム 水底のヒストリア」である。多くの方々が集まり、水中遺跡の重要性とその保護の必要性について広く認識を共有できたと思う。

 

とりわけ驚いたのは、陸上の遺跡での企画であまり目にすることのない高校生や大学生の姿が見られたことであった。こうした方々が、水中考古学の発展、水中遺跡の保護に関われたら……ということを思った。

写真3 面縄港沖海底遺跡(鹿児島県・徳之島)で確認された錨の現状確認調査風景。この付近に新たな港湾開発の計画もあり、今後「保存」協議がおこなわれる可能性もある。 提供:伊仙町教育委員会

水中遺跡に関するさまざまな取組み

思い込みだろうか?近年、水中遺跡のことを目にする機会が増えているように感じる。水中遺跡に関する一般書の刊行は続いているし4)、管見の限り、2022年に新聞・テレビ等で扱われたものに以下の3件がある。丹後では高校生が水中遺跡を発見したいという希望をもち、資金はクラウドファンディングによる、という計画が新聞で取り上げられた。1888年の磐梯山噴火と山体崩壊によるせき止め湖である福島県の桧原湖には、水没した近世宿場町の桧原集落が知られている。湖底に沈んだ集落の実態解明のための学術目的調査は、TBS系の「報道特集」で取り上げられた。長崎県鷹島海底遺跡では、松浦市がクラウドファンディングにより木製碇の引き揚げをおこない、その状況はテレビ等で報道された。

 

これらは、出版界や報道機関に水中遺跡が魅力ある対象であることを示している。そして、多くの人に水中遺跡の存在を知ってもらうという点で、これからもこうした機会が継続されることを望みたい。

 

一方、地方公共団体は海や川をキーワードにした展示会や講演会をおこなっている。2021年度には、和歌山県立紀伊風土記の丘での特別展が「海に挑み、海をひらく-きのくに7千年の文化交流史-」が開催され、シンポジウムも行われた(写真4)。2022年度には、福岡市埋蔵文化財センターで、「海と山がおりなす歴史」と題した企画展と連続講演会が実施された。さらに、大阪府立近つ飛鳥博物館では企画展「川と道の織りなす河内の交通-大和川と船橋・国府遺跡―」が開催された。

 

これらは文化庁の調査研究事業とは無関係に企画されたものだが、海や川が各地域の歴史において重要な意味をもっていたことを示している。

写真4 和歌山県立紀伊風土記の丘で開催された特別展「海に挑み、海をひらく-きのくに7千年の文化交流史-」の展示風景 提供:和歌山県立紀伊風土記の丘

水中遺跡保護の現在とこれから

文化庁が調査研究事業を立ち上げてから、10年が経過しようとしている。この間、水中遺跡の調査を国庫補助事業で実施するところが出てきた。水中遺跡の調査経験のある学生が、水中遺跡のある地方公共団体に専門職員として採用されたという事実もある。数こそ少ないが、水中遺跡の保護を進めようとする地方公共団体は確実に増えている(写真5)。私はこの点を評価したいと思う。

 

そもそも、文化財保護の取組みは全国一律である必要はないし、それは不可能である。各地方公共団体にある文化財の特性を踏まえ、「できること」をしているはずである。水中遺跡の保護も同じで、「できるところ」が取り組めばいい。たとえその数が少なかったとしても、わが国全体から俯瞰すると、水中遺跡の保護は「前進した」ことになる。この10年間で水中遺跡の保護は着実に「前進した」と言っていいだろう。

 

ただ、この歩みは止めたくはない。文化庁はさらに5年程度の調査研究事業を実施する予算を獲得した。第3期は文化庁として水中遺跡保護の集大成となる事業となる。大いに期待したいところである。

 

そして、その文化庁は、水中遺跡を登録記念物にして活用することを検討している。これまでの埋蔵文化財行政は保存(記録保存調査)を進め、その成果を活用することによって国民の理解を得、さらなる高みの保存へ好循環を促すという考え方で施策を進めてきた。だが、水中遺跡については、登録というゆるやかな保護措置を執ることで、「活用から保存へ」という道筋を目指しているのである。これによって、地域住民は域内の水中遺跡の存在を知ることになる。水中遺跡の保護に対する理解が進展することになればと思う。

 

一方、地方公共団体の場合、直接に水中遺跡に関わらなくとも、水中遺跡の存在から沿岸部の遺跡の保存を検討するとか、先ほど取り上げたような海や川などを扱った活用事業に水中遺跡という視点を加えることによって、「一味違う」内容にするなど、「できること」を工夫していただきたい。

写真5 面縄港に設置された遺跡の案内板。水中遺跡は現地に行くことは困難なので、活用の際には案内板の設置は不可欠。調査風景写真は、水中遺跡の「雰囲気」をよく伝えてくれる 撮影:筆者

おわりに

人口減少社会に突入したわが国では、社会全体が持続可能性を意識するようになっている。文化財行政も持続可能でなければならず、文化財保護はそうした枠組みのなかで進めることになる。

 

水中遺跡の保護については、地方公共団体の置かれた状況から、「できるところ」がやる、「できること」をやるという考え方でいいのだと思う。その動きを見ながら、また別の地方公共団体がその保護を進めることで広がりをみせていく……、ちょうど水面に石を投げるとそこから波紋が広がっていくように、水中遺跡保護の輪も、少しずつでも広がっていくことに期待したい。


1)水中遺跡調査検討委員会・文化庁 2017『水中遺跡保護の在り方について』(報告)2017、水中遺跡調査検討委員会・文化庁 『水中遺跡保護の在り方について』(報告)-資料編2―2018。なお、資料編2では、沿岸域の遺跡などに注目した講演録も掲載している(小野正敏「水中遺跡の可能性―豊かな歴史像を目指して―」)。
2)文化庁文化財第二課 『水中遺跡ハンドブック』2022
3)「Certification Card」の略でダイビングに必要な基本的な知識と技術を習得したことを示す認定証のこと。民間のダイビング指導機関が発行している。
4)中田敦之・池田榮史 2021:『元軍船の発見 鷹島海底遺跡』新泉社2021、山舩晃太郎 『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』新潮社 2021、佐々木ランディ 『水中考古学 地球最後のフロンティア―海に眠る遺跡が塗り替える世界と日本の歴史』、エクスナレッジ 2022、木村淳・小野林太郎編 『図説世界の水中遺跡』グラフィック社 2022など

参考文献
文化庁文化財部 『月刊文化財 水中遺跡の保護』、第一法規 2016
高妻洋成 「『水中遺跡ハンドブック』について」、『月刊文化財 東京国立博物館150周年・奈良文化財研究所70周年』、第一法規 2022

公開日:2023年1月30日最終更新日:2023年4月24日

禰冝田 佳男ねぎた よしお大阪府立弥生文化博物館館長、大阪大学埋蔵文化財調査室特任教授

1958年兵庫県生まれ。1982年大阪大学文学部史学科卒業。その後、大阪府教育委員会文化財保護課技師、大阪府立弥生文化博物館学芸員、兵庫県教育委員会埋蔵文化財調査事務所技術職員、文化庁文化財第二課主任文化財調査官などを経て現職。この間、2018年大阪大学(博士)。水中遺跡関係では共著に『水中遺跡の歴史学』(佐藤信編 山川出版社 2018年)がある。

PAGE TOP