動向
丹後の海で遺跡を探すー高校生の挑戦
調査地:旭漁港(撮影:筆者)
2022年に行われた「丹後水中考古学プロジェクト」は、これまでの国内の水中遺跡の調査とは性格が大きく異なる。地元の海にも水中遺跡が眠っていると信じた女子高校生が調査の主体である。彼女は、クラウドファンディングで資金を集め、京丹後市の旭漁港で調査を実施した。この小さな調査が、今後の水中遺跡調査の可能性を示し、全国規模の注目を集める結果となった。
調査のきっかけ
京丹後市の高校生が図書館で『水中考古学入門』(著:小江慶雄)を手にしたことから始まった。約40年前に書かれたこの本は、世界各地のさまざまな水中遺跡を紹介し、日本国内で水中考古学の発展が喫緊の課題であると記している。歴史と海が好きだった彼女は感銘を受け、丹後地方の水中遺跡について調べ始めた。しかし、故郷の海ではほとんど調査が行われていないことを知り、水中遺跡が発見されれば地域の活性化にも繋がるのではないかと考えた。そこで地元の若者の夢の実現を支援するroots(京丹後市未来チャレンジ交流センター)に相談し、SNSで「水中考古学の専門家を探しています」と発信する。筆者がその投稿に呼応しクラウドファンディングによる調査資金募集プロジェクトを実施することになった。「丹後地方で水中遺跡を発見する」という漠然とした内容であったが、2022年3月からの2カ月間で目標額を大きく上回る資金を獲得、支援者数は353人となった。未成年者がクラウドファンディングの主体にはなれないため、筆者が代表を務める一般社団法人うみの考古学ラボを調査主体とし、ボランティアによる研究協力チームがつくられた。 (図1)
図1 羽間綾音さんの夢を受けたroots(京丹後市未来チャレンジ交流センター)稲本さんの呼びかけとクラウドファンディングのウェブページ
事前調査
水中遺跡を探す上で重要なのは、いかに事前に情報を集めて遺跡のあるポイントを絞り込むかである。高校生を中心に漁師や地元の歴史愛好家から聞き取り調査を実施し、海揚がり品や海に関わる歴史や伝承などの情報を探った。また、京丹後市の文化財課や京都府立丹後郷土資料館から協力を得て、海と人のかかわりや交易・航海に関する文献史料、海とのつながりがみられる遺跡を調べた。その結果から調査地点を8カ所に絞り込んだ。(図2)
図2事前調査実施個所 ①立岩:弥生時代・古墳時代以降 ②たいざ(間人):古墳時代・古代から中世・近世など ③三津:中世以降? ④静:古代から中世? ⑤浜詰:中世から近世? ⑥箱石浜冲:弥生時代の水没遺跡 ⑦久美浜湾内:古墳時代から古代・中世 ⑧旭漁港:中世以降主に江戸時代
調査地点をさらに絞り込むため、筆者は6月にそれぞれの地点を歩いて回り、海岸に落ちている遺物を探すことはもちろん、地形や海の環境、海から陸へのアクセスのしやすさなど海事的な観点からの観察、開発・埋め立ての有無、また、調査をする際のロジスティクス(船舶交通量や海岸までのアプローチ方法など)を調べた。京都府や京丹後市の文化財課、地元の海業水産課や漁協との話し合いの結果、京丹後の西端に位置する旭漁港において本格的な調査を実施することが決まった。
天然のラグーン地形の残る久美浜湾の西に位置する小さな旭漁港は、江戸時代には年貢米などの積出港として使用されていたことが知られている。久美浜湾は内陸との交通の便もよく、物資が集まる場所であったが、湾は浅く大きな船は入れない。そのため、この小さな旭漁港まで小船で物資を運んで大型船に積み替えていたと推測される。また、旭漁港周辺には、「もやい石」と呼ばれる船を留めるための係船遺構が存在すると言われており、開発も少ないため当時の姿を残している環境にあると思われた。
8月初旬、旭漁港に調査チームが集合したが、メンバー内で新型コロナウィルス感染が発覚したため、1日のみの調査となった。沿岸部の踏査と潜水および水中ドローンによる目視調査の結果、海岸沿いに複数の係船に関連した遺構を確認した。(図3)
図3 旭漁港で発見された係船に関する主な遺構の種類
9月は8月の調査を踏まえ、係船遺構の記録を取るほか、音波探査機を利用して湾内の水深の記録、高校生の潜水体験なども計画した。6日間の調査を予定したが、台風の接近によりおよそ4日間の作業となった。漁港全体を陸から、また同時にシュノーケリングにより周囲を見て回った。その結果、遺構は32カ所(遺構件数39)で確認された。後述するように、海岸の目視調査だけで、これほどの数の係船遺構が確認された調査事例は珍しく、想定外の結果であった。そのため、潜水作業による調査は最小限とし、遺構の記録に専念することにした。位置情報をGPSにより記録し、簡易的なスケッチを残した。また、フォトグラメトリーによる3次元復元を目的とした写真撮影を行った。(写真1、図4)
写真1 調査の様子(撮影:筆者)
写真1 調査の様子(撮影:筆者)
写真1 調査の様子(撮影:筆者)
写真1 調査の様子(撮影:石村智)
図4 調査の様子 旭漁港の等深線
調査の学術的成果
係船遺構は、瀬戸内海などでは水軍城跡の海岸や石切丁場周辺、日本海側では石見銀山の温泉津などで確認されているが、決して事例は多くない。係船遺構は、直接関連した遺物がなく、即席で造られる傾向にあるため、遺構の地域的・時代的な特色についての研究事例は例が少ない。
外周およそ500mの小さな旭漁港では、岩礁ピット2点、もやい石5点、もやい岩10点、はなぐり岩21点、くさびの跡(?)1点と多くの遺構がまとまって検出された。
図5 遺構分布図
遺構の分布・配置から、それぞれの係船遺構がどのように使われたのか、また、時代によって使われ方の変遷があるのか、突き止めることができる可能性がある。遺構の分布をみると、湾の北西奥には比較的小さな遺構が集中していること、南側には大きめの遺構が点々と配置されているように見受けられる。特筆すべきは、遺構No.26とNo.27のはなぐり岩であろう。両方とも完全に水面下に位置していた。潜水調査の結果、水面よりも上にあった岩が割れて海に落ちたものであることがわかった。また、No.26の水面上には、もやい岩がある。つまり、はなぐり岩が造られた後、その岩が海に落ち、続いてもやい岩がその上に造られたのであろう。現在、調査の記録を解析中であり、報告書などにその詳細を公表する予定である。(写真2)
写真2 フォトグラメトリーなどの記録を使い分析・検証を行っている様子
また、今回の調査の特色として「水際の遺跡」の詳細を記録したことが挙げられる。これまで水際の遺跡は、それほど注目を集める存在ではなかった。しかし、陸と水域の接点となるこのような場所こそ、陸と水中の考古学者がその意義を共有し、一緒に調査ができる場所である。そのため、水中遺跡調査への導入となろう。海の文化遺産の宝庫は、身近な場所にあることを伝えてくれる調査となった。
プロジェクトの意義
2022年3月に文化庁の水中遺跡調査検討委員会が刊行した『水中遺跡ハンドブック』では、水中遺跡の基本的な管理は陸の遺跡と同様に、それぞれの自治体の文化財担当者が担っており、特に水中遺跡の把握と周知を進めることが重要であると示している。いま、全国規模で水中遺跡の調査を進めることが望まれている。
水中文化遺産と聞くと、国家的なプロジェクトによる沈没船の引き揚げなどがすぐに連想される。しかし、先進国の水中考古学研究の事例を見ると、圧倒的に大多数の遺跡は、小規模な遺跡であり、その9割は水深50mよりも浅く陸に近い位置にあり、潮間帯や水際の遺跡も多い。ユネスコの推測では沈没船遺跡だけで300万隻を超え、水没遺跡や護岸施設などを含む多種多様な水中遺跡の数は数百万件になり、どこの地域にも存在する種類の遺跡である。
そう考えると、「丹後水中考古学プロジェクト」は、大きな意義を持つ調査事例であると言える。地元を盛り上げたいと思う高校生が、地域を巻き込み、水中遺跡の調査までこぎつけた。クラウドファンディングの支援者の多くは京丹後市など近隣の住民であり、京丹後市のrootsのオフィスに応援のメッセージを直接届ける人もいた。調査中には地域の方々も見学に来ており、地域からの注目を集めていることを感じることができた。幸い、多くの報道陣が駆け付け、全国区の新聞やテレビなどでも大きく報じられた。(写真3)
写真3 高校生の報道陣の取材の様子(撮影:筆者)
図8「読売KODOMO新聞」610号(2022年12月8日発売、読売新聞発行)
調査が終わってからも、引き続き話題として取り上げているメディアもある。さらには、高校生への講演依頼もあり、プロジェクトへの関心は高まっている。(図6)
水中遺跡の保護を全国規模の動きとするには、他の地域でも同様に水中遺跡の把握・周知に向けた調査を実施する必要がある。日本の水中考古学の最大の成果は、松浦市の鷹島海底遺跡の調査であるが、鷹島の元寇の沈没船発見の成果を見て、「我々の自治体でも水中遺跡の調査を行うべきだ」と考えた文化財担当者は、どれほどいただろうか。丹後の調査は、「地元でも小規模ながら水中遺跡の調査はできる」ことを示したといえる。訓練や特殊な機材も必要とせず、調査参加の敷居は低い。水中文化遺産の調査は、実はだれでも参加ができる。そのようなメッセージを伝えることも、このプロジェクトの主旨である。
「丹後水中考古学プロジェクト」の意義は、学術的な成果だけにはとどまらない。地域から興ったプロジェクトであること、さらに、水中遺跡・水中文化遺産に興味がなかった・その存在すら知らなかった人々に新たに守るべき文化遺産を紹介することができたことにある。文化庁の進める水中遺跡の保護とも呼応した成果である。さらに、文化遺産とは、地域の人々にとって意味のあるものでなければ、守る意義が曖昧になる。水中文化遺産も、その例外ではない。今回の調査では、それを示すことができたのではないかと考えている。
これから
現在、複数の研究者を中心に2023年度以降の準備を進めている。調査のきっかけをつくった高校生も、大学生となり調査の中心メンバーとして関わる予定である。京都府や京丹後市など自治体が調査に賛同し、また、現地報告会では地元住民からも調査を継続して欲しいという声が聞かれた。
高校生の情熱から、ある意味突発的に生まれた「丹後水中考古学プロジェクト」は、多くの方々のサポートを得て実施することができた。今後は、文献・絵画史料なども合わせて港の機能を検証し、日本海交易の実態解明に貢献できる調査に育てたい。学術的な成果はもちろんのこと、このプロジェクトを通して、地域と自治体を組み込んだ研究事業が各地に広がることを望む。
『丹後水中考古学プロジェクト』2022メンバー
プロジェクト発案者:羽間綾音
地元連携サポート:稲本朱珠/roots(京丹後市未来チャレンジ交流センター)
考古学調査主体:佐々木蘭貞/一般社団法人うみの考古学ラボ
考古学調査:石村智/国立文化財機構 東京文化財研究所
水中ドローン調査:芹澤慶行/トライワース株式会社
水中撮影:山本遊児/水中文化遺産カメラマン
水中調査補助:有田勇/ガルフ・ゲート 代表
写真実測:浜田直樹/国立映画アーカイブ 学芸課 映画室
参考文献
アジア水中考古学研究所 2013 『水中文化遺産データベース作成と水中考古学の推進 海の文化遺産総合調査報告書 日本海編』
石村智 2017 『よみがえる古代の港』吉川弘文館
小江慶雄 1982 『水中考古学入門』 NHKブックス
金指正三1968 『近世海難救助制度の研究』吉川弘文館
水中遺跡調査検討委員会 2022 『水中遺跡ハンドブック』
九州国立博物館 2018 『水中遺跡の保存活用に関する調査研究5(平成29年度文化庁委託事業成果報告)』
京都府立丹後郷土資料館 編 1996 『丹後王国の風景』
京都府立大学文学部歴史学科 2017 『「丹後の海」の歴史と文化』 京都府立大学文化遺産叢書 第12集
Maarleveld, Thijs 他 2013 “Manual for activities directed at underwater cultural heritage: guidelines to the Annex of the UNESCO 2001 Convention.” UNESCO
みなと文化事業 https://www.wave.or.jp/minatobunka/archives/index.html#kinki
CANMORE:National Records of the Historic Environment (Shipwreck Database) https://canmore.org.uk/site/search/result?SITEDISCIPLINE=3&SITECOUNTRY=1&view=map
なぶんけんブログ https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2021/01/20210115.html
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